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【20万PV突破・毎日更新中】転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第三章 水面下の綻び編

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159話 未知の魔法理論、大きすぎる影響

ーー王都・酒場


今日も今日とで冒険者や市民は酒場で今日の疲れを癒している。


テーブルにはエールやワインに様々な料理がところせましと並んでいる。


当然酒場という場所柄雑談や他の冒険者パーティーとの交流、噂話が最高のツマミになる。


「おい! 昨日の地鳴りヤバかったな!」


魔軍激突(スタンピート)の予兆かと思ったぜ」


魔軍激突スタンピートって……この時期にかよ」


「いや違ぇよ、あれ戦場じゃねぇ“音”だけだ」


 エールを煽りながら、別の冒険者が肩をすくめる。


「音だけで地鳴り起こす戦場って何だよ……それもう災害だろ」


 笑い混じりの声。


 だがその笑いは、どこか乾いていた。


「俺は見たぜ」


 一人の男が、低い声で言った。


 テーブルの空気が少しだけ変わる。


「……見たって何をだよ」


「空が、赤く光った」


 一拍。


「は?」


 誰かが間抜けな声を漏らす。


「夕焼けとかじゃねぇのか?」


「違う」


 男は首を振った。


「貴族街の方がオレンジ色に染まったぜ?」


「どうせまたセレスティア伯爵がなんか面白そうな実験でもしてたんじゃねぇか?」


「だとしたらあれはやばすぎだろ」


「いくらセレスティア伯爵でもそんな魔法は作れないだろ」


そう言うと酒場に笑いが走る


「違いねぇ!」


「セレスティア伯爵は錬金術が名門の家なのに魔法って」


酒場に笑いが広がったのも束の間だった。


「いや、でもよ」


 カウンターに肘をついていた別の男が、低い声で割り込む。


「貴族街の“あれ”は笑い話じゃ済まねぇぞ」


 空気がわずかに変わる。


 エールの泡がはじける音だけが、やけに大きく響いた。


「……どういう意味だ?」


 誰かが聞き返すと、男は一度言葉を選ぶように間を置いた。


「実は昨日たまたま貴族街を巡回していたんだが、オレンジ色に染まった瞬間ものすごい熱気が襲ってきたぞ?」


その一言で、酒場の空気がさらに重くなる。


「……熱気?」


 誰かが鸚鵡返しに呟く。


「ああ」


 男はゆっくり頷いた。


「ただの“暑い”じゃねぇ。空気そのものが一瞬だけ“別のもの”になった感じだ」


 一拍。


「息を吸うだけで喉が焼けるかと思った。実際は焼けちゃいねぇんだが……そう錯覚するレベルだった」


 グラスを持つ手が少しだけ震えている。


「で、そのあとだ」


 男は視線を落とす。


「視界が一瞬だけ歪んだ。遠くの建物の輪郭が揺れて、次の瞬間には全部元に戻ってた」


 沈黙。


「……幻覚じゃねぇのか?」


 誰かが無理に笑おうとする。


 だが声は乾いていた。


「違うな」


 男は即座に否定した。


「俺だけじゃねぇ。巡回班全員が同じタイミングで見てる」


 一拍。


「しかもちょうどセレスティア伯爵家の真ん前で護衛が何事だって走って行く光景も見たぞ?」


その瞬間、酒場の空気が一段階だけ冷える。


「……セレスティア伯爵家の、真ん前?」


 誰かが確認するように繰り返した。


「ああ」


 男は頷く。


「ちょうどな、光が一番強くなった地点がそこだった」


 一拍。


「護衛隊が一斉に門の方へ走っていくのも見えた。完全に“異常事態の動き”だったな」


 酒場の誰かが息を飲む。


「それってさ……」


 別の男が口を開く。


「つまり、貴族街の現象の中心がそこだったってことか?」


「そうなる」


 即答だった。


 グラスが置かれる音がやけに響く。


「でもよ」


 無理に笑おうとする声が一つ混ざる。


「セレスティア伯爵って錬金術の名門だろ? 魔法の専門じゃねぇんじゃ……」


 そこまで言って、言葉が止まる。


 誰も反論しなかったからだ。


 代わりに別の男が低く呟く。


「錬金術だろうが魔法だろうが関係ねぇよ」


 一拍。


「“あの規模の現象を起こしてる時点で、何を専門にしてるかなんて誤差だ”」


 酒場が静かになる。


 外の夜風が、扉の隙間を通ってわずかに揺れた。


「で、その護衛隊はどうしたんだ?」


 誰かが聞く。


 男は少しだけ肩をすくめた。


「見えた限りじゃ、完全に“慣れてない動き”だったな」


 一拍。


「訓練された動きじゃなくて、“想定外の災害に走ってる動き”だった」


 その言葉で、誰も冗談を言わなくなった。


 しばらくして、カウンターの奥で店主がぽつりと呟く。


「……王都って、まだ平和だよな?」


 誰もすぐに返事をしなかった。


「もしセレスティア伯爵の魔法だったら恐ろしいな......」


その言葉を最後に酒場全体が一気に静かになっていくのだった。


ーー王城・執務室


「エレノア嬢が古代魔法を改良しただと??」


「おっしゃる通りです。」


護衛隊長ーーアランが陛下に昨日の出来事を報告する


「被害は?」


「……ありません?」


 陛下は一瞬だけ眉を動かした。


「貴族街の上空がオレンジに染まり、地鳴りが起き、護衛隊が緊急出動したと報告にあったが」


「はい」


 アランは姿勢を崩さない。


「ですが、人的被害・建物損壊ともに確認されていません」


 一拍。


 執務室に、静かな沈黙が落ちる。


「……意味が分からん」


 陛下の率直な一言だった。


 机の上の書類を一枚めくる音だけがやけに大きい。


「現象としては災害級だぞ。それが“無被害”?」


「はい」


 アランは淡々と続ける。


「実際に見ていたのですが、リュシアの古代魔法に興味を持ったエレノア様がミストルティン様に渡された古代魔法に関する魔法を読んだ後実際に古代魔法を改良し発動した結果起きた事象です。」


陛下は数秒、完全に無言だった。


「……今の話を」


 一拍。


「もう一度、整理して言え」


 アランは一切表情を変えずに頷く。


「はい」


「エレノア様が、古代魔法に興味を持たれました」


「うむ」


「ミストルティン様が古代魔法の書籍を渡しました」


「……それは渡すな」


 陛下が即座に小さく呟くが、アランは止まらない。


「読了後、術式構造を即座に理解されました」


「理解?」


「はい。術式の無駄・魔力流路・構文ミスを指摘され、その場で修正されました」


 一拍。


 陛下の眉間に皺が寄る。


「その場で?」


「はい」


「古代魔法を?」


「はい」


 淡々とした肯定が続くたびに、執務室の空気が少しずつ現実感を失っていく。


「そして」


 アランは続ける。


「修正後の術式で火属性古代魔法を発動」


 一拍。


「結果、貴族街上空に大規模魔力反応が発生しました」


 陛下が机に手を置く音がわずかに強くなる。


「……それは“事故”か?」


「いいえ」


 即答だった。


「エレノア様曰く、“比較のための検証”です」


 その瞬間、陛下の動きが止まった。


「比較?」


「はい」


「何と比較した?」


 アランは一拍置いて答える。


「改良前の古代魔法です」


 沈黙。


 長い沈黙。


 やがて陛下はゆっくりと目を閉じた。


「……つまり」


 一拍。


「貴族街の上空で、古代魔法の“ビフォーアフター比較実験”をやった、と?」


「はい」


 アランは迷いなく頷く。


「しかも出力は調整なしで、“傾向データ取得用”とのことです」


 陛下はしばらく動かなかった。


 そして静かに言った。


「エレノア嬢は戦略級魔導士ではなかったと記憶しているが間違えているか?」


アランは一拍だけ間を置いた。


「間違えていませんね」


即答。


「だよな......」


一拍。


「そもそも古代魔法はそんな一日で習得できるものではない

やはり見間違いではないか?」


その言葉にアランは否定する。


「ミストルティン様曰く神聖魔法と古代魔法は同系統とのことでエレノア様の場合スキルの影響で古代語が読める状態で神聖魔法も使えるので古代魔法理論と術式の構造さえ習得できれば発動できるとのことです」


陛下は一度だけ瞬きをした。


それから、ゆっくりとアランを見る。


「今の説明を」


 一拍。


「もう少し人間が理解できる形にしろ」


「承知しました」


 アランは全く動じずに頷く。


「結論から申し上げます」


 一拍。


「エレノア様は“条件が揃いすぎている”ため、短時間で古代魔法の使用が可能です」


「条件が揃いすぎている、とは」


「はい」


 淡々と続ける。


「古代語の読解能力があります」


「それは分かる」


「神聖魔法の使用経験があります」


「それも分かる」


「魔力制御の精度が極めて高いです」


「……それも記録にある」


「さらに」


 一拍。


「初見の術式でも構造を“理解”ではなく“分解”できます」


 陛下の眉がわずかに動く。


「分解?」


「はい。構造単位で把握し、不要要素を切り分け、再構成できます」


 一拍。


「通常は専門魔導士が数年かけて行う工程です」


 執務室に静けさが落ちる。


 陛下は低く言った。


「それを一日で?」


「一日どころか、その場でです」


 即答だった。


 陛下はしばらく沈黙したまま書類を見つめる。


そして静かに言った。


「……では結論は一つだな」


「はい」


「エレノア嬢は学習速度が異常なのではなく」


 一拍。


「“神族サイド側の人間”ということか」


アランは一瞬だけ黙った。


ほんの一拍。


「……その表現は、現場報告には残せません」


「だろうな」


 陛下は即座に返す。


ペンを指先で回しながら、机に視線を落とした。


「では、より現実的な言い方をしろ」


「承知しました」


 アランは姿勢を崩さず続ける。


「“人間の規格に収まっていない魔法適性”です」


 一拍。


執務室の空気が、少しだけ現実に引き戻される。


陛下は目を細めた。


「それはそれで問題のある言い方だな」


「事実です」


 即答。


間がない。


陛下は小さく息を吐く。


「神族サイド、か……」


 一拍。


「それが事実なら、エレノア嬢の不興を買いでもしたら王都が焦土と化すぞ」


アランは一瞬だけ目を伏せた。


「……その可能性は、完全には否定できません」


 即答だった。


 陛下はその返答に、わずかに眉を動かす。


「否定しろ」


「現時点の観測情報では、エレノア様は攻撃性よりも“検証優先”の思考傾向です」


 一拍。


「ただし」


 アランの声がわずかに重くなる。


「検証対象が“環境に存在する以上”、巻き込まれるリスクは常に発生します」


「……つまり?」


 陛下が促すと、アランは淡々と続けた。


「敵意がなくても、王都は壊れます」


 一拍。


執務室の空気が、さらに静かになる。


陛下はゆっくりと椅子の背にもたれた。


「それはもう“災害”だな」


「はい」


「意思を持つ災害か?」


「現場認識では、その表現が最も近いです」


 短い沈黙。


陛下は指先で机を軽く叩いた。


「絶対にエレノア嬢の不興を買うな」


「承知しました」


 アランは即答し、姿勢を正す。


 だが陛下はその返事だけでは安心できなかったらしく、もう一度確認するように視線を上げた。


「“承知”と言ったな」


「はい」


「それは“努力する”ではなく“必ず守る”という意味でいいな」


 一拍。


 アランは迷いなく頷く。


「はい。護衛隊としての最優先事項に設定します」


「よし」


 陛下は短く息を吐いた。


 だがその表情は、安心というより“最低限の備えを確保した”というものだった。


「それともう一つ」


「はい」


「大至急で魔法実験施設を作れ」


アランは一瞬だけ、ほんのわずかに動きを止めた。


「……魔法実験施設、ですか」


「そうだ」


 陛下は即答する。


「王都の外、できるだけ人里から離れた場所だ」


 一拍。


「理由は言うまでもないな」


 アランは静かに頷く。


「エレノア様の実験領域の確保、ですね」


「違う」


 陛下は短く否定した。


「“被害を王都に持ち込まないための隔離施設”だ」


 空気が少しだけ重くなる。


 アランは姿勢を正したまま続ける。


「規模はどの程度を想定しますか」


 陛下は少し考え、そして言った。


「最低でも“戦略級魔導師が全力実験しても耐える”程度」


 一拍。


「いや」


 自分で言い直す。


「それでは足りんかもしれん」


 ペン先が机に軽く触れる音が響く。


「“想定外の上限を一段上に置け”」


 アランの目がわずかに細くなる。


「上限不明の存在を前提にするということですね」


「そうだ」


 陛下は視線を上げる。


「今のあの娘は、“制御できるかどうか”ではない」


 一拍。


「“どこまで壊れるか分からないものを、どこまで安全に外へ出せるか”だ」


 執務室に沈黙が落ちる。


 アランはゆっくりと頷いた。


「建設期間は」


「可能な限り短く」


「資源は」


「王城の備蓄を優先的に回せ」


 一拍。


「他案件よりも優先だ」


 アランは深く頭を下げる。


「承知しました」


 陛下は椅子に背を預け、天井を見上げた。


「エレノア嬢は我々の想定の更にその先をいつも行くな......」


アランはその言葉に、すぐには返さなかった。


 返すべき言葉が、適切に見つからなかったからだ。


 代わりに、静かに一礼する。


「……はい」


 一拍。


 陛下は視線を天井から戻し、机の上の書類を軽く指で弾いた。


「普通、天才というのは既存の枠の中で突出するものだ」


 独り言のように続ける。


「だがあの娘は違うな」


 一拍。


「枠そのものを“最適化し直している”」


 アランの眉がわずかに動く。


「つまり、比較対象が存在しません」


「そうだ」


 陛下は即答する。


「だから困る」


 短い沈黙。


 窓の外では、いつも通り王都が動いている。商人の声、兵の巡回、遠くの鐘の音。


 その“普通の風景”が、逆に奇妙に感じられるほどだった。


「アラン」


「はい」


「一つ確認する」


 陛下は視線を鋭くする。


「今後、エレノア嬢の実験は“事故”ではなく“仕様”として扱え」


 一拍。


 アランはわずかに目を伏せた。


「……了解しました」


「よし」


 陛下は小さく頷く。


「では王都の防衛計画も更新だ」


 さらりと続く。


「“戦争”ではなく“観測不能な現象への対処”として組み直せ」


 アランは静かに息を吐いた。


「もはや国家案件の分類ではありませんね」


「そうだな」


 一拍。


 陛下は苦笑にも似た表情を浮かべる。


「災害でもない。魔物でもない」


 少し間を置いて、結論のように言った。


「“エレノア嬢”だ」


 その言葉に、執務室は一瞬だけ静まり返る。


 アランは短く頭を下げた。


「承知しました」


 陛下は椅子に深く座り直し、静かに天井を見上げる。


「我々はとんでもない存在を、味方側に置いているな」


 一拍。


「……せめて敵にならないことを祈るしかないか」


 その呟きは、王としての結論ではなく、ひとりの人間としての本音だった。


ーー王都・セレスティア伯爵家


護衛棟の多目的スペースは、いつもより明らかに“会議室寄りの重さ”を帯びていた。


壁一面に貼られた複数の紙。


護衛配置の再編図。

緊急時対応フローの改訂案。

王都防衛ラインへの接続案。


そしてその中心に、異質なほど簡潔な一枚があった。


「エレノア嬢に対する危機認識の再定義について」


さらにその下。


もう一枚。


辞令


空気が、やけに乾いている。


「……本気でやるんだな、これ」


誰かが小さく呟いた。


その場にいた護衛達は、誰も冗談として受け取っていない。


むしろ“冗談にしていい段階はもう過ぎた”という顔だった。


「エレノア様の不興を買うなって......」


その言葉にアランははっきりと言う


「いいか? エレノア様の不興を買いでもしたら昨日の古代魔法が発動される可能性があるんだぞ」


一瞬、部屋の空気が止まった。


「……昨日の」


誰かがごくりと喉を鳴らす。


「……あれ、ですか」


別の護衛が小さく言葉を継ぐ。


アランは頷いた。


「そうだ」


一拍。


「貴族街の一角を“ただの検証”で吹き飛ばしかけたあれだ」


紙が揺れる音が、やけに大きく響いた気がした。


「……あれ、“本気じゃなかった”んですよね?」


新人らしき隊員が恐る恐る聞く。


アランは即答する。


「本気ではない」


一拍。


「比較用の出力だ」


沈黙。


誰かが椅子に座り直す音がした。


「比較……?」


「比較対象が“現代魔法”だった」


アランは淡々と続ける。


「つまり、まだ伸びしろがある状態での計測だ」


その説明に、数人の顔がゆっくり青ざめる。


「……それ、逆に怖くないですか」


「怖い」


別の護衛が即答した。


アランはさらに追い打ちをかけるように言う。


「いいか?」


一拍。


「エレノア様怒らせるな」


「エレノア様が怒っているとこあまり見ませんけどね」


その一言に、場の空気がわずかに緩みかける。


だがアランは即座に首を振った。


「違う」


一拍。


「“怒っているかどうか”で判断するな」


視線が集まる。


アランは続ける。


「そもそもエレノア様は静かに起こるタイプだ

経験上それが一番恐ろしいぞ」


その瞬間、部屋の空気が一段階だけ冷えた。


「……静かに?」


誰かが聞き返す。


アランは頷く。


「そうだ」


一拍。


「声を荒げることはほぼない」


「じゃあどうやって分かるんですか」


別の護衛が身を乗り出す。


アランは少しだけ視線を外した。


「分からない」


沈黙。


「……分からない、ですか?」


「気づいた時にはもう“手遅れ側の観測”が始まっている」


その言い方に、誰かが思わず椅子の背に寄りかかる。


「具体的には?」


新人の声が少し震えている。


アランは淡々と続けた。


「まず、声のトーンが変わらない」


一拍。


「次に、行動が丁寧になる」


「丁寧……?」


「そうだ」


「一つ一つの確認が増える」


「そして最後に」


アランはそこで言葉を切る。


視線が集まる。


「無心で研究に走る」


その一言が落ちた瞬間、部屋の空気が一度“理解を拒否した”。


「……え?」


誰かが素で聞き返す。


アランは頷く。


「......理解しました。」


「確かに実験対象にでもされたらやばいな」


そんな話をしている中ーー


「辞令があるって聞いて来たんですが……」


 リュシアが、いつもの半分くらいの勢いで護衛棟へ入ってきた瞬間だった。


 室内の空気が一瞬だけ変わる。


「それを見ろ」


 アランの短い指示。


 差し出された紙束を受け取り、リュシアは目を走らせる。


 護衛体制の再編。


 観測班の新設。


 緊急時退避手順の更新。


「……え、これ全部エレノア様関連の……?」


 読み進める速度が、途中から明らかに落ちた。


 そして最後の一枚。


 辞令。


 一拍。


 二拍。


 三拍。


「……………………」


 リュシアの動きが完全に止まる。


 視線が一点に固定されていた。


 そこに書かれていたのは――


「エレノア嬢への24時間常時随伴任務」


「隊長……」


 ようやく声が出る。


「これって……」


 言い切る前に、アランが動いた。


 ぽん。


 両肩に手が置かれる。


 やけに落ち着いた手つきだった。


「リュシア」


 一拍。


「頼んだぞ」


 静かな声。


 逃げ道のない種類の静かさだった。


「無理ですってば!!!!!!!!!!!!」


リュシアの叫びが護衛棟の天井に跳ね返る。


「今はお前が頼りだ……」


アランは一拍置いてから続けた。


「初日にお前のことは信用できないとは言ったが、前言撤回する」


その瞬間、リュシアの動きがぴたりと止まった。


「……は?」


声が一段階低くなる。


「今、なんて言いました?」


「前言撤回だ」


アランは平然と言い切る。


「信用している」


「それ最初から言ってくださいよ!!」


即座に爆発。


「信用してるのにこの辞令渡すんですか!?!?それ矛盾してますよね!?!?」


周囲の護衛たちは目を逸らす。


誰も助けない。


助けられない。


アランは淡々と続けた。


「信用しているから任せる」


「それ“押し付ける側の理屈”です!!」


リュシアは辞令を握りしめたまま、わなわなと震える。


「そもそも24時間って何ですか!!24時間って!!人間は寝るんですよ!!?」


「エレノア様と同じ部屋で寝れば問題あるまい」


アランの何気ない一言に、リュシアの思考が一瞬だけ停止した。


「問題大ありです!!!!!!!!!」


即座に再起動、というより爆発だった。


「何を当然みたいに言ってるんですか!?!?!?私は護衛であって同室監視係じゃないんですけど!?!?!?」


護衛棟の空気が少しだけざわつく。


誰も目を合わせない。


アランは動じず、紙を一枚めくるような調子で続けた。


「エレノア様の安全のためと、王都の市民の安全のために頼む!」


アランのその一言は、妙に“整っている”せいで逆に逃げ場がなかった。


リュシアは数秒、完全に固まる。


「……それ、便利な言葉ランキング上位ですよね」


低い声だった。


「“王都のため”“市民のため”“安全のため”って付ければ何でも通ると思ってません?」


アランは即答する。


「思っているわけではない」


「じゃあなんで通そうとしてるんですか!!」


一拍。


アランは淡々と続けた。


「実際に通さないといけない案件だからだ」


その瞬間、護衛棟の空気がさらに現実寄りに沈む。


誰かが小さく咳をした。


誰も笑わない。


「すまないが隊長命令だ!」


一拍。


「頼んだぞ!!」


そう言って逃げるように退散した。


「待ってください隊長!!!!!!!!!!」


リュシアの叫びは抵抗も虚しく、その事実だけが突き付けられるのであった。


そしてその頃――


王都のどこかで、まだ誰もその意味を正確に理解していない“決定的な一言”が発せられる。


「これ、理論で言えば実現できそうじゃない?」


「創作魔法に挑戦するの?」


「古代魔法なら作れそうだなって……」


「いいんじゃない?」


その返答は、あまりにも軽かった。


まるで「散歩でも行くか」と同じ温度だった。


理を綴る者――ミストルティン。


彼女は今、王都最大の禁忌にして最も危険な才能に対して、


“止める側”ではなく“試す側”のボタンを押した。


結果として。


王都にはまた一つ、観測対象が増えることになる。

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