190話 新商品誕生、実りへの第一歩①
ーー翌朝
地球から帰ってきたのは夜。
その後も試作や試食会を行った結果、気付けば時刻は2時を回っていた。
そのため、この日は臨時休業。
もっとも、休みなのは表向きだけだ。
翌日から始まる営業に向け、アトリエも屋敷の厨房も、メルのパン屋も朝早くからフル稼働している。
理由は単純。
お弁当にサンドイッチセット、そしてポーション。
翌日の営業で必要となる商品を、これでもかという量を用意しなければならないからである。
私とメルは、翌日の営業に向けてサンドイッチの仕込みを進めていた。
パンはあらかじめ必要な大きさに切り分ける。
レタスやキャベツも洗浄し、水気をしっかり切って保存容器へ。
たまごサンド用のフィリングやガーリックマヨネーズ、タルタルソースも、それぞれ必要な分だけ仕込んでいく。
一方で、唐揚げとカツは先に揚げ、粗熱を取ってから保存する。
「揚げたてを挟まないんですねー?」
メルが不思議そうに尋ねる。
「うん」
私は頷く。
「揚げたてのまま挟むと、蒸気でパンが湿っちゃうからね」
一拍。
「それに粗熱を取ってから保存した方が衛生的だし、注文が入ったら温め直して挟めば十分おいしいよ」
「なるほどー!」
同じく付け合わせのポテトフライも先に揚げて粗熱が取れたら冷凍用の魔道具へと入れていく。
今回、このためだけに短時間で自然解凍できる魔道具も作った。
唐揚げやカツを冷凍しないのは、冷凍すると衣に水分が回り、どうしてもべちゃっとした食感になってしまうからだ。
一方、粗熱が取れた後に保存用の魔道棚へ入れれば、冷めていても揚げたてに近い状態を保ったまま保存できる。
これまでお弁当作りで培ってきたノウハウを、今度はサンドイッチにも応用する。
「メル、たまごサンド用は今何人前ある?」
「450人前くらいですー!」
「じゃあ500人前で。切りのいいところまで仕込もう」
「わかりましたー!」
そうやり取りしながら着々と準備を進める。
一方ーー
神族組とリリアさんはお弁当の準備を進めている。
「やっぱエレノアの梅干しおいしいわねー!!」
「ほら、ミストルティン! 食べてばっかじゃなくてちゃんと作りなさい!」
ソフィアが眉をひそめる。
「味見も大事な仕事よ!」
「それは三個目を食べている人の台詞じゃないわよ......」
エルヴィータは呆れた表情を浮かべている。
「リリアちゃんこれもおねがいしていいかしら?」
「パルシア様お任せください!」
パルシアは黙々と唐揚げや卵焼き、腸詰を一人で調理し、リリアは出来上がったおにぎりやおかずを手際よくお弁当に詰めていく。
そしてアトリエはというとーー
「リオル! この賢者のハーブも刻んでくれ!」
「エリシアさん! これお願いします!」
「セレナ! 早くポーション作って!」
エレノアがサンドイッチの仕込みで手を離せない今、調合室は彼らだけで回さなければならない。
当然、その分効率は落ち、室内はてんやわんやの状態だ。
だが――
リナもセレナも、今ではポーションなら安定して調合できるようになった。
エリシアに至っては、ハイポーションの調合まで任せられる。
そしてリオルも――
ローポーションなら、一人で安定して作れるようになっていた。
……もっとも、時折爆発するが。
それでも、エレノアの手を借りずに調合できる回数は確実に増えている。
少しずつではあるが、全員が着実に成長していた。
そして迎えた翌日の営業日――
店内のあちこちや外の待機列には、相変わらず何とも言えないデザインの『サンドイッチ試験販売中』と書かれたチラシが貼られていた。
時間こそ限られていたものの、ぶっつけ本番というわけではない。
商会の皆さんが王都中へ宣伝用のチラシを配ってくれたおかげで、試験販売のことはある程度知られていた。
そしてそのチラシには少しだけ特別な意味を持たせた。
『チラシ持参でサンドイッチ商品全品300ルミナ引き』
これにより敬遠されがちなサンドイッチを『安いのであれば......』と購入してもらえる動機付けもできる。
勿論、利益だけを考えれば大きな痛手だ。
だが、売れ残って廃棄するくらいなら、一人でも多くの人に食べてもらった方がいい。
その結果――
外の待機列は、いつも以上の長蛇の列となっていた。
冒険者。
商人。
一般市民。
そして本来なら面子を気にして列へ並ばないはずの貴族までもが、静かに順番を待っている。
宣伝効果は――
想像以上だった。
「これ数足りますかね......」
リュシアさんが静かに呟く。
「確実に足らないですね......」
実際一人一個までの個数制限をつけたとしても、全員には提供できないことは確定していた。
「でも、卵サンドとかカツサンドとかはともかくとして、レタスサンドやハムサンドは合計3000人前は準備できたのである程度はいきわたると思います」
「......それでも足らない気がします」
「私もそんな気がします......」
そんな話をしているとーー
「皆さん準備はいいですかー??」
商会の人が開店前の最終確認をする。
「アトリエ側大丈夫です」
「パンも大丈夫です!」
それぞれの確認を終えた商会の人はーー
「では、開店しますね」
扉の鍵を解錠し、静かに扉を開く。
すると――
「開いたぞ!!」
「急げ!!」
「本当に300ルミナ引きなんだよな!?」
待ちわびていたお客さんが、一斉に店内へとなだれ込んでくる。
「最後尾はこちらです!」
「サンドイッチをご希望のお客様はこちらへお願いします!」
商会の人たちも慌てることなくお客さんを誘導していく。
そして――
「サンドイッチセットのたまごを4つ!」
「こちらはカツサンドセットを7個!」
「お弁当を5人前!」
開店からわずか数秒。
店内は、かつてないほどの活気に包まれていた。
「ふぇっぷゅ!?」
メルは押し寄せるお客さんの勢いに、完全に圧倒されていた。
「メル様! 落ち着いてください!」
「目が回りますー!」
「まだ開店して十秒です!」
「もう十秒も経ったんですかー!?」
商会の人は一瞬だけ天井を仰いだ。
「……駄目ですな」
完全にパンクしている。
「エレノア様! お願いします!」
緊急で私もメルのパン屋さんを捌くことになった。
「メル! ほらしっかり!」
「あれー? エレノア様ー?」
「手伝うからしっかり!」
メルを何とか現実に戻しサンドイッチやお弁当を買う人を一人一人捌いていく。
当然、アトリエ側もとんでもないことになっており、もはや秩序は崩壊していた。
「ポーション30本!」
「こっちはハイポーションを7本!」
昨日あれだけ準備した在庫が、みるみる減っていく。
「たまごサンド売り切れです!」
「唐揚げサンドもありません!」
「お弁当も残り20です!」
店中から次々と報告が飛ぶ。
「嘘でしょ......」
私は思わず苦笑する。
そして――
開店からわずか3分。
アトリエ側は全て完売。
メルのパン屋さんもレタスサンドとハムサンド以外は全て完売。
パンも追加焼成中という、まさに地獄絵図だった。
「……やはり想定通りですな」
商会の人が静かに呟く。
「レタスサンドとハムサンドだけ動きが鈍いようです」
「そうみたいですね……」
ここまでは私も想定していた。
なぜなら、この二つは市民が思い描く『サンドイッチそのもの』だからだ。
これまで食べてきたサンドイッチと見た目がほとんど変わらない。
だからこそ、新商品として並べられていても、どうしても後回しになってしまう。
もちろん、まったく売れないわけではない。
体感ではあるが、10人に1人くらいは手に取っていく。
だが、多くの人が最初に選ぶのは、やはり唐揚げサンドやカツサンド、そしてたまごサンドだった。
「エレノア様、いかがなさいますか?」
商会の一人が静かに尋ねる。
「このままで大丈夫ですよ」
私は落ち着いて頷く。
「あの二種類は、メインターゲットが別なので」
「別……ですか?」
「はい」
私が即答すると、商会の人はよく分からないという表情を浮かべる。
だが――
「あの二種類は、次のピークで確実に完売すると思いますよ?」
「次のピーク……?」
「はい」
私は店の外へ視線を向けた。
「今は仕事前の方が多いですから、皆さん腹持ちを重視しています」
一拍。
「ですが、お昼前になれば客層が変わります」
さらに一拍。
「買い物帰りの主婦や女性のお客様が増えますからね」
私は小さく笑う。
「その方たちには、レタスサンドやハムサンドの方が好まれるはずです」
その後もあまり動くこともなく比較的のんびりとした時間が過ぎていく。
もちろんお客さんは絶えることなく来ているので忙しいのに変わりはない。
朝の殺人的な混雑を前にすると色々感覚がマヒしてしまっているのだ。
そして迎えた二回目のピーク。
主婦層やお昼を食べ終えて足りないと買いに来る職人の方が大勢やって来る時間。
「ハムサンドを2つください!」
「俺んとこはレタスサンドを3個!」
「焼きそばパンを1つとメロンパンを2ついただけるかしら」
次々と注文が飛び交う。
その中でも、先ほどまでほとんど動かなかったレタスサンドとハムサンドが、みるみる減っていく。
「……本当だ」
商会の一人が思わず呟いた。
「本当に動き始めましたな」
「だから言ったでしょう?」
私は笑みを浮かべる。
「朝と昼では、お客様の求めるものが違うんです」
一拍。
「だから全部同じ商品を並べるのではなく、それぞれ役割を持たせることが大切なんですよ」
「……なるほど」
商会の人は感心したように頷く。
「これも計算のうちだったのですな」
「そうです」
一拍。
「初日は宣伝効果もありますから、皆さん珍しいサンドイッチに興味を持つはずです」
さらに一拍。
「その結果、レタスサンドやハムサンドも『試しに食べてみよう』と手に取る方が出てきます」
「そして、おいしいと思っていただければ、今度は口コミで広がっていく」
私は静かに頷いた。
「本当に狙っているのは、二日目以降なんです」
「エレノア様には敵いませんな......」
「そこまで先を見通すとは......」
「商売は今日だけ売れれば終わりではありませんから」
私は売り場へ視線を向ける。
レタスサンドやハムサンドを手に取ったお客様が、笑顔で店を後にしていく。
「一度食べて『おいしい』と思っていただければ、次も来てくださいます」
一拍。
「さらに、その方が家族や友人に勧めてくだされば、お客様は自然と増えていきます」
「口コミというわけですな」
「はい」
私は頷いた。
「広告ももちろん大切です。でも、それ以上に信用しているのは、お客様自身の言葉なんです」
商会の人たちは顔を見合わせる。
「なるほど......」
「だから初日だけの売上ではなく、その先まで考えて商品を作っておられるのですな」
「その通りです」
私は微笑む。
「長く愛されるお店を作りたいですから」
そうして時間は過ぎていきーー
時刻は13時前。
午前の営業終了30分前にすべてのサンドイッチが完売した。
「申し訳ございません! 本日分のサンドイッチは完売いたしました!」
「うわー!! 少し遅かったかー!!」
「くそー! あまりにもおいしくて、もう1種類食べようと思ったのに!!」
「また明日買いに来ましょ......」
売り切れを惜しむ声が、店のあちこちから聞こえてくる。
私はその光景を静かに見つめ、小さく微笑んだ。
「狙い通りですね」
「ええ」
商会の人も感慨深そうに頷く。
「初日にここまで『また来たい』という声が上がるとは思いませんでした」
「これで終わりではありません」
私は静かに首を横に振る。
「今日来てくださった方が、明日また来てくださる。」
一拍。
「そして、その方が家族や友人を連れてきてくだされば、お客様は自然と増えていきます」
「……なるほど」
商会の人は納得したように息を吐いた。
「これが、エレノア様のおっしゃっていた"二日目以降が本番"ということですか」
その後午前の営業最後のお客さんを見送る。
「ありがとうございました!」
そう言い扉を閉め鍵をかける。
「ふぅ......」
店内に残った全員がやっと一息つけると安堵した。
感覚だけで言えばもう一日の営業を終えた感覚ーー
だが、まだ午前の営業が終わったばかりと言う事実に驚きを隠せない。
「じゃあ......」
一拍。
「私たちもお昼にしましょうか」
「「「「賛成!!!!!」」」」
メルやエリシア、リュシアさんもルンルン気分で二階の休憩スペースへと向かう。
というのもーー
「「「「いただきまーす!!!!!」」」」
『これは単価が高すぎるので、しばらくの間は販売しない方がいいと思います』
その意見が殺到し、スモークサーモンとカマンベールチーズのサンドイッチは試験販売のメニューから外れることになった。
そのため、販売用として仕入れていた材料は丸々余り、お昼ご飯として皆で食べることになったのだ。
「……やっぱりおいしいですね」
メルが幸せそうに頬張る。
「ええ」
私も小さく笑う。
「いつか安定して仕入れられるようになったら、期間限定で復活させましょう」
「楽しみですー!」
和やかな空気が店内を包む。
先程までの疲れが嘘のようになくなり今では笑顔が自然にこぼれている。
昼食を食べ終え各々ゆっくりとしていたその時ーー
コンコン。
扉がノックされる。
「エレノア様よろしいでしょうか?」
アランさんの声だった。
「どうぞ」
短く返答すると扉が開き休憩室へ入ってくる。
「エレノア様。休憩中失礼いたします」
そう言って私の目の前にやってくる。
「以前、会議でお話しした農地の件ですが」
一拍。
「陛下より正式に許可が下りました」
私は思わず姿勢を正す。
「そのため、本日の午後、現地をご案内したいと考えております」
さらに一拍。
「ご同行いただけますでしょうか?」
「もちろんです」
私は迷うことなく頷いた。
「では、昼食後に出発いたします。」
「わかりました」
アランさんは一礼すると、静かに部屋を後にする。
私は残っていたお茶を一口飲み、窓の外へ視線を向けた。
サンドイッチは、予想以上の好スタートを切った。
だが――
本当の勝負は、ここからだ。
アトリエの未来を支える、その第一歩が、まもなく始まろうとしていた。




