174話 冒険者の悩み、新たな挑戦⑥
ーー王都・エレノアのアトリエ
会議の翌日――
私はいつも通りアトリエで作業していた。
もっとも作業しているのはポーションではなく、お弁当用の梅干しの試行錯誤である。
「リオル! それ刻んどいてくれ!」
「エリシアさん確認お願いします!」
「ちょっと! リオル薬草まだなの!?」
後ろでは慌ただしくポーションの作成が行われていた。
相変わらず大忙しである。
何度か、
「やっぱり手伝った方がいいよね......?」
と声は掛けた。
だが――
「「「エレノア様は、梅干しとやらの開発に専念してください!!!」」」
こうもはっきり言われると流石に引き下がるしかない。
「そこまで言わなくても......」
私が少し肩を落とす。
するとリオルが薬草を刻みながら言った。
「だってエレノア様が手伝うと作業速度は上がりますけど、新商品の開発は進まないじゃないですか」
「それは......そうだけど」
「それに」
今度はエリシアさんが苦笑しながら続ける。
「私達が頑張ればポーションの生産量は少し増えます」
一拍。
「でもエレノア様しか作れないものは、エレノア様がやるしかありません」
「ぐっ......」
正論だった。
反論できない。
その結果、一人で梅干しの開発を淡々と行っている。
尚――
現在三回目の実験を行っている。
「うーん......」
私は目の前に並べられた梅を見つめる。
一回目。
味がかなり悪い上、変な甘みが出た。
完全に失敗である。
「なんで甘くなったんだろう......」
原因はなんとなく分かっている。
熟成工程を再現しようとして、余計な部分まで変化させてしまったのだ。
結果として梅干しではなく謎の甘酸っぱい何かが完成した。
食べられなくはない。
だが梅干しではない。
二回目。
色が変になったうえ、めちゃくちゃ硬かった。
「石かな?」
思わずそう呟いてしまったほどである。
試しに机へ置いてみたところ。
コンッ。
と良い音がした。
「駄目ですねこれ」
即座に失敗箱行きだった。
そして現在。
三回目である。
見た目はかなり良い。
香りも悪くない。
触った感触もそれっぽい。
問題は味だった。
私は目の前の梅を一つ摘み上げる。
「お願いします......」
誰にともなく祈りながら口へ運んだ。
数秒後――
「味は良いけど酸味が足りない!」
思わず叫んでいた。
「また失敗ですか......?」
カイルが心配そうに覗き込んでいる。
「おいしいんだけど、私が目指す味ではないんだよね......」
私がそう答えると、カイルは首を傾げた。
「エレノア様って料理人でしたっけ?」
「違うよ?」
即答だった。
「錬金術師だよ?」
「ですよね」
カイルも即答する。
一拍。
「なんでそんなにこだわってるんですか?」
「商品だから」
私は迷わず答えた。
「どうせ売るなら良いものを売りたいし」
「エレノア様らしいですね」
カイルは苦笑しながらそう言うと、そのまま作業へと戻っていった。
そして再びアトリエに薬草を刻む音が響き始める。
だが実際問題――
"梅干し"という食べ物はこの世界には存在しない。
少なくとも私は聞いたことがなかった。
東の国まで行けば似たようなものが存在する可能性はある。
だが、それはあくまで可能性だ。
そもそも材料自体は王都で揃う。
梅もある。
塩もある。
それならわざわざ遠方から輸入するより、自作した方が圧倒的に安い。
コスト面を考えてもその方が合理的だった。
それに――
仮に輸入品が存在したとしても。
必ずしも私が求める味とは限らない。
塩分濃度。
酸味。
食感。
熟成具合。
梅干しと言っても、その味は一つではないのだ。
ならば。
「自分で作った方が早いよね」
私は小さく呟く。
幸いなことに。
私には錬金術がある。
材料もある。
時間短縮もできる。
つまり。
納得するまで試作を繰り返すという、本来なら不可能な力技が可能だった。
普通の料理人なら半年。
あるいは一年掛かる試行錯誤を、一日で何十回も行える。
冷静に考えるとかなり反則である。
「便利だなぁ......」
自分で言うのもなんだが便利だった。
もっとも。
その便利な錬金術を使ってなお苦戦しているのが今なのだが。
「うーん......」
私は再び試作品へ視線を向ける。
味は良い。
本当に良い。
商品として出しても問題ないくらいには完成している。
だが。
「違うんだよなぁ......」
あと少し。
本当にあと少しだけ足りない。
完成度としては十分に高いとは思う。
それこそ、あっちの世界のスーパーで売られていた梅干しにかなり近い。
商品として考えれば合格点どころか優秀な部類だろう。
実際、これをおにぎりの具材として使っても十分美味しいはずだ。
だが――
私が求めているのは違う。
「違うんだよなぁ......」
思わず呟く。
私が再現したいのは市販品ではない。
おばあちゃんが作っていた梅干しだ。
ものすごくしょっぱい。
ものすごく酸っぱい。
今思い返しても顔をしかめたくなるくらい強烈な味だった。
子供の頃は正直苦手だったと思う。
それでも。
夏になると食卓へ並び。
おにぎりの中に入っていて。
熱を出した時にはお粥と一緒に出てきた。
そんな当たり前の存在だった。
「懐かしいな......」
ぽつりと呟く。
思い出補正があることも分かっている。
実際に今食べたら、塩辛すぎて驚くかもしれない。
それでも。
私の中で"梅干し"と言えばあの味なのだ。
だからこそ納得できない。
スーパーの梅干しとしては完成している。
商品としても十分。
なのに。
私の中の基準だけが首を縦に振らなかった。
「もっと酸っぱいはずなんだよね......」
私はメモ帳へ視線を落とす。
塩分濃度。
熟成工程。
水分量。
どれも大きな間違いはない。
だが何かが足りない。
あの一口食べた瞬間に目が覚めるような強烈な酸味が。
「......よし」
私は椅子から立ち上がる。
「一回リフレッシュしよう!」
考えても答えが出ない時は一度頭を空っぽにする。
これも大事なことだ。
私はアトリエの二階へ上がる。
そしてベランダへ出た。
初夏の風が頬を撫でる。
王都の街並みを見下ろしながら、私は椅子へ腰掛けた。
「ふぅ......」
思わず息が漏れる。
アトリエの中からは相変わらず慌ただしい声が聞こえていた。
薬草を運ぶ音。
瓶を並べる音。
誰かが作業指示を飛ばす声。
店の前では騎士団員たちが警戒に当たり、その向こうには相変わらず長い列ができている。
今日も平常運転である。
私は苦笑しながらタブレットを起動した。
特に目的があるわけではない。
ただ頭を切り替えたかっただけだ。
画面を眺めながらぼんやりする。
王都の空は青い。
雲がゆっくり流れている。
平和だ。
少なくとも今この瞬間だけは。
「梅干しかぁ......」
ぽつりと呟く。
スーパーの梅干しなら再現できた。
商品としても十分。
それなのに納得できない。
完全に私の我儘だった。
私は椅子へ深くもたれ掛かる。
そして空を見上げながら呟く。
「赤紫蘇があればなー......」
実際、私が一番悩んでいるのはそこだった。
梅。
塩。
熟成。
その辺りは錬金術でどうにでもなる。
だが赤紫蘇だけは別だ。
あの独特の香り。
あの風味。
そして何より、あの鮮やかな赤色。
私が知る梅干しには欠かせない存在だった。
もちろん無くても梅干しは作れる。
実際、今目の前にある試作品だって十分梅干しだ。
だが何かが足りない。
どこか物足りない。
その理由が赤紫蘇ではないかと私は考えていた。
「でも無いんだよねぇ......」
私はため息を吐く。
少なくとも王都の市場では見たことがない。
薬草として流通している可能性も考えた。
だが、それらしい情報は見つからなかった。
この世界では別の名前で呼ばれているのか。
そもそも存在しないのか。
その辺りも分からない。
「うーん......」
私はタブレットを眺めながら唸る。
そんなことを考えていると――
「やっと見つけたー!!」
「いつもの場所にいないからびっくりしたー!」
聞き慣れた声と共に、小さな影が空から降ってきた。
精霊達だった。
数人の精霊が私の周囲をふよふよと飛び回っている。
「エレノアー!」
「持ってきたよー!」
「褒めて褒めてー!」
皆やたらと上機嫌だ。
その手には屋敷の庭で育てている薬草を大量に抱えている。
この傍から見れば馬鹿みたいに生産されていくポーションは精霊たちがいるお陰で成り立っている。
「これ追加の薬草だよー!」
そう言いながら私の膝の上へ次々と積み上げていく。
「わっ!?」
私は慌てて受け止めた。
抱えきれないほどの薬草が膝の上へ積み上がる。
「ありがとうね」
そう言いながら、私は一番近くにいた精霊さんの頭を薬指でそっと撫でた。
「えへへー♪」
精霊さんが嬉しそうに笑う。
すると、
「ずるーい!」
「私もー!」
「なでてー!」
次々と精霊達が集まってきた。
私は苦笑しながら順番に頭を撫でていく。
「はいはい」
「いつも頑張って育ててくれているもんね」
そう言いながら一人一人時間をかけて撫でていく。
一通り撫で終わった頃――
「えへへー♪」
「褒められたー!」
「今日もいっぱい育てたよー!」
精霊達は満足そうにその場をくるくる飛び回る。
相変わらず元気だった。
そんな様子を見ていると、一人の精霊がふと首を傾げた。
「エレノア、何してたのー?」
「難しい顔してたー」
「またポーション失敗したのー?」
「それはしてないかな」
私は苦笑する。
そして膝の上に置いていた梅を一つ摘み上げた。
「これの開発」
私は机の上に置いてあった梅を一つ持ち上げる。
「うめだー!」
「酸っぱいけどおいしいやつだー!」
「何個かあげようか?」
私がそう言うと、
「いいの!?」
精霊達の目が一斉に輝いた。
「もちろん」
そう言いながら、私は手元にあった梅を三個ほど精霊達へ渡す。
「やったー!」
「うめだー!」
「おやつだー!」
精霊達は嬉しそうに梅を抱きしめる。
そして。
「これも育てていいー?」
一人の精霊が梅を頭の上に掲げながら尋ねた。
「いいよ」
私は迷わず頷いた。
どうせ王都周辺でも育つ植物だ。
数が増えて困るものでもない。
むしろ将来的に考えればありがたい。
「ほんとー!?」
「増やしていいのー!?」
「いっぱい作るー!」
精霊達が歓声を上げる。
「ほどほどにね?」
そう言ったが、
「まかせてー!」
という返事にはあまり信用がなかった。
以前も「少しだけ育てる」と言いながら薬草畑を数倍規模まで拡大した前科がある。
私は苦笑しながらその様子を眺める。
すると。
「どこに植えようかなー?」
「日当たりいい場所がいいよねー!」
「小川の近くがいいと思うー!」
精霊達は早くも相談を始めていた。
相変わらず行動が早い。
だが。
その何気ない会話を聞いた瞬間――
私はふと違和感を覚えた。
「そういえば」
精霊達へ視線を向ける。
「赤い葉っぱの植物って見たことない?」
私が何気なく尋ねると、
精霊達は顔を見合わせた。
「赤い葉っぱー?」
「どういうのー??」
私はタブレットを操作し、参考資料として赤紫蘇の画像を精霊達に見せた。
するとーー
「これ森に生えているよー!!」
「誰も食べないしおいしくないから誰もとらないんだよねー」
私は思わず固まった。
「......え?」
「あるよー?」
「いっぱいあるー!」
「森の奥の方ー!」
精霊達は当然のように答える。
私は慌ててタブレットの画像を見直した。
赤い葉。
独特の形。
どう見ても赤紫蘇だ。
「本当にこれ?」
「これこれー!」
「夏になるといっぱい生えるよー!」
「誰も食べないから放置されてるー!」
精霊達が口々に答える。
私は額を押さえた。
「あるんじゃん......」
今までの悩みは何だったのだろう。
いや。
普通はわからない。
そもそもこの世界で赤紫蘇を食べる文化が存在しないのだから当然だ。
だが。
「それ採ってきてもらえる?」
私がそう言うと、
「任せてー!」
「いっぱい持ってくるー!」
「競争だー!」
精霊達が一斉に飛び立った。
そして。
数分後。
「持ってきたー!!」
「いっぱいー!!」
「褒めてー!!」
帰ってきた精霊達の腕には、抱えきれないほどの赤紫蘇が積まれていた。
「多い!?」
思わず叫ぶ。
どう見ても試作品に使う量ではない。
商売用である。
「いっぱいあったからー!」
「全部持ってきたー!」
「えへへー!」
「もう畑に植えてあるよー!」
精霊達は誇らしげだった。
私は固まる。
「......え?」
「植えたー!」
「いっぱい増えるよー!」
「来年も安心ー!」
精霊達は胸を張る。
私はしばらく瞬きを繰り返した。
そして。
「仕事が早い......」
思わずそう呟いていた。
まだ採用するかどうかすら決めていない。
それなのに精霊達は既に栽培体制まで整えていた。
「流石に先走り過ぎじゃないかな......?」
そう言うと、
「でも必要なんでしょー?」
「エレノア困ってたー!」
「だから増やしたー!」
精霊達は不思議そうに首を傾げる。
悪気は一切ない。
純粋な善意だった。
私は思わず苦笑した。
「うん」
一拍。
「ありがとう」
その言葉を聞いた瞬間、
「えへへー♪」
「役に立ったー!」
「褒められたー!」
精霊達が嬉しそうに飛び回る。
その様子を見ながら私は赤紫蘇を一枚摘み上げた。
指先で軽く揉む。
ふわりと独特の香りが広がった。
懐かしい。
本当に懐かしい香りだった。
「これなら......」
思わず呟く。
これなら、きっと。
私が求めていた味に届く。
おばあちゃんが漬けていた、あのしょっぱくて酸っぱい梅干しに。
私は赤紫蘇と梅を見比べながら小さく笑った。
「最後にもう一回だけ試してみようか」
その言葉と共に、私は再びアトリエへと戻る。
手の中には赤紫蘇。
そして机の上には三度目の試作品。
足りなかった最後の一欠片。
もし予想通りなら――
今度こそ完成する。
おばあちゃんの梅干しが。
そう確信しながら、私は錬金術の準備を始めるのだった。




