165話 胸躍る期待、待ちきれないアップデート②
「なんで目を逸らすんですか」
私もメルもルーカスお兄様も自然と目を逸らしていた。
それもそのはず――
私たちのアカウントは、それなりの額のお金をゲームへ捧げている。
そして。
ミストルティン様に至っては全てのキャラクターを完凸済み。
一拍。
当然ながら。
課金額など、もはや把握できる領域を遥か昔に通り過ぎていた。
「……」
「……」
「……」
「全員心当たりあるんですね」
鋭かった。
「リュシアもやる?」
「いやそういう問題じゃないです!」
ミストルティン様の誘いに即答する。
「大体この明らかに場違いな魔道具達は何なんですか!?」
リュシアさんが部屋の中を指差した。
巨大な画面。
発光する箱。
光り続ける謎の板。
そして意味不明な配線の数々。
どう見てもこの世界の技術ではない。
「超ツヨツヨゲーミングPC」
ミストルティン様が即答した。
「はい?」
「超ツヨツヨゲーミングPC」
「説明になってません!」
一拍。
ミストルティン様は胸を張る。
「またの名を推し活用最終兵器」
「兵器!?」
「最高画質」
「はい」
「高フレームレート」
「はい?」
「ロード時間最小化」
「何言ってるか分かりません!」
「つまり快適」
「最初からそう説明してください!」
一拍。
「ていうかこの魔道具、異世界の産物と言われても何の違和感ないですよ!」
リュシアさんが半ば叫ぶように言った。
「実際異世界の産物だよー!」
メルがあっさり答える。
「ですよね!?」
即答だった。
「いや待ってください」
一拍。
「今、実際って言いました?」
「言ったよー?」
「否定してくださいよ!?」
「事実だし」
メルは首を傾げた。
「事実なんですか!?」
「事実ね」
ミストルティン様も頷く。
「事実よ」
パルシア様も頷く。
「事実ですね」
私も頷く。
「事実だな」
ルーカスお兄様も頷く。
「なんで全員認めるんですか!?」
満場一致だった。
リュシアさんが頭を抱える。
「おかしい……」
一拍。
「私がおかしいんですか?」
「正常だよー」
「正常ですね」
「正常よ」
「正常だな」
「正常です」
「じゃあなんで皆さん平然としてるんですか!!」
「慣れ?」
私は首を傾げた。
「だってミストルティン様だし」
メルも当然のように頷く。
「それで納得できるのはなんでですか!?」
リュシアさんの悲鳴が響く。
「いやだって」
一拍。
「神様だし」
「便利な言葉みたいに使わないでください!!」
「でも実際便利よ?」
ミストルティン様が胸を張る。
「よくないですからね!?」
「そう?」
「そうです!」
即答だった。
「異世界の魔道具があります」
「ありますね」
「意味不明な文字が読めます」
「読めますね」
「神様がスキルを配っています」
「配ってるわね」
「誰も疑問に思わないんですか!?」
沈黙。
全員で顔を見合わせる。
そして。
「今更?」
「今更だねー」
「今更よ」
「今更だな」
満場一致だった。
「慣れって怖いですね……」
リュシアさんは遠い目をした。
「とりあえずリュシアもやってみなよ!!」
ミストルティン様がそう言うと、空間収納からまだ開封されていないPCセットを次々と取り出していく。
一台。
二台。
三台。
四台。
「待ってください」
リュシアさんが真顔になる。
「はい?」
「なんでそんなに出てくるんですか」
「故障した時の予備?」
「予備多すぎません!?」
「大丈夫よ」
ミストルティン様は親指を立てた。
「全部最高構成だから」
「何が大丈夫なんですか!?」
「ミストルティン様偉い!」
メルが素直に拍手する。
「えへへ♪」
褒められて嬉しそうだった。
「褒めるところなんですか!?」
「予備は大事だよー?」
「限度があります!!」
私も頷く。
「確かに予備は大事です」
「エレノア様まで!?」
味方がいなかった。
完全にいなかった。
「ほらほら!」
ミストルティン様は箱をリュシアさんの前へ置く。
「ようこそこちら側へ!」
「嫌な勧誘文句みたいになってますよね!?」
その言葉にミストルティン様は首を横に振る。
「大丈夫! このゲームの運営はユーザーに優しいから」
一拍。
「課金すればもっと優しくなるよ!」
「優しくなってないですよね!?」
即答だった。
「実体が残らないものにお金を使う意味がわからないです!!!」
沈黙。
「……」
「……」
「……」
「……」
部屋の空気が凍り付いた。
リュシアさんが戸惑う。
「え?」
一同の視線が集まる。
「え?」
もう一度言う。
「え?」
「リュシア」
ミストルティン様が静かに口を開いた。
「はい」
「推しは心に残るの」
「何言ってるんですか?」
即答だった。
「限定衣装も残るわ」
パルシア様が続ける。
「車も残りますね」
私が続ける。
そして――
「データとして残るよー!!」
メルのトドメの一撃。
沈黙。
「それって残ってるって言わないですよね!?!?」
「サービス終了しない限り残るわよ?」
ミストルティン様が当然のように言う。
「前提条件が重いんですよ!?」
「アカウントを紛失したり不正をしなければ残るな」
ルーカスお兄様も頷く。
「チートダメ! 絶対!」
メルが力強く拳を握った。
「そこじゃないです!!」
リュシアさんの悲鳴が響く。
「というかなんで皆さんそんな詳しいんですか!?」
一拍。
「やってるから?」
私が答える。
「聞いた私が馬鹿でした!!」
即座に返ってきた。
「大丈夫よ」
ミストルティン様が肩に手を置く。
「最初は皆そう言うの」
「何の話ですか」
「私は絶対課金しませんって」
「しません」
即答だった。
「限定衣装を見るまではね」
「しません」
「推しが実装されるまではね」
「しません」
「コラボが来るまではね」
「しません!!」
一拍。
ミストルティン様はにっこり笑った。
「そう言っていた人を私はたくさん見てきたわ」
「神様の発言が一番怖いんですけど!?」
「まぁまぁ。百聞は一見にしかず! とりあえずやってみなよ!」
ミストルティン様は笑顔でそう言い、指をパチッと鳴らす。
その瞬間。
リュシアさんとパソコン、そして机が宙へと浮かび上がった。
「え?」
「え?」
「え?」
本人だけではなく私たちも思わず声を漏らす。
次々と周囲へ配置されていく機材。
配線が勝手に繋がる。
画面が点灯する。
キーボードとマウスが定位置へ収まる。
「便利だねー」
メルが感心したように呟く。
「便利ですね」
私も頷く。
「便利じゃないですからね!?」
リュシアさんだけが抗議した。
しかし。
現実は非情だった。
椅子がするりと移動する。
「あの?」
椅子が止まる。
「あの?」
リュシアさんはゆっくりと椅子へ座らされていた。
「あの!?」
「よし」
ミストルティン様が満足そうに頷く。
「初期セットアップ完了!」
「私の意思はどこに行ったんですか!?」
「安心して」
「安心できる要素が一つもありません!」
「利用規約には同意したことにしておいたから」
「してませんよね!?!?」
即答だった。
「神様だから大丈夫!」
「その理論やめてください!!」
――そして。
一時間後。
「このボスクリアできない!!!!」
秘密の部屋に悲鳴が響く。
「落ち着いてリュシア!」
「回避です! 回避!!」
「アイテム使って!!」
「間に合いません!!!」
リュシアさんの悲鳴が響く。
その直後――
ボスの攻撃が炸裂した。
一撃。
二撃。
三撃。
回避も防御も間に合わない。
「あ」
誰かが呟いた。
キャラクターのHPが一瞬で削り取られていく。
そして。
「まだ、真実が......」
キャラクターがそう呟きながら崩れ落ちる。
同時に。
画面中央へ無情な文字が表示された。
『FAILED』
沈黙。
「......」
「......」
「......」
リュシアさんは数秒間動かなかった。
そして。
ゆっくりと私たちの方を振り向く。
「エレノア様」
「はい」
「このゲーム難しくないですか?」
「慣れれば簡単ですよ」
「嘘ですよね?」
「たぶん」
「たぶん!?」
その瞬間。
リュシアさんの視線がショップ画面へ向いた。
そこには。
『初心者応援パック』
『育成応援パック』
『期間限定特別パック』
が並んでいた。
一拍。
「......なるほど」
「リュシア?」
「このゲーム理解しました」
嫌な予感しかしなかった。
リュシアさんは静かにショップ画面を開く。
そして。
迷いなく購入ボタンを押した。
一回。
二回。
三回。
「あの?」
私は恐る恐る声を掛ける。
「はい」
「今いくら課金しました?」
「まだ十万円くらいです」
「まだ?」
即座にツッコミが飛ぶ。
「育成素材も欲しいですし」
「限定武器も欲しいですし」
「スタミナも欲しいですし」
「あれ?」
一拍。
「ガチャってある意味救済システムなんですね......」
その呟きに――
「間違っているようなそうでないような......」
私は複雑な表情を浮かべる。
「成長したわね」
ミストルティン様はどこか誇らしげだった。
「成長なのかしらこれ......」
パルシア様が遠い目をする。
「成長だよー!」
メルだけは満面の笑みだった。
「違う気がするんですけど!?」
ルーカスお兄様がツッコむ。
しかし。
当の本人は既にショップ画面と睨めっこを始めていた。
「次はこのパックですね」
「リュシア?」
「忙しいので後にしてください」
「早い早い早い!!」
一時間前。
『実体が残らないものにお金を使う意味がわからないです!!!』
と言っていた人物と同一人物とは思えなかった。
――人は一時間で変われるのである。
そしてお隣では――
「また天井だーーーーーーーー!!!!!!!!」
ミストルティン様が叫ぶ。
「このままだと完凸するのに12万円はかかりそうだねー!」
メルが笑顔でそう言う。
「お金無限に増やせるとはいえ天井は精神に直撃するんだけど!?」
一拍。
「大体天井まで出ない確率って八十五連で二%くらいよね!?」
「そうですね」
「どんだけ引きが弱いのよ!!」
悲痛な叫びだった。
「でも神様ですよね?」
リュシアさんが不思議そうに首を傾げる。
「そうよ?」
「運とか操作できないんですか?」
沈黙。
「そんなの出来たらやっているわよ!!!!!!」
ミストルティン様の悲鳴が部屋に響く。
「ですよねー」
メルが納得したように頷く。
「納得するんですか!?」
リュシアさんがツッコむ。
「だって」
一拍。
「出来るなら毎回完凸まで天井しないもん」
「それはそうですね」
私も頷いた。
「エレノアまで!?」
「実際問題、出来るなら単発で六枚引きとかしてますよね?」
「する」
即答だった。
「絶対する」
二回言った。
「結局不正疑われてBANされるオチまで見えるな」
ルーカスお兄様が苦笑いする。
沈黙。
「......」
「......」
「......」
「ありえるわね」
ミストルティン様が真顔で頷いた。
「認めるんですか!?」
リュシアさんが即座にツッコむ。
「だって考えてみなさい」
ミストルティン様は指を一本立てた。
「毎回単発で完凸」
指を二本目。
「毎回最高レア六枚抜き」
三本目。
「欲しいキャラ百発百中」
一拍。
「私でも通報するわ」
「神様が通報する側なんですね......」
リュシアさんが遠い目をする。
「というか運営も困るだろうな」
ルーカスお兄様が苦笑する。
「問い合わせ内容」
一拍。
「『神なので運を操作しました』」
「却下ですね」
私が即答する。
「百%却下だねー」
メルも頷く。
「証拠を提出してください」
パルシア様が運営役を始めた。
「神籍証明書です」
「却下」
「神力測定結果です」
「却下」
「世界創造履歴です」
「却下」
「なんでよ!?」
「利用規約違反です」
即答だった。
「神様でも規約には勝てないんですね......」
リュシアさんが呟く。
「ガチャの前では平等だからねー」
メルがしみじみと頷いた。
「その言葉だけ妙に重いんですよ」
「でも実際その通りですからね」
私は頷く。
「神様だろうと」
「貴族だろうと」
「冒険者だろうと」
「天井は来ます」
「嫌な平等ですね!?」
リュシアさんが即座にツッコむ。
「逆に考えるんです」
ミストルティン様が人差し指を立てる。
「私でも天井するんだから一般人が天井しても普通」
「慰めになってないですよね?」
「あれ?」
本人は本気だったらしい。
「むしろ希望ですよ?」
ルーカスお兄様が口を開く。
「どういうことですか?」
「神様ですら爆死する」
一拍。
「つまり爆死は恥じゃない」
「なるほど」
「なるほどじゃないですよ!?」
リュシアさんのツッコミが飛ぶ。
「爆死を前提に話が進んでますよね!?」
「大丈夫」
メルが優しく肩を叩く。
「そのうち慣れるよー」
「慣れたくないです!!」
即答だった。
しかし。
その十分後。
「あれー? おかしいなー??」
リュシアさんが首を傾げる。
現在――
天井まで残り五回。
その間に。
ミントが完凸した。
アドレーも完凸した。
だが。
肝心のレクイエムだけが出ない。
「おかしいですね......」
「おかしくないわよ」
ミストルティン様が遠い目をする。
「正常よ」
「正常なんですか?」
「正常だから怖いのよ」
重みのある言葉だった。
そして。
八十六連目。
出ない。
八十七連目。
出ない。
八十八連目。
出ない。
八十九連目。
出ない。
「......」
「......」
「......」
部屋の空気が妙に静かになる。
そして。
九十連目。
画面が輝く。
専用演出。
豪華なエフェクト。
そして――
強制獲得演出。
別名。
天井。
「......」
「......」
「......」
リュシアさんは無言だった。
画面にはレクイエム。
誰もが欲しかったキャラクター。
だが。
喜びより先に出てきた感情は別だった。
「出ました」
静かな声だった。
「出たわね」
ミストルティン様も静かな声で返す。
「出ましたね」
私も静かに頷く。
「出たねー」
メルも静かだった。
一拍。
「嬉しくないんですけど」
リュシアさんが呟く。
「わかる」
ミストルティン様が即答した。
その瞬間。
二人の間に妙な連帯感が生まれた。
「ようこそ天井組へ」
「入りたくて入ったわけじゃないんですけど!?」
当然の反応だった。
そしてーー
「遅れました。」
「宿題やっと終わった......」
リオルの特訓に付き合ってたカイルと魔法学院の宿題をこなしていたアメリアお姉様がやってくる。
「みんなはもうレクイエム出した?」
「もう出したよー!」
「天井組が三人と単発が一人と10連でだした人が一人」
ミストルティン様の声は覇気がなかった。
「とりあえず単発は処刑ね」
アメリアお姉様が笑顔でそう告げる。
「なんで増えるんだよ!?」
ルーカスお兄様が叫ぶ。
「だって単発でしょう?」
「単発だな」
カイルが頷く。
「処刑ですね」
「お前まで!?」
味方がいなかった。
「まぁまぁ」
アメリアお姉様は自分の席へ座る。
「まずは私も回してみるわ」
「頑張ってー!」
「仲間になりましょう」
「その応援嫌なんだけど!?」
アメリアお姉さまが思わずツッコむ。
そして。
ガチャ画面を開く。
一回目の十連。
光る。
「あ」
全員が固まる。
「まさか」
「いやいや」
「そんなわけ」
演出が進む。
そして――
レクイエム。
「......」
「......」
「......」
「十連だったわ」
アメリアお姉様がさらっと告げる。
沈黙。
「処刑ね」
ミストルティン様が真顔で言った。
「処刑ですね」
リュシアさんも頷く。
「処刑だな」
カイルも頷く。
「なんで私まで!?」
今度はアメリアお姉様が叫んだ。
「ガチャの前では平等だからねー!」
メルが満面の笑みで締めた。
そしてカイルはというとーー
「まじか!!」
二十連目。
レクイエム排出。
「......」
「......」
「......」
天井組からの圧力が最高潮に達する。
「裏切り者ね」
ミストルティン様が呟く。
「裏切り者ですね」
リュシアさんも頷く。
「仲間だと思ってたのに......」
メルの猫耳がしょんぼりと垂れる。
「なんでですか!?」
アメリアお姉様が慌てる。
「普通に引いただけよ!?」
「それが罪なのよ」
ミストルティン様が真顔で言う。
「理不尽すぎません!?」
当然の反応だった。
だが――
その時。
「ポル〇ェコラボ天井だったーーーーーーーー!!!!!!!!」
ルーカスお兄様の絶叫が部屋中に響いた。
「俺のファンスと円石!!!!!!!!!!」
一同の視線が集まる。
映像こそ壮大な演出。
いかにも高級車らしい重厚なBGM。
眩しいエフェクト。
豪華なカットイン。
そして――
次の画面。
ボックスガチャ残り回数。
0
「......」
「......」
「......」
一拍。
「仲間だね!!」
メルが満面の笑みで駆け寄る。
「仲間が増えたわね!!」
ミストルティン様も笑顔だった。
「ようこそこちら側へ!」
リュシアさんまで歓迎している。
「嫌だーーーーーーーー!!!!」
ルーカスお兄様の悲鳴が響く。
「大丈夫よ」
ミストルティン様が肩を叩く。
「確率は収束するものよ」
「慰めになってない!!!!!!」
だがミストルティン様は満面の笑みでモニターを指さす
「私は6回目で出たわよ!!!!」
画面にはポ〇シェコラボガチャの残り回数が9回になっている。
「実質単発!!!!!!!!!」
ルーカスお兄様の叫び声が部屋に響き渡るのであった。




