164話 胸躍る期待、待ちきれないアップデート①
「おはよう......」
「エレノア様おはようございます」
先に起きてたリュシアさんと挨拶をし身支度を整える。
ふと壁にかけられたカレンダーに目をやると今日は待ちに待った大型アップデートの日だった。
「早くメンテナンス終わらないかな......」
静かにそう呟く
「メンテナンス......ですか? なにか魔道具のメンテナンスを依頼していましたっけ?」
「いや、こっちの話」
「??」
リュシアさんは不思議そうに首を傾げる。
(ゲームのアップデートのためのメンテナンスなんて言えるわけがない......)
実際、ミストルティン様達と夜な夜な秘密の部屋に籠りゲームをしているのは誰にも知られていない
至る所に明らかにこの世界の産物とは言えない物がある時点で手遅れだとは思っているが、また頭を抱えられるのは嫌なので秘密にしている。
「エレノアちゃんそろそろ起きた?」
控えめなノックの後にパルシア様が入ってくる。
「今日は腕によりをかけて朝から豪華な食事を作ったわ」
「パルシア様も楽しみにしていましたもんね」
「早く続きが気になるもの」
一拍。
「当然よ!」
力強い返事だった。
その様子を見ていたリュシアさんが首を傾げる。
「本当に何の話ですか?」
「こっちの話よ」
「こっちの話です」
即答だった。
「息ぴったりですね……」
「当然です」
「当然よ」
再び即答。
「だから何なんですか……」
リュシアさんは小さく頭を抱えた。
朝食を終えアトリエへと向かう
普段なら「またあの行列を捌かなきゃいけないのか......」などと思いながら向かうが不思議と今日はその気持ちはあまりなかった。
寧ろ――
「今日の仕事が終わったら楽しみにしていたアップデートを全力で遊べる――!」
そんな期待を胸に、私は足取り軽くアトリエへ向かう。
そして――
見なかったことにした結果、現実は消えてくれなかった。
「こっちには20本!!」
「予約したものお願いします!」
「メルちゃんパンまだー??」
まさに地獄絵図という言葉がぴったりの光景だった。
そんな午前を終えお昼休憩ーー
「そういえばなんかトラブルが起きてるみたいだよー?」
昼食中にも自然とアップデートの話になる。
「トラブルってどういうの?」
「アップデート後に設定が初期化されたり、一部のデータが正しく引き継がれない人がいるみたい」
「あー……」
思わず顔をしかめる。
「それは大変そう」
「でも運営もすぐ対応してるみたいだよ?」
「それだけ今回のアップデートに期待していた人が多かったってことだね」
そのやり取りにー
「何の話ですか?」
「こっちの話」
「こっちの話だよー!」
「メル様まで......」
リュシアさんは深々とため息を吐いた。
最近ではパルシア様だけでなく、メル様まで秘密の話題に参加するようになっている。
当然ながら。
何の話なのかは未だに理解していないらしい。
「本当に何なんですか?」
「言えない」
「言えないよー」
即答だった。
「即答しないでください......」
項垂れるリュシアさん。
そんな様子を見ながら昼食を進める。
そして。
午後を乗り切り、夕食を済ませた後――
全員で秘密の部屋へと向かう。
「事前にアップデートは済ませといたよ!」
ミストルティン様はどこか誇らしげだった。
「ありがとうございます」
「ふふん♪」
胸を張るミストルティン様。
「私も終わらせてあるわよ」
パルシア様も当然のように席へ着く。
「準備は万端ね」
「ですね」
私はそう答えながら端末を起動する。
そして表示された更新内容を確認する。
「新マップ追加」
「新ストーリー追加」
そしてーー
「レクイエム実装」
ナナリ、潯と続くピックアップキャラ三体目
先行で実装されていた地域の情報によるとかなり優秀だという噂を聞いていた。
その情報を見るだけで散々お預けされていた私たちは真っ先にガチャをする
「ミストルティン様は6凸までするんですよね?」
「当然よ! 逆にエレノアは?」
「私はいつも通り凸はしない方向です。」
そんな話をしているとーー
「うぇ!?!?!?!?!?!?!?」
ルーカスお兄様が珍しく大声を出す。
「どうしたの!?」
「何が出たんですか!?」
私とメルがルーカスお兄様の画面をのぞき込むーー
画面にはかわいいアニメーションと空からたくさんのトマト
その演出に誰もが確信する
「レクイエムもう出たの!?」
「単発で出たんだが......」
「処刑」
ミストルティン様が冗談を言う
「神様の処刑は怖すぎるんだが!?」
ルーカスお兄様が慌てて距離を取る。
「安心して」
ミストルティン様はにっこりと微笑んだ。
「冗談だから」
「その笑顔が一番怖いんですよ」
即答だった。
「というか単発ですよ?」
私はまだ信じられなかった。
「そんなことあるんですね......」
「じゃあ凸6まで回そっか!」
「俺は早々にコラボガチャに行くので!」
「待ちなさい」
ミストルティン様の声が飛ぶ。
「はい」
反射的に返事をしてしまうルーカスお兄様。
「本当に単発だった?」
「本当に単発です」
「証拠は?」
「履歴見ます?」
「見る」
即答だった。
ルーカスお兄様が履歴画面を開く。
全員が覗き込む。
そして。
「……単発だ」
「単発ですね」
「単発だねー」
事実だった。
紛れもなく一回だけ回した履歴。
その横には。
レクイエム。
ただ一人。
堂々と表示されている。
沈黙。
「処刑ね」
「なんでですか!?」
再びだった。
「運を吸われた気がするもの」
「理不尽すぎる!」
ルーカスお兄様の悲鳴が響く。
私は苦笑しながら自分の画面を見る。
「じゃあ私も回しますか」
事前に90連分のサイコローー約2万9000円分を購入ずみ
できればコラボガチャの方からでる限定コスチュームと某高級車メーカーとコラボした限定車を引くために温存したい
そんなことを思っているとーー
「え!?!?!?!?」
思わず大声が出た。
「今度はエレノアちゃん!?」
「どうしたの!?」
全員の視線が私の画面へ集まる。
そこには――
再び。
空から大量のトマトが降り注いでいた。
「え?」
「え?」
「え?」
一同が固まる。
私は震える指で画面を指差した。
「十連一回目なんですけど……」
沈黙。
そして。
レクイエムが現れる。
「……」
「……」
「……」
誰も喋らない。
「おめでとう?」
パルシア様が恐る恐る言う。
「ありがとうございます?」
私も恐る恐る返した。
その瞬間。
全員の視線がミストルティン様へ向く。
現在。
六十連。
成果なし。
「……」
笑顔だった。
とても綺麗な笑顔だった。
だが。
長年付き合いのある私たちには分かる。
あれは駄目なやつだ。
「ミストルティン様?」
「大丈夫よ?」
即答。
「まだ六十連だもの」
「十分重傷なんですよ」
ルーカスお兄様が呟く。
「七十連」
回す。
出ない。
「八十連」
回す。
出ない。
そしてーー
90連目。
「なんで私だけいつも天井なのよーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」
ミストルティン様の悲鳴が秘密の部屋に響き渡る。
「おめでとうございます」
私は拍手した。
「おめでとうございます」
ルーカスお兄様も拍手した。
「おめでとー!」
メルも拍手した。
「全然祝福されてる気がしないんだけど!?」
当然だった。
なにせ。
単発。
十連。
天井。
綺麗すぎる結果だった。
「確率は収束するんですよ」
「収束してないじゃない!!」
即答だった。
「私だけ明らかにおかしいわよね!?」
「否定できません」
「否定できないねー」
「否定できないな」
満場一致だった。
ミストルティン様が机に突っ伏す。
「おかしいわ……」
一拍。
「世界の理を管理してる側なのよ私……?」
「ガチャの理は管轄外なんですよ」
「そんな理不尽ある!?」
ある。
実際に起きている。
そしてお隣――
メルも大変なことになっていた。
「私も天井だった......」
メルのかわいい猫耳がしおれている。
「……」
「……」
「……」
一拍。
「仲間ね」
ミストルティン様が優しく肩に手を置く。
「仲間だね......」
メルも力なく頷いた。
なぜか二人の間に強い連帯感が生まれている。
「傷を舐め合わないでください」
思わずツッコむ。
「エレノアちゃんには分からないよ......」
「十連で出した人には分からない......」
二人同時だった。
「いや、私だってたまたまですし」
「その台詞は強者しか言わないのよ」
「そうだよ......」
即否定された。
一方。
ルーカスお兄様は静かに距離を取っていた。
「何で離れるんですか?」
「本能」
即答だった。
賢明な判断である。
今この部屋で最も安全な場所は。
天井組から離れた場所だった。
「ルーカス」
ミストルティン様が呼ぶ。
「はい」
「単発だったわよね?」
「はい」
「本当に?」
「履歴見せます?」
「見せなさい」
三回目である。
「なんで俺だけ取り調べ受けてるんだ!?」
当然だった。
天井が二人。
神引きが一人。
単発が一人。
どう考えても単発組が悪い。
「理不尽すぎる!」
ルーカスお兄様の叫びが響く。
しかし誰も同情しなかった。
なぜなら。
天井組の目が怖かったからである。
その流れを切るかのように、勢いよく扉が開かれる――
「エレノア様、ここにいらしたん......」
リュシアさんは言葉を失った。
固まる。
完全に固まる。
目の前には――
謎の光を放つ巨大な画面。
見たこともない椅子。
見たこともない机。
見たこともない機械。
そして。
「私だけ天井だったのおかしいでしょ!!」
「私は二人目なんだけど......」
「ルーカス処刑」
「だからなんでだよ!?」
阿鼻叫喚の四人。
沈黙。
リュシアさんがゆっくりと瞬きをする。
もう一度する。
現実逃避だった。
だが現実は消えない。
「......」
「......」
「......」
「......あの」
恐る恐る口を開く。
「この部屋は一体......」
沈黙。
誰も答えない。
答えられない。
壁には巨大な画面。
見たこともない発光する箱。
整然と並べられた謎の機械。
そして――
床に座り込みながら頭を抱える私。
猫耳をしおれさせているメル。
ルーカスお兄様にジリジリと迫っているミストルティン様。
状況が意味不明だった。
「......」
リュシアさんは静かに扉を閉めた。
そして再び開ける。
景色は変わらない。
「......夢ではないんですね」
「残念ながら」
私が答える。
「残念なんですか!?」
即座に返ってきた。
「いやだって説明大変そうだし......」
「今更です!!」
珍しく大きな声だった。
ミストルティン様が楽しそうに笑う。
「とうとう見つかっちゃったわね」
「見つかるも何も扉開けただけですよね!?」
正論だった。
リュシアさんの視線が画面へ向く。
「見たことない文字ですけどこれ何語ですか......?」
一同が固まる。
「あ」
思わず声が漏れた。
完全に忘れていた。
この世界の文字ではない。
画面には当たり前のように日本語が表示されている。
『レクイエム獲得』
『ピックアップ対象』
『ガチャ履歴』
『ショップ』
『アップデート情報』
私たちには普通に読める。
だが。
この世界の人間からすれば意味不明な記号の羅列だ。
「......読めるんですか?」
リュシアさんがゆっくり聞く。
「読めます」
「全員?」
「全員」
即答だった。
沈黙。
リュシアさんの視線が私。
メル。
ルーカスお兄様。
ミストルティン様。
そしてパルシア様へ向く。
全員が普通に頷いていた。
「......」
「......」
「......」
「待ってください」
何かに気付いたらしい。
リュシアさんの視線が私へ向く。
「エレノア様は分かります」
「はい」
「古代魔法の研究をしてますからね」
一応納得したらしい。
次にミストルティン様を見る。
「ミストルティン様は?」
「読めるわよ?」
「神様ですからね......」
苦しそうだが納得する。
パルシア様へ視線が向く。
「パルシア様は?」
「読めるわよ?」
「パルシア様も神様ですからね......」
さらに苦しそうに頷く。
そして――
メルを見る。
「メル様は?」
「読めるよー?」
即答。
沈黙。
「......」
「......」
「......」
「なんでですか?」
真顔だった。
「え?」
今度はメルがきょとんとする。
「いや、なんでですか?」
「なんでと言われても......」
メルも困る。
「猫耳族ですよね?」
「うん」
「普通の猫耳族ですよね?」
「たぶん?」
「たぶん!?」
リュシアさんの声が裏返った。
ミストルティン様が肩を竦める。
「言語能力スキルいる?」
沈黙。
リュシアさんは数秒考えた。
そして恐る恐る口を開く。
「そんな簡単にスキルって貰えるものでしたっけ......?」
「いるかいらないかで答えて!」
ミストルティン様がぐいっと迫る。
「いります!!」
即答だった。
「ですよね!」
なぜかミストルティン様が嬉しそうだった。
「いや待ってください!」
リュシアさんは慌てて両手を振る。
「いるかいらないかなら欲しいですけど!」
「じゃあ決まりね」
「決まってません!」
即答。
だが。
ミストルティン様は既に立ち上がっていた。
嫌な予感しかしない。
「ミストルティン様?」
「大丈夫大丈夫」
「何がですか!?」
「ちょっと祝福するだけだから」
「その“ちょっと”が一番怖いんですけど!?」
私は小さく頷く。
「それはそう」
「エレノア様!?」
味方だと思ったら違った。
メルも頷く。
「それはそうだねー」
「メル様まで!?」
ルーカスお兄様も頷く。
「それはそう」
「全員同意なんですか!?」
満場一致だった。
ミストルティン様は楽しそうに笑う。
「大丈夫よ」
そう言いながらリュシアさんの額を軽く指でつつく。
次の瞬間。
ぶわっ――
見たこともない光が一瞬だけ広がった。
「え?」
リュシアさんが目を瞬かせる。
一拍。
二拍。
そして。
視線が画面へ向いた。
『期間限定パック販売中』
「......読める」
静かな声だった。
「読める!?」
自分で驚いていた。
『ガチャ』
『ショップ』
『アップデート情報』
全部読める。
意味まで理解できる。
「本当に読める......」
「だから言ったじゃない」
ミストルティン様が得意げに胸を張る。
「便利でしょ?」
「便利とかそういう次元じゃないんですけど!?」
リュシアさんは思わず叫んだ。
その時。
画面の端に表示されていた文字へ視線が止まる。
『有償サイコロ購入』
「......?」
嫌な予感がした。
とても嫌な予感がした。
「エレノア様」
「はい」
「これ何ですか?」
一拍。
部屋が静まり返る。
私。
メル。
ルーカスお兄様。
ミストルティン様。
全員が視線を逸らした。
「なんで目を逸らすんですか」
鋭かった。
非常に鋭かった。
リュシアさんはまだ知らない。
その先にある沼の深さを。




