112話 神々の暴走、振り回される休日②
ミストルティン様の空間収納からあれだけの荷物が出たというのに荷物はドンドンと出てきついには居間全体にまで浸食していた。
「どんだけ買ったんですか!?」
「あっちの世界の通貨で多分500万円は超えるんじゃないかな?」
まるで大した金額ではないとでも言わんばかりの顔をしながら告げる。
「それ人ひとり一年養える額ですよね!? “ちょっと”の概念壊れてません!?」
「そうかなー? 金の延べ棒一本売れば大体そんなもんだし大した金額じゃないと思うけどねー」
「そうですね……気にするほどの額ではありませんね」
ミストルティン様の言葉にソフィア様も同意する。
「……ダメだこりゃ」
私の中の常識が、音を立てて崩れた。
「それよりも!!!!」
ミストルティン様が、ニヤニヤしながらファッション系の袋を取り出す。
……嫌な予感しかしない。
すぐにでも逃げ出そうと、じりじりと玄関の方へ後ずさる。
――が。
ぴたり、と。
完全に進路を塞がれていた。
「逃げなくたっていいじゃん!!」
にやり、と笑って。
「楽しい着せ替え人――ファッションショーの始まりだよ!!」
「今“着せ替え人形”って言いかけましたよね!?」
「「イェーイ!!」」
ソフィア様とエルヴィータ様は完全に乗り気である。
「エレノア様、頑張ってくださいね……」
メルは、これから起きる出来事を想像しているのか、どこか憐れむような目で私を見ていた。
だが――
「何言ってんの!! メルもだよ!!」
「ふぇ……!?」
目をぱちぱちと瞬かせるメル。
「わ、私も……ですか……?」
「当然でしょ!」
即答だった。
「せっかく可愛いんだから、活かさないともったいないよ!」
「そ、そんな……!」
ぶんぶんと首を振るメル。
耳も尻尾も大きく揺れている。
完全に動揺している。
「エレノア様……!」
助けを求めるようにこちらを見る。
だが。
「……」
目を逸らした。
「エレノア様!?」
「……頑張りましょう」
「裏切りました!?」
違う。
これは裏切りじゃない。
――巻き込まれただけだ。
「よーし、じゃあ早速始めよっか!」
ぱんっ、と手を叩くミストルティン様。
その瞬間。
どさどさどさっ、と。
新たな服の山がテーブルの上に積み上げられていく。
「まだあるんですか!?」
「むしろここからが本番だよ!」
「嫌な予感しかしません!!」
色とりどりの服。
ドレス、カジュアル、見たこともないデザインの衣装まで混ざっている。
「まずはこれかなー?」
ひょい、と持ち上げられたのは――
「……それ、どう見てもフリル多すぎません?」
「可愛いでしょ!」
「可愛いのは否定しませんけど方向性!!」
確実に“盛りに来ている”。
「メルにはこれね!」
「ふぇ!?」
渡されたのは、ふわふわとしたパステルカラーのワンピース。
「に、似合わないです……!」
「絶対似合うよ!」
「断言しないでください!!」
逃げようとするメル。
だが。
がしっ。
「逃がさないよ?」
「ひゃあ!?」
エルヴィータ様に軽々と捕まえられる。
「こっちも準備万端ですよ」
いつの間にか、ソフィア様の手には髪飾りや小物類が揃っていた。
「いつの間に!?」
「少し用意を」
「少しの規模じゃないですよね!?」
完全に“準備されている”。
「……」
じり、と後ずさる。
だが、もう遅い。
「じゃあエレノアはこれね!」
「ちょっと待ってください」
差し出された衣装を見る。
「……」
見なかったことにしたい。
「どうしたの?」
「いやどうしたのじゃないです」
震える指でそれを指差す。
「これ明らかにコスプレ衣装ですよね……?」
「そうだよ?」
「認めた!?」
「なんかのアイドル系アニメのコスプレ衣装」
「“なんかの”じゃなくて分かってますよね!? 絶対狙ってますよね!?」
私の手元にある衣装は、ア〇カツ!の推しキャラがステージで着ているドレス――
間違いなく狙ってきているのは明白だった。
「さーて、どうかなー?」
……あー、これ確信犯なやつだわ。
メルの方へ視線を向けると、同じユニットの別衣装を黙々と着せ付けられている。
「でもこの衣装、ひとり足りないよね……」
ぼそりと呟いた――その瞬間。
「そう言うと思って!!」
食い気味だった。
ばさっ、と袋からもう一着が取り出される
「これはアメリアのね!!」
「ちょっと!? 私まで巻き込まないでよ!?」
「大丈夫大丈夫! 絶対似合うから!」
「根拠が雑すぎるのよ!?」
アメリアお姉さまの抵抗は――
無駄だった。
がしっ。
「ちょ、離しなさいってば!?」
「ほら観念してー」
「……手際が良すぎません?」
「準備は万全ですから」
ソフィア様はすでにアクセサリーを並べ終えている。
「その“万全”の規模がおかしいんですよ!?」
――数分後。
「……」
鏡の前。
「……私、ですよね……?」
フリルたっぷりのドレスに、きらきらとした装飾。
どう見ても。
「……アイドルじゃないですか」
「でしょー! Soleil!」
「再現度求めてないです!!」
振り向けば――
メル。
アメリアお姉さま。
そして私。
三人、見事に揃っていた。
「……揃ってる」
「揃ってるね!」
「揃えないでください!!」
完全に。
ユニットだった。
「はい並んで並んでー!」
「指示しないでください!!」
「センターはエレノアね!」
「やめてください一番目立つ位置!!」
「だって推しでしょ?」
「その情報の使い方やめてください!!」
ぱちん、と指が鳴る。
同時に照明が落ち、スポットライトのような光が当たった。
「なんで演出まで完備なんですか!?」
「雰囲気大事でしょ!」
「無駄に本格的なんですよ!!」
後ろでは、ソフィア様とエルヴィータ様が完全に観客モードだ。
「とても良いですね」
「これは流行るわね」
「流行らせないでください!!」
「それじゃあ――スタート!」
「だから聞いてませんってばああああああ!!」
こうして。
逃げ場のないまま――
“推しアイドルユニット・Soleil再現ファッションショー”が、開幕した。
――そして。
どこからともなく。
軽快なイントロが流れ始める。
「……は?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
「音楽まであるんですか!?」
「雰囲気大事でしょ?」
「さっきからそれで全部押し通さないでください!!」
テンポのいいリズム。
聞き覚えのあるメロディ。
完全に。
「……これ、あの曲ですよね?」
「そうだよ!」
「やっぱり分かっててやってますよね!?」
ミストルティン様は満面の笑み。
――ダメだ。
止める気が一切ない。
「はいエレノア、センター前に出てー!」
「無理です!!」
「いいからいいから!」
ぐいっ、と背中を押される。
「ちょっ――」
よろけながら、一歩前へ。
その瞬間。
――視線が集まる。
「……っ」
スポットライト。
音楽。
そして――観客(神族)。
逃げ場は、ない。
「ほらポーズ!」
「できるわけないじゃないですか!!」
「いけるいける!」
「何を根拠に!?」
後ろから。
「エレノア様、が、頑張ってください……!」
メルの小さな声。
「……」
一瞬だけ、目を閉じる。
――やるしかない。
「……っ、もうどうにでもなってください!!」
やけくそだった。
それでも。
ぎこちなく。
それっぽく。
手を上げて、ポーズを取る。
「おおー!」
「いいですね」
「これは映えるわ」
「やめてください評価しないでください!!」
完全に乗せられている。
だが――
音楽は止まらない。
視線も外れない。
そして。
「次メルいってみよー!」
「ふぇぇ!?」
犠牲者は、増える。
――その日。
居間はしばらくの間。
歓声と音楽と、
悲鳴(主に私たち)で満たされることになったのだった。
――そして。
一通りのコスプレ地獄を終え。
「……はぁ……」
ぐったりとソファに沈み込む。
もう動けない。
「いやー楽しかったね!」
「楽しかったですね」
「大満足だわ」
「満足してるのそっちだけですからね……」
――もう終わりだろう。
そう思った、その時だった。
「じゃあ次いこっか!」
「まだあるんですか!?」
どさっ、と新たな服の山。
だが――
「……あれ?」
さっきより、だいぶ落ち着いて見える。
装飾も控えめ。
色味も比較的シンプル。
「今度はちゃんとした服だよ!」
「“ちゃんと”の基準が怖いんですよ……」
恐る恐る一着手に取る。
軽い。
質もいい。
デザインも、さっきほど派手じゃない。
「……普通に良さそうですね」
「でしょー?」
ミストルティン様が満足げに頷く。
だが。
「これ、原宿系ファッションだよ!」
「やっぱりそっち系なんですね!?」
思わず声が裏返った。
「でも装飾は控えめにしてあるから!」
「基準が分からないんですよ!!」
確かに派手ではない。
けど――
よく見ると、シルエットや配色が独特だ。
普通とは、ちょっと違う。
「……じわじわ来るタイプですね、これ」
「分かってきたね!」
「理解したくなかったです」
嫌な方向に順応している気がする。
「はいエレノア、これ着てみて!」
「……」
差し出された服を見る。
シンプル寄りなのに、妙に個性が強い。
「……逃げ道が絶妙に塞がれてますね」
「褒め言葉?」
「違います」
ため息をつきながらも、受け取る。
さっきよりはマシ。
だが、安心はできない。
「メルにはこれ!」
「は、はい……」
メルは少しだけほっとした表情を見せる。
――たぶん、同じことを思っている。
さっきよりマシ。
でも、油断はできない。
「アメリアはこれね」
「……まあ、それなら許容範囲ね」
ようやく、まともな空気――
に見えて。
「よし、それじゃあ!」
ぱんっ、と手を叩く。
嫌な予感しかしない。
「第二回、ファッションショーいくよ!」
「やっぱりやるんですね!?」
結局。
方向性が変わっただけで。
本質は何一つ変わっていなかった。
その時ーー
「ちょっと! そんな楽しそうなことをするなら私も呼んでよ!」
その声と同時に私たちとミストルティン様たちの間に誰かが突然現れた。
「えっと......誰ですか......?」
「エレノアちゃんとは初めてよね! 私は調理を司る神のパルシアよ!よろしくね」
「調理を司る神……」
思わず、ぽつりと繰り返す。
――また増えました。
しかも。
ノリが軽い。
「よろしくね、エレノアちゃん!」
にこにこと笑いながら、ぐいっと距離を詰めてくる。
「ちょ、ちょっと近――」
「へぇー、これ衣装? 可愛いじゃない」
話を聞いていない。
完全に聞いていない。
「ねえねえ、どこまでやったの?」
「ちょうど第二回を始めるところよ!」
「いいじゃない!」
――合流が早い。
「やっぱりやるんですね!?」
「当たり前でしょ?」
「楽しいもの」
「楽しいからって限度があると思うんです!!」
全く通じていない。
「ふーん……」
パルシア様が、じっと私を見る。
頭のてっぺんから、つま先まで。
まるで――品定めするみたいに。
「……なるほどね」
小さく頷く。
「方向性、少し変えた方が良さそうね」
「え?」
「いいわ、私も手伝う」
「手伝わなくていいです!」
「遠慮しなくていいのよ?」
「遠慮しかしてません!!」
「ミストルティン、衣装は?」
「あるわよ、いくらでも!」
「でしょうね!?」
増える気しかしないです!
「ソフィア、準備お願い」
「承知しました」
「エルヴィータは捕まえておいて」
「ええ」
「連携が完璧すぎません!?」
役割分担が一瞬で決まった。
怖い。
とても怖い。
「メルちゃんはこれどう?」
「え、えっと……かわいい、です……」
「採用ね」
「決定が早い!!」
「じゃあエレノアちゃん、まずはこれね」
差し出されたのは――
さっきまでより、明らかに“方向が違う”服。
「それ絶対違いますよね!?」
「いいじゃない、似合うわよ?」
「似合わせなくていいです!!」
「ほら、着てみなさい」
「嫌です!!」
じり、と距離を詰められる。
「エルヴィータ」
「ええ」
「呼ばないでください!!」
――捕まった。
「ちょっと待ってください本当に待ってください!?」
「大丈夫大丈夫、すぐ終わるから」
「その言葉一番信用できないやつです!!」
――数分後。
「はい、次」
「まだやるんですか!?」
増えている。
確実に、衣装が増えている。
そして――
逃げ場は、ない。
「ふむ……」
パルシア様が、腕を組んで私を見る。
さっきまでの軽いノリとは違う。
どこか真剣な目。
「やっぱり――」
ぽつり、と呟く。
「エレノアちゃんは素材がいいから」
「え?」
「こういう服よりも――」
一拍。
「こっちのほうがいいと思うのよね!」
びしっ、と指を立てる。
その方向は――
なんだか、とても嫌な予感がする方向。
「ちょっと買ってくるわね」
「はい!?」
止める間もなく。
――消えた。
「え、ちょっと待っ――」
「行ったわね」
「行きましたね」
「嫌な予感しかしません……」
誰も、止めなかった。
止められなかった。
そして――
数分後。
再び、空間が揺れる。
「ただいまー!」
「早くないですか!?」
戻ってきた。
しかも――
「……え?」
思考が止まる。
両手。
肩。
その周囲。
ありとあらゆる場所に――
大量の袋。
それも。
明らかに、可愛い系。
しかも統一感がある。
黒。
レース。
フリル。
リボン。
――嫌な予感が確信に変わった。
「109で大量に買ってきたわ!」
「行動力がおかしいです!!」
なんでそんな短時間で行って帰ってこれるんですか!?
「いいじゃない、全部可愛いわよ?」
「可愛いのはわかりますけど方向が!!」
「ほら見てこれ、絶対似合うと思うの」
「見せないでください!!」
次々と取り出される。
ゴスロリ。
ゴスロリ。
ゴスロリ。
逃げ場がない。
「よかったね!」
ミストルティン様が満面の笑みで言う。
「エレノアが気になってたけど手を出せなかった系のやつだよ!」
「なんで知ってるんですか!?」
心を読まないでください!!
「ほらメルちゃんも!」
「え、えぇぇ……!?」
「アメリアも似合いそうね」
「ちょっと待ってください!?」
巻き込まれていく。
確実に巻き込まれていく。
「さあ、ファッションショー再開よ!」
「やめてください!!」
――そして。
視界いっぱいに広がる、
可愛いの暴力。
「「「ひぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」」
私と、メルと、お姉さまの悲鳴が――
見事に重なった。
――その様子を。
少し離れた場所で見守っていた護衛が、
ぽつりと呟く。
「……これは」
一拍。
「混ぜてはいけない方々ですね」
「本当に今さらですね!?」
思わず全力でツッコんだ。
だが――
誰も、否定しなかった。
そのうち前世でエレノアたちが旅行する回でも作ろうかな?




