177話 王の願い、少女の決断①
ーー王都・エレノアのアトリエ
「今日はお弁当を一般販売千食分と予約分五百食作った!」
「パンもいっぱい!」
「ポーションもいっぱいある!」
「よし! 開店しても大丈夫です!」
一つずつ指差し確認しながら頷く。
普段であれば、こんな入念な確認はしない。
というか、する必要がない。
なぜなら――
『どうせ午前中で全部完売するから』
その一言に尽きる。
だが今日は違う。
ここ最近、お弁当の人気が完全に予想を超えていたからだ。
私の想定では売れはする。
だが、それでも主役はパン。
お弁当はあくまで補助商品。
パンの売り切れによる提供待ちを緩和するための商品という認識だった。
なぜなら、お米は王国ではまだ一般的な食べ物ではない。
それに加え、お弁当という文化そのものが浸透していない。
この世界において弁当は――
『極貧生活を送る者が節約のために持ち歩く食事』
そんなイメージがあまりにも強かった。
だから私は考えた。
まずは長期間販売を続ける。
少しずつ認知度を上げる。
そして最終的にはパンと並ぶ主力商品へ育てる。
その結果として、パンの売り切れによる提供待ちを解消する。
……そのはずだった。
だが現実は――
「お弁当四人分ください!」
「焼きそばパン七個!」
「日替わりパン二十個とお弁当一人分くれ!」
「今日のお弁当まだありますか!?」
「家族の分も欲しいんだが!」
「昨日は買えなかったから今日は朝から並んだぞ!」
開店と同時に店内へ注文が殺到する。
気付けばお弁当は飛ぶように売れ、パンも次々と棚から消えていく。
補充。
販売。
補充。
販売。
その繰り返し。
「どうしてこうなった……」
思わず本音を呟く。
正直、訳が分からない。
「エレノア様のお弁当は、既に王都では有名ですからね……」
商会の人が呟く。
だが――
「はい……?」
私は空いた口が塞がらなかった。
「お弁当の販売開始から、まだ一週間しか経ってませんよね……?」
「そうですね」
商会の人が即答する。
「安い上に量が多くて、お腹いっぱいになる」
一拍。
「そういった口コミが広がった結果ですね……」
その言葉に、非常に嫌な予感を覚えた。
そんなことを考えていると、表情に出ていたのだろう。
商会の人が静かに呟く。
「エレノア様の予感は当たっていると思いますよ」
一拍。
「もしかしたら対策の対策を講じないといけないかもしれません」
聞きたくない言葉だった。
そんなやり取りをしていると――
表がやけに騒がしくなる。
正確に言えば、店の前はいつも騒がしい。
お店に並ぶ人。
通りを行き交う人。
活気のある商業区らしい賑わいが常にある。
だが、それとは明らかに違った。
ざわめきの種類が違う。
何かを警戒するような。
何かを迎えるような。
そんな空気だった。
「……?」
思わず窓の外へ視線を向ける。
すると――
通りの中央に騎士達が整列していた。
しかも一人や二人ではない。
道を封鎖するように規則正しく並び、周囲へ鋭い視線を向けている。
それでいて不思議なことに、アトリエへ並ぶ列だけは妨げないよう配慮されていた。
「何かあったんですかね?」
私が首を傾げる。
だが商会の人も分からないらしく、小さく首を横に振った。
そして――
遠くから馬車の車輪の音が聞こえてきた。
ガラガラガラ……
複数。
それも貴族のものと思われる豪華な馬車だ。
騎士達の緊張が一段階高まる。
その様子を見た瞬間。
私は嫌な予感を覚えた。
……何だろう。
「……すごく面倒事の匂いがする」
思わず本音が漏れる。
すると隣で様子を見ていたリュシアさんが静かに呟いた。
「ユグアッシュ王国騎士団の紋章ですね……」
「ユグアッシュ王国?」
私は窓の外を見ながら首を傾げる。
確か――
「前に陛下が言っていた、季節外れの風邪が流行っている国ですよね……?」
「そうですね」
リュシアさんは小さく頷く。
その表情は普段通りだ。
だが護衛隊員達は既に周囲への警戒を強めている。
その様子を見た瞬間。
嫌な予感がさらに強くなった。
「この段階から嫌な予感しかしないんですけど……」
「多分」
リュシアさんが即答した。
一拍。
「エレノア様の想像通りになると思いますよ」
「聞きたくなかったです……」
私は思わず頭を抱えた。
まだ何も起きていない。
何も言われていない。
それなのに――
なぜか既に面倒事へ巻き込まれる未来だけは見えていた。
――その日の午後。
午前の営業を終えた私達は、二階の休憩スペースで昼食を取っていた。
メニューは最近定番となりつつある梅おにぎり。
それに味噌汁、唐揚げ、サラダを添えた簡単なものだ。
とはいえ味は保証済み。
商会の人もリュシアさんも、とても美味しそうに食べている。
「パンも良いですけど、おにぎり最高です!!!」
リュシアさんが口いっぱいにおにぎりを頬張る。
もう何個目なのか分からない。
「おかわりありますか!?」
「ありますけど食べ過ぎじゃないですか?」
「大丈夫です!」
即答だった。
何が大丈夫なのだろう。
「塩味と梅の酸味が絶妙なんです!」
「それに味噌汁との相性が神です!」
「神です!」
力説された。
そんなに気に入ったのだろうか。
私は味噌汁を一口飲みながら首を傾げる。
前世ではごく普通の昼食だった。
だがこの世界では米自体が珍しい。
当然、おにぎりも味噌汁も一般的ではない。
だからなのかもしれない。
「エレノア様は本当に変な料理ばかり考えますね……」
商会の人が苦笑する。
「褒めてます?」
「褒めています」
即答だった。
その時――
コンコン。
休憩室の扉がノックされた。
全員の動きが止まる。
昼休憩中に来客は珍しい。
ましてや二階まで上がってくるとなれば尚更だ。
「失礼します」
扉の向こうから聞こえてきた声はアランさんだった。
そして次の一言で――
昼食の空気は一瞬で吹き飛ぶことになる。
「エレノア様、お食事中失礼いたします」
一拍。
「陛下と来客の方が、エレノア様との面会を希望されております」
その瞬間。
私は箸を持ったまま固まった。
おおよそ誰なのかは察しがつく。
というか――
察したくなかった。
……予感的中。
リュシアさんも商会の人も何とも言えない表情をしている。
多分同じことを考えているのだろう。
「エレノア様が決めてもらって良いとのことですが、いかがなさいますか?」
アランさんが静かに問い掛ける。
私は少しだけ考え――
「午後なら構いません」
そう答えた。
一拍。
「今日は予約分が多くて屋敷へ戻れそうにありません」
「ですので、こちらへ来ていただけますか?」
アランさんは静かに頷く。
「承知いたしました」
一拍。
「そのようにお伝えいたします」
そう言って部屋を後にする。
扉が閉まる音が響く。
そして数秒後――
「……来ちゃったかぁ」
思わず本音が漏れるのだった。
昼食を食べ終え、少し休憩した後――
私達は午後の営業を再開した。
午前中のような殺人的な混雑こそない。
だが、それでも店の前には列ができている。
十分すぎるほど繁盛していた。
ここ最近は午後の営業をメルのお店が担当することも多い。
そのため、アトリエ側は比較的落ち着いている。
とはいえ――
暇というわけではない。
アトリエのカウンターには呼び鈴が置かれ、その横には大きな木製の看板が立て掛けられていた。
⸻
本日分は全て完売しました。
予約をされた方のみ販売いたします。
明日の予約受付はセレディア王国民の方のみとなります。
⸻
そんな内容が大きく書かれている。
それでも。
「予約の商品を受け取りに来ました」
「ポーションの予約をしていた者です」
「明日の予約をお願いします」
来店する人は後を絶たない。
むしろ最近は――
商品を買いに来るというより、予約や受け取りのために来る人の方が多くなっていた。
「本当にすごいことになりましたね……」
商会の人が感心したように呟く。
「私もそう思います……」
正直な感想だった。
このお店を開店した時は、もっと静かなお店になると思っていた。
朝は焼き上がるパンの香ばしい匂いを楽しみながら調合する。
お昼頃には少しお客さんが来る。
そして夕方にはのんびり翌日の仕込みや準備をする。
そんな感じのお店だと思っていたのだ。
だが現実は違う。
口コミは想像以上の速度で広がった。
一般市民。
冒険者。
商人。
貴族。
少しずつ客層を広げながら、気付けば王都でも有名なお店になっていた。
暇で閑古鳥が鳴いているよりはいい。
だが――
忙し過ぎるのはもっと嫌だった。
そんなことを考えながら視線を隣へ向ける。
一方、メルのお店はというと――
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
情けない声が聞こえてきた。
どうやら大口注文が入ったらしい。
つい先程補充したばかりのパンが、一瞬で消滅したようだった。
「メルさん! 主食パン二十本追加です!」
「惣菜パンも全部なくなりました!」
「生地の製作追いつかないです!」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
完全に処理能力を超えている。
それでも手だけは止まらない。
次々と焼き上がるパン。
次々と消えていくパン。
まるで補充と販売を永遠に繰り返す魔道具でも見ている気分だった。
「……大丈夫ですかね」
思わず呟く。
「大丈夫じゃないと思います」
商会の人が即答した。
「ですよね……」
そんな午後を過ごしていると――
一台の馬車がアトリエの前へ停車した。
「……?」
思わず首を傾げる。
陛下と来客の方が訪ねてくるとは聞いていた。
だが、目の前に停まった馬車はあまりにも普通だった。
王家の紋章もない。
豪華な装飾もない。
どこにでもいる商人や貴族が使っていそうな馬車だ。
「誰ですかね……?」
「さあ……」
リュシアさんも首を傾げている。
すると馬車の扉が開き、中から数人の男性が降りてきた。
そして――
そのまま列を無視して店内へ入ってくる。
「おい!」
当然のように怒声が飛ぶ。
「並んでいる列が見えないのか!?」
「順番守れ!」
周囲からも不満の声が上がる。
だが先頭の男性は慌てる様子もなく軽く手を上げた。
「すまない」
落ち着いた声だった。
「客ではあるが、店主と商談の約束があってな」
一拍。
「少し失礼するよ」
そう言って店内へ入ってくる。
そして真っ直ぐこちらへ歩いてきた。
周囲の客達が不思議そうな顔で見守る中――
男性は柔らかく笑う。
「忙しいところすまないな、エレノア嬢」
その声。
その話し方。
そして、その妙に堂々とした雰囲気で――
私はようやく気付いた。
「……陛下?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
目の前の男性は苦笑しながら肩を竦めた。
「アトリエへ来てほしいとのことだったからな」
一拍。
「今日は一般市民と変わらない装いをさせてもらった」
さらに一拍。
「このタイミングで王家の紋章が入った馬車で来れば、大騒ぎになるのは目に見えているからな……」
そう言って陛下は店内を見渡す。
予約客。
商品を受け取りに来た人々。
そして店の外まで続く長蛇の列。
その光景を見て、私も思わず苦笑する。
「確かに大騒ぎになりますね……」
「だろう?」
陛下も小さく笑った。
私は店内を見回す。
このまま入口で話を続ければ、間違いなく注目を集める。
というか既に集まっている。
「とりあえず、ここで立ち話もあれですから」
一拍。
「こちらへどうぞ」
そう言って私は陛下達を二階の休憩スペースへ案内した。
休憩用とはいえ、普段から来客対応にも使っている部屋だ。
テーブルとソファもあるし、話をする場所としては十分だろう。
「何か飲みますか?」
席へ案内しながら尋ねる。
「いや、お構いなく」
陛下が首を横に振る。
すると隣にいた壮年の男性も頷いた。
「突然押しかけたのはこちらだからな」
「一応お茶はお出ししますね」
そう言って私は人数分のマグカップを用意する。
そして普段から飲んでいる緑茶を注いだ。
湯気と共に独特の香りが広がる。
「ほう……」
隣の壮年の男性がマグカップへ視線を向ける。
「これは?」
「緑茶です」
一拍。
「私が普段飲んでいる飲み物ですね」
そう説明すると、壮年の男性は興味深そうにマグカップを見つめた。
「これがお茶なのか……?」
「東の国ではよく飲まれているものです」
一拍。
「茶葉自体は同じなんですけど、加工方法や乾燥の仕方で味や色が大きく変わるんですよ」
「なるほど」
壮年の男性は小さく頷く。
そして恐る恐るマグカップへ口を付けた。
数秒。
静寂が流れる。
やがて――
「……ほう」
感心したような声が漏れた。
「これは面白いな」
一拍。
「苦みはあるが不快ではない」
「むしろ後味はかなりすっきりしている」
どうやら気に入ったらしい。
陛下も同じように口を付ける。
「確かに悪くないな」
一拍。
「相変わらず変わった物を作る」
「褒め言葉として受け取っておきます」
私がそう返すと、陛下は苦笑した。
しばらく和やかな空気が流れる。
だが――
本題を忘れている者は誰もいない。
壮年の男性はマグカップを静かに置く。
そして私へ向き直った。
その瞬間。
先程までの穏やかな雰囲気が少しだけ変わった。
「さて」
一拍。
「まずは自己紹介をしよう」
そう言って男性は静かに立ち上がる。
「余はラグナード・フォン・ユグアッシュ」
「ユグアッシュ王国の国王を務めている」
一拍。
「本日は急な来訪にも関わらず、お会いいただき感謝する」
そう言ってラグナードは静かに頭を下げた。
王としては異例とも言える行為だった。
少なくとも――
私が知る貴族達ならまずやらない。
「えっと……」
私は思わず陛下を見る。
すると陛下は苦笑しながら頷いた。
どうやら本当に国王らしい。
「セレスティア伯爵殿」
ラグナードは改めて私へ視線を向ける。
その眼差しは鋭い。
だが威圧するためのものではない。
長年王として国を治めてきた者特有の重みだった。
「突然押しかけるような形になってしまったことは謝罪しよう」
一拍。
「だが、それほど急を要する事情だったのだ」
「突然押しかけるような形になってしまったことは謝罪しよう」
一拍。
「だが、それほど急を要する事情だったのだ」
ラグナード陛下の声音は真剣そのものだった。
先程までのお茶の話とはまるで違う。
この人は本気で国を救う方法を探している。
そんなことが嫌でも伝わってくる。
そして――
「セレスティア伯爵殿」
ラグナード陛下は真っ直ぐ私を見る。
「どうか余の話を聞いてほしい」
部屋の空気が静まり返る。
陛下も。
アランさんも。
リュシアさんも。
誰一人として口を開かない。
私は静かに頷いた。
「わかりました」
一拍。
「それで、ご用件は?」
その瞬間。
ラグナード陛下は小さく息を吐く。
そして――
「余の国を救ってほしい」
その一言が休憩室に落ちた。
私は思わず固まる。
季節外れの風邪。
ユグアッシュ王国。
国王自らの来訪。
全てが一本の線で繋がった。
そして――
私は静かに天井を見上げる。
……やっぱり。
面倒事だった。




