表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
[毎日更新中]転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第二章 アトリエ開業編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

144/148

126話 研究費投入、それでも余る③

 昼食を終えたあと――


 私はまだ、静かに現実を受け止めきれていなかった。


「二十五万ルミナ……」


 ぼそり、と呟く。


 昼食である。


 昼食だったはずである。


豪遊したと言われる10万ルミナの2倍以上の金額が昼食だけで使われたという事実ーー


 怖い。


 高級店、怖い。


「まだ始まったばかりですよ?」


 向かいで、フィリアさんが営業用完璧笑顔を浮かべていた。


「やめて」


 即答だった。


 まだ。


 まだ買い物本番は始まっていない。


 むしろ今までのは前哨戦だったらしい。


 そんな事実、知りたくなかった。


「次はどこ行くの?」


 ミストルティン様は完全に遠足気分だった。


 楽しそうでなによりです。


 本当に。


「まずは宝飾店ですね」


 フィリアさんが手帳を確認しながら答える。


「服飾雑貨もですが、先に装飾品を見た方が早いかと」


「宝飾店」


 その単語だけで胃が痛い。


 絶対に高い。


 間違いなく高い。


 むしろ安い要素が一つもない。


「エレノア様、アクセサリーとか全然持ってませんよね?」


 メルが不思議そうに首を傾げる。


「持ってるには持ってるよ?」


「自分で買ったものは?」


「……ないかもしれない」


「でしょうね」


 即答だった。


 最近みんな、そこに一切の迷いがない。


 ひどい。


「だって増えるんだもん」


「増えるって言い方」 


 リリアが小さく笑う。


「でも本当にそうなんですよね」


「そうなの」


 気づいたら増えている。


 しかも高そう。


 そして似合う。


 怖い。


「今回はちゃんとご自身で選んでいただきます」


 フィリアさんがきっぱりと言う。


「拒否権は?」


「ありません」


「知ってた」


 最近その返答にも慣れてきた。


 慣れたくなかった。


「安心してください」


「その前置きで安心できたことがない」


「一流のお店です」


「ほら怖い」


 安心材料が消えた。


「王都でも格式の高い、貴族御用達のお店です」


「やめて」


 完全に逃げたい。


 でも逃げられない。


 護衛までいる。


 物理的にも無理だった。


 そうして馬車は、王都の中心部――貴族街にほど近い通りへと入っていく。


 石畳は綺麗に整えられ。


 歩く人たちの服装まで、なんだか高そうだった。


 明らかに空気が違う。


「場違い感がすごい」


「伯爵様が何を言ってるんですか」


 フィリアさんが即座に返す。


「むしろ一番自然です」


「納得したくない」


 本当に。


 心の底から。


 やがて、馬車がゆっくりと止まった。


 窓の外を見る。


「……」


 私は無言になった。


「どうしました?」


「いや」


 一拍。


「店って、こんなに光るもの?」


 目の前にあったのは、もはや宝石店ではなかった。


 外装が金色に輝いている。


 いや、本当に輝いている。


 日差しを反射して、普通に眩しい。


 店先のショーウィンドには、マネキンのようなものが並び――


 そこには、これでもかというほど複数の宝石を使ったアクセサリーが飾られていた。


 首元には大粒の宝石が連なったネックレス。


 耳元には揺れる宝石のピアス。


 腕には細工の細かいブレスレット。


 指先には、見るからに高そうな指輪。


 なんなら一体分で家が建ちそうだった。


「なんか成金がすごいんだけど……」


 思わず本音が漏れた。


 いや、すごい。


 すごくすごい。


 語彙が死ぬくらいにはすごい。


 隣でメルが、きらきらした目で見上げている。


「わあ……すごい……」


「メルの目まで輝いてる」


「だって綺麗です!」


 それは否定できない。


 綺麗なのは本当にそうだ。


 ただ、綺麗と怖いが両立しているだけで。


 主に値段的な意味で。


「王都でも特に格式の高いお店ですからね」


 フィリアさんは、まるで当然のように言った。


「貴族街で長く続いている老舗です」


「老舗ってこういう感じなんだ……」


 私の知ってる老舗と違う。


 もっとこう、落ち着いた感じでは?


 なんでこんなに光るの。


「分かりやすくていいじゃない!」


 ミストルティン様は楽しそうだった。


「高いものがあるって一目で分かるよ!」


「そこを分かりやすくしなくていい」


 むしろ隠してほしい。


 心の準備というものがある。


「エレノア様」


 フィリアさんが、にこりと微笑む。


「今日はここで“普通の貴族”になっていただきます」


「帰りたい」


「だめです」


 即答だった。


 知ってた。


 でも言いたかった。


 魂の叫びとして。


 重厚な扉をくぐった瞬間――


 空気が変わった。


 静かだ。


 やけに静かだ。


 外の眩しさとは違って、店内は落ち着いた高級感に満ちていた。


 床は磨き上げられた大理石。


 照明は柔らかく、それでいて展示されている宝石だけが綺麗に輝くよう計算されている。


 なるほど。


 外が成金で、中が本物だ。


「怖い」


 思わず本音が漏れた。


「今さらです」


 フィリアさんは涼しい顔だった。


 その時。


 奥から、上品な身なりの女性が静かに歩いてくる。


 年齢は三十代後半くらいだろうか。


 動き一つひとつに無駄がなく、いかにも“できる人”という雰囲気だった。


「ようこそお越しくださいました、セレスティア伯爵様」


 綺麗な礼。


 すごく綺麗。


 優雅ってこういうことなんだなと思った。


「当店の責任者を務めております」


「また責任者直々」


 最近そういうの多くない?


 私、そんなに大物じゃないんだけど。


 いや、言っても信じてもらえないけど。


「本日はごゆっくりご覧くださいませ」


「ありがとうございます……」


 自然と背筋が伸びる。


 この人、圧があるわけじゃないのに緊張する。


 すごい。


 これが本物の接客か。


「ではまず、こちらの新作を――」


「わあ!」


 リリアとメルが一瞬で吸い寄せられた。


 早い。


 ものすごく早い。


「可愛い……!」


「すごいです……!」


 完全に女子だった。


 いや、女子なんだけど。


 すごく楽しそうでなによりです。


「エレノア様はこちらを」


 フィリアさんが私を別方向へ誘導する。


「逃げ道を塞がないで」


「ちゃんと選んでいただきます」


「知ってた」


 でも。


 並ぶネックレスも。


 指輪も。


 耳飾りも。


 綺麗なのは分かる。


 すごく分かる。


 でも――


「……欲しいかって言われると、そこまでではないんだよね」


 ぽつりと呟く。


 もちろん嫌いじゃない。


 綺麗だと思う。


 でも、絶対に欲しいかと言われると違う。


 毎日調合して。


 研究して。


 その方がずっと楽しい。


「でしょうね」


 フィリアさんは即答だった。


 ひどい。


 でも否定できない。


 そのまま、なんとなく視線をずらした時だった。


「……あ」


 思わず足が止まる。


 店の奥。


 アクセサリーではなく、装飾品の区画。


 そこに――


 圧倒的な存在感を放つものがあった。


 巨大な、紫色の結晶。


 深い紫。


 中心に向かってきらきらと輝く無数の結晶。


 外側は荒々しい岩肌のままなのに、中だけがまるで別世界みたいに美しい。


 自然が作ったとは思えないほど綺麗だった。


「……これ」


 私は完全に吸い寄せられていた。


「アメジストの原石ですね」


 責任者の女性が静かに微笑む。


「かなり大きなものですので、王都でもそう多くは出回りません」


「すごい……」


 語彙が消えた。


 本当にすごい。


 綺麗とかそういうレベルじゃない。


 普通に欲しい。


 かなり欲しい。


 隣でミストルティン様がにこにこしていた。


「あ、これ好きでしょ?」


「好き」


 即答だった。


 珍しく一切迷いがなかった。


「すごく好き」


「知ってた!」


 なんでそんなに嬉しそうなの。


「昔イ〇ンモールで釘付けになっていたもんね」


「やめて」


 即答だった。


 なんでそんなことまで覚えているの。


 というか、忘れていてほしかった。


「すごい真剣な顔してたよ?」


 ミストルティン様は楽しそうだった。


「『これ欲しい……』って、ずーっと見てた」


「子どもの頃の話だから!」


「しかも値札見て固まってた!」


「それ以上は本当にやめて」


 思い出を丁寧に掘り返さないでほしい。


 かなり恥ずかしい。


 確かにあった。


 大きな紫色の結晶。


 綺麗で、ずっと見ていられるくらい好きだった。


 でも当然、子どものお小遣いで買えるようなものじゃなかった。


 夢が現実に殴られた瞬間だった。


「『大人になったら絶対買う!』って言ってたよね」


「……言った気がする」


 すごく言った気がする。


 なんなら本気だった。


 子ども特有の、妙に真っ直ぐな決意である。


「ちゃんと叶いそうだね!」


「規模が大きすぎる」


 もっとこう。


 小さめの可愛い置物くらいを想像していた。


 なんで今、家が建つ値段の巨大結晶を前にしているのか。


 人生って分からない。


 もっとこう。


 小さめの可愛い置物くらいを想像していた。


 なんで今、家が建つ値段の巨大結晶を前にしているのか。


 人生って分からない。


「そちらも、もしよろしければ一千万ルミナまでお値引きいたしますよ?」


 責任者の女性が、少し申し訳なさそうに微笑んだ。


「売れなくて、もう何年も置かれている品ですので……正直、かなり困っておりました」


「待って」


 私は思わず真顔になった。


「三千二百万から?」


「はい」


「一千万?」


「はい」


「下がりすぎでは?」


 もはや宝石の値段ではない。


 投げ売りである。


 すごく投げ売りである。


「大きすぎて、買われる方がほとんどいらっしゃらなくて……」


 責任者の女性は遠い目をした。


「興味を持たれても、大抵は値札を見て静かに去っていかれます」


「分かる」


 すごく分かる。


 私もさっきちょっと去りかけた。


「あと、置き場所の問題もありまして」


「それも分かる」


 普通の家には置けない。


 まず玄関を通るのかという話になる。


「ですので、ここまで本気で欲しいと言ってくださる方は、本当に久しぶりでして」


 一拍。


「できれば、きちんと大切にしてくださる方にお迎えいただきたいのです」


 その言葉に、少しだけ胸がちくりとした。


 ……それを言われると弱い。


 すごく弱い。


「でも」


 私は静かに首を振る。


「だからこそ、ちゃんと定価で買います」


「エレノア様」


 フィリアさんが頭を抱えた。


「そこは値引きを受けてください」


「嫌です」


 即答だった。


「珍しく即答」


 リリアが小さく呟く。


「いや、だって」


 私は改めてアメジストを見上げる。


 深い紫色の結晶は、静かにそこにあった。


 長い時間をかけて、自然が作ったもの。


 ここまで大きくて、ここまで綺麗で。


 それを前にして。


 安いから、で選びたくなかった。


 ――というのも、もちろん本音だけど。


 正直に言うと。


 早くお金を使って、この買い物地獄を終わらせて帰りたい。


 すごく帰りたい。


 かなり帰りたい。


 一千万でも三千二百万でも、どうせ使うならもう終わらせたい。


 その気持ちも、かなりある。


「……あと、早く消費して帰りたいです」


「本音が雑」


 メルが即座に突っ込んだ。


「隠す気あった?」


 リリアが真顔だった。


「一応あったよ!?」


「全然見えませんでした」


「そんなぁ」


 ひどい。


 かなりひどい。


 隣ではミストルティン様が楽しそうに笑っている。


「うんうん、エレノアらしくて安心した!」


「そこ安心するとこ?」


「するよ!」


 満面の笑みだった。


 なんでそんなに嬉しそうなの。


「でも」


 私は小さく肩をすくめる。


「欲しいのは本当だから」


 一拍。


「だったらちゃんと買いたい」


 それは、ちゃんと本音だった。


 安いから買うんじゃなくて。


 欲しいから買う。


 その方が、なんとなく気持ちがいい。


「……やっぱり素敵なお考えですね」


 責任者の女性が、少しだけ目を細めて微笑む。


「いえ、半分くらいは現実逃避です」


「そこまで正直な方も珍しいです」


 フィリアさんが静かに額を押さえていた。


「ですが、定価で買うのは賛成です」


「そこは賛成なんだ」


「価値に納得して支払うのは、健全なお金の使い方ですので」


「急に商会の人になる」


「商会の人です」


 正論だった。


 最近、本当に正論でしか殴られない。


 そうして。


 私は、巨大なアメジストを購入した。


 普通なら人生でそう何度も経験しないであろう、


『巨大な鉱石を即決で買う』


 という行為を、思ったより冷静にやってしまった自分がちょっと怖い。


「では、後日きちんと屋敷までお届けいたします」


 責任者の女性が深々と頭を下げる。


「設置まで責任を持って対応させていただきますので、ご安心ください」


「設置」


 その単語で急に現実味が増した。


「本当に家に来るんだ……」


「買いましたからね?」


 フィリアさんが静かに言う。


「知ってる」


 知ってるけど。


 知ってるけど、なんかこう。


 勢いって怖い。


「楽しみですね!」


 リリアは完全にわくわくだった。


「絶対綺麗ですよ!」


「たぶん玄関の空気が変わる」


 メルが遠い目をしていた。


「もはや屋敷の新しい主みたいになりそう」


「やめて」


 否定しきれないのが怖い。


「名前つけようよ!」


 ミストルティン様が楽しそうに言う。


「つけません」


「即答!」


「そこは即答です」


 変な愛着が湧いたら困る。


 たぶん絶対困る。


 そんなこんなで宝石店を後にして――


 次にやってきたのは、王都でも有名な高級服飾雑貨店だった。


 外観からして、もう強い。


 上品。


 圧倒的に上品。


 さっきの宝石店が“金で殴ってくるタイプ”だとしたら、こっちは“気品で圧をかけてくるタイプ”だった。


「こっちの方が怖い」


「なぜですか?」


 フィリアさんが不思議そうに首を傾げる。


「なんか……失礼のないようにしないといけない感じがする」


「それは分かります」


 メルが静かに頷いた。


 珍しく完全同意だった。


「宝石店は勢いでいけましたけど、こういうお店って緊張しますよね……」


「でしょ?」


 ようやく味方がいた。


 嬉しい。


「大丈夫ですよ」


 リリアは平然としていた。


「買えば問題ありません」


「発想が強い」


 最近この家、みんな強い。


 精神的に。


 店内に入ると、綺麗に並べられたバッグ、髪飾り、手袋、香水、扇子、帽子――


 ありとあらゆる“貴族の女性が好きそうなもの”が並んでいた。


「……」


 私は無言で見渡す。


「どうですか?」


 フィリアさんが期待に満ちた目で聞いてくる。


「……」


「エレノア様?」


「……ごめん」


 一拍。


「本当に欲しいものが分からない」


 静かに白状した。


 沈黙。


 ものすごく綺麗な沈黙だった。


「え?」


 フィリアさんの声が、少しだけ遠かった。


「え?」


「いや、だって」


 私は困ったように棚を指差す。


「全部ちゃんと綺麗なんだけど」


「はい」


「欲しいかって言われると」


 一拍。


「別に……?」


「そこをなんとか!」


 フィリアさんがついに声を上げた。


 珍しい。


 かなり珍しい。


「なんでですか!?」


「だって必要ないし……」


「その思考をやめてください!」


 切実だった。


 ものすごく切実だった。


「髪飾りとか!」


「増える」


「バッグ!」


「増える」


「香水!」


「増える」


「なんで増えるんですか!?」


「私が聞きたい」


 主にミストルティン様に。


 ものすごく聞きたい。


 隣でミストルティン様がにこにこしていた。


「似合いそうだったから!」


「犯人いた」


 知ってた。


 知ってたけど改めて言われるとひどい。


「だって可愛いんだもん」


「その善意が重い」


「愛だよ!」


「重い愛なんだよ!」


 否定しないのがまた強い。


「つまり」


 フィリアさんが静かにまとめる。


「服飾雑貨も、ほぼ供給されていると」


「はい……」


「自分で欲しいと思ったことは」


「ほぼない」


「……なるほど」


 すごく頭を抱えられた。


 そんなに?


 そんなに重症?


「どうしましょう」


 フィリアさんが本気で悩んでいた。


「ここまで“欲がない”のは想定外です」


「欲はあるよ?」


「例えば?」


「高純度の魔石」


「そっちじゃないんです!」


 フィリアさんの声が、店内に綺麗に響いた。


 店員さんが一瞬だけ視線を逸らした。


 たぶん聞かなかったことにしてくれている。


 優しい。


 すごく優しい。


「もっとこう……普通の女の子らしいものを!」


「普通の女の子とは」


「そこからですか!?」


 切実だった。


 かなり切実だった。


「可愛い髪飾りとか、綺麗なバッグとか、そういうのです!」


「でも髪飾りもバッグも増えるし……」


「増えるってなんですか本当に!」


「現象」


「現象にしないでください!」


 もはや怪談みたいになっている。


 でも事実だから困る。


「じゃあ、これとかどうですか?」


 メルがそっと手に取ったのは、小さな銀細工の髪飾りだった。


 上品で、控えめで。


 確かに可愛い。


「……綺麗」


「でしょう?」


「うん」


 一拍。


「でもたぶん、気づいたら似たのが三つくらい増える」


「やめてくださいその未来予知」


 リリアが真顔だった。


「かなりありえます」


「否定して!?」


 そこは否定してほしかった。


「ではバッグは!?」


 フィリアさんが次の棚を指差す。


「この辺りは実用性もありますし!」


「うーん……」


 ちゃんと見る。


 見るけど。


 やっぱり。


「……荷物、護衛の人が持つし」


「お嬢様がすぎる」


 メルが遠い目をした。


「違うの、持たせてるわけじゃなくて、気づいたらそうなってるの」


「余計にお嬢様です」


「そんなぁ」


 理不尽だった。


 かなり理不尽だった。


「じゃあ香水!」


「匂いが強いの苦手」


「手袋!」


「増える」


「扇子!」


「使わない」


「帽子!」


「飛ぶ」


「飛ぶ!?」


「風属性の魔法訓練の時に」


「特殊すぎます!」


 完全に詰んでいた。


 お店の中を一周して。


 二周して。


 三周して。


 結果。


「……」


「……」


「……」


 誰も何も買っていなかった。


 ものすごい敗北感だった。


「こんなことあります?」


 フィリアさんが静かに天を仰いだ。


「普通、ここまで来たら何かしら買いますよね?」


「ごめん」


「謝らないでください、余計に悲しくなります」


 切実だった。


 本当に切実だった。


 私は申し訳なさで少し視線を逸らす。


「いや、本当に全部綺麗なんだけど……」


「はい」


「欲しいっていうより、“あ、綺麗だな”で終わる」


「芸術鑑賞なんですよ」


 メルがぽつりと言った。


「買い物じゃなくて」


「それだ」


 すごくしっくり来た。


 完全にそれだった。


 私は買い物ではなく展示を見ていた。


「つまり」


 フィリアさんがゆっくり結論を出す。


「宝石店では家が建つ置物を即決したのに」


「はい」


「服飾雑貨店では何一つ欲しいものがない」


「はい」


「価値観が終わってます」


「ひどくない!?」


 即座に抗議した。


 かなりひどい。


「でも否定しきれませんね」


 リリアが静かに言った。


「否定して!?」


「アメジストは即決でしたし」


「だって好きだったから!」


「服飾雑貨は?」


「うーん……」


 一拍。


「魔石の方が好き」


「終わってますね」


 メルにまで言われた。


 ひどい。


 本当にひどい。


 でも。


 誰も否定しなかった。


――その日。


王都でも有名な高級服飾雑貨店の売上は、

たぶん、ゼロだった。


なお、巨大なアメジストだけで

普通の家が何軒か建つらしい。


フィリアさんは、静かに頭を抱えていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ