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【20万PV突破・毎日更新中】転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第二章 アトリエ開業編

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144話 静かな朝、不自然な警備

 ――目が覚めた瞬間、違和感があった。


 音が少ない。


 いや、正確には“整いすぎている”。


 外から聞こえるはずの鳥の声が、妙に規則的だった。


 風の音さえ、どこか均一に感じる。


「……?」


 私はゆっくりと上体を起こした。


 朝は嫌いではない。


 むしろ静かで、好きな時間だ。


 なのに今日は、その“静けさ”が妙だった。


 窓を開ける。


 冷たい空気が頬を撫でる。


 いつも通りのはずの朝。


 それなのに――


(……静かすぎる)


 そう思った瞬間、理由のない緊張が喉の奥に落ちる。


 ベッドから降りて、廊下へ出る。


 足音が響く。


 その音がやけに大きく感じた。


 誰もいないはずはない。


 この屋敷は、常に誰かが動いている。


 それが“普通”だった。


 だが今日は違う。


 人の気配はある。


 けれど、動きがない。


 廊下の奥。


 壁際に立つ使用人。


 いつもならすれ違うはずの誰かが、そこに“固定されている”。


(……え?)


 視線が合う。


 でも相手は動かない。


 挨拶もしない。


 会釈もしない。


 ただそこに立っているだけ。


 まるで――最初からそう配置されていたみたいに。


 胸の奥が、少し冷える。


 一歩進む。


 そして気づく。


 庭の方角から、視線が集まっている。


 気配の数が、多い。


 距離が、近すぎる。


 王命錬金護衛隊。


 それは常に私のそばにいるはずの護衛。


 けれど今日は違う。


 “そば”じゃない。


 “囲っている”。


 その事実に気づいた瞬間、私は足を止めた。


「……なに、これ」


 声は小さい。


 誰にも届かない。


 それでも、空気だけは確かに変わっていた。


 私はそのまま、ゆっくりと廊下を進んだ。


 歩くたびに、自分の足音だけがやけに響く。


 誰かとすれ違うこともない。


 挨拶の声もない。


 ただ、視線だけが――どこかから絶えず向けられている。


(……監視、じゃない)


 そんな単語が頭の端をよぎる。


 でも、それもしっくりこない。


 もっと整っている。


 もっと“決められている”。


 やがて、食堂の扉が見えた。


 その前に立つ使用人は二人。


 動かない。


 揺れない。


 私を待っていたというより、“そこに配置されている”ようだった。


「おはようございます」


 声をかける。


「おはようございます、お嬢様」


 返事は正確すぎるほどに整っていた。


 扉が開く。


 中に入った瞬間、空気が変わる。


 朝食はすでに並んでいた。


 紅茶の香り。


 焼き立てのパン。


 それ自体は、いつも通りのはずだった。


 ――なのに。


 違和感が積み重なっていく。


 席にはすでに数人が座っていた。


 アメリアはいつも通り紅茶を口にしている。


 その隣にルーカス。


 さらにメル、カイル、エリシアも、すでに席についていた。


 会話は少ない。


 いや、少ないというより――止まっている。


 食事という動作だけが、淡々と進んでいる。


(……変)


 そう思う。


 だが、何が変なのかはすぐには言語化できない。


 ただ一つ確かなのは、これが“いつもの朝食”ではないということだった。


「あれ? ミストルティン様達は?」


 思わずそう口に出す。


 その問いに、返事はすぐに返ってきた。


「ソフィアはまだ寝ていて、ミストルティンとエルヴィータはゲームしていたわよ」


 パルシアが、追加の食事をテーブルに並べながら何気なく言う。


 その動作も、声音も、いつも通りだ。


 ――何も知らない側の自然さだった。


(……そういうことじゃない)


 私は心の中で否定する。


 いない理由ではない。


 問題はそこじゃない。


 神族たちはただ、いつも通りに過ごしているだけだ。


 ソフィアは寝ている。


 エルヴィータとミストルティンはゲーム中。


 パルシア様も、ただ食事を運んでいるだけ。


 そこに“異常への認識”は一切ない。


 むしろ、何かが起きているという気配すら共有されていない。


(……知らされてない)


 そう気づいた瞬間、胸の奥がわずかに冷える。


 この場にいるのは、全員が同じ情報を持っているからではない。


 むしろ逆だ。


 情報を持っている者と、持っていない者が、同じ空間に“整列”させられている。


 私は紅茶のカップを指先で軽く回す。


 視線は自然と周囲へ向かう。


 執事。


 メイド。


 護衛。


 アメリア。


 ルーカス。


 そして、何も知らされていない神族たち。


 全員がいる。


 だが、役割が違う。


 動きの意味が違う。


 同じ食堂にいるのに、見えている現実が一致していない。


 まるで――


 意図的に“認識の段差”だけが作られているみたいに。


(……やっぱり、おかしい)


 確信が、ゆっくりと形を持ちはじめる。


 朝食の時間は、結局いつも通りのまま進んだ。


 会話は途切れ途切れにあって、紅茶の香りも、焼き立てのパンの温度も変わらない。


 アメリアはときどき思い出したように笑い、ルーカスは淡々と食事を進めている。


 パルシアも、変わらず皿を運び、必要な分だけを静かに補充していく。


 ソフィアはまだ起きていないし、エルヴィータとミストルティンも、今日も変わらず“自分の時間”の中にいる。


 ――それ自体は、いつも通りだった。


 だからこそ。


 違和感は、最後まで表に出てこなかった。


 食器が片付けられ始めるまでは。


「お嬢様」


 執事の声が、空気を切り替えた。


 私は手元のカップを置く。


 その瞬間だけ、場の温度が少し下がる。


「本日のご予定を確認させてください」


 一拍。


 その言葉が、さっきまでの“朝食”という層を剥がす。


 私は視線だけを向ける。


「……今?」


「はい」


 即答だった。


 迷いがない。


 むしろ“このタイミングでなければならない”とでも言うような確信。


 執事は淡々と続ける。


「本日ですが、安全確保のため、本邸より商品の供給をお願いします」


 一拍。


「ポーション類および消耗品でございます」


 必要な情報だけが、整然と並べられる。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 そのやり取りが終わった直後だった。


「同様に」


 低い声が、食堂の端から落ちる。


 視線を向けると、護衛の一人が立っている。


 メルの方を見ていた。


「本邸より商品の供給をお願いします」


 一拍。


 同じ言葉。


 同じ構造。


 ただ対象だけが違う。


 メルは一瞬だけ目を瞬かせる。


「え、私もですか?」


 護衛は表情を変えない。


「はい。同様の対応となります」


 それだけだった。


 理由の説明はない。


 拒否の余地もない。


 “決定事項”として、淡々と置かれるだけ。


 食堂の空気は変わらない。


 アメリアもルーカスも、特に反応を見せない。


 パルシアは、いつも通り皿を片付けている。


 ソフィア、エルヴィータ、ミストルティンも変わらない。


 けれど。


 さっきまでと違うのは、“対象が私だけじゃない”ということだった。


(……同様)


 その一言だけで、形が見える。


 個別対応じゃない。


 感情でもない。


 判断でもない。


 ――“処理単位の切り替え”。


 私はゆっくりと紅茶のカップに視線を落とした。


 音もなく、時間だけが少しずつずれていく。


 やがてアメリアお姉様とルーカスお兄様が、王立魔法学院へと登校するため馬車へと向かっていった。


 玄関先には、いつもより多い護衛の姿があった。


 その数を見て、ほんの一瞬だけ違和感がよぎる。


(……多い?)


 だが、それも口に出す前に流れていく。


 二人が馬車に乗り込むと、護衛たちは無駄のない動きで配置を締め直した。


 いつもより“隙間がない”。


 馬車が動き出すまでの時間が、やけに短い。


 確認も、雑談もない。


 ただ決まった手順だけが積み重なっていく。


 そして次の瞬間には、もう出発していた。


 馬車の車輪が石畳を叩く音が、遠ざかっていく。


 私はその場に残されたまま、その背中を見送る。


 ――いつも通りのはずの朝。


 それなのに、どこか息が詰まる。


「本当になにがあったの……?」


 思わず、小さく声が漏れる。


「私なにかやらかしたかな……?」


 言ってから、すぐに首を振る。


 違う。


 そういう種類じゃない。


 叱責でも、事件でも、明確な理由がある動きでもない。


 むしろその逆だ。


(説明が、ない)


 ただ“そうなっている”。


 それだけが積み重なっている。


 私はゆっくりと屋敷の中へ視線を戻す。


 そこにはいつも通りの廊下。


 いつも通りの使用人。


 いつも通りの静けさ。


 ――なのに。


 その全部が、ほんの少しだけ“揃いすぎている”。


 私は小さく息を吐いた。


 まだ、結論は出ない。


 それでも一つだけ分かる。


 この朝は、もう昨日と同じではない。


 私はゆっくりと屋敷の中へ戻った。


 廊下は静かだ。


 いつも通りのはずなのに、足音だけがやけに響く。


 誰かに見られているわけでもない。


 止められているわけでもない。


 それなのに、どこか“進行方向が固定されている”ような感覚だけが残っている。


(……気のせい、じゃないよね)


 そう思いながらも、結論は出ないまま歩く。


 やがて、屋敷の奥。


 私専用の作業区画――アトリエへと辿り着く。


 扉の前で、ほんの一瞬だけ立ち止まる。


 ――ここだけは、妙に普通だった。


 さっきまで食堂で感じていた、あの説明できない統制感も、妙な“揃いすぎ”もない。


 ただ、いつも通りの屋敷の一部。


 私は小さく息を吐いて、扉を開ける。


 空気が切り替わる。


 薬草の匂い。


 魔力の残滓。


 整った作業台。


 そして、その前には――


「おはようございます」


 エリシアの声。


 彼女は、さっきまで食堂に一緒にいたはずのまま、何事もなかったようにそこに立っていた。


 その横では、調合工程がすでに進んでいる。


 移動した形跡はあるのに、切り替わった感じがない。


 まるで最初からここにいたみたいに、作業が“続き”として繋がっている。


「……もう始めてるのね」


「はい。食後のタイミングで入った分は先に処理しておきました」


 淡々とした返答。


 私は隣に立つ。


 手元を見る限り、乱れはない。


 工程も、配置も、いつも通り。


 だが――


(さっきの食堂と同じ“違和感”がない)


 そこだけが逆に引っかかる。


 食堂で感じていた、あの“揃いすぎた空気”。


 護衛の動き。


 指示の統一。


 あの異常なほど整った流れ。


 それが、ここに来た瞬間だけ途切れている。


 私はゆっくりと息を吐いた。


 どちらが本当か、まだ分からない。


 ただ一つだけ確かなのは――


 このアトリエだけが、いつも通り“普通すぎる”。


 そして、その“普通すぎる”空間の中でだけ、妙なひずみが生まれていた。


「一部ロットの供給が遅れています」


 エリシアが、淡々と告げる。


 私は視線を上げる。


「遅れ?」


「はい。品質に問題はありません。ただ、転移門を使用して輸送するという工程がありますので、店舗内への供給が通常の30%ほど低下しているそうです」


 一拍。


 私はその数字を聞いて、わずかに目を瞬かせた。


(30%)


 深刻というほどではない。


 だが、無視できるほど小さくもない。


「原因は?」


 そう尋ねると、エリシアは淡々と答える。


「工程が一つ増えています」


 一拍。


「品質保持のため、輸送前の最終検査を追加しました。その分、移動と待機時間が発生しています」


 私はそこでようやく納得する。


(単純に、手順が増えてるだけか)


 理屈としては明快だった。


 品質が上がれば工程は増える。


 工程が増えれば、供給は落ちる。


 それだけの話だ。


「移動自体もありますし、アトリエから転移門までの搬出確認も以前より厳密になっています」


 エリシアは続ける。


「全体としては効率より安定性を優先した形です」


 私は小さく息を吐いた。


 さっきまで感じていた“引っかかり”が、少しだけほどける。


(そりゃ遅くもなるか)


 整っているのではなく、丁寧になっただけ。


 無駄が増えたというより、工程が正しく積み上がった結果だ。


 私は手元のカップを軽く持ち直す。


 屋敷全体の妙な統制感も、ただの警備強化と予定管理の厳格化。


 食堂での違和感も、今思えば過剰な安全確認の延長。


 そう考えれば説明はつく。


「……まあ、仕方ないわね」


 ぽつりと呟くと、エリシアは小さく頷いた。


「はい。現状ではこの形が最も安定しています」


 アトリエには、いつも通りの作業音が戻る。


 調合の泡立つ音。


 器具の小さな金属音。


 そのどれもが、変わらないリズムを刻んでいた。


 ただ――ほんの少しだけ、流れがゆっくりになっている。


 それだけが、確かな違いだった。


 そして、その“わずかな遅れ”は、別の場所では致命的な結果になっていた。


「ひぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」


 厨房の一角でメルとパルシアは、せっせとパンを焼いていた。


 オーブンはフル稼働。


 生地は次々と成形され、焼き上がり、そして消えていく。


 ――消えていく。


「なんで!? なんで焼いた瞬間に在庫なくなるのぉぉぉ!?」


 メルが涙目で叫ぶ。


「計算合わない! 絶対合わない!」


「落ち着きなさい」


 パルシアは淡々と生地を伸ばしながら言う。


「需要が増えているだけです」


「その“だけ”が一番問題なんですけどぉぉ!!」


 次の瞬間、オーブンが鳴る。


 焼き上がり。


 取り出す。


 並べる。


 消える。


「今見た!? 今置いたよね!? 置いたよね私!!?」


「置いたわね」


「消えたんですけど!!?」


 メルの悲鳴が厨房を反響する。


 その横でパルシアは一切動揺せず、次の生地を淡々と扱っている。


「供給速度が足りていませんね」


「それ今気づくことじゃないですぅぅ!!」


 さらに奥では別の職人が報告する。


「転移門側、搬出待ち行列が限界です!」


「限界って何!? パンに限界ってあるの!?」


 メルの叫びはもはや悲鳴を超えていた。


 だが、誰も止まれない。


 止まった瞬間――本当に供給が崩壊する。


 そしてその頃、アトリエでは。


 私は紅茶を飲みながら、何も知らずにこう呟いていた。


「……まあ、仕方ないわね」


 なお、原因は誰もまだ気づいていない。


 ただ一つだけ確かなのは――


 いくら安全確保のためとはいえ、効率が落ちすぎれば、結局どちらにも負担が出るということだけだった。

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