124話 研究費投入、それでも余る①
今日はこどもの日!!
うちには子供いないけど鯉のぼりケーキでも買って食べようかしら?
例えばの話をしよう――
月の収入が、1000万ルミナあったとする。
そのうち4割は、屋敷で働く人たちの給与。
食費。
維持費。
その他もろもろの支払いに消える。
ここまでは普通だ。
問題はその先。
残った6割。
そのうち、さらに2割を使えと言われた場合――
200万ルミナ。
「……いや、無理では?」
思わず、素で口に出た。
王都の物価は、一般的に1日3000ルミナもあれば十分だ。
普通に遊んで。
ちゃんと美味しいものを食べて。
それでも足りる。
なのに。
200万。
月に。
使え。
「どうやって?」
目の前の帳簿を見つめながら、私は真顔で呟いた。
隣では、フィリアさんがにこやかに微笑んでいる。
逃げ場はない。
……なお。
これはあくまで“例えば”の話である。
実際の金額は、こんな可愛いものではない。
むしろ。
この何十倍もある。
「エレノア様」
フィリアさんが、いつもの営業用完璧笑顔で告げる。
「今月、あと1億4000万ルミナほど使えます」
「使えます、じゃないんですよ」
使わなければいけない。
そこが問題なのだ。
1億4000万。
個人が。
毎月。
使う金額ではない。
「普通の人はそこまで使いません」
「エレノア様は普通ではありませんので」
「否定が早い」
しかも即答だった。
傷つく。
地味に傷つく。
「大体にして、王都で“今日は豪遊したな……”って言われる金額ですら10万ルミナくらいなのに、どう使えと!?」
思わず机を叩きたくなる。
いや、叩かないけど。
気持ちとしてはかなり叩きたい。
10万ルミナ。
十分高い。
高級店で食事をして。
服を買って。
ちょっと贅沢して。
それでようやく“使ったな”と思える額だ。
それなのに。
私が今、使えと言われている金額は。
その十倍どころではない。
百倍以上である。
「毎日豪遊しても全然足りないんだけど!?」
「では毎日豪遊してください」
「嫌です」
即答だった。
まず疲れる。
あと落ち着かない。
何より、その時間があったら調合したい。
「エレノア様はまず“自分のために使う”という発想が欠けています」
フィリアさんが、教師みたいな顔で言う。
「だって必要ないし……」
「必要です」
「圧が強い」
今日ずっと強い。
むしろ日に日に強くなっている気がする。
「いいですか、エレノア様!」
そう言うと、フィリアさんは書斎のメモ用紙になにかをスラスラと書き始めた。
嫌な予感しかしない。
「セレディア王国の年間国家予算が、大体400億ルミナ前後とされています」
「うん」
いきなり話が大きい。
というか、なんで国家予算の話になったのか。
嫌な予感しかしない。
「対して、エレノア様の年間収入は」
一拍。
「このままいくと約36億ルミナです」
「やめて」
聞きたくなかった。
すごく聞きたくなかった。
数字にされると急に現実味が出る。
「つまり」
フィリアさんは、にこりと笑った。
「国家予算の約1割を個人で保有している計算になります」
「やめてって言ったよね!?」
声が大きくなった。
仕方ないと思う。
誰だってそうなる。
「普通の貴族ではありません」
「知ってたけど!」
「なので、普通の人の感覚でお金を使おうとしないでください」
「そこ!?」
結論そこ!?
いや、そこなんだけど!
「むしろ使わない方が問題です」
ずいっと紙を突きつけられる。
「資産が眠っているだけでは、経済が回りません」
「急に商会の人っぽいこと言い始めた」
「商会の人です」
正論だった。
「それに収入はどんどん増えて行ってます!
このままでは国が終わります!」
「規模が大きすぎるの!」
思わず叫んだ。
なんで私のお金の使い道の話が、国家存亡の危機みたいになっているのか。
意味が分からない。
「そんな簡単に終わりませんよね!? 普通!」
「普通の規模なら終わりません」
フィリアさんは真顔だった。
「ですが、エレノア様は普通ではありません」
「またそれ!」
最近その言葉で殴られすぎている。
精神的に。
「例えば、です」
フィリアさんはさらさらと追加で数字を書いていく。
「王城納品分」
「週4500万ルミナ」
「コルヴァン伯爵領からの依頼分」
「月2500万ルミナ」
「アトリエと店舗売上」
「平均して月2億前後」
「やめて、改めて見ると怖い」
本当に怖い。
数字が暴力である。
「しかもこれは、まだ増える前提です」
「やめて」
「冒険者ギルド経由の補填金もあります」
「やめてって言ってる」
聞けば聞くほど胃が痛い。
「つまり」
一拍。
「放置すると、本当に資産だけが増え続けます」
「……はい」
「なので」
フィリアさんは、びしっと私を指差した。
「使ってください」
「雑!」
結論が雑だった。
「もっとこう……あるでしょ!? 貴族らしく舞踏会とか宝石とか!」
「興味ありますよね!?」
「ありません」
「でしょうね!」
「それはそれでひどくない!?」
フィリアさんに抗議をするが一切ひるまなかった。
「大体にしてお洋服とかどうしているんですか!?
エレノア様の年齢ですとお洋服とかそういうのに興味をもつ年齢ですよね!?」
「お洋服とかは......ミストルティン様たちが勝手に買ってくるからそれを着るくらいで買ったことはほぼないかな......」
フィリアさんの動きが止まった。
「……はい?」
一拍。
「今、なんと?」
「お洋服は、ミストルティン様たちが勝手に買ってきます」
「勝手に」
「はい」
「買ってくる」
「はい」
確認しても事実は変わらない。
横でカイルが静かに頷いた。
「事実です」
「補強しないで」
むしろ弱めてほしい。
フィリアさんは、すごく遠い目をした。
「つまり……ご自身で服を選んだ経験がほぼない、と」
「たぶん、ないです」
「靴は?」
「気づいたら増えてます」
「装飾品は?」
切実だった。
最初の頃なんて、本気で怪奇現象かと思った。
昨日までなかった服が。
翌朝には当然のように並んでいる。
しかも高そう。
すごく高そう。
「誰が置いたのか聞いたら」
一拍。
「『似合うと思ったから』って」
「怖いですね」
「でしょ!?」
即答してくれた。
そこは本当に嬉しい。
ようやく共感してもらえた。
「しかも拒否権がないんだよ?」
「拒否権」
「『着ないの?』って、すごく悲しそうな顔される」
「……なるほど」
フィリアさんが静かに頷く。
「それは着ますね」
「着るしかない」
あれは無理だ。
罪悪感がすごい。
主にミストルティン様が。
すごくしょんぼりする。
「つまり」
フィリアさんが整理するように言う。
「ご自身の意思で買ったわけではなく、周囲から供給され続けていると」
「はい」
「しかも高品質なものが」
「はい」
「無限に」
「はい……」
だんだん自分でもおかしい気がしてきた。
いや、前から思っていたけど。
「……それ、かなり特殊な環境ですね」
「知ってる」
知ってる。
ものすごく知ってる。
普通じゃないことくらい。
「アメリア様やメルさんと買い物に行くとかもないんですか......?」
「その二人もミストルティン様たちが勝手に買ってきたものを着ています......」
「…………」
また無言になった。
その沈黙、今日何回目だろう。
そろそろ数えたくなってきた。
「え、なにその反応」
「想像以上でした」
「やめて」
地味に傷つく。
本当に。
「つまり、この屋敷の女性陣は」
フィリアさんが冷静に整理を始める。
「自分で服を買う文化が、ほぼ存在しないと」
「たぶんそう」
「供給元は」
「主にミストルティン様」
「たまにパルシア様」
「時々ソフィア様」
「増える頻度は」
「気づいたら」
「雑すぎません?」
「本当にそうなの!」
説明しようがない。
ある日突然増えているのだ。
理屈とかではない。
現象である。
「しかも」
私は遠い目をした。
「全員、妙に見る目がいいんだよね……」
「似合うものしか来ない?」
「そう」
そこが一番怖い。
なんで分かるのか。
本当に分からない。
「じゃあ試着とかも……」
「した記憶がほぼない」
「サイズ確認は」
「たぶん目測」
「怖いですね」
「でしょ!?」
やっぱり怖いよね!?
そこだけは本当に共感してほしかった。
「朝起きたら服が増えてる生活、普通にホラーなんだよ」
「しかも高確率で似合う」
「そこがまた怖い」
完全に善意なのが余計に断れない。
ありがたい。
すごくありがたい。
でも怖い。
「……分かりました」
フィリアさんが、何かを決意した顔で頷いた。
嫌な予感しかしない。
「この際お洋服は諦めるとして他の物で消費しましょう!」
「諦めるんだ」
ちょっと安心した。
正直、強制買い物大会はかなり精神的にきつい。
主に人混みが。
「お洋服はもう文化が違いすぎますので」
「文化って言われた」
「屋敷の仕様です」
否定できない。
悔しいけど否定できない。
「そのかわり服飾雑貨や調度品を明日買いに行きましょう!」
「嫌です」
即答だった。
フィリアさんは微笑んだまま、ぴくりとも動かない。
「なぜですか?」
「絶対長い」
「長いですね」
「ほら!」
やっぱりだった。
服飾雑貨、調度品。
その時点で、もう半日は消える未来しか見えない。
「そんな、1億以上のお金を使い切るのに何日かかるか分からないですよね!?」
思わず身を乗り出して訴える。
これはかなり重要な問題だ。
一日二日で終わる話ではない。
絶対に。
「場合によっては一ヶ月ずっと買い物ですよ!?」
「はい!?」
「はい」
肯定された。
そんな迷いなく!?
「必要であれば」
フィリアさんは平然としていた。
「一ヶ月でも二ヶ月でも使い切るまで続けます」
「鬼だ……」
「資産管理です」
「もっと優しい言い方して」
管理とか運用とか、そういう単語の圧が強い。
「しかも毎月です」
「追撃しないで」
知ってる。
知ってるけど改めて言われると精神にくる。
今月だけじゃない。
来月も。
その次も。
ずっと。
「これでも大分譲歩してますからね!?
本当だったら7割から8割が理想ですからね!?」
「やめて」
即答だった。
今すぐその情報をなかったことにしたい。
「聞かなかったことにしたい」
「できません」
「ですよね」
知ってた。
知ってたけど、希望は持ちたかった。
「7割から8割って何」
「理想的な再投資率です」
「言い方が完全に商会」
「商会です」
正論で殴らないでほしい。
「つまり、本来なら」
フィリアさんは淡々と続ける。
「年間36億ルミナのうち、25億ルミナ前後は使っていただきたいところです」
「国家予算の話に戻らないで」
心が死ぬ。
普通に死ぬ。
25億って何。
国でも作るの?
「だったらもう国中の孤児院にでも寄付して解決でいいよね!?」
「はぁ......」
その答えにため息をはくフィリア様ーー
「エレノア様が前回寄付した金額5億3000万ルミナ......」
「はい……?」
なんでそこで正確な金額が出てくるの。
怖い。
すごく怖い。
「孤児院への寄付としては、控えめに言って異常です」
「控えめなんだ……」
「かなり控えめです」
逃げ道がなかった。
フィリアさんは淡々と続ける。
「王都の一般的な孤児院、一施設あたりの年間運営費は多くて300万〜500万ルミナ前後」
「うん」
「つまり、エレノア様が前回寄付した5億3000万ルミナで」
一拍。
「単純計算、100以上の孤児院が一年以上運営できます」
「やめて」
急に罪の重さが増した。
そんなつもりじゃなかった。
いや、助けたかったのは本当だけど。
数字にされると怖い。
「ちなみに」
フィリアさんは容赦がなかった。
「それを“まあ、このくらいなら”みたいな感じで出したって聞いてます」
「......」
「これ以上の寄付は寄付ではなくお金の暴力です!」
「ぐっ……」
痛い。
言葉が、ものすごく痛い。
反論できないのがさらに痛い。
「暴力って」
「暴力です」
即答だった。
「金額が大きすぎると、善意でも相手を壊します」
フィリアさんの声音は、珍しくかなり真剣だった。
「運営規模に見合わない資金は、管理を崩し、人を狂わせます」
「……はい」
「周囲の目も変わります」
「はい……」
「最悪、守るための寄付が争いの種になります」
あまりにも正論すぎる言葉に撃沈した。
「大体にして市民や他の貴族からセレスティア伯爵家のことを何て言われているかご存じですか?」
「……あんまり聞きたくないんだけど」
嫌な予感しかしない。
こういう時の質問は、大体ろくでもない。
フィリアさんは、そんな私の心情など気にせず淡々と続けた。
「まず一つ」
指を一本立てる。
「意味が分からないくらい金がある」
「ひどくない?」
「事実です」
即答だった。
反論できないのが悔しい。
「二つ目」
もう一本。
「社交界に姿を現さない謎多き女伯爵」
「待って」
思わず顔を上げた。
「女伯爵?」
「はい」
フィリアさんは何の迷いもなく頷いた。
「いや、確かにセレスティア伯爵家の初代当主ではあるけどさ!
褒美いらないって言ったのに爵位を強制的に貰っただけだからね!?」
「なおさらです」
即答だった。
「なおさら?」
「はい」
フィリアさんは深く頷く。
「褒美として爵位を授けられる時点で、普通ではありません」
「そこは否定できない……」
悔しいけど否定できない。
「しかも“いりません”と言って断ろうとして、それでも強制的に押し付けられた」
一拍。
「社交界、大好物です」
「なんで!?」
理解ができない。
本当にできない。
「まず、“欲しがらない”時点で珍しいんです」
「え?」
「大体の貴族は欲しがります」
「まあ……そうか」
そりゃそうだ。
爵位は名誉だし、権力だし、お金にも繋がる。
普通は欲しい。
でも私は。
ただ面倒が増える未来しか見えなかった。
「そこを真正面から“いりません”」
フィリアさんは指を一本立てる。
「しかも相手は陛下」
「やめて、思い出したくない」
あの時の胃痛が蘇る。
「さらに」
二本目。
「結果として、押し切られて初代当主」
「うん」
「物語性が強すぎます」
「物語扱いしないで」
現実なんです。
しかもかなり胃に悪い現実なんです。
「貴族は噂が好きです」
フィリアさんは静かに告げる。
「努力して手に入れた爵位より、“望んでいないのに手に入った爵位”の方が話題になります」
「理不尽すぎない?」
「とても」
そこは肯定するんだ。
「しかも」
さらに追撃が来る。
「その後、本人はほとんど社交界に出てこない」
「忙しいから!」
「余計に想像が膨らみます」
「やめて!」
「市場のものより高性能なポーションを売って王家との繋がりも深いとなれば......」
一拍
「謎多き女伯爵の完成ですね!」
「完成しなくてよかったのに……」
私は静かに机に突っ伏した。
本当に、どうしてこうなった。
「しかも」
フィリアさんはまだ止まらない。
「社交界ではすでに色々な憶測が飛び交っています」
「聞きたくない」
「聞いてください」
逃がしてくれない。
「“実は王家の隠し子ではないか”」
「ないです」
「“神族に気に入られて加護を受けている特別な存在”」
「半分くらい否定しづらいのやめて」
「“裏では王国の経済を操っている”」
「それは完全に誤解!」
なんでそんな黒幕みたいな扱いになってるの。
「“笑顔で国家予算を動かす少女”」
「それ誰が言い始めたの!?」
「市場です」
「市場強いな!?」
情報伝達が早すぎる。
そして微妙に嫌な方向へ正確なのが腹立つ。
「あと」
フィリアさんは淡々と追加する。
「“怒らせるとポーション供給が止まるので絶対に敵にしてはいけない”」
「それはしないよ!?」
「皆さんそう思っていません」
「なんで!?」
「だって戦争利用とかそういうのが大っ嫌いって言ったんですよね?」
「……言ったけど」
思わず視線を逸らした。
ものすごく心当たりがある。
「それです」
フィリアさんは容赦なく頷いた。
「しかも陛下と王城の重鎮や冒険者ギルドの上層部相手に、真正面から」
「だって嫌だったし……」
戦争のために使われるポーションなんて、作りたくなかった。
傷を治すためのものだ。
命を繋ぐためのものだ。
それを、最初から人を殺す前提で使われるのは違うと思った。
だから、言った。
かなりはっきり。
「普通の貴族は、あそこでそこまで言いません」
「えっ」
「普通は濁します。遠回しにします。空気を読みます」
一拍。
「エレノア様は正面から殴りました」
「言い方」
ひどい。
でもたぶん、否定しきれない。
「結果」
フィリアさんは淡々と続ける。
「“この人は本気で嫌なら王家相手でも止める”という認識になりました」
「いや、それは……」
「事実ですよね?」
「……はい」
小さく頷くしかなかった。
嫌なものは嫌だ。
そこは譲れない。
「しかも」
さらに追撃が来る。
「その後、本当に高品質なポーションを安定供給し続けている」
「うん」
「つまり、敵に回すと困る」
「うん」
「けれど本人は利益より信念を優先する」
「……うん」
「怖いです」
「そんなぁ」
理不尽だった。
かなり理不尽だった。
「なので冒険者ギルドでは」
嫌な予感しかしない。
「“絶対に怒らせるな。怒ると静かに市場を支配する”」
「何その裏ボス感!?」
私はただの錬金術師なんだけど!?
「あと」
「まだあるの!?」
「“笑顔で戦争を止める女伯爵”」
「盛られてる!」
完全に盛られている。
そんな格好いいことしてない。
ただ胃が痛かっただけだ。
「でも」
フィリアさんは少しだけ真面目な顔になった。
「私は、その考え方は好きですよ」
「……え?」
「利益より先に、“何のために作るのか”を考える人は、商会にも少ないので」
その言葉に、少しだけ目を瞬いた。
「だからこそ」
一拍。
「絶対にお金の管理はちゃんとしてもらいます」
「そこに戻るんだ」
「当然です」
やっぱり逃げ道はなかった。
「じゃないと三つ目言いますよ?」
「待って」
私は勢いよく顔を上げた。
「まだあるの!?」
「あります」
フィリアさんは実にいい笑顔だった。
嫌な予感しかしない。
「ちなみに今までは比較的穏やかな評価です」
「今までで!?」
あれで!?
あれで穏やか!?
もう十分すぎるほど胃が痛いんだけど!
「三つ目」
「もうわかったから!! お金使うから!!」
「本当ですか?」
フィリアさんが、すっと目を細めた。
完全に信用していない顔だった。
「本当です!」
私は力強く頷く。
「使います! ちゃんと使います! だから三つ目はやめて!」
「わかりました」
一拍。
フィリアさんは、にこりと微笑んだ。
「では明日、お買い物に行きましょう」
「はい……」
ものすごく素直な返事が出た。
ここで逆らっても無駄だ。
それはもう、この数日で嫌というほど学んでいる。
「まあ、本気で欲しいものがなかった時は、その時で考えましょう」
「……その時?」
嫌な予感しかしない。
「はい」
フィリアさんは営業用完璧笑顔のまま、さらりと言った。
「研究棟を一つ増築するとか」
「待って」
「いっそ地方に新しい研究施設を――」
「待ってって!!」
規模が大きい。
全部の規模が大きい。
買い物の話をしていたはずなのに、いつの間にか建国前みたいな話になっている。
「だって使い切れませんよね?」
「正論だけど納得したくない!」
私は机に突っ伏した。
もうだめだ。
この人、絶対に妥協しない。
しかも全部ちゃんと理にかなっているから反論できない。
「安心してください」
頭上から優しい声が降ってくる。
「ちゃんと最後まで責任を持って使い切らせますので」
「その責任の取り方が怖いの!」
人手不足は解決した。
帳簿地獄も終わった。
でも――
どうやら次は。
私の財産そのものが、敵らしい。
机に突っ伏したまま、私はぼそりと呟く。
「……もういっそ、魔道具の素材でも大量に買おうかな……」
一瞬。
部屋の空気が止まった。
「……はい?」
フィリアさんが、ゆっくり顔を上げる。
「魔道具、ですか?」
「うん……」
私は半分現実逃避しながら続ける。
「前から少し気になってたし、練習用なら消耗もするし……高級素材って結構高いし……」
一拍。
「なるほど」
フィリアさんが、すっと笑った。
その笑顔が嫌だった。
すごく嫌だった。
「それなら話は早いですね」
「え?」
「明日は市場ではなく、王都最大の魔道具専門区画へ向かいましょう」
「待って」
「素材、触媒、魔石、希少金属、古代遺物系の競売情報も確認しておきます」
「待ってって」
「場合によっては専属の職人も囲いましょう」
「規模が大きい!!」
なんでそうなるの。
なんで私が“ちょっと練習したい”って言っただけで、事業計画みたいになるの。
「いいですね」
フィリアさんは満面の笑みだった。
「ようやく健全なお金の使い道が見えてきました」
「健全って何」
「未来への投資です」
「怖い」
すごく怖い。
でも。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
楽しみだと思ってしまった自分がいた。
魔道具。
素材。
新しい研究。
――それなら、悪くないかもしれない。
……たぶん。
明日も、平和には終わらない。
そんな確信だけは、あった。
セレスティア伯爵家の市民や他の貴族からの評価三つ目ーー
「婿入りしたい貴族家No.1」
そして四つ目
「お金の使い方が異常なくらい下手な貴族」




