181話 需要の行方、サンドイッチの可能性①
ーーセレスティア伯爵家屋敷・厨房
会議の翌日の休息日――
リオル、セリナ、リナ、エリシアの四人を除くメンバーが厨房へ集まっていた。
四人は休日を利用してリオルの特訓に付き合っているらしく、今回の試作会には不参加である。
もっとも。
エリシアについては途中から完全に教える側へ回っている気もするが、その辺りは本人達が納得しているので問題ないのだろう。
作業台の上には前日に余ったパン。
そして、そのパンに野菜やハムを挟んだ簡素な料理が二つ並んでいる。
「これが一般的なサンドイッチだよー!」
メルが得意げに胸を張る。
「これが?」
ルーカスお兄様が首を傾げる。
「はい!」
一拍。
「会議で言われてたサンドイッチって大体こんな感じです!」
作られているのは極めて簡素なものだった。
パン。
野菜。
ハム。
それだけ。
なるほど。
確かにこれでは、お弁当と比べて見劣りするかもしれない。
「野菜は普通だけど、本当なら芯とかクズ野菜を使うから実際はもっと貧相だよ!」
メルが指差しながら説明する。
「えぇ……」
思わず声が漏れた。
「ちなみにお肉ももっと少ないです!」
一拍。
「というより入ってないこともあります!」
「それはもう野菜パンでは?」
ルーカスお兄様が真顔で呟く。
「話には聞いてたけど、こういうものなのね......」
ミストルティン様も興味深そうに見つめている。
「なんというか......」
アメリアお姉様が言葉を選ぶ。
一拍。
「少し寂しいですね」
「ですよね!」
メルが大きく頷く。
「だから売れないと思うんだよ!」
「なるほど」
私は一つ頷いた。
確かにこれでは厳しい。
「野菜とかお肉があるだけまだマシだと思いますけどね......」
不意にリュシアさんが呟く。
「え?」
私は思わず振り返った。
一拍。
「組織にいた頃は、サンドイッチと言いながらパンに塩を振っただけとかありましたよ......?」
「「「「......はい?」」」」
厨房が静まり返る。
「いや、だからパンに塩を振っただけです」
「具は?」
ルーカスお兄様が真顔で尋ねる。
「ありません」
「野菜は?」
「ありません」
「肉は?」
「ありません」
「それはもうパンでは?」
「パンですね」
リュシアさんが即答した。
厨房が再び静まり返る。
「待ってください」
アメリアお姉様が恐る恐る手を挙げる。
「それのどこがサンドイッチなんですか?」
「私も分かりません」
リュシアさんも首を傾げた。
「でも組織ではサンドイッチと呼ばれていました」
「雑すぎませんか?」
思わずそう呟いてしまう。
「私もそう思います」
一拍。
「しかもパンもものすごく硬いので食べづらいですし……」
リュシアさんはどこか遠い目をする。
「水がないとまともに食べられませんでした」
「えぇ……」
アメリアお姉様が引き気味の声を漏らす。
「それ本当に食事なんですか?」
「食事でした」
リュシアは真顔で答えた。
一拍。
「むしろ、あの頃はまだ良い方でした」
厨房が静まり返る。
「良い方……?」
メルが恐る恐る聞き返す。
「はい」
リュシアさんは頷く。
「忙しい時はパンだけでしたので」
「パンだけ」
「パンだけです」
「……」
「……」
「……」
誰も言葉を発しなかった。
「なるほど」
私は一つ頷く。
「売れない理由がよく分かりました」
「ですよね」
リュシアさんも頷く。
「少なくともエレノア様達が目にするサンドイッチとは百八十度違いますね」
「本来はものすごく手軽で、何かをしながら片手間に食べられる物なんですけどね……」
「少なくともエレノアの世界ではそうだったわね」
ミストルティン様も苦笑する。
「なので商会の猛反対は当然ですね」
リュシアさんは呆れた表情を浮かべる。
「例えばレタスとハムにマヨネーズを塗っただけでもかなり美味しいんですけどね……」
「チーズとかもあればさらにおいしいのよね」
ミストルティン様が懐かしそうに続ける。
「チーズはともかくとしてレタスとハムだけってかなり貧相ですよ……」
一拍。
「レタスは一玉50ルミナ、ハムは100グラムで60ルミナで買えます」
「え……そんなに安いんですか……?」
思わず呟くと、リュシアさんが何を言っているんだと言わんばかりの視線を向けてくる。
「安いですよ?」
「いや、でも……」
思わず前世の価格を思い出す。
レタスは1玉298円。
ハムは4枚入り3連パックで200円。
どちらも決して安いとは言えない値段だった。
少なくとも『パンに挟むだけ』という感覚ではない。
「エレノア様、市場にたまに行ってますよね……?」
リュシアさんが不思議そうに首を傾げる。
「いや、行くけど……」
私は言葉を濁した。
「基本、寄り道なんてできないから……」
そう言うとリュシアさんは納得した表情を浮かべる。
「あー……」
今でこそ慣れたが、何故か私が出掛けようものなら大量の隊員がハッピーセットでついてくる。
そのまま市場へ寄り道しようものなら大変だ。
隊員達は気を遣っているのだろうが、周囲から見れば武装した集団に囲まれた伯爵が市場を歩いている状態である。
市民からすれば威圧以外の何物でもない。
「確かにあれは寄り道どころではありませんね……」
リュシアさんも遠い目をした。
「この前なんて串焼きの屋台のおじさんが直立不動になっていましたからね」
「やめてください。思い出したくありません」
あの時はお昼ご飯にと思って串焼きの屋台に寄っただけだった。
それなのに周囲には護衛。
さらに後方には待機中の隊員達。
そして――
「おい! これ以上近づくな!!!!」
「俺もこの屋台に用があるんだよ!!」
「押すな! 押すな!」
「……」
ちなみに私はまだ串焼きを注文していない。
屋台の前に立っただけである。
それなのに周囲は軽く騒ぎになっていた。
「……うん。寄り道どころではないね」
「でしょうね」
リュシアさんは即答した。
そして厨房に微妙な空気が流れる。
「というか今から試作するんですよね……?」
「そうですね……」
「市場、行けます……?」
「……」
沈黙。
厨房の全員が同じことを考えていた。
レタス。
ハム。
チーズ。
どれも市場に行けば簡単に手に入る。
ただし――
買いに行くのが私なら話は別だ。
「護衛隊に頼めばいいのでは?」
ルーカスお兄様が首を傾げる。
「それだと試作品の話を聞かれますよ?」
私がそう言うと、
「あっ」
今度はルーカスお兄様が固まった。
王命錬金護衛隊は優秀だ。
優秀すぎる。
だからこそ試作品という単語を聞いた瞬間、全力で動き出す。
場合によっては市場の食材を買い占めかねない。
「あり得ますね……」
「あり得るわね……」
「あり得ますね」
満場一致だった。
「「「「「……」」」」」
その場の全員がお互いの目を見合う。
誰かが行かなければならない。
だがリュシアさん以外は確実に護衛として誰かが付いてくる。
そしてそのことを全員が思ったのか、ゆっくりとリュシアさんへ視線が集まっていく。
「……」
リュシアさんは無言だった。
「……」
私も無言だった。
「……」
他のみんなも無言だった。
数秒後。
「嫌ですよ?」
即答だった。
「何故ですか!?」
思わず身を乗り出す。
「何故も何もありません」
リュシアさんは呆れたようにため息を吐く。
「私はエレノア様に24時間体制で護衛しろと言われているからです!!!!」
「……あっ」
思わず声が漏れた。
そうだった。
「ならいっそのことあっちの世界に行けばいいんじゃない……?」
アメリアお姉様がぽつりと呟く。
「「はい……??」」
私とリュシアさんの声が綺麗に重なった。
「ほら、エレノアの世界ならレタスもハムも普通に売ってるんでしょう?」
「いや、売ってますけど……」
「それなら向こうで買ってくればいいじゃない」
「「……」」
一瞬。
厨房が静まり返った。
「……あれ?」
アメリアお姉様が首を傾げる。
「もしかして私、何か変なこと言った?」
「「言いましたね」」
また綺麗に声が重なる。
「いや……エレノア様がこことは別の世界の出身の転生者だということは聞かされてますけど……」
一拍。
「行く方法ないですよね……?」
リュシアさんが恐る恐る確認する。
「ここに方法を知っている神様がいるわよ?」
ミストルティン様が当然のように答えた。
「……」
リュシアさんは頭を抱えた。
――そして私はと言うと。
「まぁミストルティン様がいれば全然行けますけど、今からですか?」
時刻はもうすぐお昼。
出掛けるにはあまりにも中途半端な時間だ。
「そうねぇ……」
ミストルティン様は窓の外を見た。
「向こうでお昼を食べてから買い物して帰ってくる感じかしら?」
「それならちょうどいいですね」
「そうでしょ?」
一拍。
「ついでにあっちの世界のサンドイッチも研究できるしいいんじゃない?」
「なら準備してきますねー」
「私も着替えてくるわね」
「俺、あっちの世界に行くの久々だわー」
メルやアメリアお姉様、ルーカスお兄様が準備のため自室へと戻り始める。
「今回は俺も行きます」
それまで黙っていたカイルが、真剣な表情で口を開いた。
一拍。
「前回はポーション作成で一日が潰れた挙句、急に王城に強制転移されて散々だったんで!!」
カイルはじっとリュシアさんを見つめる。
「……その節はご迷惑をお掛けしました……ていうか!?」
リュシアさんは勢いよく机を叩く。
「なんでこんな適応力高いんですか!?」
「ミストルティン様ですし……」
私がそう言うと――
「あっ」
リュシアさんが固まった。
「そうだった!」
頭を抱える。
「この家の人たちはその言葉で片付くほど適応力が高いんだった!」
「とりあえずあなたも準備してきなさい?」
ミストルティン様が平然と言う。
「あっちの世界のこと何も知らないんですが!?」
「その服装だと間違いなく浮きますね」
「そうね」
私とミストルティン様が揃って頷く。
「いや、待ってください」
リュシアさんが自分の服を見下ろした。
この世界ではごく一般的な服装ではある。
だが――
「あっちの世界だと外国人がコスプレしているように見えて注目の的になりますね」
「ワンチャン職務質問されるんじゃない?」
「職務質問ってあの職務質問ですよね!?」
「そうね」
「そうですね」
「どちらかというと私がする側なんですが!?」
リュシアさんが机を叩いた。
「いや、あっちの世界では違いますから」
「何が違うんですか!?」
「国家公認です」
「こちらも国家公認です!!」
「言われてみればそうですね」
「そうね」
ミストルティン様も頷く。
「いや納得しないでください!」
リュシアさんが頭を抱える。
「そもそも私が言いたいのはそういうことじゃないんですよ!」
「では何ですか?」
「私が職務質問される側だという前提がおかしいんです!!」
「「そう言われても……」」
ミストルティン様と目線が合う。
「「ねぇ……?」」
思わず声が重なった。
「何でそこで意気投合するんですか!?」
リュシアさんが悲鳴を上げる。
「だって」
「だってねぇ」
再び目線が合う。
「「どう見ても怪しいし」」
「酷くないですか!?」
「……とにかくこれに着替えてきなさい」
ミストルティン様が空間収納から袋を取り出す。
そこには大きく『ユ〇クロ』と書かれていた。
「何ですかそれ」
「向こうの世界の服屋さんよ」
「服屋さん?」
リュシアさんは不思議そうな顔で袋を受け取る。
「体系とか私と同じはずだから多分大丈夫よ?」
「いや、待ってください」
一拍。
「というかなんで私も行く前提なんですか!?」
「だって24時間エレノアの護衛をしているんでしょ?」
ミストルティン様が淡々と言う。
「それはそうですけど!」
「なら行くじゃない」
「行きますね」
私も頷く。
「行きますね」
メルも頷く。
「行くな」
ルーカスお兄様も頷く。
「いつの間にそこにいたんですか!?」
「ユ〇クロって書かれた袋が空間収納から出てくるあたりから」
「私もだよー!」
メルも元気よく手を挙げる。
「大分序盤からじゃないですか!?」
「とりあえず四の五の言わないで着替えさせるわよ!」
そう言ってミストルティン様は指をパチッと鳴らす。
次の瞬間。
リュシアさんの身体が光に包まれた。
「ちょっ――」
抗議の声を上げる暇すらない。
光が収まる。
そして――
「うん! 似合ってるじゃない!!」
ミストルティン様が満足そうに頷いた。
「……」
「……」
「……」
厨房が静まり返る。
そこに立っていたのは先程までの諜報員風の女性ではなかった。
シンプルなシャツ。
細身のパンツ。
動きやすそうなパーカー。
どこにでもいそうな服装。
少なくとも一般人から見ればそうだろう。
「おおー」
「おぉ……」
メルとカイルが感心したような声を漏らす。
「違和感がないな」
ルーカスお兄様も頷く。
「普通に街を歩いてそうね」
アメリアお姉様も続く。
「……」
当の本人は固まっていた。
「リュシアさん?」
私が声を掛ける。
「……服が」
「はい」
「一瞬で着替えさせられたんですが?」
「そうですね」
「誰もそこにツッコまないんですか!?」
リュシアさんが叫ぶ。
しかし。
「ミストルティン様ですし」
「ミストルティン様だものね」
「ミストルティン様だからな」
「ミストルティン様ですから」
満場一致だった。
「便利ねー」
ミストルティン様本人まで頷いている。
「便利で済ませないでください!!」
リュシアさんの悲鳴が響く。
だが次の瞬間。
「というか」
カイルがじっとリュシアさんを見る。
「どうしました?」
「その服装だと本当に普通の人に見えますね」
「え?」
「確かに」
私は思わず頷く。
服装の効果もあるだろう。
だがそれ以上に。
「黙ってれば普通の綺麗なお姉さんですね」
「エレノア様?」
笑顔だった。
笑顔だったのだが。
何故かリュシアさんの額には青筋が浮かんでいた。
「今、黙ってればって言いました?」
「気のせいですよ」
「言いましたよね?」
「気のせいですね」
「絶対言いましたよね!?」
そんなやり取りをしていると――
パンパンッ!
ミストルティン様が手を叩いた。
「はい! それじゃあ出発するわよ!」
「えっ」
「えっ?」
私とリュシアさんの声が重なる。
「もうですか?」
「もうよ」
ミストルティン様は当然のように頷いた。
「準備終わったでしょ?」
言われてみればそうだった。
服装も問題ない。
荷物もスマホくらいだ。
「確かに……」
「よーし! 異世界ショッピングだー!」
メルが元気よく拳を突き上げる。
「観光もしたいわね!」
アメリアお姉様も楽しそうだ。
「前回行けなかった分楽しみだな」
ルーカスお兄様も頷く。
「だからサンドイッチの研究ですよね!?」
リュシアさんがツッコむ。
「研究よ?」
「研究ですね」
「研究だな」
「研究ですよー!」
全員が真顔で頷いた。
「絶対違いますよね!?」
しかし誰も答えない。
その代わり。
ミストルティン様が再び指を鳴らした。
次の瞬間。
足元に巨大な魔法陣が展開される。
「それじゃあ――」
ミストルティン様がニヤリと笑う。
「日本へ出発よ!」
光が溢れる。
「うわっ!?」
「きゃー!」
「おおっ!」
「本当に行くんですか!?」
そして。
最後まで納得していないリュシアさんの悲鳴と共に――
私達は日本へと旅立った。




