179話 増え続ける需要、次なる一手①
ーー王都・エレノアのアトリエ
ラグナード陛下との面会が終わった翌日――
調合室は朝から大混乱だった。
「商会の方! 完成品の陳列お願いします!」
「リリアさん! 瓶が足りません!」
「リオル! そこ違います!!」
普段であれば、ここまで慌ただしくなることはない。
だが今日は事情が違った。
昨日、ラグナード陛下との話し合いの結果、ユグアッシュ王国へ風邪薬を送ることが決まった。
しかも――
「明日までに千人分です!」
我ながら無茶な数字だと思う。
だが三百万人という感染者数を見てしまった以上、何もしないという選択肢は取れなかった。
その結果。
調合室は事実上パンクしていた。
「ポーションもう在庫ないです!!」
「はい!?」
思わず声が裏返る。
「さっき作ったばかりですよ!?」
「全部売れました!」
「早くないですか!?」
「私もそう思います!!」
そんなやり取りをしていると、商会の人が疲れ切った表情で呟いた。
「前から思っていましたけど……」
一拍。
「エレノア様が調合から離れると、生産速度が一気に落ちますよね……」
「……」
否定できなかった。
普段であれば私が中心となって調合を行っている。
そのため薬草の選別から調合、品質確認までの流れが非常に速い。
だが今回は違う。
風邪薬の量産に集中しているため、通常商品の調合にほとんど手が回っていない。
結果――
「ハイポーション在庫ゼロです!」
「ローポーション五十本注文入りました!」
「いけますか!?」
「いけるわけないでしょ!!!!!!」
思わず叫んでしまった。
「なんでこのタイミングなんですか!?」
「私に言われましても……」
商会の人が困ったように肩を竦める。
「というか最近ずっとこんな感じですよね……」
「ですよね……」
否定できなかった。
風邪薬の量産を始める前から需要は右肩上がりだった。
それなのに今は私が通常商品の調合から離れている。
当然、生産量は落ちる。
だが――
「お客様はそんな事情知りませんからね……」
「知っていても買いに来ると思います」
即答だった。
「否定できないのが嫌なんですけど……」
思わず遠い目になる。
すると――
「ちなみにパンの方も大変なことになっています」
商会の人がさらりと爆弾を投下した。
「……聞きたくないんですけど」
「私も報告したくありません」
「ならやめません?」
「無理です」
即答だった。
「最終的にはエレノア様の判断が必要なので……」
「嫌な予感しかしません」
私が頭を抱えると、商会の人は一枚の書類を差し出した。
「まずはこちらをご覧ください」
「見たくないです」
「見てください」
「はい……」
渋々受け取る。
そして内容を見た瞬間――
「増えてる……」
思わず呟いた。
「増えてますね」
商会の人も頷く。
「予約数が昨日比で三割増です」
「なんでですか?」
「私に聞かれましても……」
その言葉に反論できなかった。
「ちなみにお弁当も増えています」
「でしょうね」
「パンも増えています」
「でしょうね」
「このままだと需要をカバーできません」
「......」
思わず黙ってしまう。
「お米ってつい最近知られるようになったものですよね?」
「そうですね」
一拍。
「アトリエで販売したことによって認知されましたね」
「じゃあなんでこんなに売れるんですか?」
私には本気で分からなかった。
お米はこの国では一般的ではない。
お弁当文化も存在しない。
それなのに、何故か連日完売している。
すると商会の人は少し考えてから口を開いた。
「単純に美味しいからではないでしょうか」
「そんな理由ですか?」
「そんな理由です」
即答だった。
一拍。
「エレノア様は感覚が麻痺していますが、あのお弁当かなり美味しいですよ」
「そうですか?」
「そうです」
さらに一拍。
「量も多いですし」
「安いですし」
「持ち運びもできますし」
「冷めても食べられますし」
「何よりお腹いっぱいになります」
私は思わず黙り込んだ。
言われてみればその通りだった。
「それにですね」
商会の人は苦笑する。
「皆が食べたことのない物というのも大きいと思います」
「あー……」
それは少し納得した。
ポーションもそうだった。
新商品もそうだった。
人は新しい物に興味を持つ。
「つまり珍しいからですか?」
「最初はそうでしょうね」
一拍。
「ですが今は違います」
商会の人は手元の書類を軽く叩いた。
「一度食べた人が、また買いに来ているんです」
「……」
「つまりリピーターですね」
その言葉に私は天井を見上げた。
嫌な予感しかしない。
「もしかして……」
「はい」
商会の人は静かに頷いた。
「これ、まだ増えます」
「聞きたくなかったです……」
「いかがなさいますか……?」
商会の人が恐る恐る尋ねる。
「どうしましょうかね……」
思わず天井を見上げる。
正直なところ、私にも妙案はなかった。
お弁当を販売した。
売れた。
想定以上に売れた。
だから生産量を増やした。
それでも売れた。
結果として今に至る。
「予約制を強化しますか?」
「多分意味ないですね」
即答だった。
予約枠が埋まるだけだろう。
「値上げは?」
「それも微妙です」
量が多くて安いのは確かだが、だからといって急激な値上げをするつもりはない。
何より――
「目的は利益の最大化じゃなくて、お客さんに食事を届けることですし」
「ですよね……」
商会の人も頷く。
しばらく沈黙が流れる。
そして――
「お弁当の種類を増やしますか......」
私がそう言うと、商会の人が首を傾げた。
「種類を増やす……ですか……」
商会の人は首を傾げる。
あまりピンと来ていないようだった。
まあ無理もない。
この世界ではあまり一般的ではない食べ物だからだ。
「はい」
私は頷く。
「多分ですけど、お弁当だけでは限界があります」
一拍。
「だから別の方向から需要を分散させます」
「なるほど……?」
理解したような、していないような返事だった。
「では営業終了後に会議室で話し合いましょう」
商会の人がそう提案する。
今は風邪薬の調合もある。
お客さんも次々とやって来る。
ここで長々と話している余裕はなかった。
「お願いします」
私は素直に頷いた。
そして――
「エレノア様! 風邪薬百本分完成しました!」
「瓶が足りません!」
「ハイポーション二十本予約入りました!」
「だから無理ですって!!!!!!」
結局。
この混乱は珍しく午後まで続くのであった。
ーーその夜
アトリエ運営メンバーは、もう何度目かも分からない会議を開いていた。
議題は――
パンとお弁当の需要増加についてである。
前回との違いを挙げるとすれば、会議室のメンバーに神族組が含まれていることだろう。
そして、その神族組はというと――
「このお茶美味しいわねー!」
「このクッキーとの相性も最高だわ!」
「おかわりあるかしら?」
……。
私は静かに額を押さえた。
「ミストルティン様」
「なにかしら?」
「お茶会じゃありませんよ?」
私がそう言うと、ミストルティン様は不思議そうに首を傾げた。
「でもお茶とお菓子があるじゃない」
「ありますね」
「ならお茶会でしょう?」
「違います」
即答だった。
一拍。
「これは会議です」
「似たようなものじゃない?」
「全然違います」
即答だった。
すると商会の人が小さく咳払いをする。
「話を戻してもよろしいでしょうか……?」
「お願いします」
私は即答した。
「それよりも早くデイリーやろうよ!!」
ミストルティン様が何か言った気がしたが、聞かなかったことにした。
「お弁当の販売開始から一週間以上が経過しましたが、売上は当初の想定を大きく上回っています」
別の商会の人が資料を見ながら説明する。
一拍。
「現在の販売数は販売開始当初の七倍以上です」
会議室が静まり返る。
「正式に主力商品として採用しても問題ない水準かと思われます」
「そうですか……」
正直あまり嬉しくなかった。
嫌な予感しかしないからだ。
「そして問題はこちらです」
商会の人が次の資料を取り出す。
「現状はエレノア様が保有している米の備蓄によって何とかなっています」
一拍。
「ですが、このままのペースで販売が続いた場合――」
さらに一拍。
「一ヶ月も持たないものと推測されています」
「……ですよね」
思わず頭を抱えた。
むしろ一ヶ月持つだけ優秀な気がする。
「つまり」
私は確認するように口を開く。
「お弁当は売れ過ぎている」
「はい」
「パンも売れ過ぎている」
「はい」
「そして材料も足りなくなる」
「はい」
即答だった。
聞きたくなかった。
「ですので現状の課題として、お米の確保と惣菜パンの生産量をどのように増やすかが今回の議題になります」
会議室に静寂が訪れる。
誰もが問題の深刻さを理解しているのだろう。
そんな中――
「議題とは少し異なりますが、商会の方々もいらっしゃいますので先に報告させていただきます」
私が静寂を破るように口を開く。
全員の視線が集まった。
「風邪薬の件ですが、無事予定数の製造が完了しました」
一拍。
「子供用シロップ薬五百人分」
さらに一拍。
「丸薬千人分です」
商会の人達が一斉に目を見開く。
「もう完成したのですか……?」
「はい」
私は頷く。
「ですので、ユグアッシュ王国への配送手配をお願いします」
その言葉に商会の人達は顔を見合わせる。
そして――
「承知いたしました」
代表者が深々と頭を下げた。
「今夜中に手続きの対応いたします」
どうやら一つ目の問題は何とかなりそうだった。
もっとも――
「問題は二つ目なんですけどね……」
私は資料へ視線を落とす。
そこには、お弁当とパンの販売数が綺麗に右肩上がりを続ける数字が並んでいた。
見なかったことにしたかった。
「現状どこをどう見ても足りないですよね……」
私が資料を見ながら呟く。
「厄介なことに王都ではお米の生産を行っていません」
商会の人が補足する。
一拍。
「輸入に頼らざるを得ないとなると、販売は非常に不安定になる可能性があります」
確かにその通りだった。
今は何とかなっている。
だが需要が増え続ければ、いずれ仕入れだけでは追いつかなくなる。
そんな中――
「でしたら今後のことを考えて、大規模農場を作るのが良いのではないでしょうか?」
フィリアさんが提案する。
「作るとして、どこに作るんですか?」
率直な疑問だった。
王都近郊の土地事情は決して簡単ではない。
全く土地がない訳ではない。
だが大規模農場となると話は別だ。
何故なら王都では人口増加を見据え、将来的な拡張用地を王家が確保しているからである。
住宅地。
商業区。
工房区。
そして防衛設備。
様々な用途を想定し、あえて未開発の土地を残しているのだ。
「普通に考えれば難しいですね……」
商会の人も頷く。
「王都周辺で新たに大規模農場を作る許可が下りる可能性は低いかと」
会議室が静まり返る。
すると――
「それなら陛下に聞けばいいじゃない」
ソフィア様がクッキーを食べながらあっさりと言った。
全員が固まった。
「そう簡単な話じゃないんですよ……」
「そうですかね?」
フィリアさんが首を傾げる。
「エレノア様なら、ほぼ間違いなく許可が下りると思いますけどね」
「何を根拠に言っているんですか……」
私は眉をひそめた。
確かに陛下との関わりは深い。
相談すれば話を聞いてくれるだろう。
むしろ陛下なら――
『構わん』
の一言で終わる気すらする。
だが、それとこれとは話が別だった。
「私としてはあまり気が進みませんね……」
そう言うと会議室の視線が集まる。
一拍。
「お店の問題を国の土地で解決するのは違うと思うんです」
私は正直な考えを口にした。
王都近郊の土地は貴重だ。
人口増加。
都市拡張。
防衛設備。
様々な用途を見据えて確保されている。
そんな土地を、自分のお店の都合だけで使うのは気が引けた。
「ですが、お米が足りないのは事実です」
フィリアさんは続ける。
一拍。
「大規模農場を作るとなれば、必然的に雇用も生まれます」
さらに一拍。
「王都への食料供給も安定しますので、相談してみる価値は十分にあるかと」
「なるほど……」
確かに理屈は分かる。
分かるのだが――
「では、私の方から陛下へ上申しておきます」
「アランさん!?」
思わず声を上げる。
するとアランさんは平然と周囲を見渡した。
「異論のある方はいらっしゃいますか?」
「「「「ありません」」」」
全員が即答した。
「異議あり!!!」
私も即答した。
だが――
「全会一致ですね」
「ですね」
「ですねー」
「良かったわね」
「決まりですね」
私の意見だけが綺麗に無視された。
「聞いてくださいよ!?」
思わず机を叩く。
しかし会議室の空気は既に次の議題へ移っていた。
納得いかない。
「では次の議題はパンの問題をどうするかですね……」
フィリアさんが資料をめくる。
するとメルが静かに口を開いた。
「現状、惣菜パンの売れ行きがかなり凄いことになってるんですよね」
一拍。
「主食用のパンもですけど」
そう言って苦笑するメル。
だが実際問題、その通りだった。
惣菜パンの対策を考えた。
↓
お弁当を販売した。
↓
お弁当が大人気になった。
↓
惣菜パンの売上はほとんど変わらなかった。
結果――
問題が一つ増えただけだった。
「どうしてこうなったんでしょうね……」
思わず遠い目になる。
「私達も知りたいです」
商会の人が即答する。
「普通なら需要が分散するはずなんです」
一拍。
「ですが実際は、お弁当を買う人が増えただけでした」
「ですよね……」
つまり。
惣菜パンを買う人は惣菜パンを買う。
お弁当を買う人はお弁当を買う。
そして両方買う人まで現れた。
意味が分からない。
「つまり」
私は資料を見ながら呟く。
「お弁当は惣菜パンの代替にならなかった」
「そういうことになります」
会議室に重たい沈黙が流れた。
つまり。
問題は何一つ解決していなかった。
「正直、お弁当だけでは限界ですね……」
フィリアさんが静かに言う。
「そうですね」
私は頷く。
「需要そのものが増えていますからね……」
商会の人が疲れたように呟く。
その言葉に全員が頷いた。
問題は供給不足だけではない。
食事を求める人そのものが増えているのだ。
会議室に再び沈黙が訪れる。
誰もが考えている。
どうすればこの状況を打開できるのか。
お米の確保。
パンの増産。
農場計画。
生産設備の増強。
人員の確保。
どれも必要だ。
だが――
それだけでは足りない。
需要そのものが増え続けている以上、生産量を増やすだけではいずれ限界が来る。
そんなことを考えていると――
「そういえばエレノア様」
商会の人が静かに口を開いた。
「なんですか?」
「先程おっしゃっていた件です」
一拍。
「アトリエでお弁当以外の商品を増やすとのことでしたが……」
さらに一拍。
「詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」
その言葉に全員の視線が私へ集まる。
メルも。
リリアさんも。
商会の人も。
皆興味津々といった様子だった。
「そうでしたね」
私は軽く頷く。
そして――
「サンドイッチを販売しようと思っています」
会議室が静まり返った。




