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[毎日更新中]転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第二章 アトリエ開業編

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125話 研究費投入、それでも余る②

 翌日――昼前。


 私は、静かに現実から目を逸らしていた。


「エレノア様」


「聞こえません」


「まだ何も言ってません」


「でも絶対ろくなことじゃない」


 即答だった。


 朝からずっと、嫌な予感しかしない。


 なにせ今日は――


 お買い物の日である。


 しかもただのお買い物ではない。


 フィリアさん主導による、資産消費計画付きのお買い物。


 逃げ道はない。


 昨日、あれだけ約束させられたのだから当然である。


 書斎の机に突っ伏したまま、私は小さくため息を吐いた。


「まだ諦めてなかったんですか……」


 少し呆れたように、メルが紅茶を置く。


「諦めたくないの」


「お気持ちは分かります」


「分かってくれるの!?」


「でも私は普通に楽しみです」


「裏切りだ」


 即座に切り捨てられた。


 ひどい。


 かなりひどい。


「だって王都でお買い物ですよ?

美味しいお店にも寄れますし」

「そこはちょっと魅力的」


「昼食も外で食べる予定です」


 フィリアさんが、完璧な営業用笑顔で追撃してくる。


「王都でも評判のお店を予約してあります」


「用意がいい」


「当然です」


 逃がす気が一切ない。


 知ってた。


 昨日の時点で知ってたけど。


「ちなみに」


 フィリアさんは、にこりと微笑んだ。


「昼食のあと、そのまま服飾雑貨、調度品、魔道具素材まで回ります」


「長い」


「はい」


「肯定しないで」


 せめて否定してほしかった。


 希望くらい持たせてほしい。


「まあでも、魔道具素材はちょっと気になりますね」


 メルがそう言うと、私はぴくりと反応した。


「……そこは気になる」


「やっぱり」


「高純度の魔石とか、希少触媒とか、王都の専門区画じゃないと見られないものも多いですし」


「そうなんですよね……」


 つい、真面目に返してしまう。


 危ない。


 うっかり乗せられかけた。


「ほら」


 フィリアさんがすかさず言う。


「楽しみになってきたでしょう?」


「そこだけは」


「十分です」


 よくない。


 この人、本当に隙を逃さない。


 そんなやり取りをしていると、扉が控えめにノックされた。


 コンコン。


「どうぞ」


 声をかけると、静かに扉が開く。


 入ってきたのはリリア――


 いつもの明るい雰囲気ではなく、きちんと背筋を伸ばした“仕事モード”だった。


 さすがにメイド姿だと雰囲気が違う。


「失礼いたします」


 一礼してから、リリアは真っ直ぐこちらを見る。


「エレノア様、本日の外出ですが――」


 一拍。


「私も同行させていただきます」


「お願いじゃなくて報告なんだ」


 思わず素で返してしまった。


 ものすごく自然に決定事項として入ってきた。


「いいけど、なんでリリアも来るの?」


「食材の買い出しもあるので、ついでですね」


「ついで」


 思ったより現実的な理由だった。


 もっとこう、可愛いお店がどうとか、美味しいものがどうとか、そういう感じかと思っていた。


「本日は昼食も外で済ませる予定ですし、そのまま王都で必要な物をまとめて揃えた方が効率的です」


 きっちりしている。


 すごくきっちりしている。


 完全に仕事モードだった。


「……なるほど」


 普通に正論だった。


 反論の余地がない。


「あと」


 一拍。


「美味しいものも食べたいです」


「やっぱりそっちが本音じゃない」


「半分くらいは」


「半分もあるんだ」


 かなりあった。


 でも、ちょっと安心した。


 やっぱりリリアはこうであってほしい。


「それに」


 リリアは少しだけ頬を緩める。


「王都の新しいお菓子屋さん、最近かなり評判らしいので」


「しっかり調べてる」


「抜かりありません」


 誇らしげだった。


 そこ誇るところなのかな。


 たぶん違う。


「じゃあもう最初からそれが目的でいいのでは?」


「違います」


「即否定」


「ちゃんと仕事です」


「説得力が微妙」


 でもまあ、買い出しも本当なのだろう。


 たぶん。


 きっと。


「もちろん構いませんよ」


 フィリアさんがにこやかに頷いた。


「むしろ賑やかな方が楽しいですし」


「ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げるリリア。


 やっぱり仕事モードの時は、ちゃんとメイドだ。


 普段との温度差がすごい。


 元気な時との差が激しい。


 その辺りも含めて、すっかりこの家の一員なのだと思う。


 私はふと、部屋の隅で書類を整理していたカイルへ視線を向けた。


「……カイル」


「嫌です」


「まだ何も言ってない」


 早い。


 拒否があまりにも早い。


「大体予想がつきますので」


「一緒に来て」


「嫌です」


「せめて一拍置いて」


 即答だった。


 ひどい。


 かなりひどい。


「なんでですか」


「本日はアトリエで指導があります」


 淡々と返される。


「エリシア様はともかく、リナさんとセレナさんはまだまだですし……」


 一拍。


「リオルは魔力の流し方を根本から直さないといけないので」


「ああ……」


 それは来られない。


 普通に来られないやつだった。


 むしろ来られたら困る。


「リオル、そんなにひどいの?」


「ひどいというより、癖が強いですね」


 カイルは少しだけ難しい顔をした。


「感覚で押し切るタイプなので、基礎がかなり雑です」


「言い方」


「事実です」


 最近みんな、その一言で殴ってくる。


 精神的に。


「本人の才能は高いんですが、その分変なところで自己流になっているので」


「直すの大変そう」


「かなり」


 即答だった。


 うん。


 知ってた。


「エリシア様は教えるというより確認ですね」


「エリシアは呑み込みが早いよね」


「はい。ほぼ完成しています」


 でしょうね。


 あの人に関しては、もはや安心感しかない。


「ですが、リナさんとセレナさんはそうもいきません」


「うん」


「特にセレナさんは勢いでなんとかしようとします」


「すごく分かる」


 想像できすぎて困る。


「リナさんは慎重すぎて逆に遅いです」


「それも分かる」


 全員、すごく分かる。


 だからこそ、余計に大変そうだった。


「なので」


 カイルはさらりと言った。


「私は平和な方に残ります」


「買い物が戦場みたいに言わないで」


「違うんですか?」


「否定しきれないのが悔しい」


 たぶん今日は普通に戦いである。


 主に私の精神が。


 たぶん今日は普通に戦いである。


 主に私の精神が。


 そうして、私が遠い目をしていると――


 ばたん、と勢いよく扉が開いた。


「エレノアー!」


 聞き慣れた、明るすぎる声。


 振り返るまでもない。


「迎えに来たよ!」


「知ってた」


 そこにいたのは、満面の笑みのミストルティン様だった。


 ものすごく楽しそうである。


 なんでそんなに元気なの。


 本当に。


「今日は王都でお買い物なんでしょ?」


「はい……」


「楽しみだね!」


「ミストルティン様だけが」


 私は静かにため息を吐いた。


 この人は完全に遠足気分である。


 たぶん私の精神的疲労とか一切考えていない。


 いや、考えてはいるけど気にしていない。


 たぶん。


「もちろん私も行くからね!」


「でしょうね」


 もはや確認するまでもなかった。


 むしろ来ない選択肢があるのか疑わしい。


「だってエレノアが自分から買い物に行くなんて、すごく珍しいし!」


「見物みたいに言わないで」


「記念日だよ!」


「やめて」


 本当にやめてほしい。


 なんの記念なのか分からない。


 すると、その後ろからさらに十数人の気配が入ってくる。


 重い足音。


 揃った気配。


 私は嫌な予感しかしなかった。


 ゆっくり視線を向ける。


 いた。


 護衛が。


 いつもの護衛が。


 しかも。


 いつも通り、しっかり多い。


「……増えてない?」


「気のせいじゃないです」


 カイルが静かに言った。


「今日は王都中心部まで出ますので」


「増えてるんだ」


 知ってたけど。


 知ってたけど改めて言われると圧がすごい。


 そして隣でフィリアさんが、完全に固まっていた。


「……え?」


 一拍。


「これ、全員……護衛ですか?」


「はい」


 私とカイルが同時に答えた。


「全員です」


「普通ですね」


リリアが静かに言う


「普通ではありません」


 即答だった。


 しかもすごく真顔だった。


「え、待ってください」


 フィリアさんが一人ひとりを見ていく。


「王都の上級貴族でもここまで付けませんよ!?」


「そうなんだ」


「そうなんです!」


 ものすごく力強かった。


 そこまで言われるとちょっと不安になる。


「でも危ないですし」


 リリアが当然のように言う。


「普通ですよ?」


「普通じゃありません!」


 フィリアさんの胃が痛そうだった。


 気持ちは分かる。


 最近すごく分かる。


「まあまあ」


 ミストルティン様はにこにこと笑っていた。


「エレノアは大事だからね!」


「規模が大きい」


「当然だよ!」


 そこに迷いは一切なかった。


 強い。


 愛が重い。


 知ってた。


「では」


 フィリアさんが、こめかみを押さえながら深呼吸する。


「……色々言いたいことはありますが、まずは予定通り市場へ向かいましょう」


「諦めた」


「今は優先順位を考えました」


 大人だった。


 すごく大人だった。


「昼食、その後買い物、そして必要であれば魔道具専門区画ですね」


「必要であれば、で済むかな……」


「済ませます」


 強い。


 この人も強い。


 逃げ道はやっぱりなかった。


 そうして――


 私は、半ば連行されるように屋敷を出た。


 豪華な馬車に揺られながら、王都の街並みを眺める。


 昼前ということもあって、人通りはかなり多い。


 市場へ向かう商人。


 昼食へ向かう貴族たち。


 いつも通り賑やかな王都だった。


「まずは、昼食からですね」


 向かいに座るフィリアさんが、手帳を確認しながら言う。


「王国でも超一流のレストランですし、人気もありますので。それなりに消費できるかと」


「消費って言い方やめて」


 食事に使う言葉ではない。


 なんだろう。


 急に昼食が資産運用みたいになった。


「ちゃんと美味しいお店ですよ?」


「そこは疑ってない」


 むしろそこが問題だった。


 絶対に高い。


 こういう時の“超一流”は、だいたい私の胃に悪い。


「ちなみに、どのくらい?」


 恐る恐る聞くと、フィリアさんはさらりと言った。


「ランチの標準コースで、一人あたり一万ルミナ前後ですね」


「待って」


 一気に現実に引き戻された。


「昼食だよね?」


「昼食です」


「一食?」


「一食です」


「昼?」


「昼です」


 確認しても安くはならない。


 知ってる。


 知ってるけど確認したかった。


「高級店でちょっと贅沢したな……って思う金額を昼で軽く超えてるんだけど」


「それはあくまで一般的なランチです」


 一拍。


「護衛の方々はともかく、私たちはランチではありませんので」


「……はい?」


 嫌な予感しかしない。


「せっかくですし、フルコースの方がよろしいかと」


「待って」


「その方が、もっと消費できます」


「そこに全力を出さないで」


 目的がぶれている。


 いや、ぶれていないのが一番怖い。


「フィリアさん」


「はい」


「昼食って言ったよね?」


「言いました」


「フルコース?」


「はい」


「昼?」


「昼です」


 会話になっていない。


 でもこの人は本気だ。


 本気で昼からフルコースを食べる気だ。


「でも美味しいらしいですよ!」


 リリアが目を輝かせていた。


「デザートがすごいって聞きました!」


「私も行ってみたかったんです!」


 隣でメルまで嬉しそうだった。


「王都で一番って言われるくらいですし……!」


「知ってた」


 味方がいない。


 本当にいない。


「私も気になってたんだよね!」


 ミストルティン様まで楽しそうだった。


「予約もなかなか取れないんだよ!」


「逃げ道がない」


 全員が前向きすぎる。


 私だけが財布の心配をしている気がする。


 いや、財布自体は別に困らない。


 困らないのが一番困る。


「安心してください」


 フィリアさんが営業用完璧笑顔で告げた。


「護衛の皆さんの分も、もちろん含めております」


「安心できる要素が一つもない」


 むしろ悪化した。


 人数を考えてほしい。


 普通に考えてほしい。


 私は静かに窓の外を見た。


 王都の景色が、なんだか少し遠く感じた。


 馬車がゆっくりと止まる。


 窓の外に見えた建物を見て、私は静かに目を細めた。


「……待って」


 思わず口に出た。


「ここ?」


「はい」


 フィリアさんはにこやかだった。


「本日の昼食はこちらです」


「城じゃない?」


「レストランです」


「城だよ」


 誰がどう見ても城だった。


 門がある。


 噴水がある。


 庭が広い。


 なんで食事する場所に庭が必要なんですか。


 意味が分からない。


「エレノア」


 ミストルティン様が、ぽんと肩を叩く。


「諦めよう」


「味方だと思ってたのに」


「美味しいから!」


「だからそこじゃない!」


 そして当然のように、護衛たちも一緒に降りる。


 ぞろぞろ。


 普通に多い。


 やっぱり多い。


 店の前に立っていた案内係の人が、一瞬だけ表情を固めたのを私は見逃さなかった。


 分かる。


 私でも固まる。


 ――が。


 次の瞬間。


 店の奥から、きっちりとした身なりの男性が足早に出てきた。


 年配の、いかにも“できる人”という雰囲気。


 そしてその人は、私の前で深々と頭を下げた。


「ようこそお越しくださいました、セレスティア伯爵様」


「えっ」


 思わず変な声が出た。


「当店支配人を務めております」


 さらに丁寧なお辞儀。


 待って。


 支配人直々。


 なんで。


「本日はセレスティア伯爵様がいらっしゃるとのことでしたので」


 一拍。


「店内は貸し切りにしております」


「待って」


 思わず真顔になった。


「なんで?」


「なんでと言われましても」


 支配人は穏やかに微笑んだ。


「当然かと」


「当然じゃない」


 全然当然じゃない。


 むしろ怖い。


 すごく怖い。


「他のお客様に気を遣わせるわけにはいきませんし」


「私が一番気を遣ってるんだけど」


 本当に。


 誰よりも。


 ミストルティン様は隣で楽しそうに笑っていた。


「すごいね!」


「他人事みたいに言わないで」


「だって面白いし!」


「楽しんでるよね!?」


 完全に。


 すごく完全に。


「では、こちらへ」


 支配人に案内され、店内へ入る。


 中も、やっぱり城だった。


 いや、城以上かもしれない。


 天井が高い。


 装飾が豪華。


 床が光ってる。


 怖い。


 本当に怖い。


 そして席に着いたあと――


「護衛の皆様にも、同じフルコースをご用意しております」


 支配人が当然のように告げた。


 護衛の一人が、静かに一歩前に出る。


「お気遣い感謝いたします」


 一拍。


「ですが、任務中に満腹では動きが鈍りますので」


「いや、でもせっかくだし食べてください!」


 思わず身を乗り出した。


「こんな機会そうそうないですよ!?」


 というか。


 せっかくならちゃんと食べてほしい。


 ここまで来て軽食はもったいない。


「軽食のみで十分です」


「押し切られた」


 強い。


 ものすごく強い。


「本当に大丈夫ですので」


「プロだ……」


 思わず呟いた。


 私なら絶対食べてた。


 任務とか関係なく食べてた。


「彼らは本物ですからね」


 フィリアさんが静かに言う。


「知ってる」


 知ってるけど改めて圧がある。


 そうして始まった昼食は――


 想像以上だった。


 前菜。


 意味が分からないくらい綺麗。


 スープ。


 器からして高そう。


 魚料理。


 なんか芸術作品みたい。


 肉料理。


 もう意味が分からない。


 デザート。


 リリアとメルの目が完全に輝いていた。


「すごい……!」


「これ、本当に食べていいんですか……!?」


「たぶん」


 私も同じ気持ちだった。


 食べるのがもったいない。


 主に値段的な意味で。


「美味しいね!」


 ミストルティン様は完全に楽しんでいた。


「うん……」


 悔しいけど。


 ものすごく美味しい。


 悔しい。


 すごく悔しい。


 そして。


 昼食を終えたあと。


 私は静かに伝票を見つめていた。


「……」


 無言。


 完全に無言だった。


「エレノア様?」


 フィリアさんが穏やかに声をかける。


「……これ」


「はい」


「昼食だよね?」


「はい」


「貸し切りだったけど?」


「はい」


「それでも」


 一拍。


「二十五万ルミナって何?」


 静かに問いかけた。


 本当に。


 何。


 普通に豪遊した日の十万ルミナを、倍以上で踏み抜いていた。


 昼食で。


 一食で。


 軽やかに。


「大丈夫です!」


 ミストルティン様は満面の笑みだった。


「美味しかったでしょ!」


「美味しかったけどそういう問題じゃない」


 すごく美味しかった。


 悔しいくらい美味しかった。


 だから余計に反論しづらい。


「ちなみにデザート追加分は私とメルです!」


 リリアが元気よく手を挙げた。


「私も……つい……」


 メルが小さく手を上げる。


「知ってた」


 そこはもう予想していた。


 むしろ安心した。


「ほら」


 フィリアさんがにこりと笑う。


「ちゃんと使えましたね?」


「昼食で達成感を得たくない」


 私は静かに机に突っ伏した。


 まだ。


 まだ買い物は始まってすらいない。


(……気のせいかな。もう胃が痛い)


 豪華絢爛なレストランの中心で。


 一人だけ、未来に絶望していた。

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