148話 護衛対象、地球で暴走中①
今日は待ちに待ったアイカツ!一番くじの発売日~♪
夕食後。
自室へ戻った私は、ソファへ腰掛けながら何となくタブレットを眺めていた。
特に目的はない。
今日のアトリエ運営は相変わらず大変だったし、頭を空っぽにして適当に情報を流し見したかっただけだ。
そんな時だった。
「――……ん?」
ふと、視界の端へ妙な広告が入り込む。
カラフルなロゴ。
見覚えしかないシルエット。
そして、そこに表示されていた文字。
『5月30日より全国のファミ〇ーマートにて――』
「……は?」
タップ。
画面拡大。
そして表示されたページ。
そこに並んでいたのは。
『アイ〇ツ! 一番くじ』
「…………」
沈黙。
私は無言のまま画面を見つめる。
さらにスクロール。
A賞。
B賞。
C賞。
描き下ろし。
限定デザイン。
そして――
「DとE、バックチャーム……!?」
思わず声が漏れた。
さらに下。
「F、メモ帳コレクション……」
「G、ラバーコレクション……!?」
待って。
待ってほしい。
いや待てない。
情報量が多い。
脳が処理を拒否している。
「ちょっと待って……え、これ全国同時……?」
震える指で開催店舗情報を確認する。
ファミ〇ーマート。
全国。
しかも開始は朝十時。
「……戦争じゃない」
思わず真顔で呟いた。
一番くじ。
それは運。
つまり戦場。
欲しいものがある時点で敗北は始まっている。
しかも今回は危険だ。
非常に危険だった。
「この描き下ろし強すぎない……?」
私は思わず机へ突っ伏す。
可愛い。
全部可愛い。
特にバックチャーム。
いやメモ帳も危険。
ラバーコレクションも普通に欲しい。
つまり。
「全部欲しい……」
終わっていた。
財布が。
その時だった。
コンコン、と部屋の扉が叩かれる。
「エレノア様、紅茶を――」
入ってきたメルが、固まった。
机へ突っ伏したまま震えている私。
真顔で表示されているタブレット。
そして大量の商品画像。
「……何があったんですか」
「これ見てよ」
そう言いメルにタブレットの画面を見せる
「あ! これエレノア様が好きなものじゃないですか!」
「そうよ……」
私は静かに頷いた。
「5月30日全国同時発売よ……」
「うわぁ……」
メルの顔が引きつる。
タブレットには、一番くじの商品一覧が大きく表示されていた。
「DとEがバックチャーム……」
「Fがメモ帳コレクション……」
「Gがラバーコレクション……」
「しかも全部可愛いのよ……」
私が呻くように言うと、メルも真顔で頷いた。
「今回かなり危険ですね……」
「でしょう!?」
私は勢いよく顔を上げる。
「しかも問題はそこじゃないのよ!」
「えっ、まだあるんですか?」
「発売日が平日」
一瞬。
メルの表情が消えた。
「あっ」
全てを察した顔だった。
「終わりましたね……」
「終わったのよ……」
二人して遠い目になる。
平日。
つまり開店時間。
つまり競争。
つまり――
「朝から並ばないと危険なやつです……」
「でも普通に仕事あるのよね……」
「ありますね……」
重苦しい沈黙。
その時だった。
コンコン。
「エレノア、入るわよ?」
聞こえてきたのはアメリアお姉様の声だった。
「エレノアー!! ゲームしよー!!」
続いて、勢いよく扉が開く。
そしてアメリアお姉様に続くように、ミストルティン様も部屋へ入ってきた。
だが。
二人は同時に動きを止める。
机へ突っ伏している私。
真顔でタブレットを覗き込んでいるメル。
そして画面いっぱいに並ぶ商品画像。
一瞬の沈黙。
「……何かあったの?」
アメリアお姉様が困惑した顔で問いかける。
私はゆっくり顔を上げた。
「終わったの……」
「えっ」
「財布が……」
重い声だった。
ミストルティン様が不思議そうに首を傾げる。
「財布?」
「これです……」
メルがそっとタブレットを差し出す。
ミストルティン様が画面を見る。
一瞬。
「これ......」
その表情が少しだけ変わった。
「アイカツ!じゃん!!!」
ミストルティン様の目が、一瞬で輝いた。
さっきまで「ゲームしよー!!」と騒いでいた人とは思えない速度で、机へ身を乗り出してくる。
「しかもA賞からC賞までエレノアの推しキャラ関連じゃん!」
「そうなんです!!!!」
思わず私も立ち上がる。
アメリアお姉様だけが若干置いていかれていた。
「待って? 何の話?」
「一番くじです!!」
「推しの話!!!」
私とミストルティン様の声が綺麗に重なった。
アメリアお姉様が困惑した顔をする。
「え、そんな熱量あるの……?」
「あります」
「ある」
再び綺麗に重なる。
ミストルティン様は真顔でタブレットを指差した。
「見てこれ」
「A賞オーロラ〇スコーデ アクセサリートレイ」
「B賞エンジ〇リーベア ねそべりぬいぐるみ」
「C賞――」
「尊い」
「分かる」
会話が早い。
もはや通じ合っていた。
アメリアお姉様が完全に引いている。
「えぇ……」
だが私達は止まらない。
「しかもDとEがバックチャームよ!?」
「Fがメモ帳コレクション!」
「Gがラバーコレクション!!」
「分かってるじゃん公式ぃぃぃ!!!」
ミストルティン様が机を叩いた。
神様とは思えないテンションだった。
いや、普段から割とこんな感じではあるけど。
「しかも開催場所ファミ〇ーマート中心っぽい!」
「地球側展開早いわね……!」
「行くしかない」
「行くしかないわね」
完全に意思統一されていた。
アメリアお姉様が、ゆっくりこちらを見る。
「……ちなみに聞くけど」
「何?」
「二人とも、どれくらい本気なの?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「「ラストワンまで」」
また綺麗に重なった。
アメリアお姉様が頭を抱えた。
「やっぱり聞かなきゃよかった……」
ミストルティン様は腕を組み、真剣な顔になる。
「問題は開催日ね」
「5月30日……」
私はカレンダーを見る。
一拍。
「行けるわね」
「行ける」
ミストルティン様が即答した。
「朝から行く?」
「始発レベルで」
「分かる」
「待って」
アメリアお姉様がついにツッコミを入れた。
「神様と伯爵令嬢が何の相談してるの?」
だがミストルティン様は真顔だった。
「推し活」
「大事なことよ」
私も頷く。
ミストルティン様はさらにタブレットをスクロールした。
「このラストワンもかわいい!!! なにこれ!!! 破壊力高すぎない!?」
「分かる」
私は深く頷いた。
完全に分かる。
ラストワン賞の画像。
限定仕様。
特別感。
そして何より――
「この“最後まで引いた者だけが手にできる”っていう概念、強すぎるのよね……」
「そうなの!!」
ミストルティン様が勢いよく机を叩く。
「人類、限定商法が上手すぎる」
「ほんとそれ」
完全に意気投合していた。
アメリアお姉様が、ものすごく遠い目をしている。
「ねえ、エレノア」
「なに?」
「あなた最近、“錬金術の話してる時”より楽しそうよ?」
「そんなことないわ」
「あるわよ」
即答だった。
だがミストルティン様は真顔で頷く。
「推し活は魂の栄養だから」
「神様が言うと妙に説得力あるのやめてください」
アメリアお姉様が頭を押さえる。
その横で、私は真剣に画面を見つめた。
「問題は店舗ね……」
「人気タイトルだから競争率高そう」
「朝一でも危ないかも」
「都心部は激戦区ね」
会話が完全に戦略会議だった。
しかも。
「引き方どうする?」
「最初十連で様子見」
「でも上位賞残ってたら一気に行きたい」
「分かる」
「待って」
アメリアお姉様が再び口を挟む。
「何の作戦会議なの?」
「一番くじ攻略」
「攻略される側じゃないのそれ?」
正論だった。
だが止まらない。
ミストルティン様はタブレットを拡大する。
「見てこれ」
「このバックチャーム、絶対実物かわいいやつ」
「しかも普段使いできそうなのがズルい」
「分かるぅぅ……」
私は机へ突っ伏した。
欲しい。
全部欲しい。
その時だった。
ミストルティン様が、ふと真顔になる。
「……ところで」
「なに?」
「今回、向こう行く時」
一拍。
「変装いる?」
空気が止まった。
アメリアお姉様が目を瞬かせる。
「……向こう?」
私はゆっくり顔を上げた。
そして。
「……あ」
気づいた。
普通に流していたけど。
今の会話。
完全に“地球へ行く前提”だった。
アメリアお姉様が、ゆっくりこちらを見る。
「待って?」
「え?」
「あなた達、どこへ行く気なの?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
ミストルティン様が満面の笑みで言った。
「地球!」
アメリアお姉様が固まった。
「待って!? アトリエはどうするの!!」
アメリアお姉様の悲鳴が響いた。
だが、状況はもう止まらなかった。
「臨時休業でいいじゃない」
ミストルティン様がさらりと言う。
「決定事項にしないで!?」
アメリアお姉様の叫びをよそに、空気は妙な方向へ収束していく。
私は紅茶を見つめたまま、そっと一言。
「……臨時休業」
「エレノア!!?」
アメリアお姉様の視線が一気にこちらへ刺さる。
机の上の空気が一瞬で凍る。
私は紅茶をそっと置いた。
「因みにミストルティン様は行きますよね……?」
「もちろん!!」
即答だった。
むしろ食い気味だった。
アメリアお姉様が一段階遠い目になる。
「即答なのが一番怖いのよ……」
ミストルティン様はタブレットを指差しながら続ける。
「だって見て? これ」
「A賞からG賞まで全部“分かってる”ラインナップなのよ?」
「公式が推しを殺しに来てるのよ?」
「殺さないで!?」
アメリアお姉様のツッコミはもう追いついていない。
私は小さく首を傾げる。
「でも地球行くなら、アトリエは本当に休業でいいわよね」
一拍。
空気が止まる。
「エレノア」
アメリアお姉様が静かに言う。
「今、“でも”って言った?」
「言ったわね」
ミストルティン様が即答する。
「つまりもう決定事項ってことよ」
「解釈が強引すぎるのよ!!」
アメリアお姉様の叫びは、もはや部屋の壁に吸い込まれて消えていった。
私とミストルティン様には、まったく届いていない。
というより、届いていても聞く気がない。
「最近アトリエの歯車と化していたから丁度いいし、私も行こうかな?」
何気なくそう言うと。
「エレノアにしては珍しいわね!」
ミストルティン様がぱっと顔を明るくした。
「え、待って、その判断基準おかしくない?」
アメリアお姉様が即座に割り込む。
だがもう遅い。
空気は完全に“遠征決定ムード”だった。
ミストルティン様はタブレットを片手に、真剣な顔になる。
「でも問題はルートね」
「ルート?」
私は首を傾げる。
戦場の作戦会議みたいな空気なのに、議題だけが妙に平和だ。
ミストルティン様は画面を拡大しながら、きっぱり言った。
「一番くじを効率よく引くためのルート」
「目的がそこなのね!?」
アメリアお姉様のツッコミが即座に飛ぶ。
だがミストルティン様は動じない。
「重要でしょ?」
「重要じゃないわよ普通は!!」
私はタブレットを覗き込みながら考える。
「店舗分布から考えると……地球側の導線は結構広いわね」
「でしょ?」
「待って、なんで冷静に分析してるのエレノア?」
アメリアお姉様の声が一段階絶望寄りになる。
ミストルティン様はさらに指を滑らせる。
「田舎すぎると効率悪いしかといって東京だと即完売するだろうし、やっぱり仙台か福島とかそっちあたりかしら?」
「何を真剣に比較してるのよその神様は!!」
アメリアお姉様の叫びが部屋に響く。
だがミストルティン様は一切ブレない。
「重要でしょ? 供給と需要のバランス」
「経済の話じゃないのよそれ!! 一番くじよ!?」
私はタブレットを覗き込みながら、少し納得してしまう。
「確かに東京は初動強いけど、回転率も異常に速いのよね」
「でしょ?」
「待ってエレノア、そこ共感するところじゃない!!」
アメリアお姉様の声がもう半分泣きかけている。
ミストルティン様はさらに地図アプリを拡大する。
「あと地方は店舗数が少ないから巡回ルートが組みやすい」
「移動時間も短縮できるし、在庫読みもしやすい」
「……完璧じゃない?」
「完璧じゃないわよ!! 何の最適化よそれ!!」
私は少し考えてしまう。
「でも、地方って意外と入荷数読みにくいのよね」
「そうなのよ!」
「だからやめてって言ってるのに!!」
アメリアお姉様が机に突っ伏す。
完全に処理能力の限界だった。
その時、ミストルティン様がふと顔を上げる。
「じゃあこうしましょう」
「まだ何かあるの!?」
「二拠点同時作戦」
一拍。
「東京班と地方班で分隊」
「最後に合流してラストワン統合」
「戦争なのよそれは!!!」
アメリアお姉様の叫びが完全に悲鳴になる。
私は紅茶を一口飲んでから呟く。
「でも悪くない発想ではあるわね」
「エレノアまで染まらないで!!」
ミストルティン様は満足そうに頷く。
「よし、作戦名決定ね」
「決めないで!!」
「“オーロラ・ラストワン作戦”」
「やめてぇぇぇぇ!!!」
アメリアお姉様が完全に崩れ落ちる横で、神族と私とメルによる一番くじ大作戦が幕を開けることが決定したのだった。




