178話 王の願い、少女の決断②
「余の国を救ってほしい」
その一言が休憩室に落ちた。
私は思わず固まる。
季節外れの風邪。
ユグアッシュ王国。
国王自らの来訪。
全てが一本の線で繋がった。
そして――
私は静かに天井を見上げる。
……やっぱり。
面倒事だった。
「突然こんなことを言われて困惑するのは重々承知している」
一拍。
「だが、もうほかに手段がないのだ」
ラグナード陛下は静かにそう言った。
その表情に焦りはない。
だが――
諦めにも似た疲労が滲んでいた。
「我が国の医師達は既に総動員している」
「神官達も同じだ」
一拍。
「王立研究機関も原因究明に当たっている」
さらに一拍。
「それでも解決の糸口が見つからぬ」
部屋が静まり返る。
「患者数は増え続けている」
「幸い死者はまだ出ていない」
「だが、このまま放置すればどうなるか分からぬ」
ラグナード陛下は拳を握り締めた。
「余は王だ」
一拍。
「だからこそ民を守らねばならない」
その言葉には重みがあった。
ただ助けを求めているのではない。
出来ることは全てやった上で。
それでも解決できなかったからこそ。
隣国の王へ頭を下げ。
そして今。
一人の少女へ助けを求めているのだ。
「どうか頼む!!!!!!」
ラグナード陛下は突然立ち上がった。
そして――
深々と頭を下げる。
休憩室が静まり返った。
誰も動かない。
誰も声を出せない。
それほどまでに衝撃的な光景だった。
「ラグナード陛下!?」
思わず私も立ち上がる。
国王だ。
一国の頂点に立つ人物だ。
そんな人物が私へ頭を下げている。
「本来であれば王たる者が軽々しく頭を下げるべきではない」
ラグナード陛下は顔を上げない。
一拍。
「だが」
その声は僅かに震えていた。
「余の大切な国民が苦しんでいる」
さらに一拍。
「子供も」
「老人も」
「漁師も」
「兵士も」
「皆が辛い思いをしている」
握られた拳に力が入る。
「そんな状況で王の威厳やプライドなど気にしている余裕はない」
一拍。
「余は王だ」
「だからこそ民を守らねばならない」
そして――
ラグナード陛下はもう一度頭を下げた。
「どうか……」
「どうか、お願いします!!!!!!」
「ラグナード陛下!」
思わず声を上げる。
「まずは状況を教えていただけないと、どうすることもできません!」
一拍。
「まずは落ち着いてください!」
休憩室が静まり返る。
数秒後。
ラグナード陛下はゆっくりと息を吐いた。
どうやら少しだけ冷静さを取り戻したらしい。
「……すまない」
そう言って再び席へ腰を下ろす。
先程までの威厳ある国王ではない。
民を救いたい一人の王の姿だった。
「余も少々取り乱していたようだ」
「お気持ちは分かります」
私は静かに頷く。
「ですが、原因も症状も分からない状態では何とも言えません」
一拍。
「まずは詳しく聞かせてください」
ラグナード陛下は真剣な表情で頷いた。
「分かった」
そして一度言葉を整理するように目を閉じる。
「最初に異変が確認されたのは南部の港町だ」
「港町?」
「うむ」
一拍。
「最初は数人だった」
「発熱」
「咳」
「倦怠感」
「どこにでもある風邪だと思われていた」
私は黙って続きを促す。
「だが患者は減らなかった」
ラグナード陛下の表情が険しくなる。
「数日後には家族へ」
「さらに近隣住民へ」
「気付けば町全体へ広がっていた」
休憩室の空気が少し重くなる。
「症状自体は重くない」
「高熱が続く者もいるが死者は出ておらぬ」
「だが治りが異常に遅い」
一拍。
「一度回復したと思った者が再び熱を出す事例も確認されている」
その言葉に私は眉をひそめた。
風邪にしては妙だ。
「神官様は診たんですか?」
「ああ」
ラグナード陛下は頷く。
「回復魔法も試した」
「浄化魔法も試した」
「だが効果は限定的だった」
今度は私だけではない。
リュシアさんもアランさんも表情を変える。
神官。
医師。
研究機関。
その全てが動いている。
それでも解決していない。
「ちなみに患者さんは今どのくらいですか?」
私がそう尋ねると。
ラグナード陛下は少しだけ言い淀んだ。
その反応だけで嫌な予感がした。
そして――
「正確な数字ではないが……」
そう前置きしてラグナード陛下は私の前へ一枚の書類を差し出した。
「拝見します」
私は書類を受け取り内容へ目を通す。
そこにはユグアッシュ王国医師会が把握している感染者数や症状、地域ごとの発生状況が事細かに記載されていた。
そして――
「三百万人超えですか……」
思わず声が漏れる。
ユグアッシュ王国の人口を考えれば異常な数字だった。
確かに症状だけを見れば風邪に似ている。
だが。
ここまで大規模に感染するというのはおかしな話だ。
「頭痛に吐き気」
「関節痛」
「高熱」
「咳」
「倦怠感……」
一つずつ症状を確認していく。
「そして人によっては咽頭痛」
一拍。
「完治後も長引く咳ですか……」
「子供と高齢者が重症化している例もある……」
ラグナード陛下が静かに付け加える。
私は無言のまま書類へ視線を落とした。
頭痛。
吐き気。
関節痛。
高熱。
咳。
倦怠感。
そして咽頭痛。
症状だけを見れば確かに風邪に近い。
むしろ非常によく似ている。
だが――
「三百万人規模」
思わず小さく呟く。
普通の風邪ならここまで大騒ぎにはならない。
もちろん流行することはある。
だが国王自らが隣国へ助けを求めるほどの事態には発展しないはずだ。
私はさらに資料を読み進める。
発症地域。
患者数。
年代。
職業。
そして重症化率。
「……?」
ある項目で手が止まった。
もう一度確認する。
見間違いではない。
「ラグナード陛下」
私は顔を上げた。
「何か気付いたのか?」
「ここ最近、何か動物の輸入をしましたか?」
その言葉にラグナード陛下が目を瞬かせる。
どうやら予想外の質問だったらしい。
「動物?」
「はい」
私は静かに頷く。
「家畜でも構いません」
「ペットでも構いません」
一拍。
「とにかく最近になって国外から持ち込まれた生き物です」
ラグナード陛下は腕を組み記憶を辿る。
しばらくして――
「いや」
ラグナード陛下は首を横に振った。
「すまないが輸入関係は余は把握しておらん……」
一拍。
「だが、動物が何か関係するのか?」
「はい」
私は即答する。
「そこまで医学は詳しくありませんが――」
そう前置きしてから推測を述べる。
「恐らくですが、インフルエンザという感染症を疑っています」
「いん……ふるえんざ?」
聞き慣れない単語だったのだろう。
ラグナード陛下が眉をひそめる。
陛下やアランさん達も同じ反応だった。
「私が知る感染症の一つです」
一拍。
「症状も比較的似ています」
私は資料へ視線を落とす。
「発熱」
「咳」
「倦怠感」
「咽頭痛」
「関節痛」
さらに一拍。
「子供や高齢者が重症化しやすいという特徴もあります」
休憩室が静まり返る。
「そして非常に感染力が強い」
一拍。
「これらは動物が感染源になることがとても多いんです」
「動物が……?」
ラグナード陛下が僅かに眉をひそめる。
私は静かに頷いた。
「鳥」
「豚」
「その他の家畜や野生動物」
一拍。
「そういった生き物の間で流行していた病気が、人間へ感染することがあります」
休憩室が静まり返る。
「もちろん全てがそうとは限りません」
「ですが、最初に港町で発生していること」
「そして異常な速度で感染が拡大していること」
さらに一拍。
「症状も比較的近いことを考えると、可能性としては十分あり得ます」
私は資料へ視線を落とす。
感染者数。
発生時期。
発生地域。
その全てを改めて確認する。
そして――
「さらに言えば」
一拍。
「感染が発生している地域が王都を境に明確に分かれているんです」
ラグナード陛下が僅かに眉をひそめた。
「何か問題があるのか?」
「普通の風邪なら不自然です」
私は即答する。
「人の往来が多い王都を経由している以上、本来であれば王都周辺でも同程度の感染拡大が起きているはずです」
一拍。
「ですが実際には南部を中心に広がっている」
さらに一拍。
「しかも最初の発生は港町です」
私は資料の地図部分を指差した。
「つまり感染源が人そのものではなく、特定の地域や物資、あるいは動物に紐付いている可能性があります」
休憩室が静まり返る。
「もちろん推測です」
「ですが現時点の情報だけなら、私はかなり可能性が高いと考えています」
ラグナード陛下の表情が僅かに険しくなる。
「それは自然治癒するものなのか……?」
「することはします」
私は頷いた。
一拍。
「ですが、おすすめはできませんね」
淡々と事実を述べる。
「ラグナード陛下は、人間の身体が何度まで耐えられるかご存じですか?」
「いや……」
ラグナード陛下は首を横に振る。
私は資料を机へ置いた。
「人間の身体は非常に精密です」
一拍。
「ですが、その分熱に弱い」
さらに一拍。
「高熱が長期間続けば体力を大きく消耗します」
「それは理解できる」
「問題はそこからです」
私は続ける。
「人間は高熱に弱いんです」
一拍。
「四十度近い熱が続くだけでも身体への負担は非常に大きい」
さらに一拍。
「そしてインフルエンザは人にもよりますが四十度近い熱が出ることがあります」
ラグナード陛下が険しい表情を浮かべる。
「それほどなのか……」
「はい」
私は頷く。
「特に子供や高齢者は体力が少ない」
一拍。
「病気そのものよりも高熱や合併症によって命を落とすこともあります」
休憩室が静まり返る。
「幸い資料を見る限り死者はまだ出ていないようですが……」
私は再び書類へ視線を落とした。
「三百万人規模で感染している以上、いつ状況が変わってもおかしくありません」
「治療法はあるのか?」
ラグナード陛下は静かに問う。
「あります」
一拍。
「ただし、これがインフルエンザでなかった場合は根本的な部分から探さないといけませんね……」
休憩室が静まり返る。
ラグナード陛下は私の次の言葉を待っていた。
「ですが」
私は資料を軽く叩く。
「少なくとも何も分からない状況ではありません」
一拍。
「症状はあります」
「感染地域も分かっています」
「患者数も把握できている」
さらに一拍。
「ここまで情報が揃っているなら調査は可能です」
ラグナード陛下の表情が僅かに明るくなる。
「では……」
「ただし」
私は言葉を遮った。
「実際に患者さんを診察しないと断定はできません」
一拍。
「資料だけで病気を決めつけるのは危険ですから」
前世でもそうだった。
症状が似ている病気はいくらでもある。
だからこそ現物確認が必要になる。
「なるほど……」
ラグナード陛下は深く頷く。
「つまり余の国へ来てもらう必要があるのだな」
「そうなりますね」
私は素直に認めた。
そして資料を閉じる。
「ただ、一つだけ安心してください」
その言葉に全員の視線が集まる。
「少なくとも、この資料を見る限り」
一拍。
「現時点で打つ手がない状況ではありません」
それは慰めではない。
純粋な事実だった。
症状がある。
感染経路の候補もある。
そして何より――
原因として疑わしいものも見えている。
「だからまずは確認です」
一拍。
「その病気が本当にインフルエンザなのか」
「それとも別の病気なのか」
私はラグナード陛下を真っ直ぐ見た。
「全てはそこからですね」
休憩室が静まり返る。
そして――
「セレスティア伯爵殿」
ラグナード陛下はゆっくりと口を開く。
「余の国――ユグアッシュ王国へ来ていただくことはできるだろうか……?」
その言葉に私はすぐには答えなかった。
代わりに机の上の資料へ視線を落とす。
三百万人。
異常な感染拡大。
そして子供や高齢者の重症化。
見過ごせる話ではない。
だが――
「正直に言います」
私は静かに口を開いた。
「現実としてかなり難しいです……」
ラグナード陛下の表情が僅かに曇る。
だが私は構わず続けた。
「まず私一人の判断では動けません」
一拍。
「そしてアトリエ運営だけでも現状かなり手一杯なんです」
私は苦笑しながら続ける。
「先程の様子をご覧になったのでしたら、なんとなくお察しになるかと思いますが……」
一拍。
「あれでもまだ落ち着いている方なんです」
ラグナード陛下が僅かに目を見開いた。
「……あれでか?」
「はい」
私は即答する。
「午前中はもっと酷いですよ」
一拍。
「開店直後からお弁当とパンを求めるお客様で店内が埋まりますし、最近は予約と受け取りだけでかなりの人数になります」
さらに一拍。
「ポーションもありますからね」
私は軽く肩を竦める。
「正直、私自身もどうしてこうなったのか分かっていません」
その言葉に陛下が吹き出した。
「余も同感だ」
「え?」
「初めて訪れた時は静かなアトリエだったからな」
一拍。
「まさかここまで大きくなるとは思わなかった」
休憩室に少しだけ笑いが広がる。
だが――
「それでも」
私は表情を引き締めた。
「三百万人という数字を見てしまった以上、何もしないという選択肢もありません」
ラグナード陛下が顔を上げる。
「……!」
「まずは対処療法にはなってしまいますが」
一拍。
「風邪薬をユグアッシュ王国へ輸出します」
休憩室が静まり返る。
「そして、それでどの程度効果があるのかを確認したいです」
さらに一拍。
「もし症状の改善が見られるのであれば、私の推測は正しい可能性が高い」
「逆に効果が薄いのであれば、別の病気を疑わなければなりません」
私は資料へ視線を落とした。
「現地へ行くかどうかは、その結果を見てから決めさせてください」
「……!」
ラグナード陛下の目が大きく見開かれる。
恐らく。
断られることも覚悟していたのだろう。
だからこそ。
「本当に良いのか……?」
そんな言葉が漏れた。
「そこまで多くは送れませんが、それでもよければ……」
ラグナード陛下の表情が僅かに明るくなる。
そして――
「可能であればポーションも送ってほしい」
その言葉に私は即座に首を横に振った。
「それは無理です」
即答だった。
休憩室が静まり返る。
「すまない」
ラグナード陛下は小さく頭を下げた。
「無理を承知で言った」
「いえ」
私は首を横に振る。
「そもそもポーションで治すのは感染した人にとっても良いことは何一つないので……」
「というと……?」
ラグナード陛下が首を傾げる。
私は資料を閉じながら説明する。
「仮にこれがインフルエンザだった場合――」
一拍。
「ポーションで熱や咳を治したとしても、病原体そのものが消えるとは限りません」
休憩室が静まり返る。
「本人は治ったと思うでしょう」
「熱も下がる」
「身体も楽になる」
さらに一拍。
「ですが、まだ感染力を持っている可能性があります」
ラグナード陛下の表情が徐々に険しくなる。
「つまり……」
「はい」
私は頷いた。
「本人は元気になったつもりで仕事へ戻る」
「家族と接触する」
「市場へ行く」
「そして周囲へ広げる」
一拍。
「結果として感染拡大を加速させる危険があります」
部屋が静まり返る。
「だからこそ重要なのは病人を無理やり動かすことではなく、しっかり休ませることです」
さらに一拍。
「熱を下げる」
「水分を補給する」
「栄養を摂る」
「そして十分な休養を取る」
「これが基本になります」
ラグナード陛下は腕を組みながら考え込む。
「なるほど……」
ラグナード陛下が静かに頷く。
「それに」
私は続ける。
「ポーションで治しても抗体はできませんしね」
「こうたい?」
聞き慣れない言葉だったのだろう。
ラグナード陛下が首を傾げる。
「あー……」
私は少し考える。
この世界には免疫学なんて存在しない。
どう説明したものか。
「簡単に言うとですね」
一拍。
「人間の身体には一度かかった病気を覚える仕組みがあります」
「ほう」
「もちろん完全ではありません」
さらに一拍。
「ですが一度戦った病気には次から強くなりやすいんです」
ラグナード陛下は感心したように頷く。
「なるほど」
「だからこそ、軽症で済む人まで全員ポーションで治すのは必ずしも良いことではありません」
私は資料を指先で軽く叩く。
「重症なら話は別です」
一拍。
「命の危険があるなら迷わず使うべきです」
「だが軽症者まで使う必要はないと?」
「はい」
私は頷いた。
「限られたポーションを使うなら、本当に必要な人へ優先して使うべきです」
さらに一拍。
「それに三百万人規模となると、そもそも数が足りません」
休憩室が静まり返る。
「だから私は風邪薬を提案しています」
「症状を抑えながら休養してもらう」
「重症者だけを重点的に治療する」
「そして感染経路を調査する」
私はラグナード陛下を見る。
「まずはそこからですね」
「なるほど……」
ラグナード陛下は静かに頷いた。
先程までの焦りが完全に消えたわけではない。
だが少なくとも何をすべきかは見えてきたらしい。
「こちらも最低千人分は毎日送れるように頑張りますので、まずはそれで試してみてください」
その言葉にラグナード陛下が目を見開く。
「千人分を毎日だと……?」
「はい」
私は頷く。
「もちろんアトリエの通常業務もありますので無限には作れません」
一拍。
「ですが、人命が関わっていますからね」
さらに一拍。
「優先順位は上げます」
休憩室が静まり返る。
ラグナード陛下はしばらく何も言わなかった。
そして――
「……感謝する」
絞り出すような声だった。
「本当に感謝する」
王としてではない。
一人の人間としての言葉だった。
「まだ感謝されるには早いですよ」
私は苦笑する。
「そもそも私の推測が外れている可能性もありますし」
一拍。
「薬が効かなければ振り出しです」
「それでもだ」
ラグナード陛下は首を横に振った。
「余の国のために動いてくれる」
「それだけで十分ありがたい」
そう言って深々と頭を下げる。
今度は先程のような悲壮感ではない。
希望を見出した者の礼だった。
「この恩は決して忘れぬ」
一拍。
「そして――」
さらに一拍。
「この借りは、いつか必ず返そう」
「別に不要ですよ」
即答だった。
「え?」
今度はラグナード陛下が固まる番だった。
「私としては当然のことをしているだけです」
一拍。
「それに人の命を助ける行為に、お礼を求める趣味はないので」
はっきりと言う。
そのやり取りにセレディア国王はクスッと笑った。
「やはりエレノア嬢は不思議だな」
一拍。
「普通なら褒美を求める者が大半だろう」
ラグナード陛下も苦笑する。
「全くだ」
さらに一拍。
「余がこれまで会ってきた貴族や商人であれば、ここぞとばかりに条件を並べただろうな」
そう言って私を見る。
「だが――」
一拍。
「だからこそ貴殿は多くの者から慕われているのだろう」
その言葉に私は首を傾げた。
「そういうものなんですかね?」
本気で分からなかった。
私としては困っている人を助けているだけだ。
ポーションも。
お弁当も。
パンも。
全部その延長線上でしかない。
「そういうものだ」
ラグナード陛下は迷うことなく頷く。
「人はな」
一拍。
「自分の利益だけを考える者より、自分以外のために動ける者を信頼する」
さらに一拍。
「だからこそ貴殿の店には、あれほどの人が集まるのだろう」
私は思わず窓の外を見る。
相変わらず列は長い。
午前中ほどではないが、それでも十分異常な長さだった。
「うーん……」
やっぱりよく分からない。
「分かっていない顔をしているな」
「分かってないです」
即答だった。
その瞬間。
「ぶふっ」
陛下が吹き出した。
「そこは否定しないのか」
「分からないものは分からないので」
正直にそう答えると、休憩室に小さな笑いが広がる。
「エレノア嬢らしいな」
陛下が苦笑する。
「そうですか?」
「そうとも」
一拍。
「エレノアは昔から褒美はいらないと言っておったからな」
ラグナード陛下も苦笑を浮かべる。
「その言葉を余の国の貴族や商人どもに聞かせてやりたいものだ」
一拍。
「普通なら功績に見合う褒美を求める」
「爵位」
「領地」
「金銭」
「誰しも何かしら望むものだ」
陛下はどこか懐かしそうに笑った。
「だから余は事前に伯爵位を授けることを決めていた」
「……待て」
ラグナード陛下が思わず口を挟む。
「事前に決めていただと?」
「ああ」
陛下は平然と頷く。
「どうせ褒美はいりませんと言うと思ってな」
一拍。
「だから先に決めておいた」
「案の定、『褒美はいりません』と言われたが」
「言いましたね」
私も頷く。
「そんな大したことはしていませんし」
その瞬間。
ラグナード陛下は額へ手を当てた。
「なるほど……」
一拍。
「余は今、セレディア国王が何故そこまで貴殿を信頼しているのか理解できた気がする」




