閑話 王国の未来、新たな農地
ーー王城・執務室
これはエレノアたちが地球でサンドイッチの研究をしている頃の話である。
王命錬金護衛隊隊長・アランは、王城の執務室を訪れていた。
「それで? 要件とは?」
陛下が静かに口を開く。
理由は、前日の会議で話題に上がった王都郊外の農地整備についてだった。
王都周辺の土地は、将来の都市拡張や防衛拠点の建設を見据え、王家が管理している。
一部の土地は特例として貸し出されることもあるが、所有は認められない。
そして、国が必要と判断すれば、借り手は速やかに土地を明け渡し、原状回復しなければならない。
それが、この国の決まりだった。
「先日、エレノア様がアトリエの運営方針について会議を行われた際、商会側より王都郊外の農地整備について提案がございました。」
一拍。
「つきましては、その農地整備について陛下のご許可をいただきたく、本日参りました。」
「商会が土地を欲しているわけではないな?」
陛下は一瞬視線が鋭くなる。
「その可能性は低いかと」
一拍。
「現在エレノア様のアトリエ全体で品物が不足している事態になっています」
さらに一拍。
「特に、メル様が運営されているパン・軽食販売スペースは、需要に供給が追いつかず限界を迎えつつあります」
その言葉に陛下は疑問の表情を浮かべる。
「結構な頻度で影にパンを買わせに行っているが、普通に買えているぞ?」
一拍。
「確かにかなりの行列ができているとは聞いているが、そこまで酷いのか?」
「はい」
アランは静かに頷く。
「影が向かうのは開店直後です」
一拍。
「昼前には売り切れる商品も珍しくありません」
さらに一拍。
「現在は常に焼成を続けなければ供給が追いつかない状況となっております」
その報告に陛下は驚きの表情を浮かべる。
だがアランは続ける。
「さらには最近、お弁当の販売も開始したため、お米や野菜などの食材が慢性的に不足しております」
「お弁当……?」
一拍。
「あのお弁当のことか……?」
「はい。陛下のご想像どおりのお弁当で間違いありません」
「そんなものが売れているのか……?」
陛下は驚きの表情を浮かべる。
「はい。中身は価格以上の満足感があり、腹持ちも良いことから、冒険者を中心に大変好評をいただいております」
一拍。
「その影響で、お米や野菜などの食材が慢性的に不足している状況です」
「つまり、材料が追いつかない……ということだな」
隣で話を聞いていた宰相が静かに口を開く。
「その通りです」
アランは宰相の言葉に頷く。
「だが、米が不足するのは理解できるとして、野菜まで不足するのはなぜだ?」
陛下が静かに問い掛ける。
「今後、サンドイッチの販売開始も予定されております」
一拍。
「その具材としてレタスやキャベツ、トマトなどの野菜を大量に使用する予定です」
さらに一拍。
「加えて、将来的な事業拡大も見据え、安定した食材供給体制を整えるべきとの意見が会議で出されました」
「サンドイッチは売れんだろ......」
陛下は眉をひそめる。
「なんでもパンの対策の対策として販売するそうです」
その言葉に宰相も眉をひそめる。
「イメージがあまりにも悪しぎて売れないと思うが......」
「そこはエレノア様の私財で実験販売をするそうです」
「まぁエレノア嬢のことだ」
陛下は静かに言う。
「きっと我々が想像するようなものではないんだろうな......」
「私も同感です」
宰相も小さく頷いた。
「これまで幾度となく常識を覆してきましたからな」
「今回も同じということか」
陛下は腕を組み、しばらく考え込む。
静寂が執務室を包んだ。
やがて――
「農地はどの程度必要なのだ?」
「現時点では王都郊外の遊休地を中心に、数か所ほど候補地を選定しております」
アランは一枚の地図を机の上へ広げた。
「すべて王家管理地ですので、貸与のご許可さえいただければ、すぐにでも整備へ移行できます」
「なるほど......」
陛下は地図へ視線を落とす。
「防衛計画への影響は?」
「ございません」
アランは即答した。
「候補地はいずれも将来の都市拡張計画や防衛計画と競合しない場所を選定しております」
「なるほど」
陛下は静かに頷く。
「それなら問題あるまい」
一拍。
「エレノア嬢には、あまりにも大きすぎる借りがある」
さらに一拍。
「土地を貸し与える程度のことに、躊躇する理由はない」
「かしこまりました」
アランは短く返事をする。
「米を育てるのなら、王都の書庫に米に関する書物があったはずだ」
一拍。
「必要な人員も予算も惜しまん」
一拍。
「早急に整備を進めよ」
「はっ!」
アランは深く一礼すると、足早に執務室を後にする。
静寂が戻った執務室。
「しかし、エレノア嬢も次から次へと面白いことを考えるものだな」
陛下が苦笑混じりに呟く。
「本人は研究に夢中で、この件を忘れているかもしれませんが」
宰相も小さく笑う。
「だからこそ、我々が支えねばなりませんな」
「違いない」
こうして――
エレノアが地球でサンドイッチの試作に頭を悩ませているその裏で、王国では農地整備という新たな計画が静かに動き始めていた。
もちろん、そのことを当の本人はまだ知らない。




