176話 隣国の異変、国王来訪
ーーセレディア王国・南部国境地帯
セレディア王国とユグアッシュ王国を通る街道は、今日も穏やかな空気が流れており草木が海風によってゆらゆらと揺れている。
街道を南に少し進むと先程と打って変わって重苦しい石レンガでできた要塞のような建物が姿を現す。
そこはセレディア王国とユグアッシュ王国が共同で管理する国境検問所ーー
今日も多くの商人や乗合馬車が国境を通過しようと長蛇の列ができている。
だが、今日はいつもと違い列が全く進まない。
「おい! まだ進まねぇのか!?」
「前みりゃあわかるだろ!!」
一分一秒を無駄にしたくない商人達は苛立ちを露わにしている。
中には――
「おい! ブレーキついてないのか!?」
苛立ちから無理やり前へ進もうとした馬車が、前の荷馬車へ側面から接触する騒ぎまで起きていた。
ガシャン!
木材同士がぶつかる鈍い音が響く。
「何しやがる!」
「そっちが道を空けねぇからだろうが!」
一拍。
「ここはお前の家の庭じゃねぇんだぞ!!」
「ふざけるな!」
荷台から木箱が一つ転げ落ち、周囲から悲鳴が上がる。
当然――
「こちらはセレディア王国国境警備隊だ!」
警備兵達が駆け寄る。
「貴様を器物損壊及び秩序違反で拘束する!」
「はぁ!? チンタラ検問してるからこうなってんだろうが!」
一拍。
「そんなテメェらに拘束される筋合いなんてねぇ!」
そう言って警備兵へ掴みかかろうとする。
だが――
「拘束」
短い一言だった。
次の瞬間。
商人の腕が後ろへ捻り上げられる。
「がっ!?」
何が起きたのか理解する暇すらない。
周囲にいた警備兵達が一斉に動き、あっという間に地面へ押さえ付けていた。
「公務執行妨害を追加する」
「ま、待て!」
「連行しろ」
容赦はなかった。
だが、この拘束に対し他の商人や乗合馬車の御者達から一斉に非難の声が飛び交う。
「無理やり前に出ようとしたのは擁護できねぇ!」
一拍。
「だが元を正せば、お前らがチンタラ検問してるからこんな事態になったんだろうが!!!!」
その声に同意するように周囲からも声が上がる。
「そうだそうだ!」
「そんなことしてる暇があるなら、とっとと通せ!!」
「もう何時間待たせる気だ!」
「商品が腐っちまったら責任取ってくれるんだろうな!?」
「こっちは商売で来てるんだぞ!」
不満は既に限界へ達していた。
普段なら多少待たされても文句は出ない。
だが今日は違う。
列はほとんど進まず、理由の説明もない。
その結果――
検問所全体が険悪な空気に包まれていた。
完全に流れは市民側優勢の空気。
このまま乱闘へ発展する――
誰もがそう思った、その時だった。
「こちらはセレディア王国国境警備隊総責任者ユスタフだ!」
その声は検問所全体へ響き渡った。
拡声魔法によって増幅された声は、怒号すら飲み込むほどの圧力を持っている。
ざわめきが止まる。
全員の視線が要塞上部へ集まった。
そこには、一人の壮年の騎士が立っていた。
白髪混じりの短髪。
幾つもの戦場を潜り抜けてきたことを物語る傷跡。
そして何より――
歴戦の軍人特有の威圧感。
「国境検問所規定法第十条に定める規定により、これ以上の問答は規定違反として厳罰の対象となることを警告する」
一拍。
「また列を乱した者は、馬車の操縦資格を剥奪することも併せて警告する」
さらに一拍。
「本件は要人通行に対する検問所封鎖であるため、異議は受け付けないものとする」
その声に感情はなかった。
怒りもない。
苛立ちもない。
ただ事実を告げているだけだった。
だからこそ重い。
ざわついていた商人達が次々と口を閉ざしていく。
国境警備隊総責任者。
その肩書きは伊達ではない。
そして何より――
彼の言葉には「本当に実行する」という確信があった。
資格剥奪。
営業停止。
拘束。
その全てが脅しではなく現実なのだと、ここにいる誰もが理解していた。
結果として。
先ほどまで怒号で満ちていた検問所は、不気味なほど静まり返ることとなった。
だが、完全に納得した者は誰もいない。
資格剥奪。
それは多くの商人や御者にとって生活の糧を失うことを意味する。
露頭に迷う危険すらある以上、従うしかない。
そんな空気そのものだった。
そして――
それから三十分後。
睨みを利かせるために配置されていた国境警備隊の姿勢が一斉に正される。
ざわついていた商人達も、その異変に気付いた。
次の瞬間。
拡声魔法によって増幅された声が検問所全体へ響き渡る。
「こちらはセレディア王国国境警備隊」
その声は先程までとは明らかに違っていた。
警告ではない。
儀礼用の声音。
「これよりユグアッシュ王国国王陛下御一行が入国する」
一拍。
「関係者以外の者はその場を動かず、静粛を維持されたし」
その瞬間――
検問所全体がどよめいた。
「おい……ユグアッシュ王国国王陛下が来るって話あったか……?」
「そんなの聞いてねぇぞ……」
「王族ならともかく国王だぞ……?」
商人や乗合馬車の御者達が一斉にざわつく。
当然だ。
国王の外国訪問など本来なら事前に広く通達される。
ましてや隣国の国王ともなれば尚更だった。
「静粛に!」
鋭い声が響く。
「不敬罪で拘束されたいのか?」
警備兵が槍の石突きを地面へ打ち付ける。
ガンッ――!
重い音が響いた。
同時に鋭い眼光が群衆を射抜く。
その圧力に商人達は思わず口を閉ざした。
納得したわけではない。
だが今この場で逆らう気にもなれなかった。
そして――
遠方から複数の馬蹄の音が聞こえ始める。
やがて街道の先に姿を現したのは、ユグアッシュ王国騎士団の紋章を掲げた二騎の先導騎士だった。
青と白の旗が海風を受けて大きくはためく。
その後方には、対物理・対魔法の双方を想定した重武装の護衛部隊。
槍兵。
盾兵。
そして魔導師達。
隙のない陣形を維持したままゆっくりと検問所へ近付いてくる。
その中央――
まるで守られるように進む一台の豪華絢爛な馬車。
車体にはユグアッシュ王家の紋章が刻まれており、金細工と青い装飾が陽光を反射して輝いている。
誰が見ても分かる。
あれは貴族の馬車ではない。
王族専用の馬車だ。
そして。
その規模。
護衛の数。
装飾の格。
全てが示していた。
「あれ……本当に国王陛下か……?」
誰かが呆然と呟く。
冗談ではなかった。
誇張でもなかった。
本当に――
ユグアッシュ王国国王がセレディア王国へやって来たのだ。
そしてその後ろを護衛騎士達が続く。
剣を帯びた騎士。
長槍を携えた騎士。
そして魔導師達。
その誰もが周囲へ鋭い視線を向けながら進んでいく。
まるで一つの軍隊だった。
誰一人として声を上げない。
ただ整然と。
静かに。
国王の馬車を守るように通り過ぎていく。
そして最後尾の護衛部隊が通過すると、街道沿いに配置されていた隊員達は順次持ち場へ戻っていく。
「これより国境検問所の業務を再開する」
一拍。
「必要書類と身分証の事前準備をするように」
拡声魔法による声が再び検問所全体へ響き渡る。
ようやく列が動き始めた。
商人達は不満そうな顔をしながらも、それ以上文句を言うことはない。
実際に国王が通った以上、納得するしかなかったからだ。
やがて検問所はいつもの喧騒を取り戻し――
先程までの緊張が嘘だったかのように、穏やかな海風が吹き抜けていくのだった。
ーー王城・貴賓室
過去にはエレノアや褒章を授与された英雄達など、多くの重要人物が案内されてきたこの部屋。
本来であれば豪華絢爛という言葉が相応しい場所だった。
磨き上げられた大理石。
精巧な彫刻が施された柱。
王家の威光を示す数々の装飾品。
だが今日に限っては、その華やかさよりも別のものが目立っていた。
騎士だ。
部屋の出入口。
窓際。
壁際。
ありとあらゆる場所へ騎士達が配置されている。
その数は異常と言っても良かった。
誰一人として気を緩めていない。
手はいつでも剣へ届く位置。
視線は絶えず周囲を警戒している。
まるで戦場の最前線だ。
それも当然だった。
本日、この部屋へ招かれているのは――
隣国ユグアッシュ王国の国王その人なのだから。
部屋の中央。
来客用のソファへ腰掛けた壮年の男性が静かに口を開く。
年齢は五十代半ばほど。
セレディア国王よりも遥かに年上。
長い年月を王として生きてきた者特有の威厳と、見る者を圧倒する鋭い眼光を併せ持っている。
その一挙手一投足に、自然と周囲の視線が集まる。
ユグアッシュ王国国王――ラグナード・フォン・ユグアッシュ。
「突然の来訪でありながら歓迎していただけたこと、感謝する」
落ち着いた声音だった。
だが、その一言だけで場の空気が引き締まる。
単なる貴族ではない。
一国を統べる王の言葉だ。
「気にされるな、ラグナード陛下」
セレディア国王は穏やかに微笑む。
「隣国の王を迎えるのは当然の礼儀だ」
一拍。
「もっとも――」
その声音が僅かに真剣味を帯びる。
「事前の使者もなく、陛下自ら来訪されたとなれば話は別だ」
「余程の事情がおありと見受けする」
「まずはご用件を伺ってもよろしいか?」
セレディア国王はそう問い掛ける。
もっとも。
全く心当たりがないわけではない。
ユグアッシュ王国で発生している季節外れの風邪。
その被害については既に外務大臣や諜報部隊から報告を受けている。
そして――
ユグアッシュ王国がエレノアの派遣を要請していることも。
むしろ。
ラグナード国王が自ら来訪したことで、その可能性は確信へと変わっていた。
セレディア国王は表情を変えない。
だが内心では既に答えへ辿り着いている。
だからこそ。
それを自ら口にすることはなかった。
まずは相手の言葉を待つ。
それが外交というものだからだ。
「まずはご用件を伺ってもよろしいか?」
静かな問いだった。
ラグナードは数秒ほどセレディア国王を見つめる。
その視線には王としての威厳と覚悟が宿っていた。
やがて――
「単刀直入に言おう」
貴賓室の空気がさらに引き締まる。
周囲に控える騎士達も自然と背筋を伸ばした。
「我が国を救ってほしい」
その言葉に場が静まり返った。
予想していた。
していたが。
隣国の国王自らが口にすると重みが違う。
ラグナードは続ける。
「既に報告は届いているだろう」
「ユグアッシュ王国では現在、原因不明の風邪が流行している」
一拍。
「死者こそ出ていない」
「だが患者数は増加を続けている」
さらに一拍。
「港湾労働者」
「漁師」
「商人」
「兵士」
「身分を問わず広がり続けている」
その声には焦りこそない。
だが長く国を治めてきた王だからこそ分かる危機感が滲んでいた。
「国内の医師達も治療に当たっている」
「神官達も回復魔法を用いている」
「だが決定的な解決には至っておらぬ」
ラグナードはゆっくりと息を吐く。
そして。
「そこで名が挙がったのが貴国のセレスティア伯爵殿だ」
貴賓室の空気が僅かに揺れた。
ラグナードの視線が真っ直ぐセレディア国王へ向けられる。
「なるほど......」
陛下は静かに呟く。
驚きはない。
むしろ予想通りだった。
ユグアッシュ王国で発生している季節外れの風邪。
そしてラグナード国王自らの来訪。
この二つが重なれば答えは一つしかない。
「セレスティア伯爵の派遣をご希望ということですかな?」
確認するように問い掛ける。
ラグナードは迷うことなく頷いた。
「その通りだ」
一拍。
「我が国の医師も神官も最善を尽くしている」
「だが原因の特定には至っておらぬ」
「被害は今も広がり続けている」
その声音は落ち着いている。
だが長年国を治めてきた王だからこそ分かる焦燥が僅かに滲んでいた。
「故に余はここへ来た」
「国の命運を左右しかねぬ問題だからだ」
そう言ってラグナードはセレディア国王を真っ直ぐ見据える。
「どうかセレスティア伯爵殿の力を貸していただきたい」
ラグナードはセレディア国王の目をじっと見つめる。
既に把握している情報と照らし合わせても、話に不自然な点はない。
対帝国戦線においてユグアッシュ王国は非常に重要なパートナーだ。
出来ることなら力になりたい。
そう思う気持ちに偽りはなかった。
だが――
答えなど最初から決まっていた。
セレディア国王は静かに息を吐く。
「ラグナード陛下」
その声に貴賓室の空気が僅かに引き締まる。
「先に申し上げておく」
一拍。
「余はセレスティア伯爵に命令することはできぬ」
その言葉に周囲の騎士達が僅かに目を見開いた。
だがラグナードは驚かない。
むしろ予想していたかのように静かに続きを待っている。
「もちろん爵位上は我が国の貴族だ」
一拍。
「だが、セレスティア伯爵は国家機密に該当する人物であり、この国にとって極めて重要な存在でもある」
更に一拍。
「もちろん余が命じれば動くとは思う」
「だが、余は本人の意思を尊重している」
貴賓室が静まり返る。
「故に」
「この場で派遣を約束することはできぬ」
「まずは本人へ事情を説明し、その意思を確認させてもらいたい」
セレディア国王はラグナードを真っ直ぐ見据える。
「それが余の答えだ」
その答えが貴賓室へ静かに落ちる。
ラグナードは数秒の間、セレディア国王を見つめていた。
そして――
「やはり外務大臣が言っていた発言は全て真実だったか」
小さく笑みを浮かべた。
驚きはない。
むしろ確認が取れたという表情だった。
「正直に言えば半信半疑だった」
一拍。
「一介の伯爵が王命よりも本人の意思を優先される」
「そのような貴族がいるとはな......」
ラグナードは小さく肩を竦める。
「余も長く王をやっている」
一拍。
「有能な者を重用する王も見てきた」
「英雄を厚遇する王も見てきた」
更に一拍。
「だが、ここまで自由を認められている貴族は聞いたことがない」
その言葉に貴賓室の空気が僅かに揺れる。
しかしラグナードは責める様子も皮肉を言う様子もない。
むしろ感心しているようにすら見えた。
「だが」
ラグナードは静かに続ける。
「だからこそ理解もできる」
「あのポーションの性能が桁外れなことと、アトリエに並ぶ行列を見てしまったら余だって簡単には動かせんな」
一拍。
「あれはもはや一貴族の領分を超えている」
「下手に囲えば国が混乱する」
「強引に命じれば反発も招くだろう」
さらに一拍。
「だからこそ余は直接来た」
ラグナードは真っ直ぐセレディア国王を見る。
「王に頼めば済む話ではないと理解していたからだ」
「セレスティア伯爵殿へ話を通すのであれば、まずは貴殿へ筋を通さねばならぬ」
「そう判断した」
貴賓室に静寂が落ちる。
外交辞令ではない。
隣国の国王が自ら国境を越えてやって来た理由。
それが今、はっきりと言葉になった。
「なるほど」
セレディア国王は静かに頷く。
「事情は理解した」
一拍。
「ならば余からも一つ確認したい」
「何だ?」
「もしセレスティア伯爵が協力を承諾した場合」
陛下の声が僅かに低くなる。
「貴国は彼女の安全を保証できるのか?」
その瞬間――
貴賓室の空気が再び張り詰めた。
「彼女……ということは女性なのだな」
ラグナードが僅かに眉を上げる。
「まだ成人していない少女だ」
セレディア国王は淡々と答えた。
「……何?」
初めてだった。
ラグナードの表情が明確に崩れたのは。
「待て」
一拍。
「余は今まで何度も報告書を読んだ」
「国の研究機関を遥かに超す超高品質ポーション」
「あまりにも品質が良すぎる品物」
一拍。
「そんな芸当ができるのは少なくとも四十は超えた超熟練だと思っていたが......」
ラグナードは言葉を失った。
報告書には年齢までは記されていなかった。
それもそのはずで、セレスティア伯爵に関する情報は陛下により徹底的に秘匿されている。
調合環境。
警備規模。
家族構成に至るまで。
アトリエと直接関わらない情報は、この国を支える重鎮達を除いて公開されることはない。
ましてや――
錬金術に関するレシピや製法は、陛下ですら知らない。
「驚くかもしれないが」
セレディア国王は静かに続ける。
「セレスティア伯爵は六歳の頃から王城へポーションを納品している」
一拍。
「そして、そのレシピを知る者は存在しない」
ラグナードの眉が僅かに動いた。
「六歳......だと?」
「ああ」
セレディア国王は静かに頷く。
「そして、そのセレスティア伯爵に命を救われた者は多い」
一拍。
「余自身もそうだ」
「王妃も」
「王子も」
「王女も」
「そして、この国の民もな」
貴賓室が一瞬静まり返る。
「余は王だ」
一拍。
「だからこそ理解している」
「国の利益を優先しなければならない時があることもな」
ラグナードは黙って続きを待つ。
「だが」
セレディア国王の声が僅かに低くなる。
「そんな恩しかない少女を"王命"で縛ることはできん」
一拍。
「それは恩を仇で返す行為だからだ」
さらに一拍。
「余は王である前に一人の人間だ」
「受けた恩を忘れるほど落ちぶれてはいない」
静かな言葉だった。
だが、その場にいる誰もが理解した。
これは交渉ではない。
セレディア国王の信念そのものだ。
「だからこそ余は彼女を守る」
一拍。
「国を挙げて」
「全力でな」
そしてセレディア国王はふっと笑みを浮かべた。
「もちろん、恩以外にも理由はある」
「ほう?」
ラグナードが興味深そうに眉を上げる。
すると陛下は少しだけ苦笑した。
「そして――」
一拍。
「セレスティア伯爵の不興を買いでもしたら、この国が焦土と化しかねん」
貴賓室が静まり返る。
「……冗談か?」
ラグナードが探るように問い返す。
「どう受け止めるかはそちらに任せる」
セレディア国王は肩を竦めた。
「だが――」
一拍。
「魔法の才は人間の領域を超えているとだけ言っておこう」
「……」
ラグナードは何も言わなかった。
言えなかった。
王として長く生きてきた。
英雄も見た。
大魔導師も見た。
戦争も見た。
だが。
目の前の男は誇張するような人物ではない。
むしろ逆だ。
必要以上に物事を語らない人物として知られている。
その男が。
"人間の領域を超えている"
と評したのだ。
「なるほど……」
ラグナードはゆっくりと息を吐く。
「貴国が国家機密として扱う理由がよく分かった」
一拍。
「そして余が軽々しく要求できる相手ではないこともな」
さらに一拍。
「だが、俄然セレスティア伯爵に興味が湧いた」
その言葉にセレディア国王は表情を引き締める。
「それは、セレスティア伯爵と会いたいということで受け止めても良いか?」
「構わん」
ラグナードは迷うことなく頷いた。
「むしろ一度直接話をしてみたい」
一拍。
「報告書だけでは分からぬこともある」
「そうか」
セレディア国王は静かに頷いた。
「ならば手配しよう」
ラグナードが僅かに目を細める。
だが――
「もっとも」
一拍。
「会うかどうかを決めるのは余ではない」
「……」
「セレスティア伯爵本人だ」
貴賓室が静まり返る。
「確実に会えるという保証はできないがそれでも良いか?」
その問いにーー
「セレディア国王が大事にする少女だ」
一拍。
「そんな少女に無理やり会いでもしたら関係が崩れる」
さらに一拍。
「もし断られたらその時は潔く引こう」
ラグナードの言葉を受け、セレディア国王は静かに頷く。
「分かった」
一拍。
「ならば本人へ打診を送ろう」
そう言って誰もいない空間へ視線を向ける。
一見すると意味のない動作。
だが、この場にいる重鎮達は理解していた。
王族直属の諜報組織――通称"影"。
王の目となり耳となる存在。
そして、その影を通してエレノアの警護を専門に担う王命錬金護衛隊へ面会の打診を送るという意味でもある。
当然ながら返事はない。
だが、それで十分だった。
既に命令は伝達されたも同然だからだ。
「返答が届くまで少々時間を頂きたい」
セレディア国王はラグナードへ視線を戻す。
「もちろん構わん」
ラグナードは即座に頷いた。
「本来であれば余が突然押しかけた側だ」
一拍。
「待つことに異論はない」
その答えを聞き、セレディア国王は静かに頷く。
こうして――
ユグアッシュ王国国王ラグナード・フォン・ユグアッシュと、
セレスティア伯爵ーーエレノアとの面会に向けた話が動き始めるのだった。




