160話 困惑する少女、アトリエの日常
「今日からリュシアはエレノア様付きとなります!」
護衛隊長ーーアランが朝食後のゆったりとした時間に報告しに来た。
そしてリュシアさんはまるで「どうしてこうなった......」とでも言いたそうな表情だった。
「わかりました」
「24時間体制でエレノア様の近くにありますのでーー」
アランさんがそう言いかけた
「ちょっと待ってください!? 24時間ですか!?!?」
思わず声を上げてしまった。
「寝る時もってことですよね!?」
一拍。
「リュシアさん寝れるんですか!?」
私がそう尋ねると、アランさんは淡々と答えた。
「リュシアはエレノア様の部屋へ割り当てることになりました」
「はい?」
思わず聞き返してしまった。
アランさんは気にした様子もなく続ける。
「就寝の際は、エレノア様の近くで寝ることになります」
沈黙。
一秒。
二秒。
三秒。
「ちょっと待ってください!?」
真っ先に声を上げたのは私だった。
「同じ部屋ですか!?」
「そうなります」
「そうなりますじゃないですよ!?」
思わず立ち上がる。
「やっぱりエレノア様も同じことを突っ込まれてるじゃないですか!!」
リュシアさんは机をばんっと叩いた。
事前に聞かされていたらしい。
その声には、
――だから言ったじゃないですか!
という感情がこれでもかと込められていた。
「リュシアさん知ってたんですか!?」
「昨日聞かされました!」
一拍。
「いやいやいや、おかしいですよね!?」
「おかしいと思います!」
即座に同意する。
するとリュシアさんは勢いよく頷いた。
「ですよね!?」
「ですよね!」
完全に意見が一致した。
だが。
当のアランさんは微動だにしない。
「何がおかしい」
「全部です!!」
今度は私とリュシアさんの声が綺麗に重なった。
食堂の空気が一瞬止まる。
メルが肩を震わせていた。
絶対笑っている。
「だって同じ部屋ですよ!?」
「私もそう言ったんですよ!?」
「ですよね!?」
「ですよね!?」
まるで共闘でも始まったかのようだった。
昨日までほとんど話していなかったとは思えない。
そんな私達を見ながら、アランさんは小さくため息を吐いた。
「女性同士だろう」
「そういう問題じゃありません!」
「そういう問題じゃないです!」
また声が重なる。
メルがとうとう吹き出した。
「仲良しじゃん」
「違います!」
「違います!」
見事なまでの同時否定だった。
その瞬間。
食堂には堪えきれなくなった笑い声が広がった。
メルは肩を震わせているし、エリシアも珍しく口元を押さえていた。
リオルに至っては露骨に視線を逸らしている。
絶対笑っている。
そんな中――
「とにかく決定事項なので」
アランさんは一切動じなかった。
いつも通りの真顔。
いつも通りの声音。
まるでこちらの抗議など最初から想定済みと言わんばかりだった。
「そんなぁ……」
私は思わず肩を落とす。
「いや、そんなぁじゃなくてですね!?」
リュシアさんも必死だった。
「普通は逆じゃないですか!?」
「何がだ」
「監視対象が対象者と同じ部屋って!」
一拍。
「どう考えてもおかしいですよね!?」
正論だった。
私もそう思う。
だが。
アランさんは平然としていた。
「お前が一番監視しやすい場所だからな」
「理由が酷い!」
即座に悲鳴が上がる。
「私の人権はどこへ行ったんですか!?」
「元々犯罪組織所属だろう」
「ぐふっ」
致命傷だった。
リュシアさんが胸を押さえる。
反論できないらしい。
「だ、大丈夫ですか……?」
「事実なので何も言い返せません……」
ものすごく遠い目をしていた。
少し可哀想になってきた。
すると。
そんなやり取りを眺めていたミストルティン様が、優雅に紅茶を口へ運びながら呟いた。
「良かったじゃない」
「何がですか?」
私が首を傾げると、ミストルティン様は楽しそうに微笑む。
「友達ができて」
一拍。
「それとこれは違います!!!!」
思わず机へ身を乗り出した。
だってそうだ。
友達ができることと、同じ部屋へ住むことは全く別問題である。
すると隣から、
「そうです!」
と力強い援護射撃が飛んできた。
リュシアさんだった。
「そこは切り分けて考えるべきです!」
「ですよね!?」
「ですよね!」
再び意見が一致する。
だが。
ミストルティン様は何故か満足そうだった。
「息ぴったりね」
「違います!」
「違います!」
また揃った。
今度は食堂中から笑い声が漏れる。
メルなんて完全に笑いを堪えきれていない。
「もう友達でいいじゃん」
「よくありません!」
「よくないです!」
また揃う。
そして。
その瞬間。
ミストルティン様は小さく肩を竦めた。
「ほら」
「ほらじゃありません!」
私達の抗議は綺麗に重なった。
……なぜだろう。
言い返せば言い返すほど、ミストルティン様の主張を補強している気がする。
そんな気がしてならなかった。
だが。
「とにかく決定事項なので」
アランさんは容赦なく話を打ち切った。
「本日よりリュシアはエレノア様付きとして行動します。」
「はい……」
「わかりました……」
二人揃って肩を落とす。
そんな私達を見て、ミストルティン様達は楽しそうに微笑んでいた。
絶対面白がっている。
そう思ったけれど、今更抗議しても無駄だろう。
朝食を終えた後。
私はいつものようにアトリエへ向かった。
当然のようにリュシアさんも付いてくる。
「本当に付いてくるんですね……」
思わずそんな言葉が漏れた。
するとリュシアさんは苦笑する。
「私だって好きで四六時中付いて回っているわけじゃないんですよ……?」
一拍。
「まあ、エレノア様は面白いですし、話も合うのでまだ救いですね……」
「面白い?」
思わず首を傾げる。
「はい」
リュシアさんは即答した。
「普通なら神話の人物が目の前で紅茶を飲んでいてもそこまで平然としていられません」
「あー……」
言われてみればそうかもしれない。
けれど。
「ミストルティン様ですし」
「その返答がもうおかしいんですよ」
なぜか呆れられてしまった。
納得いかない。
そんな話をしながら歩いていると、やがて屋敷の奥へと辿り着く。
そこにあるのは――アトリエへ接続された転移門だった。
「ここからアトリエへ行けます」
私がそう説明すると、リュシアさんは興味深そうに転移門を見つめる。
「へぇ……」
そして私達は転移門をくぐった。
次の瞬間。
ふわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
アトリエ内では、既に商会の従業員さん達が開店準備を進めていた。
パン生地をこねる人。
窯の火加減を確認する人。
商品の陳列を行う人。
朝のアトリエはいつも賑やかだ。
「……アトリエってこんなにいい匂いしましたっけ?」
リュシアさんが不思議そうに周囲を見回した。
「メルのお店でパンとか軽食を作っているからね」
「ああ、なるほど」
納得したように頷く。
だが次の瞬間。
焼き上がり始めたパンの香りが漂ってきた。
リュシアさんの視線がすっと窯の方へ向く。
「……」
「……」
一拍。
「食べたいんですか?」
「少しだけ」
ものすごく正直だった。
「お昼はメルのパンが食べられますよ」
「ほんとですか!?」
リュシアさんの表情がぱっと明るくなる。
思わず笑ってしまった。
「はい。従業員さん達も利用していますし、私達もよく食べています」
「へぇ……」
感心したように周囲を見回す。
パンを焼く香り。
忙しそうに動く従業員さん達。
開店準備の活気。
その全てが珍しいのかもしれない。
「楽しみです」
そう呟いた声は、どこか弾んでいた。
私は少しだけ首を傾げる。
「パン、好きなんですか?」
「好きですよ」
一拍。
「焼きたてなんて滅多に食べられませんでしたし」
その言葉に、思わず口を閉じる。
何気ない一言だった。
けれど。
そこに含まれている意味は決して軽くない。
リュシアさん自身は気にした様子もなく、並べられている商品を眺めている。
「だからちょっと楽しみなんです」
そう言って笑う姿は、年相応の少女そのものだった。
私はそんな横顔を見ながら思う。
「今日はいつもより種類多めで焼いてもらうようお願いしとかないと……」
「え?」
リュシアさんがきょとんとした顔でこちらを見る。
「せっかくですし、色々食べてみたいでしょう?」
「いや、そこまでしてもらわなくても……」
「大丈夫ですよ」
一拍。
「どうせ私も食べますし」
「エレノア様が食べたいだけでは?」
「否定はしません」
即答だった。
するとリュシアさんは一瞬ぽかんとした後、小さく吹き出した。
「ふふっ」
「笑いましたね?」
「少しだけです」
そんなやり取りをしながら店内へ入る。
すると。
「おはようございます、エレノア様!」
「おはようございます!」
開店準備をしていた従業員さん達が一斉に頭を下げた。
「おはようございます」
私も挨拶を返す。
いつも通りの朝。
いつも通りのアトリエ。
――のはずだった。
「今日、並びがとんでもないことになっています」
朝一番で聞きたくない報告が飛んできた。
「なんで……?」
思わず顔が引きつる。
昨日の時点では特に問題なかったはずだ。
すると従業員さんも困ったような顔をした。
「わかりません……」
一拍。
「明らかに外国の方も多いので、何かあったんじゃないですかね?」
「外国……?」
私は首を傾げる。
確かに王都へ外国人が来ること自体は珍しくない。
商人。
冒険者。
外交使節。
様々な人が行き交う。
だが。
わざわざアトリエへ押し寄せる理由が思い浮かばなかった。
それこそ外国で戦争や流行り病が発生したという話もない。
リュシアさんは窓際へ歩み寄ると、外の様子を眺めた。
「すごいですね……」
思わずといった声だった。
窓の外には長蛇の列。
開店前だというのに、既に通りの向こうまで人が続いている。
一拍。
「帝国っぽい人と、ユグアッシュ王国の人が多いですね」
「わかるんですか?」
私は思わず聞き返した。
「ある程度は」
リュシアさんは頷く。
「服装や装飾品の傾向がありますから」
一拍。
「帝国の人は法律の関係で派手な服装を禁止されているんですよね」
「そうなんですか?」
私は思わず聞き返した。
「はい」
リュシアさんは窓の外を見ながら頷く。
「貴族は別ですが、一般市民はかなり制限されています」
一拍。
「なので服装は全体的に地味ですし、その代わり機能性を重視した作りになっています」
言われてみれば。
確かに窓の外に見える人達の中にも、落ち着いた色合いの服を着ている人が多い気がする。
「へぇ……」
「逆にユグアッシュ王国は装飾品の文化が発達していますね」
一拍。
「衣服そのものは普通でも、装飾品で個性を出す人が多いです」
「よく見てますね……」
私には全然わからない。
ただ並んでいる人達にしか見えなかった。
するとリュシアさんは少しだけ苦笑した。
「組織にいた頃は覚えさせられましたから」
「覚えさせられるものなんですか?」
「覚えさせられます」
即答だった。
「国籍や所属を見抜く基礎技術なので」
その言葉に。
私は改めて思った。
やっぱりこの人、普通じゃない。
なのに。
焼きたてパンの話をしていた時の方が、ずっと楽しそうだった。
「……とりあえず追加生産しといたほうがよさそうですね」
私はそう呟くと、調合室へ向かった。
「え?」
リュシアさんが首を傾げる。
「この列を見る限り、今日はかなり売れそうなので」
一拍。
「開店してから慌てるより先に作っておいた方が楽なんです」
「なるほど……」
そして調合室へ入る。
見慣れた作業台。
並べられた薬草。
精製済み素材。
調合器具。
いつもの光景だった。
「リオル、薬草の量いつもの四倍下処理して」
「え?」
リオルの手が止まる。
「四倍ですか?」
「はい」
一拍。
「今日絶対足りなくなります」
断言だった。
「絶対三倍って言われると思ったけど、想像を超えた……」
リオルが遠い目をする。
「私も四倍は多いと思います」
横からリュシアさんも頷いた。
「でも足りなくなるよりはいいでしょう?」
「それはそうですけど......」
リオルは苦笑しながら頭を掻く。
「エレノア様の嫌な予感って大体当たるんだよね」
「そんなことないですよ?」
「あります」
即答だった。
しかもリオルだけではない。
「ありますね」
エリシア。
「あります」
リナ。
「ありますわね」
セレナ。
見事なまでに全員一致だった。
「なんでですか!?」
私としては備えただけなのだが、周囲はどうも違う認識らしい。
「前回も前々回もその前も同じこと言ってましたから」
リオルが呆れたように言う。
「『少し多めに作っておきましょう』の時点で既に通常の二倍でしたよね?」
「備えは大事です」
「その結果全部売れたんですよねぇ……」
リナが苦笑する。
私としては備えただけなのだが、周囲はどうも違う認識らしい。
すると。
「つまりエレノア様が四倍と言ったなら、本当に足りなくなる可能性が高いと」
リュシアさんが真面目な顔で分析を始めた。
「そうなりますね」
「なります」
「なりますわ」
全員が頷く。
なぜだろう。
本人だけが納得していなかった。
そして。
あっという間に開店時刻になる。
「それでは開店します」
従業員さんが扉の鍵を外した。
次の瞬間――
「開いたぞ!」
「やっとか!」
「ポーションをくれ!!」
「こっちは五十本!!!」
「こっちは全部くれ!!!!」
「うわっ……」
開店と同時にお客さん達が一斉に店内へ殺到した。
しかも大半が外国人だ。
帝国。
ユグアッシュ王国。
その他の国々。
見たことのない服装の人まで混ざっている。
「ポーションをあるだけ!」
「解毒ポーションも追加だ!」
「保存食もくれ!」
飛び交う注文。
飛び交う金額。
店員さん達が慌ただしく対応していく。
そして、その後ろでは――
「おい! 順番抜かすんじゃねぇ!!」
「列に並べ!!」
「転売ヤーか!? 買い占め反対!!!」
「一般客の分を残せぇぇぇ!!」
別の意味で大騒ぎになっていた。
どうやら列に並ばず割り込もうとした人がいたらしい。
たちまち周囲から野次が飛ぶ。
「ちょっと待ってください!!
順番に対応しますから!!」
そう声を張り上げたつもりだった。
だが。
まったくもって効果がない。
「ポーション二十本!」
「こっちは四十本だ!」
「保存食をあるだけくれ!」
「先払いするから確保してくれ!」
注文が飛び交う。
従業員さん達も必死に対応している。
私も急いで補充を行う。
だが――
需要が供給を遥かに上回っていた。
そして。
結果として――
わずか三分で完売した。
沈黙。
「……」
「……」
「……」
店内にいた全員が固まる。
棚には何も残っていない。
綺麗さっぱり空だった。
ついさっきまで大量に並んでいた商品が、跡形もなく消えている。
一拍。
「終わりましたね」
リュシアさんが呟く。
「終わりましたね……」
私も呟く。
さらに一拍。
「開店して三分ですよね?」
「三分ですね」
「閉店ですか?」
「閉店ですね……」
人生で最も短い営業だった。
「だからエレノア様の嫌な予感は当たるんですよ!?!?!?!?」
リオルの悲鳴にも近いツッコミが響く。
「いや、私もここまでとは思いませんでしたよ!?」
「四倍に増やしておいて三分で完売してる時点で十分おかしいですからね!?」
「それはそうですけど!」
反論できない。
すると。
隣で一連の流れを見ていたリュシアさんがぽつりと呟いた。
「なるほど……」
「何がですか?」
「皆さんがエレノア様の嫌な予感を信用する理由です」
妙に納得した顔だった。
「信用してるというか経験則なんだよね」
メルが遠い目をする。
「大体当たるから」
「当たりませんよ」
「当たります」
即答だった。
しかも全員一致。
納得いかない。
そんなことを考えていると――
ドンドンドンッ!!
突然、入口の扉が叩かれた。
「追加販売はありませんか!?」
「午後分は!?」
「予約だけでも受け付けてください!!」
外から悲痛な叫び声が聞こえてくる。
店内が静まり返る。
「……」
「……」
「……閉店ですよね?」
リュシアさんが確認する。
私はゆっくり外を見た。
列は。
全然減っていなかった。
「……多分違います」
その瞬間。
リオルが頭を抱えた。
私は小さく息を吸う。
そして入口へ向かい、大きな声を出した。
「セレディア王国民の方と、セレディア王国冒険者ギルド所属の方のみ予約を受け付けます!」
一瞬。
外が静かになった。
だが次の瞬間――
「予約だ!」
「とりあえず予約を取れ!」
「ギルド証持ってるぞ!」
一気に列が動き始める。
「増えましたね……」
リュシアさんが遠い目をした。
「増えましたね……」
私も遠い目をした。
すると今度は外国人らしき商人が慌てて前へ出る。
「ま、待ってくれ!」
「こちらも予約を――」
「申し訳ありません」
私は首を横に振る。
「生産量に限界がありますので、まずは国内向けを優先させていただきます」
当然の判断だった。
アトリエは王国内の需要ですら満たしきれていない。
他国への大規模供給まで手を広げる余裕はない。
商人達から落胆の声が上がる。
「あぁ……」
「やっぱり無理か……」
「もっと早く来るべきだった……」
そんな様子を見ていたリュシアさんが小声で呟く。
「エレノア様」
「なんですか?」
「普通、国がやる対応じゃないですか?」
一拍。
「なんで個人経営のアトリエでやってるんです?」
私。
リオル。
メル。
全員が黙った。
そして。
「……確かに」
誰も否定できなかった。
リュシアさんはそんな私達を見回した。
そして小さく呟く。
「やっぱりここ、おかしいですよね……」
「そうですね」
私は素直に頷いた。
すると。
「エレノア様は頷いちゃ駄目です」
「なんでですか!?」
「中心人物だからです」




