188話 未来の軽食、想いを挟んで①
ーー王都・エレノアの屋敷
地球から帰ってきた私たちは、厨房に集まっていた。
「なんかものすごく寄り道をしたような気がするんですけど……」
「気のせいではないですね……」
事実宿泊し朝食バイキングを食べミストルティン様の野暮用に付き合った結果ーー
当然一日で済むわけもなく帰ってきた頃には夜七時を超えていた。
「今からサンドイッチの試作をするのでーー」
ふと時計を見る。
「多分、日付が変わりますね……」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
メルがその場で力なく崩れ落ちる。
「明日に響きません……?」
リュシアさんが静かに聞く。
「思いっきり響きますね……」
「デスヨネ……」
「だったら今日はやめる?」
ミストルティン様が首を傾げる。
「却下です」
私は即答した。
「鉄は熱いうちに打てと言いますし、今のうちに忘れないよう再現しておきたいんです」
「職人ねぇ……」
ミストルティン様が苦笑する。
「じゃあ今日は徹夜覚悟ね!」
「私はできれば覚悟したくありません……」
「とりあえず明日も臨時休業にしてきますね……」
そう言ってリュシアさんはアトリエへと向かっていく。
本当は臨時休業という手は使いたくない。
だが、すでに一日休業している以上、もう一日増えたところで大差はない。
「どうせ『エレノア様に何かあったのでは』と心配されるのに変わりはないのだから」
「とりあえず何種類か試作を作りますね」
そう言って、大きな鍋を用意する。
「よいしょ……」
ゴトン!
「待て待て!」
ルーカスお兄様が待ったをかける。
「何ですか?」
「試作だよな?」
「そうですけど?」
「なんでそんな業務用みたいな鍋を出してるんだ」
「え?」
私は鍋とルーカスお兄様を交互に見る。
「何人前作るつもりだ!?」
「カツサンドに唐揚げサンドに……」
「とりあえず種類が多いのはわかった!!!」
「それ最早献立じゃない……?」
アメリアお姉さまが静かにいう。
「実現性があるかという点と、実際の盛り付けも確認したいので」
一拍。
「ポテトも添えますし、サラダも付けたいです」
さらに一拍。
「量としてはコ◯ダとほぼ同じくらいになりますね」
「コ◯ダ事件の再来はやめてくれ!!!!」
ルーカスお兄様が叫ぶ。
「今回は前情報があるだけマシでしょう?」
「そういう問題じゃない!」
「どうせ明日も臨時休業ですし、別に問題ないかと」
カイルが静かに言う。
「俺、明日普通に学校なんだが!?」
「私もよ!?」
ルーカスお兄様とアメリアお姉さまが即答する。
「いいじゃない! もう決定事項なんだし覚悟決めなさい!」
ミストルティン様が満面の笑みで言う。
「「そんな覚悟決めたくない!!!!」」
「エレノア、作っていいわよ!!」
「わかりました」
「人の話を聞けーーーーー!!!!!」
だが、その頃には私の頭の中はサンドイッチのことでいっぱいだった。
「エレノア様ー! 私も手伝いますー!!」
「俺は明後日用のポーション作ってきます」
カイルはそう言うと、静かに厨房を後にした。
「「……」」
ルーカスお兄様とアメリアお姉さまは顔を見合わせる。
「……もう止まらないわね」
「止まらんな……」
二人は顔を見合わせる。
「とりあえず……明日の準備でもするか……」
「そうね……」
そう言って二人は、それぞれの部屋へと戻っていった。
「エレノア様ー! 何すればいいですかー?」
「いつも唐揚げを作るときみたいに下ごしらえをお願いします!」
「わかりましたー!」
メルはパタパタと冷蔵庫へ向かい、必要な材料を次々と取り出していく。
「私はカツサンドの準備をしようかな……」
そう呟きながら、私は豚ロース肉を取り出した。
作り方は至ってシンプルだ。
まず筋を切り、軽く叩いて厚さを均一にする。
それを小麦粉、卵、パン粉の順にまとわせ、きつね色になるまでじっくりと揚げる。
揚がったカツは熱いうちに中濃ソースへくぐらせ、辛子マヨネーズを塗ったパンへ千切りキャベツと一緒に挟めば完成だ。
特別な技術は何もいらない。
だが、このシンプルさこそが一番おいしい。
「エレノア様ー! 下ごしらえ終わりましたー!」
「じゃあ、いつも通り揚げてください!」
「はーい!」
メルは元気よく返事をすると、慣れた手つきで唐揚げ用の鶏肉を油の中へ入れていく。
私はその間に、唐揚げサンド用のソースを作ることにした。
今回試すのは三種類。
まずは普通のマヨネーズ。
これは業〇スーパーで買ってきたマヨネーズをそのまま使うだけだ。
特に手を加える必要はない。
次にガーリックマヨネーズ。
マヨネーズへすりおろしたにんにくを加えて混ぜるだけ。
これもすぐに完成する。
だが――
最後の一種類だけは少し手間が掛かる。
タルタルソースだ。
ぶっちゃけて言うと、かなり面倒くさい。
まず玉ねぎを粗みじん切りにし、水にさらして辛味を抜く。
その間にゆで卵を作り、大きめに潰しておく。
そこへマヨネーズ、レモン果汁、蜂蜜を加え、最後に水気を切った玉ねぎを混ぜ合わせれば完成だ。
「……めんどくさい」
思わず本音が漏れる。
「どうしたんですかー?」
「ううん、こっちの話」
そう答えると、メルは不思議そうに首を傾げた。
「業務用のタルタルソースを買っておけばよかったなぁ……」
私は小さくため息をつく。
タルタルソースは、個人的には酸味よりも甘みが強い方が好みだ。
だから市販品は酸味が強いものが多く、あの時は『自分で作った方がおいしい』と考え、買わない選択をした。
……だが、大量に作るとなると話は別だ。
玉ねぎを刻み、ゆで卵を茹で、潰して混ぜる。
一回なら何とも思わない作業も、何十人分となれば途端に面倒になる。
今になって、
『業務用を買っておけばよかった……』
という後悔がじわじわと押し寄せてくる。
「失敗した......」
だがいくら嘆いたところで過去には戻れない。
諦めて黙々と作り続ける。
「エレノア様ー! 唐揚げ置いときますねー!」
「ありがとう」
「次はどうしますかー?」
「ゆで卵を粗めに潰して、マヨネーズと和えてください」
一拍。
「隠し味にマスタードを少し入れると、味が締まりますよ」
「わかりましたー!」
元気よく返事をすると、メルは冷水で冷やしたゆで卵を持ってきて、隣で殻を剥き始める。
「よし! こっちは完成……」
ボウルの中には、出来たてのタルタルソース。
『めんどくさい……』
そのことばかり考えながら作っていたせいか、気付けばいつの間にか完成していた。
「次は......」
目の前のレジ袋からスモークサーモンを取り出す。
「結局押し切られたんだよね......」
これはミストルティン様に半ば強引に買わされた一品だ。
こちらはタルタルソースとは違い、作り方は驚くほど簡単だった。
パンへレタスを敷き、その上にダイス状に切ったカマンベールチーズとスモークサーモンを並べる。
最後に、レモンの酸味を効かせたカルパッチョソースを回しかければ完成だ。
手間はほとんど掛からない。
味も間違いなくおいしい。
だが――
「売れるかは別なんだよね......」
私は出来上がったサンドイッチを眺めながら小さく呟いた。
試作は地球で買ってきた食材があるので、大きな問題はない。
だが、こちらの世界では話が違う。
スモークサーモンは輸送コストが高く、仕入れ価格も安くはない。
それに、安定して供給できるかと聞かれれば――
胸を張って『No』と言える。
「期間限定ならありなんだけど......」
私は小さくため息をつく。
「常設メニューには向いてないかな......」
そこは商会やコルヴァン伯爵と要相談ではあるが......。
あとは一番作るのが簡単なレタスサンドやハムサンドなど、地球でも定番のものを作れば試作品はすべて完成だ。
ふと時計へ目を向ける。
「十一時三十分......」
思ったより時間が掛かってしまった。
「今日はここまでですね」
私は大きく一つ伸びをする。
厨房の作業台には、色とりどりのサンドイッチがずらりと並んでいた。
カツサンド。
唐揚げサンド三種。
たまごサンド。
ハムサンド。
レタスサンド。
そしてスモークサーモンとカマンベールチーズのサンドイッチ。
「......壮観ですね」
思わずそんな言葉が漏れる。
あとは――
食べるだけだ。
「商会の人たちを呼んできますね」
私はエプロンを外すと、厨房を後にした。
今日の試作が成功か失敗か。
その答えは、みんなの感想が教えてくれる。
自信はある。
味にも。
価格にも。
そして満足感にも。
サンドイッチの印象を変えることができるのか――。
その答え合わせが、これから始まるのだった。
ーー会議室
夜遅い時間にもかかわらず、会議室には多くの人が集まっていた。
試食会のためだ。
当然――神族の皆様も勢揃いしている。
「これがサンドイッチ......」
「初めて見ましたな」
机の上には、様々な種類のサンドイッチがずらりと並んでいた。
使用しているパンは、すべてメルのお店で焼いたパンだ。
今回のコンセプトは――
『前日に余ったパンを無駄なく活用すること』
メルのお店では、常にパンを焼き続けなければ需要に追いつかない。
その一方で、売り切れを恐れて多めに焼く以上、どうしても余るパンは出てしまう。
総菜パンは具材の関係で大量生産には限度がある。
だが、丸パンやブールのような主食用のパンは原価が低く、多少余っても大きな損失にはならない。
そのため現在は、翌日に訳あり品として販売している。
だが――
私はそのパンに、もう一度新たな価値を与えられないかと考えた。
訳あり品と言っても味は変わらない。
だが、焼きたてではないという理由だけであまり動くものではなかった。
それをサンドイッチとして次の日に再利用すれば原価も抑えられる。
さらに言えば訳アリ品のパンがなくなったとしても材料は特に変わらないのでどのみち原価も抑えられる。
結局どちらに転がってもコストパフォーマンスに優れている。
「見た目はおいしそうですな」
商会の人が呟く。
「これに至っては貴族のサンドイッチでは......?」
そう言ってスモークサーモン入りのサンドイッチを手に取る。
……やっぱりそう言うよね。
「それは半分趣味です」
私は素直に認めた。
「正確には、ミストルティン様の案です」
一拍。
「正直、常設メニューにするには課題が多すぎて向いていないとは思っています」
「ちょっと!」
ミストルティン様が立ち上がる。
「人のせいにしないでよ!」
「事実ですよね?」
「……否定はしないわ」
「認めるんですね……」
私は小さくため息をつく。
「スモークサーモン自体が高価ですし、安定して仕入れられる保証もありません」
一拍。
「それに、うちのお店が目指しているのは毎日気軽に買える軽食です」
「なるほど……」
フィリアさんが静かに頷く。
「つまり、高級路線ではなく大衆向けということですね」
「はい」
私は頷いた。
「なので、本命はこちらです」
そう言って、たまごサンドとカツサンドを全員の前へ並べる。
「こちらが今回の主力候補になります」
そう言って二つの皿を前に出す。
「こちらもどう見ても貴族のサンドイッチにしか見えませんが......」
フィリアさんが眉をひそめる。
確かにこの世界のサンドイッチと比べたらどう考えても『貴族のサンドイッチ』と見られてしまう。
実際はそこまで原価はかかっていないのだが当然と言えば当然だった。
「スモークサーモンを使用したサンドイッチ以外は大して原価はかかっていませんよ?」
「そうなんですか!?!?」
フィリアさんは目を見開く。
「お弁当の時にもお話ししましたが、他の商品と共通で使える食材を増やせば、その分だけ原価を抑えられます」
一拍。
「例えば、このカツサンドです」
私は一つ手に取る。
「新たに必要なのは豚肉と味付けに使用した調味料ぐらいです」
さらに一拍。
「それ以外の食材は全て共通で使える食材です」
「なるほど……」
フィリアさんは感心したように頷く。
「一つの商品だけのために材料を仕入れているわけではないのですね」
「はい」
私は笑顔で頷く。
「だから売れ残っても、別の商品へ回せます」
「確かに原価はかなり抑えられますね......」
商会の人が頷く。
「加えて、付け合わせとしてポテトフライを添えます」
一拍。
「こうすることで腹持ちも良くなります」
さらに一拍。
「パンやお弁当に集中している需要を分散させる商品としても、十分機能すると考えています」
「なるほど......」
フィリアさんが感心したように頷く。
「ここまで考えられていたんですね」
「後は――」
私は机いっぱいに並んだサンドイッチへ視線を向ける。
「実際に食べていただいて、率直な感想を聞かせてください」
その言葉に、全員の視線が目の前のサンドイッチへ集まる。
カツサンド。
たまごサンド。
唐揚げサンド三種。
ハムサンド。
レタスサンド。
そして、スモークサーモンとカマンベールチーズのサンドイッチ。
「どれから食べようかしら!」
ミストルティン様が目を輝かせる。
「一人一種類ずつじゃ駄目ですか?」
私は苦笑しながら尋ねる。
「却下よ!」
即答だった。
「全部食べるわ!」
「……ですよね」
私は小さく苦笑する。
果たして、この試作品の中から新たな看板商品は生まれるのか。
その答えは――
次の一口に託された。




