114話 戻った日常、装備の相談
昨日間違えて投稿してしまったやつです(´・ω・`)
――開店準備も、ほぼ終わったところで。
「メル、そろそろ開店しても大丈夫?」
「大丈夫です!」
元気な返事に、思わず少しだけ頬が緩む。
うん、やっぱり――
いつも通りだ。
扉に手をかけて、ゆっくりと開く。
朝の空気が、店内へと流れ込んできた。
「いらっしゃいませー!」
その声と同時に、最初の来客が足を踏み入れる。
見慣れた顔ぶれ。
いつもの冒険者たち。
ポーションを求めて訪れる、変わらない日常。
――そう、思っていたのだけれど。
「昨日臨時休業していたけど何があったの!?」
「俺も仲間から聞いたぜ! 体調悪いのか!?」
「メルちゃんのパンが食べれなくて寂しかったわ」
私の周りには多くのお客さんが集まり、四方八方から質問が飛んでくる。
思わず、一歩だけ後ずさる。
「え、えっと……だ、大丈夫です!」
なんとか声を張ると、
「ほんとか? 顔色は悪くねぇけど……」
「無理して開けてるんじゃないでしょうね?」
「今日はちゃんと食べていきなさいよ!」
さらに勢いが増す。
……うん、ちょっとだけ、圧がすごい。
「本当に大丈夫です。ただ少し、お休みしていただけで……」
そう説明すると、ようやく少しだけ空気が緩んだ。
「ならいいけどよ」
「エレノア様、パン追加したほうがいいですかね……?」
少しだけ困ったような声で、メルがこちらを見てくる。
カウンターの上に並べた分は、すでに半分以上がなくなっていた。
……早い。
あまりにも早すぎる。
「今日はちょっと多めに作ったほうがいいかもね」
「ですよね……」
メルも同じことを感じていたのか、小さく頷く。
いつもなら、ここまで減るにはもう少し時間がかかる。
それが、今日は――
「昨日の分もまとめて来てる感じか?」
「かもしれないですね……」
近くにいた冒険者の言葉に、思わず苦笑する。
臨時休業の影響、想像以上かも。
「メル、無理はしなくていいからね」
「はい、でも……頑張ります!」
ぐっと小さく拳を握って、メルは奥へと駆けていく。
その背中を見送りながら、
私は改めて店内を見渡した。
人、人、人。
賑やかな声と、絶えない足音。
――本当に、いつも通り……いや、それ以上。
「これは、ポーションも追加で作らないといけないかもね……」
そう呟きながら、混雑する店内を背にする。
カウンター越しにざわめく声を聞きつつ、奥――作業部屋へと続く扉を開けた。
途端に、少しだけ空気が変わる。
静かで、落ち着いた空間。
採れたばかりの薬草の、青く瑞々しい香りがふわりと広がる。
葉を擦ったような、少し青臭くて、それでいて心が落ち着く匂い。
外の喧騒が、嘘みたいに遠くなる。
「……うん」
小さく頷いて、気持ちを切り替える。
棚から素材を取り出し、手早く準備を整えていく。
計量、調合、魔力の流し込み。
何度も繰り返してきた工程は、もはや体に染み付いていた。
無駄のない動きで、次々とポーションを作り上げていく。
――けれど。
(……やっぱり、多い)
消費量のペースが、明らかにいつもと違う。
このままだと、すぐに追いつかなくなるかもしれない。
そんなことを考えながら、次の一本に手を伸ばした――そのとき。
コンコン、と。
控えめなノックの音が、作業部屋に響いた。
「はい?」
手を止めずに返事をすると、少しだけ間を置いてから扉が開く。
「エレノア様」
顔を出したのは、少し遅れて来たカイルだった。
「どうしたの?」
「その……エレノア様に用があるという方が」
「……え?」
一瞬だけ手を止める。
この忙しさの中で、指名での用事。
少しだけ考えて――
「ごめん、今ちょっと手が離せなくて……あとでもいいかな?」
正直にそう伝えると、カイルは一瞬だけ考えるように視線を落とし――
すぐに顔を上げた。
「それなら、ポーション作成は俺が代わります」
「え……?」
思わず、目を瞬かせる。
「手順は全部見て覚えてますし、簡単なものなら問題なく作れます」
真っ直ぐな視線。
迷いのない声。
――いつの間にか、ここまで。
「……無理してない?」
「してません」
即答だった。
その言葉に、少しだけ考えて――
ふっと、小さく息を吐く。
「……わかった。お願いしてもいい?」
「はい!」
力強く頷くカイルに、場所を譲る。
手を洗いながら、軽く手順を頭の中でなぞる。
――大丈夫。
カイルなら、任せられる。
「じゃあ、お願いね」
「任せてください」
その声を背に、私は作業部屋を後にした。
「――さて」
軽く息を整える。
わざわざ“私に”用があるなんて、珍しい。
「厄介ごとじゃなきゃいいけど……」
小さく呟きながら、扉を開けて店内へと戻る。
途端に、賑やかな声が耳に飛び込んできた。
「お、戻ってきたぞ」
「エレノア様ー! このポーションもう一本!」
「ちょっと並びなさいよ、順番でしょ!」
……うん、やっぱり忙しい。
軽く苦笑しながら、カウンターへと歩み寄る。
「お待たせしました。順番に対応しますね」
そう声をかけると、少しずつ人の流れが整っていく。
その中で――
「……あの」
控えめな声が、すぐ近くから聞こえた。
振り向くと、そこには一人の冒険者が立っている。
他の客たちのような慌ただしさはなく、どこか様子をうかがうような雰囲気。
「先ほど、呼んでいただいた方ですよね?」
そう声をかけると、彼は少しだけ安心したように頷いた。
「はい。お忙しいところ、すみません」
「大丈夫ですよ。どうしました?」
一歩、距離を詰める。
すると――
「その……ポーションのことじゃなくて」
「?」
予想外の言葉に、思わず首を傾げる。
「装備のことで、少し相談に乗ってもらえないかと……」
「――え?」
思わず、目を瞬かせる。
装備。
それは、これまで直接関わってこなかった分野で――
「えっと……装備のことは、私あまり詳しくないですよ?」
正直にそう伝えると、冒険者は慌てたように首を振った。
「いや、それでもエレノア様に聞けって……」
「?」
「ローディスさんに言われたんです。『装備のことなら、まずエレノアのとこに行け』って」
「ローディスさんが……?」
思わず、小さく呟く。
鍛冶に関しては間違いなく一流のドワーフ。
その人が、わざわざ私の名前を出した?
「俺も最初は驚いたんですけど……」
冒険者は少しだけ苦笑して、
「『あいつは装備を“使う側”のことを一番わかってる』って」
「……」
一瞬、言葉に詰まる。
そんなふうに言われるなんて、思ってもみなかった。
「だから、その……もしよければ、話だけでも聞いてもらえないかと」
遠慮がちに差し出される言葉。
私は少しだけ考えて――
そして、小さく頷いた。
「……わかりました。詳しくはないですけど、それでもよければ」
「本当ですか!?」
「はい。ただ、“作る”ことはできないので……そこはローディスさんに頼ることになると思います」
「それでも十分です!」
ぱっと表情を明るくする冒険者に、思わず少しだけ笑みがこぼれた。
――装備の相談、か。
今までとは、少しだけ違う話。
でも。
(……“使う側”のこと、か)
その言葉が、頭の中に残る。
「それで……具体的には、どういう装備が欲しいんですか?」
改めて向き直り、そう問いかける。
すると冒険者は、少しだけ言いにくそうにしながら口を開いた。
「状態異常を防げる装備が、欲しくて……」
「状態異常、ですか」
毒、麻痺、混乱――
いくつかの候補が頭に浮かぶ。
「完全に無効化するもの、ですか?」
「できれば……」
その言葉に、私は小さく頷いた。
「……少し、調べてみますね」
そう言って、一度カウンターの下から図鑑を取り出す。
何度も読み込んだ、素材図鑑。
ページをめくりながら、該当しそうなものを探していく。
(状態異常耐性……無効化……それに近い性質を持つ素材……)
指を滑らせ、記述を追い――
「……あ」
見つけた。
確かに、似た効果を持つ素材。
けれど――
「……これ」
思わず、言葉が止まる。
記載されているのは、ほとんど伝承レベルの希少素材。
入手難易度も、採取条件も、桁が違う。
「……ごめんなさい。これ、かなり貴重なものです」
顔を上げて、正直に伝える。
「正直、普通に手に入るようなものじゃないです」
「……ですよね」
冒険者も、どこか覚悟していたように苦笑する。
「比較的入手しやすいとされる“聖女の涙”っていう石でも……オークションに出るレベルなんです」
「……オークション、ですか」
「はい。概算でも――一億ルミナはかかりますね」
「い、いちおく……」
思わず、冒険者の口から乾いた声が漏れる。
無理もない。
それはもう、個人でどうこうできる金額じゃない。
「しかも、それで“完全無効”になるとは限りません」
「……」
「せいぜい、強い耐性が付く程度です」
静かに、現実を重ねる。
夢ではなく――現実のラインを。
「……でも」
それでも、冒険者は引かなかった。
ぐっと拳を握りしめて、
「次のクエスト、毒霧地帯なんです」
「毒霧……」
「解毒だけじゃ、追いつかない可能性があるって言われてて……」
「……」
その一言で、状況ははっきりした。
(持続系の状態異常……しかも範囲型)
ポーションだけでの対処は、確かに厳しい。
だからこそ――
(装備、か)
「……でも」
図鑑を閉じながら、ゆっくりと口を開く。
「毒の無効化くらいなら……もしかしたら、なんとかなるかもしれません」
「――本当ですか!?」
弾かれたように顔を上げる冒険者。
「ただ、時間がかかるというのと、確証がないので……それでもよければ、引き受けますよ?」
一瞬、間が空く。
けれど――
「それでも、お願いします!」
迷いのない返答だった。
「他に当てもなくて……正直、これが最後の頼みなんです」
「……わかりました」
小さく頷く。
「では、いくつか確認させてください」
「はい!」
「毒霧地帯とのことでしたけど、どの程度の濃度かはわかりますか?」
「中層までは問題ないんですが、深部に入ると一気に濃くなるらしくて……数分で体調を崩すレベルだと聞いています」
「数分……」
想像以上に厄介だ。
継続的に侵食してくるタイプ。
「パーティの構成は?」
「前衛二人、中衛一人、後衛一人の四人です」
「装備の制限はありますか? 重装が無理とか」
「できれば動きやすさは維持したいです」
「……ですよね」
小さく息を吐く。
完全防護に寄せれば解決は早い。
けれど、それでは戦えない。
「最後に」
視線をまっすぐ向けて、
「いつまでに必要ですか?」
「……二週間後には出発します」
「……」
やはり、余裕はない。
「――わかりました」
静かに告げる。
「二週間、時間をください」
「はい!」
「できる限り急ぎます。ただし――」
一拍置いて、
「“絶対”とは言えません」
「それでも構いません!」
強く頷く冒険者。
その目には、はっきりとした覚悟があった。
「……お願いします」
深く頭を下げるその姿に、
私は短く息を吐いて――
「引き受けます」
そう、はっきり告げた。
依頼を受けてから――五日。
「……うーん」
机に広げられた図鑑。
その周囲には、びっしりと書き込まれたメモ。
さらに――
「これも違う……」
小さく呟きながら、試作した薬液を一つ、脇へと退ける。
床や棚には、使いかけの素材がいくつも並び、
空になった容器が静かに転がっていた。
部屋の中に満ちるのは、乾いていない薬草の匂い。
青々しく、そして少しだけ重たい空気。
(毒を弾く膜……持続……定着……)
考えて、試して。
試して、否定して。
また、考える。
その繰り返し。
「……まだ、足りない」
ぽつりと零れる。
決定打が、ない。
あと一歩。
けれど、その一歩が遠い。
「……」
ふと、手を止める。
視界の端に映る――窓。
差し込む光は、すでに夜のものだった。
「……あれ?」
思わず、瞬きをする。
……夜?
さっきまで、昼だったはず。
「……」
ゆっくりと、周囲を見渡す。
散乱した素材。
増え続けたメモ。
そして――
積み重なった、失敗作。
「……五日?」
ぽつりと、呟く。
――いや、違う。
指を折って、記憶を辿る。
「……五日、経ってる?」
その瞬間――
ぐぅぅぅぅ……
「……」
盛大に鳴る、お腹の音。
「…………」
しばしの沈黙。
そして、
「……食べてない」
ようやく気づいた。
「……寝ても、ないかも」
さらに、追撃。
静かに椅子にもたれかかり――
「……やりすぎた……」
――でも。
(あと少しで、届きそうだったのに)
小さく、そう零した。
――その直後。
ぐらり、と視界が揺れる。
机の上のメモが、にじむ。
「……あ」
短い声と共に、
そのまま――
机に突っ伏した。




