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[毎日更新中]転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第二章 アトリエ開業編

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122話 新しい日常、広がる噂

 新しく四人を迎えて――三日が経った。


 結論から言おう。


 とても忙しい。


「リオル、そこ違う!」


「えっ、あっ――すみません!」


「謝る前に火を止めて!」


「はいっ!?」


 慌ただしい声がアトリエの調合室に響く。


 リオルの手元には、危うく爆発しかけたビーカーがあった。


「いい? ここはこういう風に……」


 火加減を調整しながら、手元を指し示す。


 勢いは悪くない。


 感覚も決して鈍くない。


 ただ――雑だ。


 とにかく雑なのだ。


 その結果、爆発する。


 なお、今回は“しかけた”だけなので成長している。


 たぶん。


 こんな風に四人を実質一人で教えつつ、お店の店番もしなくてはいけない時点で、暇とは無縁の世界だった。


「エレノア様! これでいいですか?」


 エリシアが持ってきたポーション――


「ちょっと待ってね!」


 受け取って、すぐに確認する。


 透明度。


 粘度。


 魔力の流れ。


 どれも安定している。


(……やっぱり上手い)


 まだ荒さは残る。


 けれど、基礎がしっかりしている分、伸び方が早い。


 このままいけば、本当にかなりのところまで行くかもしれない。


「うん、問題ないよ」


「ありがとうございます」


 短く頭を下げる。


 無駄がない。


 相変わらず距離感は少し遠いけれど、仕事に関しては本当に優秀だ。


「セレナ! 在庫確認終わった?」


「ハイポーションの在庫が残りわずかです!」


「ありがとう! 急いで作るよ!」


「エレノア様! ローポーションもありません!」


 リナからの報告も同時に来て、一気に調合室内は慌ただしくなる。


(足りない、全然足りない……!)


 嬉しい悲鳴ではある。


 あるけれど――普通にしんどい。


 王城納品分。


 伯爵領への定期納品。


 そして店頭販売分。


 どれかを削るわけにもいかない。


 つまり全部作るしかない。


 とてもつらい。


 その時――


 チーン。


 カウンターから呼び鈴が鳴った。


 これは四人の指導で調合室に籠ることを前提に、ミストルティン様にお願いしてダ〇ソーで買ってきてもらった物だ。


 何故かお願いした時、ものすごく渋い顔をされたが。


 便利なので問題ない。


「ごめん! なにかあったら呼んで! リオルはローポーションの材料を準備して!」


「はい!」


 返事を聞きながら、私は急いで調合室を飛び出した。


 カウンターへ向かう。


 そこに立っていたのは――見慣れた冒険者の男性だった。


「いらっしゃいませ……あれ?」


「よう、お嬢ちゃん。今日も忙しそうだな」


「それはもう」


 即答だった。


 相手は苦笑する。


「そりゃそうか。最近はこの店、かなり噂になってるからな」


「……噂?」


 思わず聞き返す。


「なんだ、知らないのか?」


 男は少し意外そうな顔をした。


「セレスティア伯爵家が新しく養子を迎えたって話だよ」


「しかも、かなり腕の立つ錬金術師らしいってな」


「市場でも結構話題になってるぞ」


「……」


 一瞬だけ、言葉が止まる。


 ……思ったより、広がるのが早い。


「まあ、貴族の話なんてすぐ広まるからな」


 男は気にした様子もなく肩をすくめる。


「しかも元は別の貴族の娘だったとか、そういう話まで出てる」


「へえ……」


 軽く返しながら、内心では小さく息を吐く。


(もうそこまで……)


 予想はしていた。


 していたけれど、やっぱり早い。


 噂というものは、本当に広がる時は一瞬だ。


 良い話も。


 悪い話も。


 そして――


 それを、誰が聞くかまでは選べない。


 時には、その噂が厄介ごとを招くこともある。


「あんまり噂を鵜呑みにしないでくださいね?」


「もちろん、わかっているさ」


「ならいいんですけど……」


 そう言いながら、代金を受け取る。


「こちら商品です。おまけでローポーション、入れておきますね」


 小瓶を添えて渡すと、男は首を傾げた。


「おまけ? 何かイベントでもやっているのか?」


「弟子を四人雇ったので、練習で作ってもらったローポーションです」


 一拍置いて、軽く笑う。


「お店に並べるには、まだ品質が足りないので。買ってくれた方に配っているんです」


 男は、おまけで渡した小瓶を軽く眺めた。


「これがおまけか? それでも市場に出回っているものよりは、よくできていると思うけどな」


「性能にばらつきがあるのと、何かあっても保証できないので売れないんです」


 そう言うと、男は少しだけ笑った。


「お嬢ちゃんの作るポーションと比較したら、そりゃ性能は劣るかもしれない」


 一拍。


「けど、それでもここまで作れるのはすごいと思うぞ?」


 軽く小瓶を持ち上げる。


「あんまりスパルタにするんじゃないからな!」


「してませんよ」


 即答だった。


 男は露骨に疑わしそうな顔をした。


「本当か?」


「本当です」


「その間は何だ」


「気のせいです」


「絶対違うだろ」


 失礼な。


 確かに少しだけ厳しくはしている。


 でもそれは必要なことだ。


 戦場で使うポーションに“たぶん大丈夫”は存在しない。


 品質が足りなければ、誰かが困る。


 下手をすれば、死ぬ。


 だから妥協はしない。


 しないのだけれど――


「……ちゃんと見てますよ」


 小さく、そう返す。


「できる子たちなんです」


 伸びる。


 ちゃんと育てれば、確実に。


 特にエリシアは。


 リナも安定しているし、セレナも丁寧だ。


 リオルだって、雑なだけで才能はある。


 ……雑だけど。


 すごく雑だけど。


「なら安心だな」


 男は満足そうに笑った。


「弟子が育てば、お嬢ちゃんも少しは休めるだろ」


「……そうだといいんですけど」


 思わず遠い目になる。


 現状を見る限り、むしろ仕事は増えている。


 育てるって大変だ。


 本当に。


「ま、そのうち何とかなるさ」


 気楽に言って、男は商品を抱え直す。


「じゃあ、また来る」


「ありがとうございました」


 頭を下げて見送る。


 扉が閉まり、店内に少しだけ静けさが戻る。


「さて……私も調合しないと」


 小さく呟いて、息を吐く。


 少し話しただけなのに、妙に疲れた気がする。


 ……いや、気のせいではない。


 普通に疲れている。


 朝からずっと動きっぱなしだ。


 そろそろ甘いものが欲しい。


 切実に。


 そんなことを考えながら、調合室へ戻ろうとした――その時だった。


「エレノア様!」


 聞き慣れた声に振り返る。


 カイルが、王城から戻ってきていた。


「カイル! おつかいありがとね」


「こちら、エレノア様に頼まれていたものです!


 あと、陛下から伝言を預かっています」


 そう言って差し出されたのは、一枚の書類と四枚の身分証だった。


 書類の方へ視線を落とす。


 そこに記されていたのは――


 エリシアとの養子関係を正式に証明する書類。


(……早い)


 仕事が早すぎる。


 さすがというべきか、なんというか。


 そして、四枚の身分証。


 こちらは新しく入った四人分のものだろう。


 これで正式に、このアトリエの人員として動ける。


「明後日にでも、中央商会から人員が派遣されるそうです!」


 カイルが続ける。


「使用人として雇ってもらうことになるので、部屋の準備をお願いしたいとのことです!


 合わせて、派遣まで時間がかかったことをお詫びするとのことでした」


「……明後日」


 思わず、遠い目になる。


 つまり。


 あと二日。


 あと二日で、この人手不足地獄に救援が来る。


(長かった……)


 まだ三日しか経っていないのに、体感では三ヶ月くらい働いている。


「ちなみに、何人?」


「三十五人です。うち、中央商会の商会長の娘さんも含まれています」


「……はい?」


 一瞬、思考が止まった。


「三十五人?」


「はい」


「さんじゅうご?」


「はい」


 確認しても減らない。


 本当に三十五人らしい。


「……待って」


 私は片手で額を押さえた。


 二人とか三人とか、そういう現実的な数字を想定していた。


 三十五。


 もはや使用人というより、小規模部隊である。


「そんなに?」


「かなり本気ですね」


 カイルも妙に冷静だった。


「しかも商会長の娘まで?」


「はい。『現場を知る良い機会だから』とのことです」


「絶対それだけじゃないよね?」


「ええ、間違いなく」


 でしょうね。


 中央商会の商会長が、自分の娘をただの研修感覚で伯爵家に送り込むとは思えない。


 ほぼ確実に――


(私との関係づくりといったところかな)


 それか、もっと単純に。


 面白そうだから。


 あり得る。普通に。


「部屋の準備、間に合う……?」


「ギリギリですね……」


 カイルも、さすがに少し疲れた顔をしていた。


「現在、レーヴェン子爵家と非番の護衛全員を動員して準備を行っています」


「……そこまで?」


「そこまでです」


 即答だった。


 もはや引っ越しではない。


 戦だ。


 三十五人を受け入れるために、伯爵家と子爵家、ついでに護衛まで総動員。


 字面だけ見ると何かの防衛戦みたいになっている。


「お父様、倒れてない?」


「今のところは」


「今のところって言ったね?」


「はい」


 言い切った。


 駄目そう。


 かなり駄目そう。


「……あとで差し入れ持っていこう」


「甘い物が喜ばれるかと」


「それはもう絶対」


 断言できる。


 今のこの状況で甘味を拒否する人間はいない。


 たぶん私も泣いて喜ぶ。


「あと、色々な意味で教育をしておいたとのことです」


「……その言い方、すごく不穏なんだけど」


 思わず真顔になる。


 カイルはほんの少しだけ視線を逸らした。


「詳細は聞いていません」


「余計に怖いよね、それ」


 聞いていないのか、聞かされなかったのか。


 どちらにしても不安しかない。


「セレスティア伯爵家で過ごすうえで必要な知識と、最低限の礼儀作法を王城と協力して叩き込んだとしか……」


「それ絶対、誤解されてる情報も教えられているよね!?」


 思わず即答してしまった。


 あの人たちが“説明した”となると、絶対に余計なものまで混ざっている。


 たとえば――


『セレスティア伯爵家は基本的に常識が通用しない』


 とか。


『屋敷内に神様が普通にいる』


 とか。


『屋敷内には謎の魔道具がある』


 とか。


 ……いや、全部事実なんだけど。


 事実なんだけど、初見で聞かされた側の心境を考えてほしい。


「否定はできません」


 カイルが静かに頷いた。


「むしろ、かなり正確かと」


「そういう問題じゃないの!」


 正確だからこそ困る。


 変な誇張がない分、余計に怖い。


「初対面で逃げ帰られたらどうするの……」


「その場合は、根性が足りないということで」


「採用基準が厳しすぎる」


 というか、それはもう試験じゃない。


 肝試しだ。


 屋敷見学ではなく、試練である。


「……でも、三十五人か」


 小さく呟く。


 その人数が入るだけで、かなり違う。


 調合も。


 納品も。


 店の対応も。


 全部、ようやく回り始める。


(忙しくなるのは変わらないけど……)


 少なくとも、“一人で全部抱える”状態からは抜け出せる。


 それだけで十分ありがたい。


「……よし」


 小さく気合を入れる。


「あと二日、なんとか耐える」


「はい」


 カイルも短く頷く。


 その時――


 調合室の奥から。


「エレノア様ー!!」


「リオルがまた爆発させましたー!!」


 元気な報告が飛んできた。


 私は無言で天を仰いだ。


「……訂正」


 一拍。


「耐えられる気がしない」


「まだ一日も終わっていないんですけどね……」


 カイルの冷静なツッコミが刺さる。


「精神的にはもう三週間くらい働いてる」


「それは盛っています」


「盛ってない」


 即答だった。


 朝から何回リオルの爆発を止めただろう。


 数えたくない。


「とりあえず見てくるね……」


「お願いします」


 重い足取りで調合室へ戻る。


 扉を開けると、うっすら白い煙。


 そして――


「すみません……」


 しょんぼりしているリオル。


 片付けるセレナ。


 呆れた顔のリナ。


 冷静に被害を確認しているエリシア。


 ……いつもの光景だった。


「今回は?」


「火力調整を間違えました……」


「怪我は?」


「ありません!」


「ならよし」


 小さく息を吐く。


「次からは?」


「確認してからやります!」


「うん、もう一回」


「はい!」


 ちゃんと原因は分かっている。


 なら問題ない。


「リナ、補助お願い」


「はい」


「セレナ、片付け終わったら在庫確認」


「分かりました」


「エリシアはハイポーション続きで」


「はい」


 それぞれが動き出す。


 忙しい。


 本当に忙しい。


 でも――


(一人じゃない)


 それだけで、少し違った。


「さて……」


 袖をまくる。


「あと二日、なんとか生き延びよう」


 そう呟いた瞬間――


 チーン。


 また呼び鈴が鳴った。


「…………」


 全員の視線が私に集まる。


「……いってきます」


 たぶん今日も、平和では終わらない。

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