161話 異常な需要、常識外の古代魔法①
わずか開店から三分で完売という異常な需要ーー
それは誰もがたまたまだと思われていた。
だが、次の日も、その次の日もーー
概ね十分以内、酷いとその日の営業分が作成ができず予約分のみ販売というどこぞのゲーム機のような高需要になっていた。
勿論、可能な限り増産し今ではかなり限界のラインまで生産をしているが、それでも需要は満たされない。
その結果ーー
「昨日も売り切れだったよね......
一体どうなってんだ??」
「最近、ポーションが買えなくてダンジョンに行けないよ......」
そんな声で溢れていた。
更には、私のポーションが高額転売され、最早通貨のように扱われている。
一部の商人の間では、
「ルミナよりも貴重なポーションで支払う」
という意味不明な取引まで始まったらしい。
本当に意味不明すぎる。
そして、この非常事態を王城が静観するはずもなかった。
市民生活への影響。
冒険者ギルドからの苦情。
他国商人による買い占め。
様々な問題が積み重なった結果――
王国はついに動いた。
そして、その日の夕方。
何の前触れもなく。
陛下と魔道師団長――そしてお父様がアトリエへやって来た。
「エレノア嬢はこの異常な需要をどう見ている?」
陛下が静かに問う。
「リュシアさんの話では、ユグアッシュ王国の方々が特に買い占めへ走っているようです」
一拍。
「帝国の方々も購入していますが、あちらはまだ常識的な範囲ですね」
「ふむ」
「ただ、なぜここまで需要が急増したのかは私にもわかりません」
「そうか」
「私も調べてみましたが、ユグアッシュ王国では季節外れの風邪が流行しており、風邪薬が慢性的に不足しています」
一拍。
「その結果、次善策としてポーションへ需要が集中しているようです」
魔道師団長がそう説明した。
「なるほど……」
確かにそれなら大量購入も理解できる。
だが――
「帝国の方はまるで不明ですね」
一拍。
「あちらは情報統制が厳しく、十分な情報収集ができませんでした」
小さなため息と共に、お父様が報告する。
「表向きは、ですが」
陛下が眉をひそめた。
「何か気になる点が?」
「はい」
お父様は静かに頷く。
「緩衝地帯から帝国国境を越える際以上に、国内の空気が張り詰めていました」
一拍。
「兵士だけではありません。一般市民までどこか落ち着きがなく、街全体が緊張状態にあるように見えました」
「……」
「確証はありません。しかし、何らかの大規模な準備、あるいは行動を起こす可能性は十分あるかと」
「なるほど......」
陛下の声が静かに落ちる。
「帝国はわからんが、ユグアッシュは少なくとも何かしらの事情がありそうだな」
「エレノア嬢はこれ以上生産することは可能ですか?」
魔道師団長が問う。
それに対してーー
「無理ですね」
即答だった。
「既に通常時の八倍は作成しています」
一拍。
「正直、私達もここまで増産するとは思っていませんでした」
「八倍か……」
魔道師団長が思わず眉を上げる。
「はい」
「薬草自体は精霊達のお陰でどうにかなります」
一拍。
「ですが瓶の製造が追いつきませんし、何より調合を担当する私達の魔力にも限界があります」
「つまり」
「これ以上の増産は現実的ではありません」
「八倍で追いつかないとは......」
陛下が驚きの表情を浮かべていた。
「通常なら人員を増やせばなんとかなりますが、エレノア程の腕を持つ錬金術師などいません」
一拍。
「現実的に申し上げますと、何かしらの規制を入れるほうが早いかと......」
お父様が陛下へ進言する。
「ふむ......」
陛下は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「国内需要すら満たせておらぬ以上、他国への流出を放置するわけにもいかん」
「はい」
「だが、帝国はともかくユグアッシュ王国は対帝国戦線において極めて重要なパートナーだ」
一拍。
「簡単に締め出すわけにもいかんな」
「その点については同意します」
魔道師団長が頷く。
「向こうも風邪薬不足という事情があるようですからな」
「だからこそ厄介なのだ」
陛下は小さくため息を吐いた。
「買い占めは困る。しかし同盟国を見捨てれば外交問題になる」
「難しいですね......」
思わず私も呟いてしまう。
「本当に難しい」
お父様も珍しく疲れた顔をしていた。
「相手が帝国なら話は単純だったのですが」
「そういうわけにもいかんからな」
陛下は苦笑する。
「ひとまず輸出量の制限と国内向けの優先販売を検討しよう」
一拍。
「決まるまでの間は、エレノア嬢に負担を掛けるが、王国民限定で予約を受け付けて余った分だけを他国に流すようにしてくれ」
「承知しました」
「助かる」
陛下は小さく頷いた。
「本来であれば王国側で対応すべき案件なのだがな」
「いえ、私もこのままでは困りますので」
実際、毎日のように押し寄せる行列には頭を抱えていた。
「そう言ってもらえるとありがたい」
そう言うと陛下は一度息を吐いた。
そして。
「さて」
その一言で空気が変わる。
「今日来た理由は、実はもう一つある」
一拍。
魔道師団長がおもむろに分厚い資料の束を机の上へ置いた。
ドサリ。
「エレノア嬢」
「はい?」
「実はだな。今日来たのはポーションの話だけではない」
その言葉に、非常に嫌な予感がした。
「護衛達から報告を受けた」
一拍。
「君が古代魔法を発動したそうだな?」
「......」
「本当か?」
......やっぱりそれですよね。
思わず遠い目になる。
「はい」
私が素直に頷くと。
魔道師団長。
お父様。
そして陛下までもが同時に頭を抱えた。
「どうしてそうなるのだ......」
魔道師団長が絞り出すように呟く。
「ミストルティン様から貸してもらった古代魔法の本を元に改良しただけですよ?」
そう答えると――
「あれは改良ではなく戦略級魔法の一種だ」
陛下がため息をつきながら静かに言う。
「突然空がオレンジ色になって地響きがしたときは何事かと思ったぞ......」
お父様も半分呆れている。
「王都の警備隊も軽く騒ぎになりましたからね」
一拍。
「巨大な魔力反応を検知したと思ったら空が燃え始めたのです」
「燃えてませんよ?」
「見た目の話です」
即座に返された。
理不尽である。
「それでだ」
魔道師団長が机の資料へ視線を落とした。
「我々も発動記録と残留魔力を調査した」
一拍。
「だが」
「何一つ理解できなかった」
「はい?」
思わず聞き返してしまった。
「術式の構造がわからん」
「魔力の流れもわからん」
「発動原理もわからん」
「なぜ発動したのかもわからん」
一拍。
「わかったのは古代魔法であることだけだ」
「それはわかったんですね」
「逆にそこしかわからなかった」
陛下はもはや呆れを通り越して、最早困惑の表情を浮かべている。
「本来古代魔法は、属性と規模と威力を術式に定義し、それを詠唱することで発動するものだ」
一拍。
「あの規模の古代魔法は、通常かなり膨大な魔力を消費するはずだ」
そこで陛下は、ちらりとこちらを見る。
「だが報告では、魔力消費が“異常に軽い”とある」
「まぁ、不要な部分とか構文ミスを修正したので……」
「だからそれがわからないんだよ……」
お父様がソファにうなだれている。
「エレノアよりも長く生きているはずだが、こうも簡単に古代魔法を改良されるだけでなく理論がわからないとは不覚……」
魔道師団長も深く息を吐いた。
「そもそも“古代魔法の構文ミス”とは何だ」
「古代魔法は構文ミスなどあればそもそもまともに魔法が発動しないはずだ......」
そう言うと陛下は一冊の古代魔法の本を私の前に置いた。
「この古代魔法が書かれている本はとある理由から禁書指定にされた本だ」
一拍。
「なぜこれが禁書指定にされたかわかるか?」
その問いに私は本を一ページずつ読み取っていく。
書かれている魔法は古代水属性魔法と古代回復系魔法ーー
書かれている術式の解説や術式を組む上での注意事項などが書かれている。
だが――
「あれ?」
私は強烈な違和感に襲われる。
その違和感を辿っていくと――
構文が、ほぼほぼ間違っている。
属性の定義は合っている。
だが肝心の威力・規模の刻み方に加え、魔力消費の定義が根本からズレている。
これではまともに発動するどころか、暴発して周囲に甚大な被害を出す可能性すらあった。
「……これ、危ないですね」
思わず口に出る。
一拍。
陛下の目がわずかに細くなる。
「“危ない”だけか?」
「え?」
言葉の意味が一瞬わからなかった。
魔道師団長が低い声で続ける。
「これが禁書指定された理由は、“暴発するから”ではない」
一拍。
「“発動した場合、制御不能になるから”だ」
空気が一段重くなる。
お父様が小さく呟く。
「一度発動したら、術者の意図を離れる」
「意図を……離れる?」
「そうだ」
陛下が静かに頷く。
「だから封印された」
一拍。
「では聞くが」
視線がこちらに向く。
「これを“直せる”と言ったな?」
「はい」
即答した。
「構文が間違っているだけなので、修正すれば問題ないと思います」
沈黙。
魔道師団長がゆっくりと額を押さえる。
「……我々は今、“禁書の存在理由そのもの”を軽く修正対象として聞かされているわけだが」
お父様が乾いた声で続ける。
「慣れてきた自分が一番怖い」
陛下はしばらく黙った後、静かに言った。
「では一つだけ条件を付ける」
「はい?」
「この間みたいな威力にするなよ?」
一拍。
「あと実験する際は王都郊外で行う」
「わかりました」
即答した。
魔道師団長がすかさず口を挟む。
「“わかりました”が一番怖いのだが」
「普通に使う分には問題ありませんよ?」
「“普通”の定義がこちらと違う」
陛下が軽く手を上げて制止する。
「それともう一つだ」
視線が真っ直ぐこちらを向く。
「魔道師団として正式に記録する。今後、古代魔法の“改訂”を行う際は必ず事前申請を出せ」
「申請……ですか?」
「そうだ」
一拍。
「国家案件として扱う」
その言葉に、部屋の空気がわずかに変わる。
お父様が小さく呟く。
「……錬金術師の作業に“国家案件”という単語が出るのは普通ではないな」
「普通ではありませんね」
魔道師団長が即答する。
「だが、もう普通ではない」
陛下の声は淡々としていた。
「エレノア嬢の“改訂”は、すでに国家魔術体系に影響を与え始めている」
一拍。
「自覚はあるか?」
「ありません」
即答した。
沈黙。
魔道師団長が天を仰ぐ。
「そこだけは一貫しているのが逆に厄介だ……」
「下手したら王都が焦土と化すんだぞ……」
お父様が完全に撃沈している。
「焦土って大げさな……」
そう言うと、魔道師団長が即座に顔を上げた。
「大げさではない」
一拍。
「エレノア嬢の魔法は“結果だけ見れば”戦略兵器級だ」
「そんなつもりはないんですけど……」
「その“つもりがない”が一番問題なんだ」
陛下が静かに息を吐く。
「エレノア嬢の不興を買いでもしたら大変なことになる、と上層部は今本気で騒いでいる」
「不興って……私そんなに怒りませんよ?」
「そういう問題ではない」
即答だった。
魔道師団長が低く続ける。
「“怒るかどうか”ではなく、“何が起きるか分からない”という話だ」
一拍。
「実際、前回の古代魔法も空間の一部が一瞬だけ“別属性化”している」
「してませんよ?」
「している」
お父様が疲れた声で追撃する。
「記録に残っている」
「えぇ……」
思わず声が漏れる。
陛下はそこで軽く手を上げた。
「とにかく、だ」
一拍。
「今後は“軽い修正”でも事前相談だ。必ずだ」
応接室を出た瞬間、空気が少しだけ軽くなる……はずなのに、背中に視線の重さだけが残っていた。
「……行動が早いのがまた怖いな」
扉が閉まった直後、魔道師団長がぽつりと呟く。
「普通は“考える時間”があるものだろう」
「彼女の場合、その工程が省略されている」
お父様が疲れ切った声で補足する。
陛下は静かに紅茶を一口飲み、カップを置いた。
「……だが、それが問題でもあり、同時に救いでもある」
「救い、ですか?」
魔道師団長が眉をひそめる。
陛下は小さく頷いた。
「動きが遅ければ、それだけで被害が広がる事案だ。だがエレノア嬢は違う」
一拍。
「良くも悪くも、“即時に解決へ進む”」
その言葉に、室内がわずかに静まる。
お父様が天井を見上げた。
「……その結果が、王都焦土未遂レベルなのが問題なのですがね」
「未遂で済んでいるのが奇跡だ」
魔道師団長が即答する。
陛下は軽く息を吐いた。
「だからこそ管理する必要がある」
その声は、先ほどよりも少しだけ重い。
「彼女の能力は“制御されていない国家戦力”に等しい」
一拍。
「本人にその自覚がない以上、我々が線を引くしかない」
廊下の向こうで足音が近づく気配がした。
まだ、紙とペンを取りに行っただけのはずなのに。
それなのに、なぜか全員が少しだけ姿勢を正した。
魔道師団長が小さく呟く。
「……戻ってくるのが早そうだな」
お父様も同意するように目を閉じた。
「心の準備が追いつかない」
そして陛下だけが、何事もなかったかのように紅茶を手に取った。
「では続けようか。ポーションと、国家と、古代魔法の話を」
その言葉が妙に日常的に聞こえたのが、逆に一番おかしかった。
「戻りました」
そう短く告げて、私は机に紙とペンを広げると、そのままスラスラと術式を書き始めた。
インクが紙の上を滑る音だけが、応接室にやけに響く。
陛下たちは、その手元を一枚の紙のように凝視していた。
「……これで本当に発動できるのか……」
魔道師団長が眉間に皺を寄せる。
「詠唱部分を全て省略していますけど……」
お父様が呟く。
陛下は目を細め、術式の流れを追いかけ――
「なるほど」
一拍。
「意味が分からん」
即答だった。
魔道師団長も深く頷く。
「理屈としては“圧縮”だ。だが圧縮の仕方が常識の外にある」
「詠唱とは本来、魔力の流れを段階的に固定するためのものだろう?」
お父様が続ける。
「それを全部“前提式”に変換している……?」
「はい」
即答した。
沈黙。
魔道師団長が紙を持つ手をわずかに震わせる。
「理論上は分かる。だが実行に移す発想が狂っている」
「狂ってはいませんよ?」
「狂ってないと言い切れるのがもう怖いんだ」
陛下は額に手を当てたまま、ゆっくり息を吐いた。
「これ、本当に発動したらどうなる?」
「効率が良くなります」
「威力は?」
「変数次第です」
「つまり?」
「調整できます」
一拍。
魔道師団長が天を仰いだ。
「調整できる戦略級魔法って何だ……」
お父様は完全に思考を放棄している。
「もうやめてくれ……理解が追いつかない……」
その中で陛下だけが、静かに紙を机へ置いた。
「一つだけ確認だ」
視線が真っ直ぐ向く。
「これを“安全に使う”前提で調整しているな?」
「はい」
即答した。
――間。
三人の沈黙が、今度は一段深くなった。
魔道師団長が小さく呟く。
「逆に不安になる即答だな、それはそれで……」
陛下は目を閉じ、短く結論を出した。
「……よし」
一拍。
「とりあえず実験は郊外でやれ」
「わかりました」
即答した。
お父様が机に突っ伏した。
「条件反射が早すぎるんだ……もう全部怖い……」
そのお父様のボヤキに、誰も否定することはなかった。




