113話 臨時休業、その理由
ごめんなさい
投稿ミスで明日投稿予定分が公開されてました。
114話は一度削除させていただきます。
――アトリエの扉。
普段なら、朝から途切れることのない人の出入りがあるその場所に。
一枚の紙が、ぺたりと貼られていた。
『本日都合により臨時休業させていただきます。』
――それだけの、簡素な張り紙。
「……は?」
最初にそれを見つけた冒険者が、間の抜けた声を漏らした。
「いや、ちょっと待て」
思わず二度見する。
見間違いかと思って顔を近づけるが――
どう見ても、間違いなく。
『臨時休業』
である。
「……マジかよ」
ぽつりと呟いたその一言に、
「嘘だろ……?」
「初めてじゃないか……?」
「開店から休息日以外休んだことないよな?」
「そもそも開店してまだ一か月半くらいじゃねぇか」
口々に交わされる言葉は、どれも困惑ばかりだった。
それもそのはずだ。
このアトリエは――
王都内でも、一番早く開き、一番遅くまで営業している店として知られている。
もともとは、朝早くから動き出す冒険者や、乗合馬車、物流関係者の動きに合わせた営業時間だった。
そのため、さすがに途中で休憩を挟むことはあるものの――
ほとんどの時間帯で“開いている”のが当たり前。
いつ行っても利用できる。
そんな“コンビニのような感覚”で使っている者も、決して少なくなかった。
だからこそ。
その店が、完全に閉まっているという事実は――
あまりにも、異常だった。
「メルちゃんのパンを食べながら街道を歩くのが最近の楽しみだったのによ!!」
「あれないと集中力切れるんだよ!」
「てか俺らクエストもう受けちまったよ! マジでどうすんだよ!!」
切実な叫びに、
「……あー、それはキツいな」
「ポーションもここで揃える前提で組んでるだろ普通……」
「今から他探すにしても、質がな……」
現実的な問題が、次々と浮き彫りになっていく。
このアトリエは、ただ便利なだけの店ではない。
性能の高いポーション。
手軽で美味い携帯食。
それらを“いつでも手に入れられる”という前提で、
多くの冒険者が予定を組んでいた。
だからこそ――
その前提が、崩れた。
「……どうする」
ぽつりと呟かれた言葉に、
誰も、すぐには答えられない。
「……最悪、街道の途中で野営して回復待つか?」
「いや、それリスク高ぇだろ……」
「じゃあ引き返すか?」
「違約金取られるぞ……」
どの選択も、決め手に欠ける。
そして何より――
“こんな事態は想定していない”。
その事実が、判断を鈍らせていた。
「……ほんと、何があったんだよ」
誰かが、呟く。
だが、その疑問に――
答えられる者は、いない。
――その頃。
セレスティア伯爵家の屋敷では。
私とメルが、ぐったりとソファにもたれかかっていた。
「……むり……」
「……もう、うごけない……」
かろうじて漏れる声は、そんな言葉だけ。
床には――
散々着せ替えされたであろう服が、無造作に広がっている。
レース。
フリル。
リボン。
可愛らしい色合いの布地が、これでもかと散乱し――
その一角だけ、なぜか。
精神的に。
ひどく“重い空気”に包まれていた。
「……なんで……あんなに元気なの……」
力なく呟く。
思い出すだけで、体力が削られる。
「神様……だから……?」
「納得したくない……」
完全に燃え尽きた状態で、会話も続かない。
そして――
部屋の隅。
山のように積み上げられた、見覚えのある袋。
「……あれ、全部……着たよね……?」
「……うん……」
短い肯定。
それだけで、再び沈黙が落ちる。
しばらくして――
「エレノア大丈夫?」
――ひょこりと。
何事もなかったかのように。
相変わらず元気いっぱいのミストルティン様たちが、居間へとやってきた。
「大丈夫なわけないですよね!?」
反射でツッコミが飛ぶ。
というか、ツッコまずにはいられない。
「えー? でもすっごく似合ってたよ?」
「そうそう! あれ絶対またやろうね!」
「やりません!!」
即答だった。
食い気味ですらある。
「まぁまぁそう言わずに!」
そう言いながら、ミストルティン様が空間収納に手を伸ばす。
――ぞわり。
嫌な予感が、背筋を走った。
……まさか、そんなわけないよね?
メルと二人で、無言のまま身構える。
だが――
次の瞬間。
取り出されたのは、意外にも。
私たちが想像していた“服の山”ではなかった。
「はい、これ飲んで機嫌を直して!」
差し出されたのは――
ツ〇ハドラッグの袋だった。
「……え?」
一瞬、思考が止まる。
「リポ〇タンDとかスイーツとかお菓子にジュースも買ってきたから!」
にこにこと、満面の笑み。
袋の中を覗けば――
確かに、見覚えのある栄養ドリンクや甘いものがぎっしり詰まっている。
「これで元気出るよ!」
「ほらほら、遠慮しないで!」
「……」
「……」
私とメルは、無言で顔を見合わせた。
そして。
「いや、そういう問題じゃないですよね!?」
ぴったりと声が重なった。
「え、なにが?」
ミストルティン様たちは、きょとんとした表情を浮かべている。
「絶対この後また着せ替え人形にするつもりですよね!?」
びしっ、と指を突きつける。
一瞬の沈黙。
そして――
「流石にこんな状況でそれはやらないよ……」
「……え?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
予想外の返答に、警戒していた力が少しだけ抜ける。
「ほ、ほんとですか……?」
「うんうん、ちゃんと休ませてあげないとね!」
「無理させるのはよくないよ!」
「……」
「……」
私とメルは、顔を見合わせる。
――珍しく、まともなことを言っている。
疑うべきか、信じるべきか。
ほんの一瞬、迷って――
「……じゃあ」
恐る恐る、口を開く。
「今日は、もう……」
「うん!」
食い気味に頷かれた。
そのあまりの即答に、逆に少しだけ不安になる。
だが。
「家事とかは私たちがやっておくから!」
そう言うと、
「エルヴィータと私は片づけをしておくから、ソフィアとパルシアはご飯の準備をお願い」
ミストルティン様は、てきぱきと他の神族に指示を出す。
「はーい!」
「任せてー!」
それぞれが軽い調子で返事をしながら、すぐに動き出した。
「……」
「……」
私は、思わず瞬きをする。
メルも、同じように固まっていた。
「……ちゃんと、してる……?」
「……してますね……?」
あまりにもスムーズな連携。
「……なんでこんなに“慣れてる”んでしょう……」
あまりにも自然な役割分担。
さっきまでのカオスが嘘のように――
“普通に頼れる人たち”だった。
「ゆっくり休んでていいからねー!」
ひらひらと手を振りながら、ミストルティン様が言う。
「……」
「……」
疑う余地が、ない。
少なくとも今は――
これ以上何かされる気配は、なかった。
「……ほんとに、休んでいいんでしょうか……」
「……いいんじゃないかな……」
恐る恐る、ソファに体を預ける。
ふかり、と沈み込む感覚。
そして――
じわじわと、体の力が抜けていく。
「……平和……」
「……平和……」
ぽつりと、同時に呟いた。
床に無造作に置かれていた服は、いつの間にか手際よく片づけられていき――
かろうじて床が見える程度には、元の状態へと戻りつつあった。
先ほどまでの惨状が嘘のように、
部屋はみるみるうちに整えられていく。
そして――
厨房の方からは。
使用人たちと一緒に料理をしているのか、
楽しげな声が、絶え間なく響いていた。
「……普通に、すごいですよね……」
「……うん……」
あまりにも手際がいい。
あまりにも順応が早い。
さっきまでの暴走ぶりが嘘のように、
“理想的な来客”のようですらあった。
「……このまま、何もなければいいんですけど……」
「……それ、フラグ……」
「言わないでください……」
小さくため息をつく。
それでも――
今、この瞬間だけは。
本当に、平和だった。
――本当に、“今だけは”。
やがて――
「できたよー!」
明るい声とともに、料理が運ばれてくる。
テーブルの上に並べられたそれは――
「……え?」
思わず、声が漏れた。
見た目からして、明らかに“格が違う”。
彩り、盛り付け、香り。
どれを取っても、素人のそれではない。
「はい、どうぞ!」
にこりと笑うパルシア様。
「今日のメニューは私が全部決めたの!」
その仕草は、どこか誇らしげで――
そして、どこか“いつもの”それだった。
「……いただきます」
「……いただきます……」
恐る恐る、一口。
――瞬間。
「……おいしい」
思考より先に、言葉が出た。
「これ……すごいですね……」
「でしょー?」
ぱっと顔を輝かせるパルシア様。
「ちゃんと栄養もバランス考えてるから、回復にもいいのよ!」
「……なるほど……」
確かに、体にすっと染み込むような感覚がある。
重くないのに、しっかり満たされる。
まるで――
“理想の食事”そのものだった。
「……神様って、すごい……」
「でしょでしょ!」
完全に、納得してしまった。
さっきまでの疲労も、どこか遠のいていく。
自然と、箸が進む。
会話も、少しずつ戻ってくる。
――久しぶりに。
まともな意味での“穏やかな時間”が、そこにあった。
そして――
その日の夜。
「……今日は、もう寝ましょう……」
「……うん……」
色々ありすぎて、限界だった。
深く考える余裕もなく。
私たちは、そのまま眠りについた。
――翌日。
「……あれ?」
クローゼットを開けて、固まった。
「……え?」
中に並んでいたのは――
見覚えのない服ばかり。
フリル。
レース。
リボン。
可愛らしい色合いの――
昨日、散々着せ替えさせられた“あの服”たち。
「……」
「……」
ゆっくりと、隣を見る。
メルも同じように、固まっていた。
「……私のも……」
「……全部……」
元々入っていたはずの服が――
一着も、ない。
「……え?」
思考が、追いつかない。
理解が、できない。
だが――
「おはよー!」
元気な声が、背後から響いた。
「朝ごはんできてるよー!」
振り返る。
そこには――
当然のように。
ソフィア様と、パルシア様と、エルヴィータ様が立っていた。
「……あれ?」
違和感。
ほんの、わずかな――
「どうしたの?」
「いえ……その……」
言いかけて、止まる。
そして。
ふと、思う。
――なんで、この人たち。
こんなに自然に、ここにいるんだろう。
「……まぁ、いっか……」
思考が、そこで止まった。
深く考える余裕が、ない。
「ごはん、食べましょ!」
「……はい……」
流されるように、部屋を出る。
――その違和感に。
本当の意味で気づくのは。
もう少し、後のことだった。




