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【20万PV突破・毎日更新中】転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第三章 水面下の綻び編

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172話 冒険者の悩み、新たな挑戦④

ーーセレスティア伯爵家・実験棟


会議室を出た私たちは、実験棟に向かっている。


理由は単純ーー


おにぎりを実際に作り試食として出すためだ。


「お米なんて初めて食べますね......」


「エレノア様が前に作った物を食べたことありますけど、おいしいですよ!」


メルだけは嬉しそうに尻尾を振り回している。


「そんなにですか?」


商会の人が半信半疑で尋ねる。


「はい!」


メルは力強く頷いた。


「少なくとも私は好きですね!」


「そこまで言い切るのですな......」


商会の人達は顔を見合わせる。


だが無理もない。


彼らにとって米は馴染みの薄い食材だ。


名前を聞いたことがある者はいても、実際に食べたことがある者はほとんどいない。


ましてや主食として食べるなど想像もできないだろう。


「正直なところ、私はまだ半信半疑ですな」


「私もです」


「パンほど腹に溜まるようには思えませんが......」


次々と疑問の声が上がる。


するとメルがむっと頬を膨らませた。


「食べればわかります!」


「そこまで言われると逆に気になりますな......」


そんな会話を交わしているうちに、実験棟の扉が見えてきた。


そして――


「着きました」


私が扉に魔力を流し込むと扉全体が光だしゆっくりと開いていく。


メルはともかくとして、フィリアさんや商会の人は実験棟に来るのはこれが初めてだった。


そのせいか、扉が開く光景をまじまじと眺めている。


「......」


「......」


「......」


誰もすぐには中へ入ろうとしない。


「どうしました?」


私が首を傾げると、フィリアさんが疲れたような顔でこちらを見た。


「いえ......」


一拍。


「改めて思ったんですが、本当に伯爵家なんですね......」


「はい?」


意味がわからず聞き返す。


すると商会の人が苦笑した。


「普通の建物の扉は光りませんぞ」


「魔力認証付きですからね」


「さらっと言いましたな......」


「私も最初はびっくりしましたね」


一拍。


「この屋敷は、陛下と宰相様が中心になって作られたので」


私は苦笑しながら答える。


「普通の伯爵家に国王陛下と宰相が関わることなんてありませんぞ......」


商会の人が呆れたように呟いた。


「そうなんですか?」


思わず聞き返す。


すると今度はフィリアさんまで頭を抱えた。


「エレノア様......」


「はい」


「普通はありません」


即答だった。


「王城ならまだしも、個人の屋敷ですからね」


「それも伯爵家ですし」


別の商会員も頷く。


「むしろ関わったという話を聞いたことがありませんな」


「そういうものなんですね......」


私は素直に頷く。


言われてみれば確かに変な話なのかもしれない。


だが。


この屋敷は最初からそうだった。


私にとってはそれが当たり前になっている。


「まあ、おかげで安全性は抜群ですが」


そう言いながら私は中へ入る。


すると全員も続いて実験棟へ足を踏み入れた。


「ちょっと散らかっていますけど、その辺の適当なところに座ってください」


一拍。


「机の上の物とか薬草類とか器具には触らないでくださいね」


「全然綺麗ですけどね......」


「ていうかこのレベルは王城の研究施設越えですな......」


「設備が一通り揃っているんだが......」


「魔道具作成に必要な設備もあるだと!?」


商会の人達は、驚いた様子で辺りを見回している。


無理もない。


私にとっては見慣れた光景だが、普通の錬金術師が持てる設備ではない。


「あちらは薬品の精製設備ですな?」


「そうですね」


「で、あっちは魔道具作成用......」


「ですね」


「こっちは素材保管庫......」


「です」


確認するたびに商会の人達の表情が引き攣っていく。


「エレノア様」


フィリアさんが静かに口を開いた。


「はい?」


「これ、本当に個人の研究室ですか?」


「個人の研究室ですよ?」


私が首を傾げると、フィリアさんは両手で顔を覆った。


「感覚がおかしくなりそうです......」


あちらこちら自由に見て回る商会の人達――


だが、ある一角だけ妙に生活感のある場所を見つめていた。


「......あの」


一人が恐る恐る声を上げる。


「何ですか?」


「何故研究施設に食器棚があるんですかな?」


私は視線を向ける。


そこにあるのは炊飯用の魔道具と簡単な魔道コンロに湯沸かし用の魔道具――


そしてシンクの横に積まれた大量の米袋と味噌が入った壺。


誰がどう見ても異様な光景だった。


「......ああ」


私は納得した。


「忙しくて食事を摂るのも惜しい時に使うスペースですね」


一拍。


「簡単な料理しかできませんけど、割と重宝しています」


実験棟が静まり返った。


「......」


「......」


「......」


誰も何も言わない。


何故だろう。


そんなに変なことを言っただろうか。


「エレノア様」


フィリアさんが静かに口を開く。


「はい」


「まず確認したいのですが」


一拍。


「食事を摂るのが惜しいほど忙しい状況というのは、そもそも普通ではありません」


「そうなんですか?」


「そうなんです」


即答だった。


商会の人達も一斉に頷く。


「むしろ休憩してください」


「ご飯は食べてください」


「寝てください」


次々と飛んでくる正論。


だが。


「ちゃんと食べてますよ?」


一拍。


「だからこそそこに調理スペースがあるわけで......」


その言葉にフィリアさんが呆れた表情を浮かべる。


「そういうことじゃないです......」


その光景にメルが苦笑する。


「エレノア様は、私たちが声を掛けないとご飯を食べることもないので、まだましですよ......」


会議室――ではなく実験棟が静まり返った。


「......まだまし?」


商会の人が聞き返す。


「はい」


メルは頷く。


「以前は三食を一食にまとめようとしていましたし」


「何故ですかな?」


「時間が勿体ないからだそうです」


沈黙。


「......」


「......」


「......」


全員の視線が私へ向く。


「いや、理論上は可能ですよ?」


思わず反論する。


「可能かどうかの話ではありません!」


フィリアさんが即座に突っ込んだ。


「健康の話です!」


「でも今はちゃんと食べていますよ?」


「誰のおかげですか?」


「......皆さん?」


「よろしい」


フィリアさんが深く頷く。


どうやら正解だったらしい。


すると商会の人がぽつりと呟いた。


「よく今まで倒れませんでしたな......」


「一度倒れましたよ?」


メルがさらりと言う。


実験棟の空気が凍り付いた。


「メルさん?」


「はい?」


「今なんと?」


「倒れました」


即答だった。


「過労ですね」


「過労です」


「過労でした」


何故かメルと私の声が重なる。


「笑い事ではありません!」


フィリアさんの悲鳴が響いた。


私は少しだけ首を傾げる。


そんなに昔の話でもないのだが。


どうして皆そんな顔をしているのだろう。


その時だった。


「......ところで」


商会の人が無理やり話題を変えるように口を開いた。


「おにぎりはまだですかな?」


「あ」


私は声を漏らした。


完全に話が逸れていた。


「じゃあ作りますね」


それだけを言い残し、私は調理スペースへ向かう。


もう何度作ったか覚えていない。


実験に行き詰まった時。


徹夜明け。


資料整理中。


新しい魔道具の設計中。


気付けば何度も作っていた。


だからこそ――


手順に一切の無駄がない。


米を取り出す。


軽く洗米する。


炊飯用の魔道具に入れる。


炊き上がっていたご飯をほぐす。


塩を準備する。


全てが流れるようだった。


自分で言うのも何だが、かなり手慣れている。


多分今ならおにぎり専門店を開いてもやっていける気がする。


そんなことを考えながら手を動かしていると――


「......手際が良いですな」


商会の人が呟いた。


「料理人みたいですね」


「エレノア様ですから」


メルが即座に返す。


「確かに......」


「いや、何でそこで納得したんですかな?」


「だってエレノア様ですし」


全く説明になっていない。


だが何故か何人かが頷いていた。


失礼ではないだろうか。


そんなことを考えているうちに、炊き立てのご飯から立ち上る湯気が実験棟へ広がる。


「ほう......」


誰かが小さく声を漏らした。


「良い香りですな」


「確かに」


今まで食べたことがない食材。


それなのに不思議と食欲を刺激する香りだった。


私は軽く手を濡らし、塩を付ける。


そして。


熱々のご飯を手に取った。


「まずは一番基本的なものからですね」


そう言いながら、ご飯をゆっくりと形作っていく。


その様子を――


フィリアさんも。


商会の人達も。


まるで錬金術の新発見でも見るかのような真剣な表情で見つめていた。


「......」


「......」


「......」


静かだった。


本当に静かだった。


何故だろう。


おにぎりを握っているだけなのだが。


まるで重要な儀式でも行っているかのような空気になっている。


「そんなに珍しいですか?」


思わず聞いてしまう。


「珍しいというか......」


そこまで言いかけた一人の商会の人。


その言葉を引き継ぐかのように別の商会員が口を開く。


「初めて見る光景で何が何だかさっぱりわかりませんね」


「私は見慣れましたけどねー」


メルが楽しそうに答えた。


一拍。


「エレノア様がまだレーヴェン子爵家にいる時から作ってくださっているので、食べ慣れてしまいました」


実験棟が静まり返る。


「......」


「......」


「......子爵家の頃から?」


誰かが聞き返した。


「はい」


メルはあっさり頷く。


「おやつ代わりに食べたりもしていましたね」


「おやつ......?」


「夜食にもなりますよ!」


何故か胸を張るメル。


だが商会の人達は別の部分が気になったらしい。


「つまり......」


「この料理は最近思いついた物ではない?」


「かなり前から存在していた?」


次々と確認が飛ぶ。


「そうですね」


私は答える。


「少なくとも私にとっては昔からある料理です」


その瞬間。


商会の人達が何とも言えない表情になった。


「エレノア様の知識は一体どうなっているんだ......」


誰かが小さく呟く。


「本当にですな......」


別の商会員も頷く。


「酵母パンを広めたと思えば、今度は見たこともない料理ですか」


「しかも本人は当たり前だと思っている」


「一番厄介なやつでは......?」


失礼ではないだろうか。


私はおにぎりを握りながら首を傾げる。


「そんなに珍しいですか?」


「珍しいです」


即答だった。


「少なくとも我々は見たことがありません」


「王都でも聞いたことがありませんな」


「というか米を主食にしている時点でかなり珍しいです」


次々と飛んでくる反論。


だが。


「そう言われましても......」


私は苦笑する。


「私からすると、ご飯を握っただけなんですけど」


その言葉に全員が頭を抱えた。


「ご飯を握っただけで済ませるには衝撃が大きすぎますな......」


「錬金術師はもっとこう......」


一拍。


「爆発とかしていてください」


「偏見では?」


思わずツッコミが出た。


するとメルが楽しそうに笑う。


「でもエレノア様ですし」


「便利な言葉ですね、それ」


「便利です!」


何故か誇らしげだった。


フィリアさんは深くため息を吐く。


「もういいです......」


一拍。


「とりあえず、その『ご飯を握っただけ』の料理を完成させてください」


「はい」


私は頷く。


そして手の中のご飯を整え――


綺麗な三角形へと仕上げた。


「まずは基本のおにぎりですね」


木皿の上に置かれた白い三角形。


それを見た商会の人達は、


「......本当に握っただけですな」


と、何とも言えない表情で呟くのだった。


「これ売れますかね......」


「見た目があまり美味しそうに見えませんね......」


率直な感想だった。


実際、木皿の上に置かれているのは白い三角形だけ。


焼き色が付いているわけでもない。


肉が見えているわけでもない。


香草が添えられているわけでもない。


知らない人から見れば、ただの白い塊だ。


「まぁ、それはそうですね」


私は素直に認めた。


商会の人達が少し驚いた表情を浮かべる。


「否定しないんですな」


「否定できませんからね」


私は肩を竦める。


「そもそもこれは完成品じゃありません」


その言葉に視線が集まった。


「完成品ではない?」


「はい」


私は頷く。


「これは塩で味付けしただけですし、何も彩を加えているわけではありません」


一拍。


「それに場合によっては具を入れるので、完成品とはあまり言えないんです」


さらに一拍。


「あくまで私が実験室に籠る時のスタイルで作っているので効率重視です」


会議室――ではなく実験棟が静まり返る。


「効率重視......」


「効率重視ですな......」


「効率重視ですね......」


何故か全員が遠い目をしていた。


「?」


私が首を傾げると、フィリアさんが額を押さえる。


「エレノア様」


「はい」


「参考資料としては非常に不安です」


「何故ですか?」


「エレノア様の効率重視は一般人の効率重視ではないからです」


即答だった。


「そこは同意しますな」


「全面的に同意です」


「過去の実績がありますからな......」


次々と頷く商会の人達。


心外だった。


「そんなに変ですか?」


「変です」


またしても即答だった。


「普通は研究室に炊飯設備を常設しません」


「普通は研究しながら片手で昼食を済ませません」


「普通はその状態を改善しようとも思いません」


反論できなかった。


いや、出来なくはないのだが。


全員が同じ意見なので説得力がある。


「ですが」


メルが話を戻した。


「つまり本来はもっと豪華にできるんですよね?」


「はい」


私は頷く。


「例えば中に具材を入れたり」


一拍。


「外側を焼いたり」


さらに一拍。


「おかずと組み合わせたりもできます」


その瞬間。


商会の人達の表情が変わった。


先程まで見ていたのは、あくまでエレノア専用の簡易食。


商品候補ではなかったのだ。


「なるほど......」


「それなら話は変わりますな」


「最初からそう言ってください」


「言いましたよ?」


「確かに言いましたな......」


誰も反論できなかった。


そして全員の視線が再びおにぎりへ向く。


今度は先程のような


"白い米の塊"


を見る目ではない。


"商品になる可能性のある料理"


を見る目だった。


「と......とりあえず食べてみましょう」


フィリアさんが手をぱんと叩く。


「そうですな」


「結局味が全てですし」


「見た目だけで判断するのは早計でしょう」


商会の人達も頷く。


もっとも。


その表情にはまだ半信半疑な色が残っていた。


無理もない。


彼らからすれば見たことも聞いたこともない食べ物なのだ。


私は完成したおにぎりを人数分並べる。


「熱いので気を付けてくださいね」


「熱い?」


商会の人が首を傾げる。


「冷ますものではないのですか?」


「冷ましても食べられますけど、私は出来立ての方が好きですね」


そう答えると、何人かが頷いた。


焼きたてのパンと同じ感覚だろう。


そして――


全員がおにぎりを手に取った。


「......軽いですな」


「思ったより柔らかい」


「崩れないのが不思議ですね」


観察するように眺める面々。


その様子は試食というより鑑定に近い。


「食べないんですか?」


私が聞くと。


「いや......」


「その......」


「どこから食べればいいんですかな?」


そんな質問が飛んできた。


思わずメルと顔を見合わせる。


そして。


「人によって違いますけど上から食べますね」


あまりにも単純な答えだった。


数秒後。


恐る恐る一人の商会員が、おにぎりへかぶりつく。


もぐ。


実験棟が静まり返る。


全員の視線がその人物へ集中した。


そして――


「......」


「......どうですかな?」


誰かが尋ねる。


商会員はもう一口食べた。


さらにもう一口。


そして。


「何故こんなシンプルな物がこんなに美味しいんだ!?」


突然の大声に実験棟が揺れた。


「塩加減が絶妙で、お米の甘さが際立っている!!!!!!」


さらに一口。


「見た目は堅そうなのに、ふわふわほぐれる感覚がたまらない!」


全員が固まった。


「そ、そんなにですか?」


フィリアさんが思わず聞き返す。


「そんなにですぞ!」


商会員は力強く頷いた。


「むしろ何故今まで誰も作らなかったんですかな!?」


「知らなかったからでは......」


私が答える。


「それはそうなんですが!」


再び大声。


どうやらかなり気に入ったらしい。


すると別の商会員も慌てておにぎりを口へ運ぶ。


もぐ。


数秒。


そして。


「......あ」


小さく声が漏れた。


さらにもう一口。


もう一口。


「これは危険ですな」


「危険?」


メルが首を傾げる。


「気付いたらなくなっています」


実際。


気付けば半分以上消えていた。


「本当ですな......」


「派手な味ではないのに止まらない」


「妙に次の一口が欲しくなる」


次々と感想が飛び出す。


私は少しだけ安心した。


正直なところ、おにぎりは私にとって当たり前すぎる食べ物だ。


だから客観的な評価が難しい。


だが。


どうやら味そのものは問題なさそうだった。


すると。


「エレノア様」


フィリアさんが静かに口を開く。


「はい?」


「これ、本当に塩だけですか?」


「塩だけですよ?」


「嘘ではなく?」


「嘘ではなく」


「......」


フィリアさんが無言になる。


そして。


「商売になる気がしてきました」


ぽつりと呟いた。


その言葉に商会の人達が一斉に頷く。


先程までの


"白い米の塊"


という評価はどこかへ消えていた。


今彼らの目の前にあるのは、


"驚くほど単純なのに妙に美味しい商品候補"


だった。









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