186話 需要の行方、サンドイッチの可能性⑥
ーー地球・仙台駅
ホテルの朝食を食べ終えた私たちは、仙台駅の西口にいた。
「たぶんイメージとしてはこんな感じになると思うんですよね」
そう言って一件の喫茶チェーン店の前に立ち止まる。
「確かにそうね」
ミストルティン様も頷く。
「コーヒー店ですよね……」
「そうですね」
その言葉にリュシアさんは眉をひそめる。
「こんなところに本当にサンドイッチが売っているんですか?」
「売っていますよ」
私は頷く。
「むしろ軽食の方が有名なお店もありますし」
「コーヒー屋なのに?」
ルーカスお兄様が聞き返す。
「コーヒー屋なのにです」
「意味が分からん……」
即答だった。
「昨日のコ〇ダもそうだったでしょ?」
「……確かに」
誰も反論できなかった。
「まさかここも昨日みたいな量にならないわよね!?」
アメリアお姉さまが恐る恐る聞く。
「量は普通くらいですね」
一拍。
「ミストルティン様が暴走しなければ」
「ちょっと!? 神様の扱い酷くない!?」
ミストルティン様が抗議する。
「事実です」
即答だった。
「事実ですね」
カイルも頷く。
「事実だな」
ルーカスお兄様も頷く。
「事実よね」
アメリアお姉様も頷く。
「事実です……」
リュシアさんまで頷いた。
「メル?」
ミストルティン様が最後の希望を見る。
「うっぷ……」
メルは昨日のシロノワールを思い出したのかお腹を押さえていた。
「裏切り者ぉ!?」
悲痛な叫びだった。
「いやだって……」
メルが青い顔で言う。
「二十人前は流石に……」
「七人いたじゃない」
「七人で二十人前です」
私が即答する。
会話が止まった。
「……」
「……」
「……」
「改めて聞くと多いわね」
「今更ですか」
全員のツッコミが綺麗に重なった。
単純計算で一人当たり2.5人前。
だが――
そこはコ〇ダ。
普通の一人前でも二人前くらいの量は平気で出てくる。
つまり感覚的には。
一人五人前。
「……」
「……」
「……」
改めて計算してみる。
一拍。
「馬鹿では?」
私がぽつりと呟いた。
「馬鹿ね」
アメリアお姉様が頷く。
「馬鹿だな」
ルーカスお兄様も頷く。
「馬鹿ですね……」
リュシアさんも頷いた。
「うぅ……」
ミストルティン様だけが視線を逸らす。
そして結論。
――やっぱり誰がどう見ても食べ過ぎだった。
「ほら! 入るわよ」
ミストルティン様は露骨に話を逸らす。
「あまりにも露骨すぎる……」
誰かがそう呟いたがミストルティン様には届かない。
続くように店内に入るとコ◯ダとは違いコーヒー特有の香ばしくもほろ苦い香りが充満している。
「コーヒーの香り初めてかも……」
「王都は紅茶文化ですからね……」
一拍。
「売ってはいてもあまり馴染み深い物ではありません」
事実、前世でもコーヒーを飲んだ記憶はほとんどない。
市販のコーヒー牛乳ならたまにコンビニで買って飲んではいたが、それも数えるほどだ。
「苦いんですか?」
リュシアさんが興味深そうに聞く。
「苦いですね」
私は頷く。
「砂糖やミルクを入れれば飲みやすくなりますけど」
「わざわざ苦い物を飲むのか?」
ルーカスお兄様が首を傾げる。
「私も昔はそう思っていました」
即答だった。
「けど逆に甘いと飲めないという人もいるらしいですよ?」
一拍。
「せっかくの香り高い紅茶に砂糖やミルクを入れるなんて邪道だ!という考えと同じですね」
「なるほど……」
リュシアさんが納得したように頷く。
「確かに紅茶に大量の砂糖を入れる人を見ると少し驚きますね」
「私は甘い方が好き!」
メルが元気よく手を挙げた。
「知ってます」
即答だった。
「メルは砂糖入れ過ぎ!」
アメリアお姉さまが冷静に突っ込む。
「だって甘いものは正義じゃん!」
そんな会話をしているとーー
「先頭でお待ちのお客様どうぞー!」
店員さんが声をかける。
「ミ〇ノサンドBを二つお願いします」
「お飲み物はいかがなさいますか?」
「だいじょ――」
「......」
「......」
店員さんは普通に待っている。
ただ。
何故だろう。
昨日のコ〇ダ事件のせいか。
飲み物を頼まないといけない気がしてきた。
「アイスコーヒーを二つと塩キャラメルラテを二つお願いします……」
「ありがとうございます」
「買ったな」
ルーカスお兄様が呟く。
「買いましたね」
カイルも頷く。
「違うんです」
私は反射的に反論する。
「何がだ?」
「なんか頼まなきゃいけない気がしたんです!」
「気のせいでは?」
「気のせいですね」
即答だった。
「まぁ少し圧は感じたわよね」
「ですよね!?」
ミストルティン様も同意する。
「感じませんでしたが......」
リュシアさんが首を傾げる。
「私も特には」
カイルも頷いた。
「え?」
「え?」
私とミストルティン様の声が重なる。
「感じたわよね?」
「感じましたよね?」
二人で確認する。
「いや......」
「普通の店員では?」
会話が止まった。
「......」
「......」
「......」
「私達がおかしいの?」
ミストルティン様が聞く。
「昨日のコ〇ダの後だからでは?」
カイルが静かに答えた。
一拍。
「飲み物を頼まなかったら怒られると思い込んでいるとか」
「そんなことないです」
即答だった。
「ないわね」
ミストルティン様も即答する。
「......」
「......」
「......」
「じゃあ何で頼んだんですか?」
ルーカスお兄様が聞いた。
会話が止まった。
「......」
「......」
「......なんでだろう」
結局、自分でも分からなかった。
「お待たせしましたー!2270円です!」
「まぁまぁしますね......」
「サンドイッチ二つに飲み物四つですからね」
会計を済ませ紙袋を受け取る。
「電車の中で食べる?」
「モラル的にダメじゃないですか?」
私は即答した。
「地下鉄じゃないから大丈夫だと思うわよ?」
「そういう問題じゃありません」
一拍。
「時間帯によっては白い目で見られますよ?」
「時間帯的にもうラッシュは終わってるし大丈夫よ」
そう言ってミストルティン様は改札の中へと入っていく。
「ミストルティン様!?」
私は慌てて後を追う。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ」
即答だった。
「その自信はどこから来るんですか」
「神様だから?」
「便利ですね神様......」
思わず遠い目になる。
すると――
「別に禁止されているわけではないんだろう?」
ルーカスお兄様が聞いた。
「禁止ではないですね」
私は頷く。
「ただ混雑している時はあまりやらないというだけで」
「なら問題ないな」
「そういう話でもないんですけどね......」
日本人特有の空気問題である。
説明が難しい。
ホームへ降りると丁度電車が停まっていた。
「あれか?」
「そうですね」
私は頷く。
「私達が乗る電車です」
「思ったより大きいな」
「七人全員座れるかしら?」
アメリアお姉様が聞く。
「この時間なら大丈夫だと思います」
実際、車内はそれなりに空いていた。
朝の通勤ラッシュも終わり、座席にもまだ余裕がある。
「ほら」
ミストルティン様が紙袋を持ち上げる。
「座れそうだし食べられるじゃない」
「そのために急いだんですか......」
「もちろん」
即答だった。
やっぱりこの人、最初からそのつもりだったらしい。
『この電車は、東北本線 普通 白石行きです』
昨日どころか何度も聞いてきた機械音声だけが響く車内――
そんな中、ワイワイとミ〇ノサンドとドリンクを広げている光景はどこか浮いているような感じがした。
「......」
「......」
「......」
周囲を見回す。
スマホを見ている人。
眠そうにしている人。
窓の外を眺めている人。
それぞれが静かに過ごしている。
そんな中――
「早く食べましょう!」
メルだけが元気だった。
「周り見てください」
私は即答する。
「ちょっと浮いてます」
「そう?」
本人は全く気にしていないらしい。
すると――
「確かに静かね」
アメリアお姉様が小声で呟く。
「王都の馬車と全然違うわ」
「そりゃあマナーを重んじる場所なので......」
一拍。
「あまりにも迷惑だとネットに晒されます」
「なにそれ怖い!!」
メルがびくっとする。
「晒される?」
ルーカスお兄様が首を傾げた。
「簡単に言うとですね......」
私は少し考える。
「知らない人に悪口を書かれる感じです」
「怖っ」
即答だった。
「しかも全世界に公開されます」
「もっと怖っ!?」
今度はリュシアさんまで引いていた。
「だから周りに迷惑を掛けないようにするんですよ」
私は頷く。
「なるほど......」
カイルが感心したように呟く。
一拍。
「監視社会ですね」
「そこまでではありません」
多分。
恐らく。
きっと。
「自信ないのね......」
アメリアお姉様が遠い目をした。
すると――
「大丈夫よ!」
ミストルティン様がサンドイッチを取り出す。
「今日はサンドイッチだから!」
「何の安心材料にもなってません」
即答だった。
「ほら食べるよ!!」
半ば強引に切り替える。
そう言って紙袋を開く。
すると――
「おぉ......」
ルーカスお兄様が小さく声を漏らした。
そこにあったのは昨日のコ〇ダのような巨大な物ではない。
手で持てる程度の大きさのサンドイッチだった。
「意外と普通ですね」
リュシアさんも少し安心したように呟く。
「昨日のせいで感覚が麻痺しているだけだと思いますよ」
私は即答した。
「確かに」
誰も反論できなかった。
そして包装を開く。
「......」
「......」
「......」
異世界組の視線が一点へ集中する。
「魚だな」
ルーカスお兄様が呟く。
「魚ですね」
カイルも頷く。
「魚ね」
アメリアお姉様も頷く。
「魚です」
私も頷く。
「魚をパンに挟むのか?」
「挟みます」
即答だった。
「生臭くないのか?」
「燻製ですからね」
私は説明する。
「保存性を高めるために煙で燻した魚です」
「なるほど......」
リュシアさんが興味深そうに眺める。
「燻製魚って王都ではあまり見ませんよね......?」
「流通の問題じゃないかしら?」
アメリアお姉様が首を傾げる。
「王都だと肉食文化なので余計見ないんだと思います」
私は頷いた。
「魚自体はありますけど高いですし」
一拍。
「保存の手間も掛かりますからね」
「なるほど......」
カイルも納得したように頷く。
「肉の燻製はよく見ますが魚は見ませんね」
「王都まで運ぶ頃には傷みますしね」
「燻製なのにか?」
ルーカスお兄様が聞く。
「燻製にする前の問題です」
私は苦笑した。
「新鮮な魚を手に入れられる場所が限られますから」
「確かに」
港町のバレンシアならともかく、王都では事情が違う。
すると――
「じゃあバレンシアで作ればいいじゃない!」
メルが元気よく言った。
会話が止まった。
「......」
「......」
「......」
確かに。
言われてみればその通りだった。
「港町」
「魚がある」
「燻製も作れる」
一拍。
「作れますね」
私は静かに呟いた。
「売れるかもしれないわね」
ミストルティン様がニヤリと笑う。
嫌な予感がした。
「売れるとは思いますけど......」
私は適当に言い訳を考える。
「オスバルト伯爵に話を通さないといけなさそうなので無理ですね」
これ以上ない程完璧な言い訳だった。
だが――
「なら問題ないわね」
「問題ないな」
「寧ろ嬉々として送ってきそうですね」
会話が止まった。
「......」
「......」
「......」
反論できなかった。
オスバルト伯爵。
コルヴァン伯爵領の現領主。
そして――
鉄砲魚の件以降、何かとサポートしてくれる人。
新しい産業。
新しい商品。
新しい特産品。
そういった話になると大抵乗ってくる。
「確かに......」
私は小さく呟く。
「燻製魚の販路拡大になりますしね......」
「でしょう?」
ミストルティン様が満面の笑みになる。
「むしろ向こうから提案してきそうだな」
ルーカスお兄様も頷いた。
「その可能性は高いですね......」
私は否定できなかった。
「じゃあ決まりってことで」
「はい......!?」
一瞬思考が止まる。
「流通コストで原価がとんでもないことになりそうなんですが!?」
即座に現実へ引き戻す。
「魚を獲る」
「燻製にする」
「王都まで運ぶ」
「パンに挟む」
一拍。
「どう考えても高級サンドですよね?」
「そうね」
ミストルティン様が頷く。
「高級サンドね」
「認めるんですか!?」
反論してほしかった。
すると――
「別にいいじゃない」
ミストルティン様が首を傾げる。
「アトリエって高級品も売ってるでしょ?」
「そういう問題ではありません!!」
私は思わず立ち上がる。
「魚を仕入れて!」
「うん」
「燻製にして!」
「うん」
「王都まで運んで!」
「うん」
「クリームチーズも用意して!」
「うん」
「どう考えても原価が大変なことになりますよね!?」
すると――
『まもなく、名取、名取です。仙台空港アクセス線はお乗り換えです。』
車内に機械音声が響いた。
「......」
「......」
「......」
そして。
「着いたから降りるわよ!!」
ミストルティン様が勢いよく立ち上がる。
「人の話を聞いてください!!!!!!!!!!!」
私の叫びだけが車内に響いたのだった。




