166話 精神を蝕む呪い、錬金術師の答え
「精神異常を引き起こすフロアがある......ですか......」
この日、月に1度の差額分の売上を貰いに冒険者ギルドにやってきていた。
いつもなら軽い雑談をし売上金を受け取り冒険者ギルドを後にするのだがどうも今回は違うらしい
「新たに見つかったダンジョンの中層にアンデッド系の魔物が多いフロアのようで」
一拍。
「そいつらが使用する魔法が精神異常を引き起こすらしいんです。」
冒険者ギルドのサブマスターはどこか深刻そうな顔を浮かべている
「精神に作用するポーションなど存在しません。なのでエレノア様に作成して頂けないかと思いまして……」
「なるほど」
私は顎に手を当てる。
精神異常。
恐怖。
混乱。
魅了。
狂化。
確かにこの世界では状態異常として存在している。
だが――
「完全に存在しないわけではないですよ?」
「え?」
サブマスターが目を瞬かせた。
「精神安定作用のある薬草ならありますし、眠気を誘発する薬もあります」
一拍。
「理論上は作れますね」
「本当ですか!?」
勢いよく身を乗り出してくる。
「ただし」
私は言葉を続ける。
「実際にその魔法を見てみないと何とも言えません」
「つまり……」
「現地調査ですね」
「ちょっと待ってください!!!」
「それはあまりにも危険過ぎるので許可できませんね」
リュシアさんとミィナさんがほぼ同時に声を上げた。
「え?」
私は首を傾げる。
「え? じゃないです!」
リュシアさんが即座にツッコむ。
「精神異常を引き起こす魔法を使う魔物がいるんですよね!?」
「いるみたいですね」
「なんでそんな場所に行こうとしてるんですか!?」
「素材調査?」
「疑問形で言わないでください!」
即答だった。
ミィナさんも深々とため息を吐く。
「エレノア様」
「はい」
「危険という認識はありますか?」
一拍。
「ありますよ?」
「本当ですか?」
疑いの目だった。
「あります」
私は頷く。
「だからちゃんと準備して行きます」
「そういう問題じゃないんですよね……」
リュシアさんが頭を抱える。
「精神に作用する魔法なんですよ?」
「だからこそ現物を確認する必要があるんです」
私は真面目に答えた。
「どういう仕組みで作用しているか分からなければ対策薬は作れませんから」
その言葉に二人が黙る。
確かに理屈としては正しい。
正しいのだが――
「だからって本人が行く必要あります?」
「ありますね」
即答だった。
「なんでですか!?」
「私が作るので」
当然のように返す。
リュシアさんは両手で顔を覆った。
「この人、自分で行く前提で話してる……」
「だとしても許可できません」
ミィナさんはさっきよりも少し強めに言う
「それだと作れませんよ?」
一拍。
「精神異常と言っても錯乱や魅了に加え、精神的ショックによる鬱等、多岐に渡ります」
私は指を折りながら説明する。
「その症状に合わせた調合が必要になるので行く必要があるんです。」
沈黙。
リュシアさんとミィナさんは顔を見合わせた。
どうやら本当に分からないらしい。
「つまり……」
リュシアさんが恐る恐る口を開く。
「精神異常用の万能薬みたいなものは作れないんですか?」
「副作用を考慮しなければ作れるとは思いますよ?」
私は素直に答える。
「ただし素材が多くなるので当然味は酷いでしょうし余計な成分も摂取することになります。」
一拍。
「最悪の場合恐怖そのものを感じなくなったりかえって錯乱状態が酷くなったりして命に危険が及ぶ可能性があります。
精神に直接作用するということはそういうことなんです。」
私は、淡々と説明していく。
「新薬が発表されても実用化に至らないのはそういう事なんですね......」
「新薬が発表されても実用化に至らないのはそういう事なんですね……」
サブマスターは納得したように頷く。
「そうですね」
私は紅茶を一口飲む。
「効果だけなら意外と簡単なんです」
一拍。
「問題は安全性です」
「安全性……」
「精神は特に人によって症状が大きく異なります。場合によっては肉体にも影響を及ぼします。」
私はゆっくりと言葉を続ける。
「なので安全性を担保するのであれば、実際にその人を見て状態を確認するのが一番なんです。」
サブマスターは真剣な表情で耳を傾けている。
「例えば不眠に悩んでいる人がいるとします。」
一拍。
「眠らせるだけなら簡単です。」
「そうなんですか?」
「はい」
私は頷く。
「ですが、その人の体重や年齢、体調、体質によって使用する素材や配合量を微調整する必要があります。」
「そこまで違うんですね……」
「違います」
私は即答する。
「それを怠れば薬が効かなかったり、逆に効きすぎたりします。」
そして。
「最悪の場合、そのまま目覚めることなく命を落とす可能性もあります。」
沈黙。
冒険者ギルドの空気が一瞬で重くなった。
「……そんなに危険なんですか」
サブマスターが小さく呟く。
「だからこそ精神に作用する薬は慎重に扱われるんです。」
私は静かに答えた。
「効果が強い薬ほど危険も大きいので。」
「正直量産化は無理そうですね......」
サブマスターはどこか落胆している。
それもそのはずで冒険者ギルドは、結束力が強く仲間意識がある
人によっては家族同然のように思う人もいる。
だからこそ落胆するのは無理もない話だった。
「量産化は無理ですが、手がない訳ではないですよ?」
「本当ですか!?」
サブマスターが勢いよく顔を上げる。
「はい」
私は頷いた。
「精神異常そのものを治療するのではなく、精神異常になりにくくすることはできます。」
「なりにくくする?」
「精神耐性を一時的に向上させるポーションです。」
一拍。
「完全に防ぐことはできませんが、症状を軽減したり発症までの時間を稼いだりすることは可能だと思います。」
「それだけでも十分です!」
サブマスターの表情が明るくなる。
実際、冒険者にとって重要なのは完全な治療ではない。
生きて帰ることだ。
撤退する時間さえ確保できれば助かる命は多い。
「後は工程そのものを短縮したり、ベースとなる物を量産してしまえばある程度流すことはできます。」
「それはどういう意味ですか?」
「例えば直接作用する素材でない物を最初からベースとして作っておいて、後は使用者の状態等を考慮して再調合すれば工程そのものを短縮できます。」
「なるほど......?」
サブマスターは理解しかけているが、まだ完全には分かっていないようだった。
私は紙に一本線を引く。
「これが普通のポーションです。」
素材採取
↓
下処理
↓
成分抽出
↓
調合
↓
攪拌
↓
魔力を流す
↓
完成
「一から作る場合はこの工程を全て行います。」
サブマスターが頷く。
「ですが精神異常対策用のポーションの場合、一番時間が掛かるのは成分抽出と調合なんです。」
私はさらに横へ図を書き加える。
共通素材
↓
下処理
↓
成分抽出
↓
ベースポーション完成
↓
症状別素材追加
↓
再調合
↓
完成
「なるほど……」
サブマスターが身を乗り出す。
「つまり最初の段階だけ大量生産しておくんですね?」
「そういうことです。」
私は頷いた。
「精神異常に効く成分を直接入れるのではなく、受け皿になるベースを先に作っておくんです。」
一拍。
「後は錯乱用、幻覚用、恐慌用など症状に応じて追加調合するだけなので作業時間を大幅に短縮できます。」
「それなら現場でも対応できそうですね。」
「ええ。」
私は頷く。
「完全な治療薬ではありませんが、応急処置用としては十分機能すると思います。」
その説明にサブマスターは安堵したように息を吐く。
だが――
ミィナさんはまだ難しい顔をしていた。
「つまり。」
一拍。
「エレノア様は結局その危険なダンジョンへ行くんですよね?」
鋭かった。
非常に鋭かった。
「行きますね。」
「ですよね。」
即答だった。
「あのー......」
私たちの話をこれまで黙って聞いていた女性が話しかける
「素人質問で恐縮なのですが、精神に直接作用するポーションの量産は難しいのは理解できました。」
一拍。
「では、なぜポーションは大量に摂取しても問題ないんですか?」
その場が少し静かになる。
私は少し考えてから口を開いた。
「問題ないわけではありませんよ?」
「え?」
「例えばマナポーションをこれから飲むとします。」
「はい」
「通常は魔力がない状態で飲むので回復しますよね?」
「そうですね」
「では、魔量が十分にある状態で飲むとどうなると思いますか?」
そう言うと女性は考え込む。
「すみません......わからないです」
「魔力が過剰にある状態になり体内で暴発する」
サブマスターが静かに答える
「そうですね」
私は頷く。
「勿論、乱用も視野に入れて設計していますし、数本過剰に飲んだくらいでは暴走はしません。体内から自然に排出されますしね」
「そうなんですか?」
女性が少し安心したような表情を浮かべる。
「ええ」
私は頷いた。
「ポーションを飲むということは、切羽詰まった状態であることがほとんどなので、正常な判断ができるはずありませんからね」
一拍。
「大怪我を負っているかもしれません。」
「魔力が枯渇しているかもしれません。」
「仲間が目の前で倒れているかもしれません。」
「あるいは自分が死にかけているかもしれません。」
部屋が静かになる。
「そんな状況で"用法用量を守って正しくお使いください"と言われても無理ですよね?」
「確かに......」
女性が苦笑する。
サブマスターも腕を組みながら頷いた。
「むしろ一気飲みしそうですね。」
「しますね。」
私は即答した。
「なのでポーションは多少雑に扱われることを前提に作られています。」
一拍。
「多少飲み過ぎても問題ない。」
「多少保存状態が悪くても効果が極端に変化しない。」
「多少品質にばらつきがあっても危険域には入らない。」
「それが理想です。」
「思ったよりずっと大変なんですね......」
「ええ。」
私は頷く。
「薬を作るのは難しくありません。」
一拍。
「誰が使っても安全な薬を作るのが難しいんです。」
その言葉にギルド職員たちも神妙な顔になる。
「だから精神系はさらに厄介なんですね。」
サブマスターが呟く。
「その通りです。」
私は紙の上を指で軽く叩く。
「例えば回復ポーションなら、多少効き過ぎても怪我が治るだけです。」
「ですが精神系の場合は?」
女性が尋ねる。
「効き過ぎると人格や感情そのものに影響を与える可能性があります。」
その瞬間、部屋の空気が少し重くなった。
「恐怖を抑える薬が効き過ぎれば無謀になります。」
「不安を取り除く薬が効き過ぎれば危機感を失います。」
「興奮を抑える薬が効き過ぎれば思考力まで鈍ります。」
一拍。
「だから精神系は治療と危険が紙一重なんです。」
「なるほど......」
女性はようやく納得したように頷く。
そしてサブマスターも深く息を吐いた。
「だからエレノア様は現地で確認したい、と。」
「はい。」
私は迷いなく頷いた。
「患者を見ずに精神系の薬を作るのは、目を閉じたまま調合するのと大差ありませんから。」
その言葉に、リュシアさんは頭を抱えた。
「理屈は分かるんです......」
一拍。
「でも絶対に危険な場所へ行く理由にしか聞こえません......」
「それもその通りですね。」
私は素直に認めた。
「認めるんですか!?」
即座にツッコミが飛んだ。
「実際、調合するうえではある程度相手がどのような魔法を使い精神異常を引き起こすのか、それを対策する術があるのかを確認しないことには作るのは難しいですからね」
私はそう言いながら紙へいくつかの項目を書き出す。
・発動条件
・効果範囲
・持続時間
・症状
・発症速度
・解除条件
「こんなにですか?」
女性が驚いたように目を見開く。
「まだ最低限ですね。」
「最低限!?」
驚きの声が上がる。
私は頷いた。
「例えば精神異常と言っても、魔法を見た瞬間に発症するのか。」
一拍。
「声を聞いた瞬間なのか。」
さらに一拍。
「魔力に触れた瞬間なのか。」
紙を指で叩く。
「それだけでも対処法は変わります。」
サブマスターが腕を組む。
「確かに、見るなと言われるのと近付くなと言われるのでは全然違いますね。」
「そういうことです。」
私は頷いた。
「それに精神異常が幻覚なのか、恐怖なのか、魅了なのかでも変わります。」
「全部精神異常では?」
女性が首を傾げる。
「違います。」
私は即答した。
「先程も言いましたが、精神異常とひとえに言っても色々なものがあります。
例えば、鬱病のように気分が沈みこんだり、統合失調症の特徴である被害妄想や幻覚・幻聴に悩まされるのか」
一拍。
「同じ精神異常状態でも状態が違えば使用する素材や必要な成分が大きく変わります。」
「鬱病? 統合失調症......聞いたことない名前ですね......」
女性が首を傾げる。
「そうですね。」
私は少し考える。
「そもそもあまり知られていないものですから」
一拍。
「例えば、何をしても楽しいと感じられなくなる。」
「......」
「食事をしても美味しいと思えない。」
「......」
「朝起きるだけで酷く疲れる。」
「......」
「そして、何もしていないのに自分を責め続けてしまう。」
部屋が静かになる。
「そういった状態を私は鬱病と呼んでいます。」
女性はどこか考え込むような表情を浮かべた。
「それって......」
一拍。
「精神異常なんですか?」
「病気ですね。」
私は静かに答える。
「気合いや根性で治るものではありませんし、対処が遅れれば最悪自殺してしまいます。」
「自殺......」
女性の顔から血の気が引く。
サブマスターも表情を険しくした。
「そこまで深刻なんですか......」
「はい。」
私は頷く。
「本人の意思が弱いからではありません。」
一拍。
「腕を骨折した人間に走れと言うのが無茶なように。」
「高熱を出している人間に働けと言うのが無茶なように。」
さらに一拍。
「病気になった心に気合いで頑張れと言うのも無茶なんです。」
部屋は静まり返っていた。
「ですが外傷と違って見えません。」
私は続ける。
「だから周囲も気付きにくい。」
「本人も自覚できないことがある。」
「そして無理を続けてしまう。」
女性は小さく俯く。
「怖い病気なんですね......」
「ええ。」
私は頷いた。
「だからこそ早期発見が重要です。」
一拍。
「そしてもう一つ厄介なのが統合失調症です。」
その言葉に再び視線が集まる。
「こちらは鬱病とはまた別です。」
私は紙に簡単な図を書きながら説明する。
「誰もいないのに声が聞こえる。」
「存在しないものが見える。」
「誰かに監視されていると思い込む。」
「周囲が自分を害そうとしていると感じる。」
部屋の空気が重くなる。
「それは......」
サブマスターが口を開く。
「呪いや精神攻撃を受けた時と似ていますね。」
「似ています。」
私は頷いた。
「だから区別が難しいんです。」
一拍。
「本当に魔法による精神異常なのか。」
「病気によるものなのか。」
「あるいは両方なのか。」
「見極めなければなりません。」
私は紙を机に置いた。
「だから今回の依頼も、まずは症状の確認から始める必要があります。」
一拍。
「精神異常という言葉だけでは情報が足りなさすぎるんですよ。」
サブマスターは深く息を吐いた。
「思っていた以上に難しい話ですね......」
「ええ。」
私は苦笑する。
「回復ポーションなら怪我を治せば終わりです。」
「ですが精神の場合。」
一拍。
「治療する相手が『心』ですから。」
「より一層慎重に対処しないと手遅れになっていしまいます。」
その言葉にミィナさんが低く呟く。
「理屈はわかりましたが」
そう前置きしたうえで語り始める。
「エレノア様も信用していないわけではありませんが、その医学知識とダンジョンの精神異常が同じなのかはわかりませんよね?」
鋭い指摘だった。
実際、その通りである。
「そうですね。」
私は素直に頷いた。
「私も全く同じものだとは考えていません。」
「では――」
ミィナさんが続きを促す。
「ただし。」
私は言葉を続けた。
「精神に異常をきたすという結果そのものは同じです。」
一拍。
「例えば毒です。」
「毒ですか?」
サブマスターが首を傾げる。
「はい。」
私は頷く。
「蛇の毒と蜘蛛の毒は別物です。」
「当然ですね。」
「ですがどちらも人体へ悪影響を及ぼします。」
一拍。
「だから研究する価値があります。」
私は机の上の紙を指差す。
「今回も同じです。」
「病気による精神異常。」
「魔法による精神異常。」
「呪いによる精神異常。」
「原因は違います。」
さらに一拍。
「ですが最終的に異常が現れるのは人の精神です。」
ミィナさんは腕を組みながら静かに聞いていた。
「つまり共通点があると?」
「ある可能性が高いですね。」
私は答える。
「少なくとも症状を軽減する方向性や、精神への負荷を和らげる方法は応用できるかもしれません。」
「かもしれない。」
ミィナさんはその部分を拾う。
「はい。」
私は迷わず頷いた。
「だから確認が必要なんです。」
一拍。
「効くと決めつけるのも危険ですし。」
「効かないと決めつけるのも危険です。」
部屋が静かになる。
私は続けた。
「少なくとも医学も錬金術も100%という答えなんてありません。」
一拍。
「もっと言えば、その日まで正しいとされていたことも明日になれば時代遅れとなることもあります。」
「だからこそ、確認と研究が大切なんです。」
その言葉に誰もすぐには返事をしなかった。
サブマスターが腕を組む。
「意外ですね。」
「何がですか?」
「エレノア様ほどの錬金術師なら、自分の知識に絶対の自信を持っているものかと。」
私は思わず首を横に振った。
「逆ですよ。」
「逆?」
「世界は思ったより広いです。」
私は静かに答える。
「ましてや調べた情報が正しいとも限りません。」
一拍。
「自分で調べた情報を取捨選択して正しい答えを見つけなければいけません。」
「……」
「……」
部屋は静かだった。
私は続ける。
「その工程で見失うことだってありますからね......」
ふと前世で読んだ論文や文献のことを思い出す。
当時は正しいとされていたもの。
後になって否定されたもの。
逆に異端扱いされながらも、後世で正しさが証明されたもの。
そんなものはいくらでもあった。
「例えば。」
私はゆっくりと言葉を選ぶ。
「百人が正しいと言っていても間違っていることがあります。」
「逆に、一人しか支持していなくても正しいことがあります。」
サブマスターが小さく目を見開く。
「それはまた極端ですね。」
「極端ですが事実です。」
私は頷いた。
「だから権威や人数だけで判断してはいけません。」
一拍。
「誰が言ったかではなく。」
「何を根拠に言っているのか。」
「実際にどういう結果が出たのか。」
「再現できるのか。」
私は紙の上を指で叩いた。
「それを確認する必要があります。」
女性職員が感心したように呟く。
「まるで学者みたいですね......」
「錬金術師ですから。」
私は苦笑した。
「新しい薬を作るということは、結局未知を調べることです。」
一拍。
「そして未知を調べるなら、自分の常識を疑う必要があります。」
「自分の常識を?」
ミィナさんが反応する。
「はい。」
私は頷いた。
「人は一度答えを見つけると、それが正しいと思い込みます。」
「ですが。」
少しだけ声を落とす。
「その思い込みが、一番危険なこともあるんです。」
部屋の空気が引き締まる。
「私が正しい。」
「自分は間違えない。」
「この方法しかない。」
一拍。
「そう考え始めた瞬間、人は学ぶことをやめます。」
サブマスターはどこか納得したように頷いた。
「だからエレノア様は研究を続けるんですね。」
「ええ。」
私は素直に認める。
「知らないことが多すぎますから。」
一拍。
「今回の精神異常だってそうです。」
「病気なのか。」
「魔法なのか。」
「呪いなのか。」
「それとも全く別の現象なのか。」
私は肩を竦める。
「今の段階では何も分かりません。」
そして静かに結論を口にした。
「だからこそ見に行く価値があるんです。」
その言葉に。
リュシアさんが盛大に頭を抱えた。
「結局そこに戻るんですね......」
「戻りますね。」
私は即答した。
「即答しないでください。」
それもまた即答だった。
「......とりあえずその件は一度預からせてください。」
一拍。
「我々では判断出来かねますので、一度陛下にお伺いを立てます。」
ミィナさんがため息をつきながらそう答える。
「妥当ですね。」
私は素直に頷いた。
「反対しないんですか?」
リュシアさんが意外そうな顔をする。
「しますよ?」
「するんですか。」
「します。」
私は即答した。
「ただし、私が反対したところで許可が出る案件でもありませんし。」
一拍。
「私が勝手に行って怒られる未来も見えていますから。」
「それは怒られますね。」
ミィナさんが即答する。
「怒られます。」
リュシアさんも頷く。
「ですよね。」
私も頷いた。
満場一致だった。
サブマスターは苦笑しながら書類をまとめ始める。
「もし陛下から許可が下りなくても可能な限り協力しますので」
一拍。
「遠慮なく言ってください。我々はエレノア様に頼りっぱなしですし、こういう時でないとお返しできませんから」
「その時はお願いします。」
私は素直に頭を下げた。
サブマスターも満足そうに頷く。
「では結果が出次第ご連絡を――」
その時だった。
「待ってください。」
リュシアさんが手を上げる。
全員の視線が集まる。
「はい?」
サブマスターが首を傾げた。
リュシアさんは真剣な顔をしている。
「もし陛下が許可しなかった場合ですよ?」
「ええ。」
「その場合、この話は終わりですよね?」
一拍。
部屋が静かになる。
私はきょとんとした。
「終わりませんよ?」
「終わりませんよね。」
ミィナさんが即答した。
「なんでですか!?」
リュシアさんが叫ぶ。
私は不思議そうに首を傾げる。
「だって現地調査が駄目なだけですよね?」
嫌な予感がした。
とても嫌な予感だった。
「例えば被害者への聞き取り。」
「症状の記録。」
「魔法の痕跡の採取。」
「精神異常を受けた魔物の回収。」
私は指を折りながら数えていく。
「研究できることはまだまだありますし。」
リュシアさんの顔色が悪くなる。
「いやでも現地には行けないんですよね?」
「行けませんね。」
私は頷く。
「なら安心――」
「なので素材を持って来てもらいます。」
「ですよねーーーーーーーー!!!!」
冒険者ギルド中に悲鳴が響いた。
サブマスターが苦笑する。
「可能な限り協力しますので。」
「やめてください味方しないでください!」
リュシアさんが必死に訴える。
だが。
「未知の精神異常。」
「新素材。」
「未発見の魔法。」
私は静かに呟く。
一拍。
「楽しみですね。」
その瞬間。
リュシアさんとミィナさんは同時に頭を抱えた。
「陛下、どうか許可しないでください......」
「いえ、むしろ許可した方が被害が少ない気がしてきました......」
二人の意見は真っ二つだった。
そして私はというと――
既に新しい研究計画を考え始めるのであった。




