134話 華やぐ夜会、迫りくる影①
王都の夜は、いつもよりずっと眩しかった。
セレスティア伯爵家の馬車が石畳を進むたび、窓の外を流れていく街灯りが揺れる。
普段なら静かな夜道も、今日はどこか浮き足立っていた。
王城主催の式典。
貴族たちが集まり、社交と情報が交差する華やかな夜会。
表向きは祝賀。
けれど、その裏ではそれぞれの思惑が静かにぶつかり合う――そんな場所だ。
「……何度考えても、気が重いですね」
私は馬車の中で小さくため息を吐いた。
正装は慣れない。
空気も慣れない。
何より、人が多い。
できることなら研究室に籠もっていたかった。
心の底から。
向かいに座るアメリアお姉さまが、くすりと笑う。
「そんな顔をしないの。今日はちゃんと笑っていなさい」
「努力はします」
「努力で済ませるのね」
だって本音なのだから仕方ない。
隣ではルーカスお兄様が、珍しくきっちりとした礼装姿で腕を組んでいた。
普段の学院の制服姿とは違い、いかにも“貴族の嫡男”という雰囲気がある。
……本人はすごく不機嫌そうだけれど。
「俺も正直帰りたい」
「珍しく意見が一致しましたね」
「こういう場は疲れる」
「全面的に同意です」
思わず固い握手を交わしたくなる。
だが、その空気をふわりと壊したのは、楽しそうな声だった。
「私は少し楽しみですわ」
向かい側。
淡い色のドレスを綺麗に着こなしたエリシアが、穏やかに微笑んでいた。
相変わらず隙がない。
優雅という言葉がそのまま歩いているみたいな人だ。
「こういう場でしかお会いできない方も多いですし」
「社交性の差を感じます……」
「慣れですわ」
その“慣れ”が一番難しい。
私は静かに窓の外へ視線を逃がした。
遠くに、王城の灯りが見える。
夜空の下でも、その存在感は圧倒的だった。
煌々と輝く光。
行き交う馬車。
既に到着している貴族たちの姿。
嫌でも実感する。
逃げられない。
完全に、逃げられない。
「……帰ってゲームしたい」
ぽつりと本音が漏れた。
一瞬、馬車の中が静まり返る。
そして。
「気持ちはわかる」
ルーカスお兄様が、真顔で頷いた。
「ルーカスお兄様まで」
「昨日の限定素材がまだ集まりきってない」
「やっぱり重症ですね」
「お前にだけは言われたくない」
否定できないのが悔しい。
アメリアお姉さまが額を押さえた。
「お願いだから、その話を王城でしないでちょうだい」
「善処します」
「信用できないわね……」
正しい評価だった。
そんなやり取りをしているうちに、馬車はゆっくりと速度を落としていく。
王城の正門。
眩しいほどの灯り。
整列する騎士たち。
そして、次々と到着する豪奢な馬車。
完全に、戦場だった。
社交界という名の。
私は小さく息を吐く。
「……行きますか」
誰に言うでもなく呟く。
アメリアお姉さまが静かに頷いた。
「ええ。セレスティア伯爵家として」
その言葉に、自然と背筋が伸びる。
ただの面倒な式典ではない。
家の名を背負って立つ場所。
なら――
やるしかない。
私はドレスの裾を整え、静かに顔を上げた。
今夜はきっと、長い夜になる。
馬車を降りた瞬間――
空気が変わった。
王城の正門前。
磨き上げられた白い石畳。
整列する騎士たち。
豪奢な馬車が次々と到着し、色とりどりの礼装に身を包んだ貴族たちが城内へと吸い込まれていく。
その中を、私たち――セレスティア伯爵家の一行も進んでいく。
視線。
とにかく視線が痛い。
ひそひそと交わされる声。
「あれが……」
「セレスティア伯爵家……」
「例のポーションの……」
「薬理統制局の――」
聞こえている。
ものすごく聞こえている。
聞こえないふりをしたいけれど、無理なくらいには。
私は静かに前だけを見ることにした。
気にしたら負けだ。
絶対に。
隣を歩くルーカスお兄様も、やや顔が死んでいる。
「……やっぱり帰りたい」
「奇遇ですね。私もです」
「今ならまだ間に合わないか」
「たぶん無理です」
現実は非情だった。
アメリアお姉さまは完璧な笑顔を崩さない。
さすがである。
本当にすごい。
同じ人類とは思えない。
エリシアも優雅に微笑みながら歩いている。
この人たち、強い。
精神が。
私には到底真似できない。
城内へ足を踏み入れると、さらに空気が張り詰めた。
高い天井。
豪華なシャンデリア。
磨き上げられた床。
どこを見ても“王城”だった。
圧がすごい。
本当にすごい。
案内されたのは、まず記念式典が行われる大広間だった。
すでに多くの貴族が席についており、中央には陛下のための壇上が用意されている。
その時。
「エレノア様」
近くに控えていた騎士の一人が、静かに一歩前へ出た。
厳かな礼を取る。
「お席までご案内いたします」
「……はい?」
思わず間の抜けた声が出た。
私だけ。
明らかに“私だけ”名指しだった。
隣でルーカスお兄様が、ものすごく察した顔をしている。
嫌な予感しかしない。
「こちらへ」
騎士に促されるまま歩いていく。
そして辿り着いた先で、私は静かに足を止めた。
「…………」
そこには。
明らかに。
明らかにひとつだけ。
妙に広くて。
妙に立派で。
妙に警備が厚い。
専用スペースが用意されていた。
しかも周囲には騎士が複数名。
逃げ場がない。
怖い。
「……私、ここですか?」
騎士はごく自然に頷いた。
「はい。安全確保のため、こちらをご用意しております」
「安全確保」
その単語が重い。
非常に重い。
私はゆっくりと後ろを振り返る。
アメリアお姉さまが、とても優しい笑顔をしていた。
助けてくれない顔だった。
「エレノアは今、かなり重要人物だから」
「その説明で納得したくないんですが」
したくなかった。
全力で。
ルーカスお兄様が遠い目をする。
「まあ、陛下の周囲もすごい警備だしな」
視線を向ける。
確かに、壇上周辺も騎士たちが厳重に配置されていた。
普段より明らかに警戒が強い。
祝いの式典というより、要塞である。
非常に安心感はある。
でも。
「私、陛下と同じ分類なんですか?」
「たぶんそうだな」
「嫌です」
即答だった。
全然嬉しくない。
むしろ胃が痛い。
メンタルに悪い。
エリシアが小さく笑う。
「それだけ注目されている、ということですわ」
「その注目、返品したいです」
心の底からそう思った。
だが現実は非情である。
私は半ば諦めながら、その席へ腰を下ろした。
座り心地の良さそうな椅子。
見晴らしの良い位置。
無駄に豪華。
そして逃げ場がない。
周囲の視線がさらに刺さる。
「あれが……」
「本人か」
「思ったより若い……」
「本当にあの復元ポーションを……?」
やめてほしい。
非常にやめてほしい。
私は静かに無の境地に入ることを決意した。
何も聞こえない。
私は石。
ただの置物。
高級な置物。
たぶん。
やがて、厳かな記念式典は滞りなく終了した。
祝辞。
功績の確認。
王国の今後についての話。
形式としては穏やかだったけれど、その裏にある緊張感はずっと消えなかった。
陛下の周囲の厳重な警備。
貴族たちの探るような視線。
静かなざわめき。
誰もが何かを見て、何かを測っている。
そんな空気。
私は終始、無の境地だった。
置物として。
高級な置物として。
たぶん完璧だったと思う。
そして。
式典が終わり、次はいよいよ夜会――パーティー会場へと移動する。
広間とはまた違う、豪奢な大広間。
煌びやかなシャンデリア。
美しく並べられた料理。
音楽を奏でる楽団。
笑顔を浮かべる貴族たち。
表面上は、華やかで穏やかな社交の場。
……表面上は。
私はその入口に立った瞬間、確信した。
「……帰りたい」
心からの本音だった。
隣でルーカスお兄様が小さく頷く。
「ああ。ここからが本番だ」
「聞きたくなかったです」
現実は非情だった。
アメリアお姉さまは優雅に扇を開く。
「笑っていなさい」
「善処します」
「信用できないわね」
正しい。
非常に正しい。
私は半分くらい魂が抜けた状態で、会場へ足を踏み入れた。
――その瞬間だった。
空気が、変わった。
正確には。
獲物を見つけた猛獣の群れみたいな視線が、一斉にこちらへ向いた。
怖い。
非常に怖い。
「――セレスティア伯爵家だ」
「エレノア様がいらしたぞ」
「今のうちにご挨拶を……!」
「ぜひ一度、お話を――」
早い。
反応があまりにも早い。
私は一歩、反射的に後ろへ下がった。
無理です。
帰りたいです。
でも、その一歩より早く。
貴族たちが、波のように押し寄せてきた。
「エレノア様、ぜひ我が家とも――」
「復元ポーションのお話をぜひ!」
「薬理統制局について少しだけでも――」
「今後のご予定は――」
「うちの息子がぜひ――」
「それは違う方向です」
思わず即答した。
危ない。
何か違うものまで混ざっていた。
囲まれる。
とにかく囲まれる。
右も左も前も後ろも、人、人、人。
圧がすごい。
呼吸がしづらい。
これは社交ではない。
包囲だ。
完全に包囲だった。
私はほぼ無表情のまま、心の中だけで盛大にため息を吐いた。
はいはい。
来ましたね。
こうなると思ってました。
知ってました。
だから嫌だったんです。
「エレノア様は普段どのような研究を?」
「今後、新しい事業展開などは――」
「ぜひ一度、我が領地にも――」
「婚約のご予定は――」
「その話は今しなくていいです」
また即答してしまった。
反射だった。
横でルーカスお兄様が微妙に顔を逸らしている。
笑っている。
絶対に笑っている。
助ける気がない。
ひどい。
アメリアお姉さまは完璧な笑顔で応対している。
強い。
本当に強い。
エリシアも自然に会話を捌いている。
なぜそんなに優雅でいられるのか。
私には理解できない。
私はというと。
「はい」
「そうですね」
「ええ」
「なるほど」
まるで自分自身がAIのように定型文を返す存在となった。
もはや会話ではない。
自動応答だった。
たぶん今の私は、かなり性能のいい返答機械になっている。
相手が何を言っても、それっぽく返せる自信がある。
できれば今すぐ電源を落としてほしい。
「さすがエレノア様、お若いのに素晴らしいご活躍で」
「ありがとうございます」
「今後、ぜひ我が家とも良い関係を――」
「ええ、ぜひ」
たぶん何も聞いていなかった。
いや、聞いてはいる。
でも脳が処理を拒否している。
限界だった。
社交というものは、研究よりも体力を使うのではないだろうか。
間違いなくそうだと思う。
しかも。
多い。
人が。
とにかく多い。
一人終わったと思ったら、次。
また次。
さらに次。
無限湧きである。
討伐クエストならとっくに心が折れていた。
私は小さく笑顔を保ちながら、心の中では完全に遠い目をしていた。
(いつ終わるんですか、これ)
誰か教えてほしい。
できれば具体的な時間で。
その時だった。
さらに数人の貴族がこちらへ近づいてくるのが見えた。
増えた。
まだ増える。
もうだめだ。
完全に包囲される。
実際、気づけば私の周囲にはかなりの人数が集まり、半ば取り囲むような形になっていた。
視線。
笑顔。
名刺代わりの会話。
逃げ道がない。
物理的にも。
精神的にも。
私は静かに悟った。
(あ、詰んだ)
その瞬間。
「皆様」
低く、よく通る声が響いた。
空気がぴたりと止まる。
私のすぐ後ろに控えていた護衛の騎士が、一歩前へ出ていた。
表情は穏やか。
声音も丁寧。
だが、圧がすごい。
ものすごくすごい。
さすが王城の騎士である。
「恐れ入りますが、こちらは社交の場でございますので」
騎士は礼を崩さないまま、静かに続けた。
「エレノア様へのご挨拶は、順にお一人ずつお願いいたします」
にこやかだった。
とてもにこやかだった。
でも、誰一人として逆らえる空気ではなかった。
「取り囲む形になりますと、他の皆様とのご交流の妨げにもなってしまいますので」
完璧だった。
柔らかい。
とても柔らかい。
なのに断れない。
素晴らしい。
私が言うより百倍効果がある。
貴族たちは一瞬だけ表情を固め、すぐに取り繕うように微笑んだ。
「……これは失礼を」
「配慮が足りませんでしたな」
「申し訳ありません」
するすると人の壁がほどけていく。
すごい。
騎士ってすごい。
私は心の底から感動していた。
たぶん今、この会場で一番輝いて見える。
完全に救世主だった。
少しだけ呼吸がしやすくなる。
私はその隙に、そっと小さく息を吐いた。
生き返る。
本当に。
隣ではルーカスお兄様が、グラスを片手に小さく笑っていた。
「よかったな」
「本当に」
「顔が死んでたぞ」
「今も半分くらい死んでます」
「知ってる」
ひどい。
でも事実だった。
アメリアお姉さまは、そんな私を見てくすりと笑う。
「ちゃんと助けてもらえてよかったじゃない」
「最初から助けてください」
「それでは勉強にならないでしょう?」
「十分すぎるほど学びました」
二度と受講したくない授業だった。
エリシアも優雅に頷く。
「人気者は大変ですわね」
「その称号、今すぐ返上したいです」
切実だった。
本当に切実だった。
だが、現実は甘くない。
騎士によって指定された場所は――
陛下のすぐ近くに設けられた、私たち専用の席だった。
近い。
とにかく近い。
物理的にも。
精神的にも。
胃が痛い。
非常に痛い。
普通、こういう席というのは、もっとこう……偉い人が座るものではないのだろうか。
少なくとも、昨日まで深夜にガチャで大騒ぎしていた人間が座る場所ではない。
絶対に。
私はその席を見つめたまま、しばらく現実逃避を試みた。
無理だった。
現実は逃げてくれない。
すると、案内してくれた騎士の一人が、にこやかに一礼する。
その笑顔がとても優しい。
優しいのに逃げ道がない。
「本日は、エレノア様がいらっしゃる大変貴重な機会ですので」
嫌な予感しかしない。
ものすごくする。
「陛下へのご挨拶と同時に、皆様にもご挨拶いただけるよう配慮せよ――とのことでしたので、こちらのお席をご用意させていただきました」
「…………」
私は数秒、言葉を失った。
なるほど。
理解した。
つまり。
逃げるな、ということですね。
非常によくわかった。
「……あの」
「はい」
「これ、断るという選択肢は」
「ございません」
即答だった。
あまりにも迷いがなかった。
清々しいほどだった。
私は静かに天を仰いだ。
神よ。
いや、ミストルティン様はたぶん笑っているので駄目だ。
誰か別の神をお願いします。
最後の希望を込めて、私はそっと陛下のほうへ視線を送った。
きっと何か。
きっと何か、助け舟のようなものが――
陛下と目が合った。
一瞬の沈黙。
そして。
にこり。
とても良い笑顔だった。
さらに。
ぐっ!
――と、拳を軽く握って親指を立てるような仕草。
完全に。
「頑張れ」
の合図だった。
違う。
そうじゃない。
私は助けを求めたのであって、応援を求めたわけではない。
しかもすごく爽やかだった。
逃げるな、と言っている顔だった。
ひどい。
非常にひどい。
私は無言で視線を戻した。
終わった。
完全に終わった。
国家規模で逃げ道を塞がれている。
隣ではルーカスお兄様が、もう隠す気もなく肩を震わせていた。
笑っている。
絶対に笑っている。
「よかったな。
陛下直々の激励だ」
「お兄様も同じ席なんですから、他人事みたいに言わないでください」
「俺はお前ほど注目されてない」
「道連れにします」
「やめろ」
即答だった。
ひどい。
家族愛とは。
向かい側では、アメリアお姉さまが扇の向こうで優雅に微笑んでいる。
「名誉なことじゃない」
「胃痛のほうが勝ちます」
「それも慣れよ」
「慣れたくありません」
心の底からそう思った。
エリシアも小さく笑いながら、静かに頷く。
「でも確かに、これなら皆様も自然にご挨拶できますわね」
「自然の定義を見直したいです」
全然自然ではない。
むしろ罠だった。
非常に丁寧に作られた罠。
私は半ば諦めながら、その専用席へと腰を下ろした。
座り心地はとても良かった。
悔しい。
無駄に良い椅子だった。
しかも見晴らしまでいい。
逃げ場だけがない。
完璧だった。
最悪の意味で。
――そして。
座った瞬間だった。
ざわり。
空気が動いた。
嫌な予感しかしない。
というか、もうこの時点で確信していた。
絶対にろくなことにならない。
私は恐る恐る前を見た。
「…………」
列。
普通に列だった。
しかも。
陛下へ挨拶をするために並んでいる列と、ほぼ同じ規模。
なぜ。
どうして。
私はただ座っただけである。
何もしていない。
本当に何もしていない。
なのに、なぜこうなる。
騎士がにこやかに告げる。
「皆様、順にご案内いたしますので」
知ってる。
見ればわかる。
問題はそこじゃない。
「……帰ってもいいですか」
「駄目です」
即答だった。
あまりにも早かった。
まだ言い終わっていない気がする。
隣でルーカスお兄様が、遠い目をしている。
「俺のほうもすごいぞ」
そちらを見る。
いた。
めちゃくちゃいた。
貴族たち。
特に年頃の令嬢を持つ家。
あるいは本人。
全員がものすごく“良い笑顔”をしている。
怖い。
社交界の笑顔って怖い。
「ぜひルーカス様と今後――」
「ご縁があれば――」
「うちの娘が――」
「学院でもぜひ――」
「……帰りたい」
ルーカスお兄様が真顔で呟いた。
「奇遇ですね。私もです」
固い友情が生まれた瞬間だった。
だが、さらに向かい側。
アメリアお姉さまのところも、負けていなかった。
むしろもっと強い。
「ぜひエレノア様とのご縁を――」
「ご婚約のお話を一度――」
「伯爵家としてご検討を――」
「ご紹介だけでも――」
……ああ。
なるほど。
そういうことか。
私本人に直接来る人たち。
そして。
ルーカスお兄様やアメリアお姉さまに、“取り次いでくれ”と言わんばかりに押し寄せる人たち。
逃げ道が二重構造だった。
完璧すぎる。
最悪だ。
アメリアお姉さまは優雅な笑顔を崩さないまま、扇の向こうで小さくため息を吐いていた。
「……人気者ね、エレノア」
「嬉しくないです」
心の底から即答した。
エリシアがくすくす笑っている。
完全に面白がっている。
「大変ですわね」
「他人事みたいに言わないでください」
「他人事ですもの」
その通りだった。
悔しい。
非常に悔しい。
私はゆっくりと、そっと陛下のほうへ再び視線を送った。
助けてください。
本当に。
今度こそ。
今度こそ助けてほしい。
陛下はそんな私を見て。
にこり。
そしてもう一度。
ぐっ!
親指を立てた。
違う。
だから違う。
応援はいらない。
救援をください。
私は静かに悟った。
今夜は長い。
とても、長い。
そしてたぶん――
この挨拶地獄は、まだ始まったばかりだった。




