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【20万PV突破・毎日更新中】転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第二章 アトリエ開業編

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145話 いつもの学院、完全警戒


「エレノアが特にごねることなく、素直に指示に従ってくれてよかったわね」


「そうだな」


 馬車の揺れに合わせるように、ルーカスお兄様が小さく息を吐く。


 窓の外では、騎士たちが無駄のない動きで周囲を警戒していた。


 いつもより明らかに多い護衛。


 しかも、その全員が妙に張り詰めている。


 昨夜の就寝前――


 アランさんとミィナさんに「内密にお話したいことがあります」と呼び止められ、私は応接室へと向かった。


 時間も遅かったせいか、廊下は静かだった。


 普段ならもう少し緩んでいるはずの空気も、その時だけは妙に張っていたのを覚えている。


  応接室の扉を開ける。


 中には、すでに数名の護衛の方々が集まっていた。


 王命錬金護衛隊。


 普段からエレノアの近くにいる人たちだ。


 だが、その空気はいつもと違う。


 誰も雑談していない。


 物音すら少ない。


 ただ静かに、全員が張り詰めている。


 その異様な空気に、思わず足が止まりそうになる。


 応接室の扉が静かに閉められる。


 その音を合図にするように、アランが口を開いた。


「夜分遅くに呼び止めてしまい、申し訳ございません」


 一拍。


「実は、アメリア様とルーカス様にもお耳に入れておきたいことがございまして」


 その言葉に、アメリアは静かに視線を上げる。


 ルーカスも表情を引き締めた。


 部屋の中には、数名の王命錬金護衛隊員。


 全員が完全に実務中の顔をしている。


 誰一人として無駄な動きをしていなかった。


 アランは淡々と続ける。


「ここ最近、セレスティア伯爵家及びその関係者に対し、尾行等を繰り返す不審人物が確認されています」


 一拍。


「確認地点は王都外縁、市場周辺、そして伯爵家周辺です」


 アメリアの表情がわずかに引き締まる。


 ルーカスも静かに視線を細めた。


 アランは机上へ数枚の資料を置いた。


「単発ではありません」


「継続的な監視行動と判断しています」


 ミィナが続ける。


「接触を試みた隊員に対し、対象は即座に転移魔法を使用し離脱しました」


「転移先は複数の中継座標を経由しており、最終地点の特定は不可能です」


 一瞬、室内が静まり返る。


 ルーカスが小さく息を吐いた。


「……相当慣れてるな」


「はい」


 アランは静かに頷く。


「少なくとも素人ではありません」


「動きに迷いがなく、発見後の判断も極めて迅速でした」


 一拍。


「“見つかる可能性”そのものを織り込んだ動きです」


 その言葉に、空気がさらに重く沈む。


 アメリアは腕を組み、小さく視線を落とした。


「つまり、最初から逃走前提で動いていた……」


「その可能性が高いかと」


 ミィナが静かに答える。


「現時点で目的は不明です」


「ですが、通常の利権目的だけでは説明できない部分も確認されています」


 そこでアランが一度言葉を切った。


 そして、静かに続ける。


「そのため、明日より護衛体制を一段階引き上げます」


 アランの低い声が、静かに室内へ落ちる。


「アメリア様、ルーカス様を含め、関係者全員へ護衛を増員配置します」


「登下校時はもちろん、屋敷内外の移動にも同行します」


 一拍。


「また、当面の間、買い出し等の外部対応はこちらで引き受けます」


 ミィナが資料をめくりながら補足する。


「必要物資の調達、店舗とのやり取り、外部搬入の確認も護衛隊側で行います」


「皆様には、可能な限り屋敷内で過ごしていただきたいと考えています」


 アメリアが静かに問い返す。


「学院への登校は?」


「そちらは継続します」


 即答だった。


「ただし、護衛付きです」


「学院側にも一般騎士を増員配置します」


 そこまで聞き、ルーカスが小さく眉を寄せる。


「……かなり本格的だな」


「はい」


 アランは迷いなく頷いた。


「現時点では“まだ何も起きていない”状態です」


「ですが、だからこそ今の段階で抑え込みます」


 静かな断言。


 その声には、既に決定事項として動いている重みがあった。


 そして。


 そこで初めて、ミィナがわずかに表情を和らげた。


「あと……一番大変なのは、恐らくここからです」


「?」


 アメリアとルーカスが同時に視線を向ける。


 ミィナは小さく息を吐いた。


「エレノア様への説明です」


 一瞬だけ、室内の空気が変わる。


 何人かの護衛が、ほんのわずかに視線を逸らした。


 その反応だけで、全員が同じことを考えているのが分かる。


 ルーカスが頭を押さえた。


「……あぁ」


 アメリアも疲れたように目を閉じる。


「絶対に“私も動く”って言うわね……」


「高確率で」


 アランが即答した。


「加えて、自身を囮にする提案を行う可能性があります」


 一拍。


「もしくは、“自分だけ外に出ることで周囲への被害を減らそうとする”行動も想定しています」


 室内の空気が少しだけ重くなる。


 否定する者はいない。


 それはエレノアならやりかねない、ではなく。


 かなりの確率でやる、という認識だった。


 ミィナは静かに続ける。


「そのため、現時点では詳細を伏せます」


「警備強化理由についても、“安全確保のため”以上の説明は避ける予定です」


「監視対象や追跡事案についても、原則非公開とします」


 アメリアは小さく息を吐いた。


「……知られた瞬間、自分から危険側へ行くものね」


「はい」


 アランは静かに頷く。


「エレノア様は、自分の危険には非常に鈍感です」


「ですが、周囲を守るためとなると判断速度が極端に上がります」


 一拍。


「だからこそ、今回は先に動きを制限します」


 誰も反論しなかった。


 それは過保護だからではない。


 必要だからだ。


 そして、その必要性を――


 この部屋にいる全員が、痛いほど理解していた。


 だからこそ。


 今朝のあの異様なまでに整った動きがある。


 使用人の配置。


 護衛の巡回。


 移動経路の固定。


 全部が、“エレノアに気づかせないまま制限する”ために組み替えられていた。


 アメリアは小さく窓の外へ視線を向ける。


 騎士達が一定間隔で周囲を警戒している。


 その動きは自然だ。


 自然すぎる。


 だからこそ分かる。


(……完全に警戒態勢)


 王命錬金護衛隊だけではない。


 一般騎士まで連携している。


 しかも、学院側へ向かうこの馬車にまで護衛が追加されていた。


 ルーカスが小さく息を吐く。


「まあ、エレノアが気づいてないなら成功なんだろうな」


「半分くらいは気づいてたと思うわよ?」


 アメリアは苦笑混じりに返した。


「ただ、“理由が分からない違和感”で止まってるだけ」


 一拍。


「説明されたら、多分すぐ全部繋げるわ」


「だろうな……」


 ルーカスも苦い顔をする。


 だからこそ、先に囲った。


 先に動線を固定した。


 先に外側を封鎖した。


 本人が“理解する前”に。


 馬車がゆっくりと学院区画へ近づいていく。


 すると。


 遠くからでも分かるほど、正門周辺の警備人数が増えていた。


 騎士。


 さらに騎士。


 その上、学院敷地内にも巡回の姿がある。


 アメリアは思わず小さく呟いた。


 「……やりすぎじゃないかしら、これ」


 アメリアの呟きに、ルーカスも苦笑混じりに窓の外を見る。


 学院正門前。


 そこに広がっていたのは、もはや“少し警備が増えた”程度ではなかった。


 騎士の配置間隔が明らかに狭い。


 巡回速度も速い。


 しかも、視線が常に動いている。


 完全に実戦警戒の動きだった。


「一般生徒が見たら事件でも起きたと思うぞ……」


「実際、“何か起きる前”だから間違ってはいないのだけど」


 アメリアが小さく息を吐く。


 やがて馬車が停止した。


 その瞬間だった。


 周囲の騎士たちが、一斉に動く。


 無駄がない。


 最短距離で配置が組み替わる。


 馬車周辺に自然な空間が作られ、同時に他の生徒達の流れが静かに外側へ押し出されていく。


 扉が開く。


 アメリアとルーカスが馬車から降りた瞬間――


 周囲の空気が、目に見えて変わった。


「……え?」


「あれ、何あれ……」


「騎士多くない……?」


 登校していた生徒達が、思わず足を止める。


 だが、近づこうとはしない。


 いや、近づけない。


 騎士達が壁になっているわけではない。


 武器を向けているわけでもない。


 それなのに、本能的に分かるのだ。


 ――“今は近づいてはいけない”。


 張り詰めた空気。


 寸分の隙もない視線。


 そして、アメリアとルーカスを中心に形成された異様な警戒圏。


 それだけで、生徒達は自然と距離を取っていた。


「な、なんか今日やばくない……?」


「王族来てるとか……?」


「いやでも、あれセレスティア家の……」


 小声だけが遠巻きに広がっていく。


 教師達は既に事情を共有されているのか、特に騒ぎ立てることもない。


 むしろ生徒達を自然に誘導し、導線を整えていた。


 結果として。


 学院正門前には、妙に綺麗な空間だけが残る。


 ルーカスはその様子を見ながら、小さく息を吐いた。


「……完全に包囲されてる気分だな」


「護衛されてる側なのに全然安心感ないのだけど……」


 アメリアも苦笑混じりに呟く。


 だが。


 その護衛達の表情は、一切緩まない。


 まるで学院そのものが、既に警戒区域へ切り替わっているみたいだった。


 授業が始まってからも、その異様さは消えなかった。


 むしろ――時間が経つほど、違和感だけが積み上がっていく。


 教室の後方。


 そこには、護衛として配置された騎士が立っていた。


 王命錬金護衛隊と一般騎士。


 両方が交代で配置されているらしい。


 授業の邪魔にならない位置。


 視界に入りすぎない絶妙な距離。


 だが、いる。


 確実に。


 しかも全員、“実務中の顔”をしていた。


 教師もそれを当然のように受け入れている。


 学院側への説明が完全に済んでいる証拠だった。


「では、この術式の展開条件ですが――」


 授業は普通に進む。


 生徒達も最初こそ落ち着かなかったが、時間が経つにつれて慣れ始めていた。


 ……いや。


 正確には、“慣れるしかない”という空気だった。


 アメリアは教本へ視線を落としながら、小さく息を吐く。


(……視線が重い)


 後方の騎士は、授業内容を聞いているわけではない。


 完全に周囲警戒。


 誰が立ち上がったか。


 誰が近づいたか。


 何を持っているか。


 その全部を確認している。


 しかも恐ろしいほど自然だった。


 休み時間になると、騎士達は即座に教室外へ移動する。


 今度は廊下。


 階段。


 渡り廊下。


 窓側。


 移動経路そのものを警戒し始める。


 生徒達は完全に引いていた。


「……なんか今日すごくない?」


「え、怖……」


「セレスティア家ってあそこまでなるの……?」


 ひそひそ声だけが遠巻きに広がる。


 だが誰も近づこうとはしない。


 近づいた瞬間どうなるか、空気で分かるからだ。


 そして、その“空気”は昼前にはさらに完成されていた。


 授業終了。


 昼休み。


 アメリアとルーカスは普段通り食堂へ向かう。


 仲の良い生徒達も普通に合流した。


「お二人とも大丈夫ですか……?」


「なんか朝からずっと騎士の人達いるんですけど……」


 会話自体は止められない。


 席も自由。


 食事も普通。


 だが。


 護衛達は確実に会話を拾っていた。


 食堂入口。


 壁際。


 窓付近。


 騎士達が自然に散っている。


 しかも、“聞いていないふり”が上手い。


(……記録されてるわね)


 アメリアは確信する。


 誰が話しかけたか。


 どんな内容だったか。


 全部共有対象だ。


 そしてその時だった。


 食堂入口側で、小さなどよめきが起きる。


 問題児として有名な男子生徒が、こちらへ向かって歩いてきていた。


 距離が縮まる。


 その瞬間。


 空気が切り替わった。


 騎士達の視線が一斉に動く。


 立ち位置が変わる。


 教師まで自然に導線へ入る。


 「すまない、現在こちらは通行整理中だ」


 教師が穏やかな声で告げる。


 だが。


 その背後に立つ騎士達の空気は、まるで穏やかではなかった。


 問題児の男子生徒は眉をひそめる。


「いや、ちょっと話しかけるだけ――」


「お控えください」


 今度は騎士だった。


 低い声。


 一切感情が乗っていない。


 だからこそ逆に冷たい。


 男子生徒が思わず言葉を止める。


 騎士は続けた。


「現在、アメリア様及びルーカス様周辺は特別警戒体制下にあります」


 一拍。


「不要な接近、接触、割り込み行為は全て制限対象です」


 食堂の空気が静まり返る。


 周囲の生徒達まで息を呑んでいた。


 男子生徒もさすがに顔を引きつらせる。


「……は?」


「繰り返します」


 騎士の声は変わらない。


「不要な接近は禁止されています」


「これ以上接近した場合、学院側への正式報告及び警備妨害行為として記録対象になります」


 その瞬間。


 空気が完全に凍った。


 ただ追い返すだけではない。


 “記録する”。


 その言葉の重みが違う。


 学院内で正式記録が残る意味を、生徒達は全員理解していた。


 男子生徒の顔色が変わる。


「いや……そこまでのつもりじゃ――」


「であれば問題ありません」


 即答。


「中央側をご利用ください」


 逃げ道だけは残す。


 だが拒否権はない。


 男子生徒は完全に気圧され、そのまま別方向へ引いていった。


 食堂には重い沈黙だけが残る。


 誰も軽口を叩けない。


 騎士達も、もう隠そうとしていなかった。


 ――本気で警戒している。


 その事実だけが、生徒達全員へ強制的に伝わっていた。


 アメリアは小さく額を押さえる。


「……思ったよりずっと重いわね」


 ルーカスも疲れた顔で呟く。


「もう半分“要人警護訓練”なんだよなこれ……」


 昼休みが終わる頃には、学院全体が妙な緊張感に包まれていた。


 誰も騒がない。


 けれど、全員が気づいている。


 ――今日は何かがおかしい。


 そして午後。


 演習授業の時間になった瞬間、その“おかしさ”は完全に表へ出た。


「……え?」


 演習場へ向かった生徒達が、次々と足を止める。


 入口が封鎖されていた。


 正確には、閉鎖ではない。


 騎士と学院警備員が立ち、導線を完全に分離している。


「一般演習区域はこちらです」


「本日、一部区域は使用制限がかかっています」


 説明自体は丁寧だった。


 だが、有無を言わせない空気がある。


 そして。


 アメリアとルーカスが案内された先には――


「校長……?」


 演習場中央。


 そこに立っていたのは学院長本人だった。


 周囲には王命錬金護衛隊。


 さらに一般騎士。


 完全武装ではない。


 だが、全員が明確に実戦態勢だった。


 学院長は苦笑する。


「さすがにここまでとは思いませんでしたがね」


 一拍。


「本日の演習授業は、私が直接担当します」


 周囲の空気が静まる。


 普通ではありえない。


 学院長自ら授業。


 しかも隔離状態。


 アメリアは思わず額を押さえた。


(……本当に何が起きてるのよ)


 一方、一般生徒側では。


「え、隔離?」


「校長先生直々?」


「なにそれ……」


 ざわめきが止まらない。


 しかも問題なのはそこでは終わらなかった。


 演習中。


 一般区域と隔離区域の間には常時騎士が配置され、生徒が近づこうとした瞬間、即座に警告が飛ぶ。


「これより先は立入制限区域です」


「速やかに一般区域へ戻ってください」


 完全に対応が“学院”ではない。


 もはや半分軍事施設だった。


 そして授業終了後。


 さらに空気が変わる。


 学院内放送が鳴った。


『本日の下校について連絡します』


 一拍。


『一部生徒の下校を優先しますので、一般生徒は校舎内にて待機してください』


 静まり返る学院。


 数秒遅れて、ざわめきが爆発した。


「は!? 待機!?」


「え、何事!?」


「どこの貴族だよ!!」


「いや絶対セレスティア家だろこれ!!」


 だが、反論は通らない。


 教師達も完全に統制側へ回っていた。


「速やかに教室へ戻ってください」


「安全確認完了まで待機です」


 そしてその頃。


 アメリアとルーカスは、完全に確保された導線を通って馬車へ案内されていた。


 騎士達が周囲を固める。


 移動速度が異常に速い。


 立ち止まる時間すらほぼない。


 馬車へ乗り込む。


 扉が閉まる。


 その直後には、もう出発していた。


 石畳を叩く車輪の音が遠ざかっていく。


 そして学院側。


 残された生徒達は、ようやく窓の外を見ながら呟いた。


「……いや、さすがにやばすぎね?」

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