189話 未来の軽食、想いを挟んで②
ーー会議室
「それでは――」
私は机いっぱいに並べられたサンドイッチを見渡した。
「試食会を始めます!」
その一言を合図に、会議室の空気が少しだけ和らぐ。
「待ってました!」
真っ先に手を伸ばしたのは、やはりミストルティン様だった。
「たまごサンドから食べるんですね……」
ミストルティン様は迷うこともなくたまごサンドを手に取る。
「定番だもの!」
「では、我々もたまごサンドを」
商会の人たちもたまごサンドを手に取る。
「まさか、生きているうちにサンドイッチを食べることになるとは思いませんでしたな…….」
「商品として機能するかを判断するためとはいえやはり抵抗がありますな……」
そんな中ーー
「おいしいー!!!!!!」
ミストルティン様が舌鼓を打つ。
「おいしいのか……?」
「疑うなら食べてみなさいよ」
「では……」
商会の一人がおそるおそる一口かじる。
「……」
さらにもう一口。
「……」
会議室内には咀嚼音だけが静かに響く。
「おいしい……」
静かに呟く。
その一言に、他の商会の人たちも恐る恐る口へ運ぶ。
「……!」
「なんだこれは……!」
「我々がイメージするサンドイッチとまるで違う!!」
別の商会の人も頷く。
「具が最後までたっぷりな上にパンが固くない!」
一拍。
「これなら最後の一口まで満足感がありますな」
隣で試食していた商会の人も続ける。
「しかも片手で食べられる」
さらに一拍。
「これは売れますぞ!!」
「そんなにですか!?」
フィリアさんは驚きの表情を浮かべる。
「ほら、あなたも食べなさい」
そう言ってミストルティン様は、レタスサンドを手渡す。
「女性ならこれを気にいるはずよ」
「もろ私たちがイメージするサンドイッチなんですが……」
そう言いながらも、おそるおそる一口かじる。
「……」
一拍。
「……え?」
フィリアさんは手元のサンドイッチをじっと見つめる。
もう一口。
「レタスがシャキシャキしている……」
さらに一口。
「これ、本当にレタスとハムだけなんですか?」
「そうですね」
私は頷く。
「本来なら薄切りのチェダーチーズを一枚挟むくらいですね」
一拍。
「ですが、それがなくても十分おいしいので、今回は原価を優先しました」
「これだけシンプルな材料で、ここまで満足感が出るなんて……」
フィリアさんは感心したように呟く。
「正直、もっと物足りないものだと思ってました」
「レタスが主役になるように作っているんです」
一拍。
「ハムはあくまで脇役でそれをマヨネーズでまとめているんです」
私は笑顔で答える。
「マヨネーズ……?」
フィリアさんは首を傾げる。
「卵黄にお酢と油を加えたソースです」
そう言って机の上にマヨネーズの容器を置く。
「これはほとんどのサンドイッチに使っているので多めに作っておきました」
そう言うとミストルティン様やメル達から物凄い視線を感じる。
……異世界の調味料だなんて言えるわけないじゃん!!
「確かに同じ味がしますね」
フィリアさんは少量を指にだしぺろりと舐める。
「酸味はありますが、卵のまろやかさが際立っていて食べやすいですね」
「その通りです」
私は頷く。
「マヨネーズは文字通り万能調味料で揚げ物からサラダまで大体のものに合うんです」
一拍。
「それこそご飯の上にかける人もいます」
「エレノアの話ね」
ミストルティン様が静かに言う。
「ちょっと!?」
私は思わず声を上げる。
「その食べ方はあまり一般的ではありませんからね!?」
「おいしければいいと思うけどね」
「否定はしませんけど!」
私は思わず頭を抱えた。
「ですが、あまりおすすめはしません!」
「そうなんですか?」
フィリアさんは不思議そうに尋ねる。
「はい」
私は咳払いを一つする。
「おいしいことはおいしいですけど最適解ではないので」
一拍。
「それに万人受けする食べ方ではないので」
「なるほど」
フィリアさんは納得したように頷いた。
「用途はかなり広そうですね」
「はい」
私は頷く。
「料理の幅はかなり広がると思います」
一拍。
「ただ普通の手段では日持ちしないので普及は難しいですね」
「そうなんですね……」
フィリアさんは再びマヨネーズを見つめる。
「何日くらい持つんですか?」
「これは錬金術で保存性を高めているので一年は持ちますが、手作りならその日中ですね」
一拍。
「特に唐揚げサンドは注意が必要です」
「と言いますと?」
フィリアさんが首を傾げる。
「ガーリックマヨネーズは時間が経つと風味が落ちますし、タルタルソースはゆで卵を使っているので、その日のうちに使い切ることを前提にした方が安全です」
一拍。
「だから販売する場合も、その日のうちに売り切ることを前提に考えています」
「ものはいいようね……」
「異象現象って言えば何でも済む的な感じだな」
「便利な言葉よね」
「認めるんですか!?」
誰かがそんなことを言っていた気がするが、聞かなかったことにした。
「では、その唐揚げサンドをいただきましょうかな」
そう言って一人がガーリックマヨネーズ入りのサンドイッチを手に取る。
「では私はこれを…….」
フィリアさんはタルタルソース入りのを手に取った。
二人は同時に口へ運ぶ。
「……!」
「こ……これは……!」
二人の表情が一変する。
「にんにくとマヨネーズの風味が絶妙ですぞ!!」
商会の人が思わず声を上げる。
「唐揚げとの相性も抜群ですな!」
一方、フィリアさんも驚いたように目を見開く。
「こちらもおいしいです!!」
一拍。
「タルタルソースが唐揚げとよく合っています!」
さらに一口頬張る。
「卵のまろやかさと玉ねぎの食感、それに程よい酸味が加わって、揚げ物なのにパクパク食べられちゃいます!」
「同じ唐揚げでも、ソース一つでここまで印象が変わるとは……」
商会の人たちは感心したように何度も頷いた。
「ただのマヨネーズもおいしいですぞ!」
「これなら確実に売れます!!!!」
「ありがとうございます」
私はほっと胸を撫で下ろす。
「この唐揚げサンドですが、基本はマヨネーズになります」
一拍。
「そして追加料金をいただくことで、ガーリックマヨネーズ、もしくはタルタルソースへ変更できるようにする予定です」
「具体的にはどのくらいで変更できるようにするんですか?」
フィリアさんが尋ねる。
「手間によって変えようかと思っています」
一拍。
「ガーリックマヨネーズは50ルミナ前後、タルタルソースは150ルミナほどを予定しています」
「3倍も違うのですか!?」
フィリアさんは少し驚いた表情を浮かべる。
「はい」
私は頷く。
「ガーリックマヨネーズは、マヨネーズにすりおろしたにんにくを混ぜるだけなので、それほど手間は掛かりません」
さらに一拍。
「ですが、タルタルソースは玉ねぎを刻み、辛味を抜き、ゆで卵を作って潰し、調味料と合わせる必要があります」
「なるほど……」
フィリアさんは納得したように頷く。
「手間賃というわけですね」
「その通りです」
私は笑顔で答えた。
「食材の原価だけではなく、調理時間も価格に反映させるべきだと考えています」
「あと……」
私は少し言葉を濁す。
「人気が集中しすぎないように、少し高めの価格設定にしています」
苦笑しながら答える。
実際、唐揚げとタルタルソースの組み合わせは地球でも大人気だ。
九州には、タルタルソースをこれでもかというほどたっぷり掛けたチキン南蛮という料理まである。
「あれだけ手間を掛けているのに、全員がタルタルを選ぶようでは厨房が回らなくなります」
一拍。
「だから、追加料金をいただくことで、本当に食べたい方に選んでいただく形を考えています」
その言葉にフィリアさんも苦笑する。
「目に見えますね......」
「150ルミナでも集中するのでは?」
別の商会の人が静かに呟く。
「個人的には250ルミナくらいが妥当かと」
一拍。
「サンドイッチの単価にもよりますが......」
「サンドイッチはスモークサーモン以外は全部500ルミナ均一を予定しています」
「500ルミナですか!?」
フィリアさんが驚きの声を上げる。
「かなり安いですね......」
「このボリュームで500ルミナは安すぎるかと......」
「利益は出るんですか?」
商会の一人が真剣な表情で尋ねる。
「十分出ます」
私は頷く。
「一番原価の低いたまごサンド、ハムサンド、レタスサンドは4切れでの提供を予定しています」
一拍。
「逆に、唐揚げサンドやカツサンドはボリュームがありますので、2切れが限界ですね」
さらに一拍。
「スモークサーモンサンドは……800ルミナから1000ルミナといったところでしょうか」
そう言うと商会の一人が腕を組む。
「500ルミナのサンドイッチはともかくとして、スモークサーモンサンドは1000ルミナでは無理だと思いますぞ」
「その意見には賛成ですな」
別の商会の人も頷く。
「むしろ安すぎます」
「そうですか?」
私は首を傾げる。
「スモークサーモンにカマンベールチーズでしょう?」
一拍。
「しかも、これだけ具が入って1000ルミナでは利益がほとんど残らないのではありませんか?」
「そこまでですか……」
私は苦笑する。
「スモークサーモンは、バレンシアではメジャーな食材ではありますが、何分輸送コストが......」
フィリアさんが静かに言う。
「それは私も同じことを考えているんです」
「というと?」
「まず、コルヴァン伯爵が定期的な供給に協力してくださるかですね」
一拍。
「いくら人気商品になったとしても、安定して仕入れられなければ販売は続けられません」
「なるほど......」
フィリアさんは納得したように頷く。
「まずは供給体制を整える必要があるわけですね」
「はい」
私は頷く。
「ですので、スモークサーモンサンドは当面の間、常設ではなく期間限定か数量限定になると思います」
一拍。
「価格は実際のコストを見てからでないと判断できませんので、当面は販売しない予定です」
「それでいいかと......」
商会の人たちも納得したように頷く。
「エレノア様なら、コルヴァン伯爵も二つ返事で了承しそうですけどね......」
フィリアさんは苦笑する。
「だからこそ頼みづらいんですよ......」
私は苦笑しながら肩を落とした。
「絶対に『恩返し』とか言って無茶するのが目に見えているので......」
「......確かに」
フィリアさんも苦笑する。
「コルヴァン伯爵様なら言いそうですね」
「『採算など気にするな! 好きなだけ持っていけ!』くらいは普通に言いそうですな」
商会の一人も苦笑混じりに頷く。
「だから困るんです」
私はため息をつく。
「ちゃんと利益が出る形で取引したいんですよ」
一拍。
「長く続けるなら、お互いが利益を得られる関係じゃないと意味がありませんから」
その言葉に、商会の人たちは静かに頷いた。
「……エレノア様らしい考え方ですな」
その言葉に会議室は笑いに包まれる。
その後もカツサンドやスモークサーモンサンドの試食を行ったが、どちらも概ね好評だった。
特にカツサンドは「冒険者なら迷わずこれを選ぶ」と高い評価を受け、スモークサーモンサンドも『価格次第では十分商品になる』との意見で一致した。
「いやぁ......驚きました」
フィリアさんは机いっぱいに並んだサンドイッチを見渡しながら小さく息を吐く。
「正直、ここまで完成度が高いとは思っていませんでした」
「ありがとうございます」
私は素直に頭を下げる。
「ですが、改善点もまだまだあります」
一拍。
「パンの種類や具材、それに価格設定まで含めれば、まだ試行錯誤の途中です」
「それでも十分商品になりますぞ」
商会の人が力強く頷く。
「むしろ、このまま販売しても人気商品になるでしょうな」
「そう言っていただけると嬉しいです」
私は自然と笑みを浮かべる。
地球へ足を運び、
試作を繰り返し、
ようやくここまで辿り着いた。
もちろん、これで終わりではない。
実際に販売を始めれば、また新たな課題が見えてくるだろう。
それでも――。
「サンドイッチも悪くありませんな」
誰かがぽつりと呟く。
その一言だけで十分だった。
かつて『質素な食べ物』としか思われていなかったサンドイッチは、今この場で一つの"商品"として認められたのだから。
私は静かに胸を撫で下ろした。
まずは――
大成功と言っていいだろう。




