191話 新商品誕生、実りへの第一歩②
ーー王都郊外・農場予定地
昼食を終えた私たちは、アランさんの案内で王都南門の外へとやってきていた。
街道から少し離れた場所。
そこには、澄んだ綺麗な川にどこまでも広がる草原があった。
「ここが......」
私は思わず足を止める。
「はい」
アランさんが静かに頷いた。
「こちらが陛下より貸与を許可された農場予定地となります」
一拍。
「現在は未開発地ですが、王都にも近く、水路の整備も可能との報告を受けております」
私は辺りをゆっくりと見まわした。
広さも日当たりも理想以上で申し分ない。
だがーー
「広すぎません......?」
私は思わず聞き返した。
「私も最初はそう思いました」
アランさんは苦笑しながら頷く。
「ですが、将来的な拡張も見据える必要があると陛下が判断しこの土地に決められました」
「将来的な拡張......」
「はい」
一拍。
「現在は農場として利用する予定ですが、将来的には薬草畑や果樹園、家畜小屋なども建設できるだけの広さを確保しております」
私はもう一度周囲を見渡す。
確かに、お弁当やサンドイッチだけでも使う食材はかなり多い。
レタス。
キャベツ。
玉ねぎ。
じゃがいも。
将来的には小麦や果樹も育てたい。
そう考えると、この広さでも決して無駄ではないのかもしれない。
「使用できる範囲に制限は設けられておりませんので、必要に応じて拡張していただいて構わないとのことです」
「わかりました」
一拍。
「とりあえず、関係者以外が立ち入れないよう結界を張りましょう」
私はそう短く言い魔法を発動させる。
「防衛規約!」
足元に幾何学模様の魔法陣が展開される。
複雑な術式が農地全体へと走り、境界線をなぞるように淡い光が広がっていく。
やがて最後の一線が閉じると、透明な膜が一瞬だけ揺らぎ、静かに景色へ溶け込んだ。
「これで許可のない者は、この農場へ立ち入ることはできません」
そう短く言うと
「いつも思いますけど......」
リュシアさんが苦笑を浮かべながら言う。
「エレノア様の魔法って規格外ですよね......」
一拍。
「あの時エレノア様が相手じゃなくてよかった......」
リュシアさんの呟きにアランさんも同意する。
「……敵に回したくないお方ですな」
アランさんまで苦笑する。
「皆さんひどくないですか!?」
思わず抗議すると、その場に小さな笑いが広がった。
「では、とりあえず区画を決めましょう」
アランさんは話の流れを切り替えるように言う。
「まずは何をどこへ植えるか、それを決めなければ始まりません」
私はもう一度、広大な農地を見渡した。
「そうですね……」
頭の中で完成図を思い描く。
まずは必要なものを、一つずつ整理する。
レタス。
キャベツ。
玉ねぎ。
じゃがいも。
そして――
お米。
最も重要と言っても過言ではない。
セレディア王国では、パンが主食だ。
そのため、お米は基本的に東大陸諸国からの輸入に頼るしかない。
ましてや、海上輸送に頼る以上、入荷量や入荷時期は天候や情勢に左右される。
だからこそ、自分たちで生産できる体制を整える必要がある。
お弁当という商品を、この先も安定して販売していくのであれば――なおさらだ。
「まず川に近いエリアはお米のエリアにしましょう」
そう言って川の近くへと行く。
流れは緩やかで深さは、浅くもなく深すぎるというわけでもなく丁度良かった。
ただーー
「水温がちょっと低いですね......」
私は川へ手を入れながら呟く。
稲作では、水温も生育に大きく影響する。
特に初期生育では、冷たい水が続くと生育が鈍くなりやすい。
それに対して、この川の水は20℃に届くかどうかといったところ。
「このままでは少し厳しいですね」
育てられないわけではないが少し工夫が必要だ。
「スコップとかってありますか?」
アランさんに聞く。
「え......スコップですか?」
アランさんが少し不思議そうな表情を浮かべる。
「はい」
私は頷く。
「申し訳ございません。視察だけの予定でしたので、生憎準備しておりません......」
アランさんは申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、大丈夫ですよ」
私は軽く笑う。
「なら即席で作りますね」
「はい......!?」
私は空間収納から持ち運び用の錬成釜を取り出す。
「えーと……このくらいならいけるかな?」
近くに落ちていた手ごろな石と、空間収納にいつ入れたのか分からない丁度いい長さの木材を釜へ入れる。
「錬成」
淡い光が釜の中から溢れ出す。
数秒後――
「よし! 完成!」
私は釜の中から一本のスコップを取り出した。
石を圧縮して作った刃に、木製の柄を組み合わせた簡素な造りだ。
「これなら十分使えます」
その光景に、アランさんもリュシアさんも唖然としていた。
「錬金術って、こんなこともできるんですね......」
リュシアさんが静かに呟く。
「本来なら、きちんと鍛冶で加工した方が丈夫ですし、使い勝手も良くなります」
一拍。
「でも、一時的に使うだけなら、錬成だけでも十分形にはなるんです」
さらに一拍。
「もっとも――」
私は苦笑する。
「普通は誰もやりませんけど」
「「ですよね......」」
二人の声が見事に重なった。
私は思わず吹き出してしまう。
「だって、鍛冶師さんに頼んだ方が早くて丈夫ですから」
そう言うと、私は川辺へ歩み寄り、スコップで土を掘り始めた。
「川って形を変えても大丈夫ですか?」
「洪水の原因にならなければ構いませんよ」
アランさんは頷く。
「この一帯の管理も、農地と合わせてエレノア様へ一任するとのことです」
「なら問題ありませんね」
私は掘り返した土を眺めながら、小さく頷く。
「まずは水温を上げるための用水路を掘ります」
「水温を上げることなんてできるんですか......?」
アランさんは首を傾げる。
「今、ジグザグに用水路を掘っていますよね?」
「そうですね」
「これは『ぬるめ水路』と呼んでいるんです」
一拍。
「川から直接田んぼへ流すのではなく、一度遠回りさせることで太陽の熱を受ける時間を長くします」
さらに一拍。
「そうすれば、水温が少しずつ上がった状態で田んぼへ流せるんです」
「魔法で温めたほうが早くないですか......?」
リュシアさんが苦笑する。
「それはそうなんですけどね......」
私も苦笑する。
「でも、せっかくなら魔法に頼らず、自然に近い環境で育てたいじゃないですか」
「魔法なら効率は良いと思うんですけどね......」
「もちろん効率だけを考えるなら、その方が早いです」
一拍。
「でも、魔法で何でも解決してしまったら、それが本当に作物本来の力なのか分からなくなってしまいますから」
さらに一拍。
「まずは自然の環境でどこまで育つのかを知る。それでも足りない部分だけを技術や魔法で補う。それが一番理想だと思うんです」
「エレノア様らしいですね」
アランさんが穏やかに微笑む。
「自然を活かし、その不足だけを補う……。だからこそ、皆がエレノア様の錬金術を信頼しているのでしょう」
「とりあえず仮の用水路は出来たので後は後日本格的に畑を作りましょう」
そう言って即席スコップをもう一度錬成釜に入れ元の状態に戻す。
「本当に錬金術って便利ですね......」
リュシアさんは、もう何度目か分からない苦笑を浮かべる。
「即席ですし、今後使わないので元の素材に戻しただけですよ?」
そう言いながら、私は石を元の場所へ戻した。
「この辺りには田んぼを4面作って、その隣にろ過用の池を作りましょう」
一拍。
「ついでに魚も養殖できますし」
「魚までですか!?」
アランさんが思わず声を上げる。
「はい」
私は頷く。
「水をただ流すだけではもったいないですから」
一拍。
「田んぼで使った水を一度池に通して沈殿させ、そこで水草や魚を育てれば、食材としても利用できます」
「……農場というより、もはや小さな村ですな」
「まだ畑の話しかしてませんよ?」
「それが怖いんです……」
「そのうち村を作りそうですな......」
「農業に従事する人を雇うなら、それもありかなとは思っていますけど......」
「やっぱり考えておられたんですか!?」
「え?」
私は思わず首を傾げる。
「だって、毎日王都から通うのは大変じゃないですか」
一拍。
「住む場所があった方が、皆さんも働きやすいでしょうし」
「……」
「……」
アランさんとリュシアさんは、揃ってため息をついた。
「やはりエレノア様でしたな……」
「それはそれで別の問題が起きそうですけど......」
「まぁ、その辺りは陛下のご判断次第ですね......」
私も苦笑しながら答える。
実際のところ、私たちが借りているのは『農場として利用するための土地』だ。
村を造るために貸与されたわけではない。
いくら利便性が良いからといって、本来の用途から外れた使い方をするのは、陛下の信頼を裏切ることにもなりかねない。
「だからこそ、まずは農場として形にします」
私はそう言って広大な土地をもう一度見渡す。
今は何もない草原。
だが、一年後にはここ一面に稲穂が揺れ、野菜が実り、アトリエのお弁当やサンドイッチになり、いつかは多くの人の食卓へ並ぶことになる。
そう考えるだけで自然と胸が高鳴る。
「まずは用水路の整備ですね」
私は仮に掘った水路を見つめながら頷く。
「その後は田んぼを四面。それが終わったら畑を区画ごとに分けて、レタスやキャベツ、じゃがいも、玉ねぎを植えます」
一拍。
「その隣には果樹園も作りたいですね」
「まだ増えるんですか……」
リュシアさんが乾いた笑みを浮かべる。
「果樹は育つまで時間が掛かりますから」
私は当然のように答えた。
「だからこそ早めに植えておきたいんです」
「なるほど……」
アランさんは感心したように頷く。
「全て計画の内というわけですな」
「はい」
私は微笑む。
「焦って一気に進めても失敗するだけです」
一拍。
「一歩ずつ、確実に形にしていきます」
ゆっくりと吹き抜ける風が草原を揺らす。
さらさらと波打つ草原を見つめながら、私は静かに息を吸った。
ここから始まる。
アトリエを支える農場。
そして――未来へ続く新しい挑戦が。
ーーエレノアの屋敷・薬草畑
「ねぇねぇ!! 聞いた!?」
ふわふわと浮かぶ一人の精霊が、大慌てで飛んでくる。
「エレノアが王都郊外に畑を作るんだってー!」
「そうなのー!?」
「ほんとほんと!」
「しかも、おっきい畑らしいよ!」
「おっきい畑!?」
「お花いっぱい咲くかなー!」
「野菜もいっぱい育つよね!」
「薬草も植えるのかな?」
「お米も作るって言ってた!」
「じゃあ水の妖精さんも呼ばないと!」
「土の妖精さんも呼ぼうよー!」
精霊たちは嬉しそうにくるくると空を舞う。
「みんなでお手伝いしよう!」
「うん!」
「エレノアなら、きっとまた素敵な畑にしてくれるよ!」
次の瞬間、小さな光が一斉に空へ飛び立った。
「みんなに教えなきゃー!」
「エレノアが新しい畑を作るんだってー!」




