111話 神々の暴走、振り回される休日①
昨日の地震ビビったー!!
バスに乗ってたので結構揺れましたw
今日は、月四回の休息日のひとつ――
ここのところ休息日であってもとても忙しく、まともに休めることがなかったので、今日はしっかり休もうと思っていた。
自室からタブレット端末を持ってきてお茶を飲みながら溜まっている本を読もうと思いソファに腰を掛ける。
「今日は久々の休日だしゆっくりしないとね」
「ここんとこ忙しかったですもんね......」
メルも向かいのソファでのんびりとしておりゆっくりと尻尾を揺らしながら本を読んでいた。
そんな中ーー
「エレノアー!!今日休みなのー!!」
ミストルティン様が自室からぱたぱたと音を立て私たちがいる居間へとやってきた。
「はい、今日は久しぶりにゆっくり休めそうです」
にこりと答える。
――この時点では、まだ。
今日という日が平穏に終わると、信じていた。
「そっかそっか! じゃあちょうどいいね!」
「……?」
ミストルティン様が、ぱっと顔を輝かせる。
その笑顔に――
ほんの少しだけ、嫌な予感がした。
「ちょっと準備してくるから待ってて!!」
そう言うとミストルティン様は自室がある方向へと戻っていった。
「まぁ、最近ミストルティン様とはごはんの時くらいしか会えなかったし、少しくらいはいいか」
そう呟いて、手元の本へと視線を戻す。
ぱらり、とページをめくる音。
湯気の立つ紅茶。
静かな時間。
――うん、やっぱりこういうのが一番落ち着く。
「……平和ですね」
「うん……」
メルも同じことを思ったのか、小さく頷いた。
ゆらゆらと揺れる尻尾。
穏やかな空気。
これだ。
これが、私の求めていた休日。
――数分後までは。
それは、突如として平穏が崩壊した。
バンッ!!!!
勢いよく扉が蹴られると、ミストルティン様以外にも知らない人たちが二人やってきた。
「へー、ここがエレノアちゃんのお家なのね!!」
「まずは自己紹介しないとダメでしょ?」
雰囲気からミストルティン様と同じ神族であるということだけはわかった。
「私は、エルヴィータ。よろしくね」
にこりと、柔らかく微笑まれる。
その瞬間――
空気が、ほんの少しだけ変わった気がした。
優しくて、温かくて。
どこか包み込まれるような感覚。
……でも。
「初めまして、ソフィア・エステラです」
その名が告げられた――瞬間。
空気が、止まった。
「――……は?」
ぽつりと。
どこかから、そんな声が漏れる。
次の瞬間。
「……今、なんと……?」
「ソフィア……エステラ……?」
「まさか……そんな、はずが……」
ざわり、と。
気配を消していた護衛たちが、明らかに動揺した。
姿は見えない。
けれど――
確かに、“崩れた”。
今まで一切揺らがなかったはずのそれが。
「記録と……一致……?」
「いや、だが……原初の母神が……人前に……?」
「ありえない……ありえないだろ……」
小さく、しかし確実に届く声。
抑えきれていない。
それほどまでに、その名前は――
重かった。
「……え?」
思わず、周囲を見る。
何が起きているのか、分からない。
けれど。
いつも冷静な護衛の人たちが、明らかにおかしい。
「……記録上……顕現は神話時代のみ……」
「人類の前に姿を現した事例……存在しない……」
「ならば今ここにいるのは……何だ……?」
混乱。
困惑。
そして――純粋な驚愕。
敵意でも、警戒でもない。
ただただ、“理解が追いつかない”。
そんな空気。
「ふふ」
その中心で。
ソフィア様は、やわらかく微笑んだ。
「そんなに難しく考えなくて大丈夫ですよ」
あまりにも穏やかな声。
それが逆に、現実感を薄れさせる。
「少し、遊びに来ただけですから」
「……遊び……?」
誰かが、呟く。
その言葉の意味を理解しきれないまま。
ただ、受け止めるしかない。
「……」
沈黙。
完全に、場の主導権が握られていた。
――そのはずだった。
「はいはい、その話は後でねー!」
ぱんっ、と。
軽い音が響く。
一瞬で、空気が砕けた。
「今日はエレノアと過ごす久々の休日なんだから!」
そう言うとミストルティン様は、空間収納から大量の袋を床に次々と置いていく。
どさっ。どさっ。どさっ。
まだ出てくる。
まだ出てくる。
――まだ出てくる。
「……え?」
思わず声が漏れる。
床が、みるみる埋まっていく。
「ヨ〇バシカメラの袋に、アニ〇イトに……ってどんだけ買ってきたんですか!?」
「え? ちょっとだけだよ?」
「その“ちょっと”の基準どうなってるんですか!?」
明らかに“ちょっと”ではない。
「これとかエレノア好きでしょ?」
そう言って取り出したのは――
ア〇カツ!のグッズが大量に入った袋だった。
「……」
一瞬、固まる。
そして次の瞬間。
「……いや、好きですけど」
思わず、視線が吸い寄せられる。
キーホルダー、アクリルスタンド、缶バッジ、タペストリー――
種類も量も、明らかにおかしい。
「……好きですけども」
もう一度言う。
大事なことなので二回言った。
「多すぎません!?」
「えー? だって全部かわいいよ?」
「選別って概念ないんですか!?」
「可愛いは正義だからね!」
「全部買う理由になってませんよそれ!?」
ぐい、と。
袋を押し付けられる。
「ほら、推しは?」
「……っ」
反射的に中を覗く。
――いる。
推しがいる。
しかも、複数種類。
限定っぽいやつまで混ざっている。
「……なんでこれあるんですか」
「頑張った!」
「何を!?」
怖い。
行動力が怖い。
「……」
じっと、袋を見つめる。
理性が言う。
“冷静になれ”と。
でも――
「……」
手が、伸びた。
「あ、今ちょっと嬉しかったでしょ」
「……嬉しくないとは言ってません」
「認めてる!」
「でも多いです!!」
ぶんぶんと首を振る。
だめだ。
流されると終わる。
これは罠だ。
確実に。
「じゃあこれは?」
「まだあるんですか!?」
次に取り出されたのは――
さらに別の袋。
中身をちらりと見て、思考が止まる。
「……それ、もしかして」
「そう、コンプリートセット!」
「やめてくださいそういうの!!」
完全に“逃げ場を潰しに来てる”。
「ほら、並べよ?」
「なんで展示前提なんですか!?」
テーブルの上が、みるみる埋まっていく。
気づけば――
ちょっとしたショップみたいになっていた。
「……」
横を見る。
メルが、きらきらした目で見ていた。
「……可愛いです」
「メルまで!?」
「エレノア様、これ……とても似合いそうです」
差し出されたのは、推しのイメージカラーの小物。
「……」
一瞬、迷う。
そして――
「……あとでです」
「負けてる!」
「負けてません!!」
そのやり取りを。
後ろで見ていたソフィア様が、くすりと笑った。
「なるほど……これが“推し活”というものですか」
「文化として非常に興味深いわね」
エルヴィータ様も頷く。
「……いや、その、これは……」
何か言い訳をしようとして――やめた。
無理だ。
この状況、どう説明しても無理だ。
「……」
そして、ふと気づく。
護衛の人たちの方から、妙な気配。
「……記録項目を追加しろ」
「……“原初の母神、推し活を観察”……?」
「……いや、それでいいのか……?」
だめだ。
そっちも壊れてる。
「こっちはゲームを大量に買ってきたよ!」
そう言って、ミストルティン様はヨ〇バシカメラの袋をゴソゴソと開封し始める。
中から出てきたのは――
「……え?」
見覚えのあるロゴ。
そして見覚えしかない本体。
「Swi〇ch2……?」
しかも一台じゃない。
予備か何かのように、もう一箱。
さらに。
「ソフトもいっぱいだよ!」
どさどさどさっ。
テーブルに並べられていくゲームソフトの山。
「多い!!」
反射的にツッコむ。
ジャンルもバラバラだ。
アクション、RPG、パーティーゲーム、果てはフィットネス系まである。
「いやいやいや待ってください!」
「え? なんで?」
「なんでじゃないです!!」
完全に“遊び尽くす気満々”だ。
休息日とは。
「これで一日中遊べるね!」
「休ませる気ゼロじゃないですか!?」
思わず立ち上がる。
このままではまずい。
本当にまずい。
そう思った――次の瞬間。
「あとねー」
ミストルティン様が、軽い調子で手をかざす。
空間が歪む。
嫌な予感しかしない。
「それ、まだあるんですか……?」
「うん!」
にこっ、と笑って――
ドン!!!
鈍い音と共に現れたのは。
「……え?」
壁一面を覆いそうなほどの、巨大な黒い板。
「テレビだよ!」
「見れば分かります!!」
分かるけど。
分かるけどサイズがおかしい。
「ちょっと大きい方がいいかなって!」
「“ちょっと”の概念が壊れてるんですよ!!」
すでに居間の景観が完全に変わっている。
さっきまでの落ち着いた空間はどこへ行ったのか。
完全に――娯楽施設。
「ここに置いてーっと」
「待ってください待ってください待ってください!」
設置しようとするのを全力で止める。
「ストーップ!!」
思わず大声が出た。
ぴたり、と。
ミストルティン様の動きが止まる。
「……どうしたの?」
「どうしたのじゃないです!!」
後ろにいるメルやアメリアお姉さまたちも、この現状に若干引いている。
さすがにこれは、と思っているのだろう。
「第一にあっちの世界の物をこんなに持ち込んで大丈夫なんですか!?」
びしっ、と指差す。
ゲーム機、ソフト、大型テレビ。
どう見てもこの世界のものじゃない。
「文化とか技術とか! 色々問題になりますよね!?」
「んー?」
ミストルティン様は少しだけ首を傾げて――
「大丈夫だよ?」
「何がですか!?」
即答だった。
不安しかない。
「そもそも、この家に人なんて来ないでしょ?」
「……」
一瞬、言葉に詰まる。
確かに。
この屋敷は基本的に外部の人間は来ない。
許可された人しか入れないし、結界もある。
「……それは、そうですけど」
「でしょ?」
にこにこと満足そうに頷くミストルティン様。
「じゃあ問題ないね!」
「なりませんよ!?」
即座に否定する。
「“来ない”と“来ない可能性がある”は違います!!」
びしっと言い切る。
「何かあったときどうするんですか!」
「そもそも、魔道具って言い張ればいいし最悪の場合片付ければいいじゃん」
「雑!!」
即座に叫ぶ。
「その“魔道具って言い張る”で押し通せるほど甘くないですよね!?」
「えー? でもそれっぽくない?」
「それっぽいですけど!!」
認めてしまった。
見た目だけなら、確かに魔道具に見えなくもない。
光るし。
動くし。
謎の箱だし。
「ほら、この辺とか」
ミストルティン様がテレビを指差す。
「魔力で動く映像投影装置って言えばいけるよ!」
「妙に説得力あるのやめてください!?」
言い方がそれっぽすぎる。
「じゃあこれは?」
ゲーム機を持ち上げる。
「小型演算補助型魔道具!」
「急にそれっぽい単語並べないでください!!」
ダメだ。
全部それっぽく聞こえてくる。
「で、これが操作用の……」
「やめてください完成させないでください!」
「問題ないと思いますよ?」
不意に、やわらかな声。
振り向くと、ソフィア様が微笑んでいた。
「え」
「多少の文化差異は、いずれ馴染むものですから」
「スケールが大きい!!」
思わず叫ぶ。
いや確かにそうかもしれないけど。
今じゃない。
今じゃない絶対に。
「私も問題ないと思うわよ?」
エルヴィータ様まで、楽しげに頷く。
「こういう“新しいもの”って、広まる時は一瞬だもの」
「後押ししないでください!?」
完全に乗り気だった。
「……」
一拍。
深く息を吸って。
「適当すぎません!?」
全力でツッコんだ。
このままだと本当に押し通される。
「……」
ちらり、と後ろを見る。
メル。
「……確かに、魔道具と言われれば……」
「メル!?」
そっちに寄った。
完全に寄った。
「アメリアお姉さまは!?」
「……用途を隠せば、問題は少ないかもしれないわね」
「増えてますよね賛同者!?」
まずい。
完全に包囲されている。
「ほら、大丈夫でしょ?」
「大丈夫じゃないです!!」
必死に否定する。
でも――
「……」
言葉が、弱くなっていく。
なぜなら。
理屈が、通ってしまっているから。
雑だけど。
雑すぎるけど。
「……」
ぐっと唇を噛む。
そして――
「……仮に、ですよ?」
「うん?」
「仮にそれで押し通せたとしても」
指を突きつける。
「“量”がおかしいんです!!」
どんっ、と床を指す。
山のような袋。
ゲーム。
グッズ。
そして巨大テレビ。
「これはどう説明するんですか!?」
「え?」
一瞬、きょとんとして――
「趣味です!」
「押し切った!?」
勢いで来た。
完全に勢いで来た。
「貴族の趣味ってことで!」
「範囲が広すぎます!!」
どんな趣味だそれは。
「……」
沈黙。
そして。
「……否定しきれないのが悔しい……」
ぽつりと呟く。
貴族、割と何でもアリなところある。
「でしょ?」
「嬉しそうにしないでください!」
にこにこと満足そうなミストルティン様。
完全に勝った顔をしている。
「……まだあるよ?」
「まだあるんですか!?」
即座に返す。
もう十分すぎる。
これ以上何が出てくるというのか。
「最後にこれ!」
そう言って、アニ〇イトの袋をひとつ持ち上げる。
――いや。
「……それ“ひとつ”ってサイズじゃないですよね?」
明らかに大きい。
嫌な予感しかしない。
「いいからいいから!」
ぐい、と押し付けられる。
「……」
恐る恐る、中を覗く。
そして――
「……は?」
思考が、止まった。
見覚えのある装丁。
見覚えのあるタイトル。
そして。
「……これ」
手に取る。
「私が好きなシリーズの……最新巻……?」
発売したばかりのはずだ。
まだ買いに行けていない。
「ちゃんと全巻揃えたよ!」
「なんでですか!?」
さらっととんでもないことを言う。
しかも――
ぱらり。
さらにめくる。
別の本。
また別の本。
「……関連作品も……?」
「うん!」
「スピンオフまで!?」
網羅されている。
逃げ場がないレベルで。
「あとこれも」
追加で差し出される。
手に取って――
「……」
一瞬、固まる。
「……これ」
表紙。
見覚えがある。
というか。
「……同人誌……?」
「うん!」
「なんであるんですか!?」
公式じゃない。
明らかに非公式。
でも内容は――
「……っ」
ぱら、とめくる。
――好きなやつだ。
解釈一致。
ものすごく、いい。
「……」
無言になる。
「どう?」
「……良いです」
「即答した!」
「いやこれは仕方ないです!!」
抗えない。
これは無理だ。
理性ではどうにもならないやつだ。
「でしょでしょ!」
楽しそうに笑うミストルティン様。
「……」
袋の中を、もう一度見る。
まだある。
まだ入ってる。
というか――
「……これ、底……見えないんですけど」
「うん、ちょっと拡張してる!」
「やっぱりですか!?」
空間拡張。
嫌な予感は当たっていた。
「ほら、まだまだあるよ!」
「まだあるんですか!?」
もう何度目か分からないツッコミ。
しかし――
ごそっ。
ごそごそごそ。
どさっ。
どさどさっ。
「……」
出てくる。
出てくる。
出てくる。
――止まらない。
「……」
無言で、天井を見上げる。
横を見ると。
メルがきらきらした目で本を抱えている。
「……宝の山です」
「メルが完全に落ちてる……」
アメリアお姉さまも、静かに本を手に取っていた。
「……これは、時間が足りないわね」
「遊ぶ前提なんですか!?」
誰も止めない。
誰も止められない。
「……護衛の人」
最後の希望。
「……記録更新」
「……“物量により理性崩壊”……」
「……分類不能……」
「ダメでした!!」
完全に終わった。
「今日はいっぱい楽しもうね!」
「休息日ってなんでしたっけ!?」
思わず叫ぶ。
しかし。
誰も、否定しなかった。
――こうして。
私の“静かに過ごすはずだった休日”は。
想定の何倍もの物量と共に、音を立てて崩壊したのだった。




