170話 冒険者の悩み、新たな挑戦②
「“主力を増やす”だけです」
メルの言葉に私達は戸惑う。
それも当然だった。
メルのお店で販売している商品は、甘い物からしょっぱい物まで実に様々だ。
主食用のバケット。
女性や子供のおやつとして人気のメロンパン。
軽食向けの焼きそばパンやナポリタンドック。
さらには季節限定の商品まで存在している。
正直なところ。
普通のパン屋と比べれば十分どころか、明らかに種類が多い。
それなのに――
「まだ増やすんですか?」
思わず本音が漏れた。
「はい」
メルは迷うことなく頷く。
「ですがパンを増やすわけではありません」
「?」
会議室に疑問符が浮かぶ。
そしてメルは笑顔で告げた。
「新しい主力商品を作るんです」
「それはわかりましたが具体的にはどうするんですか?」
商会の人が眉をひそめている。
そして別の商会の人もーー
「現状でも主力商品は十分にあります。」
一拍。
「私としては、既存商品を元に改善策を探す方が得策だと考えます。」
その意見に何人かが頷いた。
確かに商売として考えれば当然だ。
新商品を作るには費用がかかる。
売れる保証もない。
対して既存商品なら既に需要が証明されている。
失敗する可能性は遥かに低い。
だが。
「それは無理です」
メルは即答した。
会議室が静まり返る。
「何故です?」
商会の人が尋ねる。
「簡単です」
メルは黒板を指差した。
そこにはこれまでの対策が並んでいる。
個数制限。
前日仕込み。
追加焼成。
列の分離。
そして――全て失敗。
「私達は既存商品で出来ることを、ほとんど試しています」
一拍。
「それでも足りませんでした」
誰も反論しない。
事実だからだ。
「つまり問題は売り方ではありません」
メルは続ける。
「商品そのものです」
その力強い言葉に、会議室が静まり返った。
誰もすぐには反論できない。
何故なら、メルの言葉はこれまでの失敗を全て踏まえた上での結論だったからだ。
個数制限を設けた。
仕込みを増やした。
焼成回数も増やした。
それでも足りなかった。
つまり――
「私達はずっと供給方法ばかり考えていました」
メルは黒板へ視線を向ける。
「ですが問題はそこではありません」
一拍。
「お客様が本当に求めているものを、私達はまだ十分に提供できていないんです」
その言葉に商会の者達が顔を見合わせる。
先程まで反対していた者ですら、真剣な表情で耳を傾けていた。
「冒険者の方々が欲しいのはパンではありません」
メルははっきりと言った。
「手軽に食べられて、お腹に溜まる食事です」
会議室に再び沈黙が訪れる。
言いたいことはわかる。
だが、それをどう商品にするのかがわからない。
そんな空気だった。
「お弁当を作るってこと?」
私が何気なく口にすると――
「それです!」
メルが勢いよく机を叩いた。
「へ?」
思わず間の抜けた声が出る。
「それですよエレノア様!」
メルは身を乗り出してくる。
「お弁当ですか......」
商会の人は更に眉をひそめる。
それもそのはずで、王都では飲食店や露店の数が圧倒的に多い
故に既婚者でも独身でも昼食は外で済ますという文化が根強い。
王都の朝はとても早くお弁当を作る暇がない家庭が多いことからこのような文化が定着した。
そのせいかお弁当を持ち込む=金銭的に余裕がない家庭であると言っているようなものだった。
「お弁当ってあのお弁当ですよね......?」
別の商会の人が恐る恐る質問する。
「硬いカチカチのパンに限界まで薄く切ったベーコンとザワークラウトを添えた物であってますよね……?」
その言葉に私は思わず固まった。
「はい?」
思わず声が出てしまった。
「え!?」
その反応に、逆に商会の人達が驚いた表情を浮かべる。
「いや……文化的にはそういうものだと知っていますけど、そんな貧相なんですか……」
会議室が静まり返る。
商会の人達が顔を見合わせた。
そして。
「貧相……?」
「寧ろベーコンがあるだけ豪華だよな……」
「俺がまだ金欠の頃は、カチカチパンとザワークラウトだけだったぞ……」
会議室内が一斉にざわつき始める。
「私なんてパンだけでしたぞ」
「塩すら付いていないこともありましたな」
「新人の頃は水で流し込んでましたね……」
次々と飛び出す苦労話。
どうやら弁当の思い出を語り始めたらしい。
「えぇ……」
思わず声が漏れる。
想像以上だった。
いや、王都の事情を考えれば理解はできる。
外食文化が発達している以上、わざわざ弁当を持参するのは節約目的が大半だろう。
だが。
「それ、お腹空きません?」
私が素直な疑問を口にすると。
「空きます」
即答だった。
「空きますな」
「空きますね」
全員が頷く。
「じゃあ何でそんな物を……」
「金がないからです」
またしても即答だった。
あまりにも説得力がある。
「うっ……」
反論できない。
そしてフィリアさんが苦笑しながら口を開いた。
「エレノア様」
「はい」
「世の中には、空腹よりお金の方が大事な時期というものがあるんですよ」
「なるほど……」
わかったような、わからないような。
そんな気分だった。
すると。
「エレノア様から以前教えていただいたお弁当と、まるで違いますよね?」
メルが首を傾げながら言った。
その一言に会議室の視線が一斉にこちらへ向く。
「以前教えていただいた?」
「どういうことですかな?」
「別のお弁当があるんですか?」
興味を示した商会の人達が次々と質問を投げかける。
「えっと……」
私は少しだけ言葉を選ぶ。
正直なところ。
私の知るお弁当と、この世界のお弁当はかなり違う。
だが。
説明すると面倒なことになりそうな気もする。
「エレノア様?」
「逃げないでくださいね?」
メルがにっこりと笑う。
逃げ道が塞がれた。
「……わかりました」
私は観念した。
そして机の上に置かれていた紙を引き寄せる。
「私の知っているお弁当は、主食とおかずが数種類あるのが普通ですね」
その言葉に会議室が静まり返った。
「......まるでイメージがつきませんな......」
その言葉で会議室内は溢れかえる。
「エレノア様の幼少期のお弁当とかではないですか......?」
「えっと......」
私は手元のタブレットを取り出した。
そして保存していた写真を表示する。
「こんな感じですね」
会議室の面々が身を乗り出す。
そして。
「......は?」
誰かが間の抜けた声を漏らした。
「な、何ですかなこれは......」
「料理が......沢山入っている......?」
「しかも色が違う......」
「肉だけではないのか......?」
驚きの声が次々と上がる。
写真に映っていたのは、ごく普通のお弁当だった。
白いご飯。
卵焼き。
焼いた肉。
煮物。
野菜。
果物。
どこにでもある普通のお弁当。
少なくとも私の感覚では。
だが。
「これが......普通......?」
商会の人が震える声で呟く。
「え?」
「いやいやいやいや!」
今度は別の商会の人が立ち上がった。
「これ絶対に普通ではありませんぞ!?」
「こんなの作った日には夕飯を抜くどころか、次の日は絶食レベルですね」
商会の人が真顔で断言した。
「そこまでですか!?」
思わず声が裏返る。
「そこまでです」
即答だった。
「肉があります」
「ありますね」
「卵があります」
「ありますね」
「野菜もあります」
「ありますね」
一拍。
「果物まであります」
「ありますね」
何故だろう。
確認されるたびに嫌な予感が強くなっていく。
「つまり一食で何食分もの食材を使っているわけです」
「え?」
「え?」
今度は私と商会の人の声が重なった。
「確かにこれは彩を意識しているのでちょっと豪華ですけど前日の残りとかを入れればもう少し質素になりますよ?」
その言葉に商会の人たちは絶句する。
するとフィリアさんが静かに説明する。
「庶民のお弁当は少なくともこんな豪華ではないですね。」
一拍。
「よくて具なしのスープがつくくらいですね......」
フィリアさんの説明に、会議室の面々が揃って頷く。
「そうですな」
「それでもかなり良い方です」
「新人の頃は水だけの日もありましたな......」
次々と飛び出す苦労話。
どうやら本当に一般的な話らしい。
「えぇ......」
思わず声が漏れる。
想像以上だった。
いや。
頭では理解していた。
この世界は私のいた世界ほど豊かではない。
食料事情も違う。
保存技術も違う。
それでも、この王国は他国と比べればかなり豊かな国だと言われている。
だが。
実際に話を聞くと衝撃だった。
私にとって当たり前だった食事が、この世界では決して当たり前ではない。
その事実を改めて突き付けられた気がした。
「ですが――」
メルが静かに口を開く。
会議室の視線が集まった。
「私はむしろ可能性を感じました」
「可能性ですか?」
商会の人が首を傾げる。
「はい」
メルは頷いた。
「例えばですが、パンは使いまわしが効きますよね?」
「そうですな」
「パン屋ですし」
商会の人達が頷く。
するとメルは黒板へ歩み寄った。
「例えばですが、売れ残ったパンや形が崩れてしまったパンを使えば原価は抑えられます。」
一拍。
「おかずも仕入れる量を増やせば原価を抑えられます。」
会議室の空気が変わる。
今までの話が理想論ではなく、商売の話になったからだ。
「確かに......」
商会の人が顎に手を当てる。
「単品で仕入れるよりは安くなりますな」
「大量購入であれば商会としても融通できます」
別の商会員も頷いた。
メルは満足そうに続ける。
「つまり問題は作れるかではありません」
一拍。
「売れるかどうかです」
会議室が静まり返る。
商人達の目つきが変わった。
「なるほど......」
フィリアさんが呟く。
「利益が出る可能性は十分ある、と」
「はい」
メルは頷いた。
「少なくとも試験販売する価値はあります」
そして黒板に大きく書く。
『パン+おかず』
「パンを売る」
さらに一本線を引く。
『食事を売る』
「私達が目指すべきなのはこちらです」
「理屈はわかりましたが、売れますかね......」
一人の商会の人が疑問を投げかける。
「お弁当のイメージが先程も申しました通り金銭的余裕がない人の食事です。」
一拍。
「イメージという部分で失敗する可能性の方が高いと思いますが......」
その意見に何人かが頷く。
確かにその通りだ。
どれだけ良い商品でも、悪い印象を持たれていれば売れない。
商売の世界では当たり前の話だった。
だが。
「その心配はありません」
メルは即答した。
会議室の視線が集まる。
「何故です?」
「簡単です」
メルは黒板を指差した。
「お弁当という言葉のイメージを変えればいいんです」
会議室が静まり返る。
数秒後。
「......そんなことが可能なんですか?」
商会の人が眉をひそめた。
「可能です」
メルは迷いなく頷く。
「幸いなことに、『エレノアのアトリエ』という名前は、今や王国内で知らない人がいないほどのネームバリューがあります」
会議室の面々が頷く。
それは自惚れではない。
事実だった。
酵母パン。
新商品。
数々の話題。
そして連日の行列。
今や『エレノアのアトリエ』は一種のブランドになっている。
「そんなお店が貧相な食事を売るわけがない」
メルは続ける。
「お客様はまずそう考えるはずです」
一拍。
「だから最初は興味本位でも構いません」
「一度買ってもらうんです」
商会の人達の表情が変わる。
「なるほど......」
「まずは認知ですか」
「はい」
メルは頷いた。
「そして実際に食べてもらう」
さらに一拍。
「そこで満足していただければ、お弁当のイメージは変わります」
会議室が静まり返る。
確かに理屈は通っていた。
お客様が求めているのは名前ではない。
最終的には味と満足感だ。
「それに」
メルは笑みを浮かべる。
「売り切れ続出の現状を考えれば、試してみる価値は十分にあると思いませんか?」
その言葉に、商会の人達は顔を見合わせた。
そして。
「......確かに」
誰かが小さく呟いた。
反対する声は、もうほとんど残っていなかった。
「方向性が決まれば、後は種類とメニューをどうするかですね......」
フィリアさんが資料へ視線を落としながら言う。
「そうですな」
「商品が決まらなければ原価計算もできませんし」
「価格設定も必要になりますな」
先程までの反対意見とは違う。
今度は実際に販売する前提での話し合いだった。
「メニューですか......」
私は考え込む。
正直なところ候補は多い。
多いのだが。
困ったことがあった。
まず大きな問題として、何を重視するかで前提が大きく変わってしまうのだ。
手軽さか。
それとも腹持ちか。
例えばサンドイッチのような料理であれば片手でも食べられる。
移動中でも食べやすい。
だが、その分腹持ちは弱い。
逆に腹持ちを重視するのであれば話は別だ。
量を増やす必要がある。
肉や穀物の割合も増える。
当然、手軽さは失われる。
一拍。
そして何より。
冒険者によって求める物が違う。
短時間の依頼を受ける者。
一日中ダンジョンへ潜る者。
数日間の遠征へ向かう者。
必要な食事は全く異なるのだ。
「......難しいですね」
思わず本音が漏れる。
「そうですかね?」
商会の人が首を傾げた。
「え?」
今度は私が聞き返す。
すると商会の人は不思議そうな顔をした。
「何故一つに絞る必要があるんです?」
「......はい?」
思わず間の抜けた声が出る。
「手軽さを重視した商品」
一拍。
「腹持ちを重視した商品」
さらに一拍。
「両方売れば良いのでは?」
会議室が静まり返った。
「それはそうなんですが、問題がもう一つあるんです」
私がそう言うと、商会の人達が首を傾げた。
「まだ何かあるのですか?」
「はい」
私は頷く。
「そもそもお弁当は作るだけなら難しくありません」
一拍。
「一番の問題は、王国の気候ですね」
会議室が静まり返る。
「気候ですか?」
フィリアさんが首を傾げる。
「はい」
私は頷いた。
「王都は夏になるとかなり暑くなりますよね?」
「確かにそうですな」
商会の人も頷く。
「ですから傷みやすい食材をそのまま入れるのは危険です」
一拍。
「朝作った物が昼まで安全とは限りません」
その言葉に何人かが顔を見合わせた。
「なるほど......」
「保存の問題ですか」
「はい」
私は頷く。
「特に夏は食中毒のリスクがあります。」
一拍。
「お弁当と同時にポーションを飲むという光景は考えたくもありません。」
会議室が静まり返る。
「......」
「......」
「確かにそれは困りますね......」
「逆に考えればポーションを大量に売れるのでは......?」
「いやそれはダメだろ......」
即座にツッコミが飛ぶ。
「流石に自分達で問題を作って解決策を売るのはどうかと思いますぞ」
「商売として最低では?」
「利益率は良さそうだが......」
「だからダメだと言っている!」
会議室に小さな笑いが広がる。
先程までの重苦しい空気が少しだけ和らいだ。
そして。
「冗談はさておき」
フィリアさんが話を戻した。
「確かに保存の問題は避けて通れませんね」
「はい」
私も頷く。
「正直これが最大の課題ですね……」
その言葉に会議室は静まり返る。
方向性は見えた。
商品の候補もある。
だが、それを実際に販売するためには、まだ越えなければならない壁が残っていた。
――保存。
新たな主力商品への道は、思った以上に険しそうだった。




