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[毎日更新中]転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第二章 アトリエ開業編

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127話 研究費投入、それでも余る④

 高級服飾雑貨店を出たあと――


 私は、静かに空を見上げていた。


「……疲れた」


 心の底から出た言葉だった。


 すごく疲れた。


 主に精神が。


 宝石店では巨大なアメジストを買い。


 服飾雑貨店では何も買えず。


 フィリアさんに本気で頭を抱えられ。


 なんだかもう、一日分くらいの体力を使った気がする。


「まだ午後ですよ?」


 隣で、フィリアさんがにこやかに告げる。


「やめて」


 即答だった。


 まだ終わっていない。


 むしろ予定表を見る限り、まだ全然終わっていない。


 怖い。


 本当に怖い。


「次はどこですか?」


 メルが小さく首を傾げる。


 まだ元気そうだった。


 若い。


 いや年齢そんなに変わらないけど。


 精神年齢の差かもしれない。


「次は魔道具専門区画ですね」


 フィリアさんが手帳を確認しながら答える。


「エレノア様が唯一、自発的に財布を開く可能性がある場所です」


「言い方」


 でも否定できなかった。


 むしろその通りだった。


「それはちょっと楽しみ」


 思わず本音が漏れる。


 高純度の魔石。


 希少触媒。


 特殊な加工済み素材。


 王都の専門区画なら、地方ではまず見られないものも多い。


 それは普通に見たい。


 かなり見たい。


「ほら」


 フィリアさんがにこりと笑う。


「やはりこちらが本命でしたね」


「認めたくない」


「認めてください」


 正論だった。


 最近、本当に正論でしか殴られない。


「やっぱりエレノアってそっちなんだね!」


 ミストルティン様が楽しそうに笑う。


「宝石とか服より、魔石!」


「否定できない……」


 だって好きだし。


 仕方ない。


 仕方ないのだ。


「ある意味、一番女の子らしくないですね」


 リリアがしれっと言った。


「なんで!?」


「普通、宝石店で目を輝かせるのはアクセサリーです」


 一拍。


「エレノア様は巨大鉱石でした」


「反論できない」


 そこは本当にできなかった。


 悔しい。


 すごく悔しい。


「しかも置物」


 メルが追撃する。


「家が建つやつ」


「やめて」


 思い出させないでほしい。


 勢いって怖い。


 本当に怖い。


「でも綺麗だったですよ!」


 リリアはまだわくわくしていた。


「届くの楽しみです!」


「そのうち屋敷の守護神みたいになりそう」


「名前つけよう!」


「つけません」


 即答だった。


 そこだけは譲れない。


 絶対に譲れない。


 そんなことを話しながら、馬車は王都の中心部から少し外れた区画へと向かっていく。


 貴族街とは、また違う空気。


 華やかというより、実用的。


 でも、その中に独特の緊張感があった。


 道を歩く人たちも、商人というより職人が多い。


魔道具師。


研究者。


 そういう匂いがする。


「……落ち着く」


 ぽつりと呟いた。


「分かります」


 メルが静かに頷く。


「なんか安心しますよね」


「うん」


 すごく分かる。


 ここは、自分と同じタイプの人が多い分、とても居心地がよかった。


 きらきらした宝石店。


 上品すぎる服飾雑貨店。


 あれはあれで確かにすごかった。


 でも――


 こっちの方が落ち着く。


 棚に並ぶのは、装飾品ではなく魔石。


 美しく加工されたアクセサリーではなく、無骨な触媒や金属。


 見た目より実用性。


 華やかさより性能。


 なんというか、安心感が違う。


「こっちなら何時間でもいられる……」


「それはちょっと分かります」


 リリアまで頷いていた。


「なんでリリアも?」


「見ていて面白いので」


「それは分かる」


 魔道具店は、見ているだけでも楽しい。


 用途不明の部品とか。


 絶対危ない薬液とか。


 なんかよく分からないけど高そうな鉱石とか。


 浪漫がある。


 すごくある。


「先ほどまでと目の輝きが違いますね」


 フィリアさんが遠い目をしていた。


「気のせいです」


「いいえ」


 一拍。


「ものすごく生き生きしています」


「否定できない」


 だって仕方ない。


 好きなんだから。


やがて馬車が停車し扉が開く


「エレノア様、この辺りが魔道具関連を扱うエリアではございますが、念のため私どもから離れないようお願いいたします。」


「はい」


 素直に頷く。


 ここは王都でも、少し特殊な区画だ。


 一般向けの市場とは違い、専門店が集まる場所。


 高価な素材。


 希少な魔石。


 実験用の危険物。


 場合によっては、普通に爆発するものもある。


 つまり――


 とても楽しい場所である。


「顔」


 メルが即座に言った。


「すごく楽しそうです」


「そんなことないよ」


「あります」


 即答だった。


 最近みんな、否定してくれない。


 ひどい。


 かなりひどい。


 馬車を降りると、空気が少し違った。


 普通の商業区より静かで。


 けれど、その分だけ濃い。


 鼻をくすぐる薬品の匂い。


 金属の匂い。


 乾燥させた薬草の匂い。


 どこかの工房から聞こえる、金属を打つ音。


 店先には、一般人なら用途が分からなそうなものばかりが並んでいる。


 大きな魔石。


 見たことのない鉱石。


 怪しげな液体。


 どう見ても危険そうな箱。


 最高だった。


「なんかすごいですね……」


 フィリアさんが、少しだけ周囲を見回しながら言う。


「え、今さら?」


「宝石店や服飾雑貨店とは、また別方向の圧があります」


「それは分かる」


 こっちは、失敗したら普通に爆発しそうな圧だ。


 貴族街とは違う意味で緊張感がある。


「私はこっちの方が安心します」


 メルが真顔で言った。


「分かる」


 完全同意だった。


「宝石店とか、お洋服屋さんって押し売りがひどいお店とかあるからね……」


「そうなんです!」


 メルが勢いよく頷いた。


「ゆっくり選びたい時とかにされると、すごく困っちゃいます」


「分かる」


 こっちはただ静かに見たいだけなのに。


 やたら距離の近い店員さんとか。


 絶妙に断りづらい笑顔とか。


 あれは精神にくる。


 かなりくる。


「それは自分の興味のある分野か、そうじゃないかの差ですよね?」


 リリアが静かに言った。


「うっ」


 思わず言葉に詰まる。


 正論だった。


 かなり正論だった。


「魔道具店でも、店員さんに『この魔石は希少でして』『こちらの触媒は今期最後でして』とか言われたら」


 一拍。


「エレノア様、普通に立ち止まりますよね?」


「……はい」


 否定できなかった。


 むしろかなり前のめりになる自信がある。


そんなやり取りにフィリアさんは冷ややかな目を向けている


「……やめて」


 思わず小さく呟いた。


 その視線、すごく刺さる。


 かなり刺さる。


「つまり」


 フィリアさんは静かに腕を組む。


「宝石店や服飾雑貨店では“押し売りが苦手”で」


「はい」


「魔道具店では“おすすめされると普通に欲しくなる”と」


「……はい」


「ただの趣味の問題ですね」


「……綺麗に言わないでほしい」


 私は小さくため息を吐いた。


 でも否定できない。


 できないのが一番悔しい。


「事実ですので」


 フィリアさんは実に涼しい顔だった。


 最近この人、本当に容赦がない。


「まあまあ!」


 ミストルティン様が明るく手を叩く。


「せっかく来たんだから、楽しい話をしようよ!」


「助かります」


 思わず即答だった。


 これ以上価値観の話をされると、普通に精神が削られる。


「ほら、あそこ!」


 ミストルティン様が指差した先。


 通りの角にある、一軒の大きな店。


 外観は他の店よりずっと無骨で、看板にも余計な装飾はない。


 ただ、重厚な木の扉と、店先に積まれた鉱石や金属素材だけで、ここが何の店なのかはすぐに分かった。


「素材専門店ですね」


 フィリアさんが確認するように言う。


「王都でもかなり評判の良いお店です」


「……好き」


 即答だった。


 すでに好きだった。


 まだ入ってもいないのに。


「早いですね」


 メルが少し笑う。


「でも分かります」


「分かるよね」


 こういうのでいい。


 こういうので。


 無駄にキラキラしていない。


 ちゃんと実用性の匂いがする。


 安心感が違う。


「では、こちらから行きましょう」


 フィリアさんが先導し、私たちはその店へ向かう。


 扉を開けた瞬間――


 ふわりと、独特の匂いがした。


 金属。


 薬品。


 乾燥した薬草。


 そして、微かに漂う魔力の気配。


「……落ち着く」


 心の底からそう思った。


 店内には、高純度の魔石が並び。


 希少金属が棚に整然と並べられ。


 加工前の触媒や、見たこともない魔獣素材まで置かれている。


 きらきらした装飾品じゃない。


 でも、こっちの方がずっと目が輝く。


「完全に顔が違いますね」


 リリアが呆れたように言う。


「たぶん今、一番いい顔してますよ」


「そんなことないよ」


「あります」


 メルまで即答だった。


 ひどい。


 でもまあ。


 否定はしない。


 その時――


「おや」


 低く落ち着いた声が、店の奥から聞こえた。


「これはまた、珍しいお客様だ」


 振り向くと、そこには年配の男性が立っていた。


 職人らしい無骨な服装。


 けれど、その目だけは鋭い。


 一目で分かる。


 この人、かなりできる人だ。


「こんなわかい子がこんなとこに来るなんて珍しいこともあるもんだ」


「大勢で押しかけてすみません」


そう声を掛け店内を見まわす


錬金術は日常的にやっているのである程度のことはわかる


けど魔道具関連の素材はまったくもってわからない


それが逆にわくわくさせる気持ちを最大限にまで高めている。


そんな様子をみて店員さんが近寄ってくる


「お嬢さん魔道具に興味があるのかい?」


「はい」


「そこは、作る人向けの物だから既製品はあっちのお店に行くといいよ」


「一応錬金術士なので素材から作ってみようかなと思って」


 店員さんは、一瞬きょとんとした顔をした。


「……錬金術士?」


「はい」


 素直に頷く。


「一応、日常的にやっています」


「一応って言い方じゃない気がしますけど」


 メルが小さく突っ込んだ。


「その年齢で錬金術士......ひょっとしてセレスティア伯爵ですか?」


 一瞬、空気が止まった。


「……はい?」


 思わず間の抜けた声が出た。


 なんで。


 なんでそこでその名前が出るの。


「やっぱりか!」


 店員さんはぱっと表情を明るくした。


「いやぁ、噂は聞いてたんだよ!」


「噂」


 嫌な予感しかしない。


 ものすごくしない。


「若くして錬金術の腕がすごいとか、王城絡みで動いてるとか」


 一拍。


「あと、護衛が異常に多いって」


「最後の情報が強い」


 そこなの。


 そこが決め手なの。


「だって普通じゃないですからね」


 メルが真顔で言った。


「否定して」


「できません」


 即答だった。


 ひどい。


 かなりひどい。


「王都でその人数引き連れて歩く伯爵令嬢なんて、そうそういませんよ」


 店員さんは楽しそうだった。


「むしろすぐ分かる」


「嬉しくない」


 本当に嬉しくない。


 もっとこう、錬金術の腕とかで気づいてほしかった。


 護衛の人数で身バレするのはなんか違う。


「有名人ですね」


 リリアがしれっと言う。


「やめて」


 その響き、すごく落ち着かない。


「いやでも、本当に驚いた」


 店員さんは感心したように頷く。


「もっとこう、ふわふわしたお嬢様かと思ってたんだが」


 一拍。


「普通に素材見て目を輝かせるタイプだった」


「そっちが素です」


 フィリアさんが静かに補足した。


「補足の仕方」


 でも否定できない。


 悔しい。


 すごく悔しい。


「なるほどなぁ」


 店員さんは腕を組みながら、しみじみと頷いた。


「そりゃ、あのポーション騒ぎにもなるわけだ」


「待って」


 私はぴたりと止まった。


「そこまで広がってるの?」


「広がってますね」


 店主が平然と言った。


「むしろ、この辺で知らんやつの方が少ない」


「なんで」


「性能が異常だということは聞いてるよ」


 店主は、まるで当然のことのように言った。


「回復量もそうだが、安定性が段違いらしいな」


「……」


 私は静かに目を逸らした。


 なんだろう。


 すごく居心地が悪い。


「褒められてるんですよ?」


 メルが小さく言う。


「分かってる」


 分かってるけど。


 なんというか。


 こう、真正面から言われると落ち着かない。


「しかし……錬金術士が魔道具を作るってのは、聞いたことがないな」


 店主は不思議そうな顔を浮かべながら、私たちを見つめた。


「錬金術と魔道具作成は、似ているようで根本的に違う部分がある」


 一拍。


「魔道具はどちらかというと、術式とか魔力回路――そういう魔法理論や魔法工学の知識が必要な代物だからね」


「……なるほど」


 私は小さく頷いた。


 確かに、それはそうだ。


 錬金術は素材を見る。


 薬効。


 変質。


 相性。


 どう組み合わせれば、目的の効果に辿り着くか。


 それを考える。


 でも魔道具は違う。


 魔力をどう流すか。


 どう安定させるか。


 どこで制御し、どこで出力するか。


 設計図そのものの発想が違う。


「だから普通は分かれる」


 店主は棚の魔石を指先で軽く叩いた。


「錬金術士は錬金術士。

 魔道具師は魔道具師だ」


「必要なら専門の職人に依頼する方が早いですしね」


 フィリアさんが静かに補足する。


「そういうことだ」


 店主は頷いた。


「わざわざ自分で両方やろうなんて、まずいない」


「……」


 私は少しだけ視線を逸らした。


 なんだろう。


 すごく変人扱いされている気がする。


 いや、気のせいじゃない。


「つまりエレノア様はだいぶ変ってことですね」


 メルが真顔で言った。


「言い方」


「事実です」


 即答だった。


 最近みんな、容赦がない。


 本当に。


「でも」


 私は小さく肩をすくめる。


「オリジナルの魔道具とか、作ってみたいので」


 一瞬。


 店の空気が、少しだけ変わった気がした。


「……ほう?」


 店主の目が細くなる。


 さっきまでの軽い雑談とは違う。


 職人の目だった。


「ただ便利だから、じゃないんだな」


「便利なのも大事ですけど」


 私は棚に並ぶ魔石へ視線を向ける。


「既製品って、結局は誰にでも使える平均値じゃないですか」


 一拍。


「自分が本当に欲しい性能って、意外とそこにないんです」


 例えば。


 調合中だけ温度を一定に保つ補助具。


 魔力の流れを視覚化する簡易測定器。


 薬液の劣化を遅らせる保存箱。


 既製品は便利だ。


 でも、“あと少し”が足りない。


 そこを埋めたくなる。


「だから、自分で作れた方が早い」


「……なるほどな」


 店主は腕を組んだまま、じっとこちらを見ていた。


「普通は買うとか、誰かに作ってもらう」


 一拍。


「でも、お嬢さんくらいの腕の錬金術士になると、自分で作るって発想になる」


 少しだけ口元を緩める。


「……面白いな」


「褒められてる?」


 思わず確認してしまった。


「かなり褒めてる」


 即答だった。


 どうやら本当にそうらしい。


「普通はな」


 店主は棚の魔石を軽く叩いた。


「足りないと思っても、“じゃあ上位品を買おう”になる」


「はい」


「でも職人は違う」


 一拍。


「“だったら自分で作ればいい”になる」


「……否定できない」


 かなりできない。


 むしろ、最初からその発想だった。


 必要なら作る。


 なければ作る。


 足りなければ改良する。


 それが一番早い。


「とりあえず」


 私は店内をぐるりと見回した。


 高純度の魔石。


 希少金属。


 加工前の触媒。


 見たことのない魔獣素材。


 危なそうな液体。


 全部、魅力的だった。


 一つひとつ吟味するのも楽しい。


 でも――


「一通り欲しいので、全部もらってもいいですか?」


 静かに、そう言った。


 沈黙。


 ものすごく綺麗な沈黙だった。


「……はい?」


 店員さんの声が少し遠かった。


「全部?」


「全部」


「一通り?」


「一通り」


「雑」


 メルが即座に突っ込んだ。


「買い方が雑です」


「でも必要そうだし……」


「その判断が早いんです!」


 フィリアさんがついに声を上げた。


 珍しい。


 かなり珍しい。


「見ただけでですか!?」


「だって絶対あとで欲しくなる」


「未来予知みたいに言わないでください!」


 でも割と本気だった。


 こういうのは後から絶対に思う。


 ――あれ、やっぱり買っておけばよかった。


 って。


 それが一番面倒なのだ。


「予算とか!」


「あります」


「置き場所!」


「なんとかなる」


「雑!!」


 今日はやたらこの言葉を言われる。


 解せない。


「いや、でも」


 店主は腕を組みながら、面白そうにこちらを見ていた。


「嫌いじゃないな、その買い方」


「肯定された」


「職人ってのは、大体そういう雑な決断をする」


「そこを肯定しないでください!」


 フィリアさんが頭を抱えていた。


 珍しく本気で。


「だって必要なら買うだろ?」


「そうなんです!」


 思わず強く頷いた。


 ようやく分かってくれる人がいた。


 嬉しい。


 かなり嬉しい。


「味方が増えた」


「増やしてはいけない味方です」


 フィリアさんが真顔だった。


 ひどい。


 本当にひどい。


「ただし」


 店主はにやりと笑う。


「全部って言うなら、ちゃんと使いこなせよ?」


 一拍。


「素材は、持ってるだけじゃただの石だ」


「……はい」


 その言葉には、自然と背筋が伸びた。


 それは本当にそうだ。


 買うことが目的じゃない。


 使って、形にして。


 初めて意味がある。


「なら問題ない」


 私は小さく頷いた。


「全部買うなら、計算めんどくさいし――五千万ルミナでいいよ」


 あまりにも軽い口調で、とんでもない金額が告げられた。


「……はい?」


 思わず聞き返した。


 今。


 今この人、なんて言った?


「五千万」


「聞き間違いじゃなかった」


 むしろしっかり聞こえていた。


 嫌なくらい。


「安いですね!」


 ミストルティン様がにこにこしていた。


「感覚がおかしい」


 即答だった。


 五千万である。


 家どころではない。


 屋敷が増える。


「いや、かなりまけてるぞ?」


 店主は普通に言った。


「細かく計算したら面倒だし、まとめて持ってってくれるならこっちも助かる」


「ちゃんと正規の金額支払いますし、待つので……」


「いや、計算面倒くさいし、一番高い物でも三千万ルミナくらいだし、まとめて五千万ルミナでいいよ」


「待って」


 私はぴたりと止まった。


「それ、値引きじゃなくて大赤字覚悟ですよね!?」


「細かいことは気にするな」


「ものすごく気にします」


 むしろそこを気にしない方が怖い。


「全部合わせて細かく計算するのが面倒なんだよ」


 店主はあっさりと言う。


「一個ずつ見て、在庫確認して……そういうの全部ひっくるめて五千万。こっちは楽、お嬢さんも楽。平和だろ?」


「雑」


 かなり雑だった。


 でも妙に説得力があるのが困る。


「ちなみに、ちゃんと計算すればもっと金額するだろうから、かなりお得だと思うよ?」


「……え?」


 私は一瞬、思考が止まった。


「待ってください」


 一拍。


「さっき“一番高い物でも三千万”って言いましたよね?」


「言ったな」


「それで全部まとめて五千万?」


「そうだな」


「それで“もっと金額する”?」


「する」


「情報が整理できない」


 頭が追いつかない。


 かなり追いつかない。


「一番高い物が三千万ってだけだ」


 店主は普通に言った。


「他にも高い素材はいくらでもある。希少金属、上級魔石、特殊触媒、保存処理済みの魔獣素材……全部足したら普通にもっといく」


「ですよね!?」


 思わず大きな声が出た。


「なんで先にそっちを言わないんですか!」


「細かい説明は面倒だから」


「全部そこなんですね!?」


 雑だった。


 とても雑だった。


 でもこの人、本気でそう思っている。


 それが分かるから余計に困る。


「五千万で持っていくなら、こっちとしては在庫整理もできる」


 一拍。


「だから十分安い」


「商売が豪快すぎる……」


 思わず本音が漏れた。


 かなり豪快だった。


 普通、こんな決め方はしない。


 絶対にしない。


「とにかく五千万ルミナでいいから!」


 店主は半ば押し切るように言った。


「細かい計算始めたら、今日は店閉めるまで終わらん」


「それは困りますね」


 フィリアさんが、にこやかに頷いた。


「では、五千万ルミナでお願いします」


「待って」


 私はぴたりと止まった。


「なんでフィリアさんが即決したの?」


「これ以上続けると、もっと増えそうなので」


「否定できない」


 ものすごく否定できなかった。


 このまま話していたら、


 気づいた時には七千万くらいになっていてもおかしくない。


「それに」


 フィリアさんは静かに続ける。


「これ以上エレノア様に『ちゃんと払います』と言わせると、たぶん本当に倍くらい出しかねません」


「信頼がない」


「あります」


 一拍。


「その方向での信頼が」


「嬉しくない」


 全然嬉しくなかった。


「よし、決まりだな」


 店主は満足そうに頷いた。


「毎度あり」


 あまりにも早かった。


 こうして、私の魔道具素材一式は。


 とんでもなく雑な流れで、購入が決定した。


「……なんか今日、一番まともな買い物した気がする」


 ぽつりと呟く。


 宝石店では巨大なアメジスト。


 服飾雑貨店では精神的敗北。


 そして魔道具店では素材一式。


 比較対象がおかしい気はするけれど、実用性だけで言えばたぶん間違っていない。


「まともではありません」


 フィリアさんが即答した。


「え?」


「本日一番危険です」


「なんで」


「自覚なく5000万ルミナを使ったからです」


「……否定できない」


 悔しい。


 すごく悔しい。


 でも、まだだ。


 私は静かに小さく頷く。


「これで、だいぶ減ったよね?」


 一瞬。


 フィリアさんが、にこりと笑った。


 その笑顔が、ものすごく嫌な予感しかしない。


「はい」


 一拍。


「あと6000万ルミナですね」


「……はい?」


 思考が止まった。


「待って」


 私はぴたりと固まる。


「まだそんなにあるの?」


「あります」


 即答だった。


「本日の消費を含めても、まだ余裕であります」


「なんで」


「日頃の積み重ねです」


「そんな家計簿みたいな言い方しないで」


 全然可愛くない。


 むしろ恐怖しかない。


「ちなみに」


 フィリアさんは穏やかに続ける。


「この調子だと、来月にはまた増えます」


「やめて」


「売上は順調ですので」


「やめて」


「王城案件もありますので」


「本当にやめて」


 逃げたかった。


 かなり逃げたかった。


 でも現実は逃がしてくれない。


「……どうしよう」


 心の底から呟いた。


 大金を使ったはずなのに。


 全然、安心感がない。


 むしろ問題が増えている気がする。


「頑張ってください」


 メルが優しく言った。


「他人事」


 即答だった。


 本当に。


 お金って、使う方が難しいんだなと思った。

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