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[毎日更新中]転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第二章 アトリエ開業編

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109話 鋼を継ぐ者、理を紡ぐ者①

 薬理統制局の仕事が、ようやく一段落して。


 ――久しぶりに、アトリエへと戻ってきた。


「……落ち着く」


 思わず、ぽつりと呟く。


 薬品の匂い。

 使い慣れた器具。

 聞き慣れた、穏やかな物音。


 つい数日前まで、あの書類の山に埋もれていたのが嘘みたいだった。


「おかえりなさい、エレノア様」


 奥から顔を出したメルが、にこりと笑う。


「ただいま。……なんか久しぶりな気がする」


「実際、少し空いてましたからね」


 カイルが後ろから補足する。


「薬理統制局が忙しかったもんね……」


 軽く肩を回しながら、店内を見渡す。


 相変わらず、穏やかな空気。


 けれど――


「……ちょっと変わった?」


「はい?」


 メルが首を傾げる。


「なんていうか……前より、人が多い?」


「それはそうですよ」


 カイルがさらりと言った。


「例の件以降、ポーションの需要が増えておりますので」


「……あー」


 思わず遠い目になる。


 原因、たぶん自分だ。


 薬理統制局の設立後、ポーションの流通は大きく変わった。


 これまでは一部のルートに限られていたそれを、ギルド経由でも扱えるようにした。


 使用は国内の依頼に限定。

 そして――私が必要と判断した場合に限り、国外での使用も許可。


 条件は付けた。


 でも、その分――


「……そりゃ、増えるよね」


 ぽつりと呟く。


 今まで“買いたくても買えなかった”低ランクの冒険者たち。


 その層にも、ようやく手が届くようになった。


 結果は単純だった。


 需要が増えれば――


「混むよね……」


 視線の先。


 店内には、以前より明らかに多い人影。

 カウンターの前には列ができ、


「はい次の方! ポーションはお一人様規定数までです!」


 リリアが声を張り上げている。


 その横では、


「こちら三本ですね! お待たせしました!」

「次の方どうぞ!」


 数名の使用人たちが慌ただしく動き回っていた。


 手際はいい。

 けれど――明らかに忙しい。


 一方、メルは――


 お昼のラッシュが過ぎ去り、のんびりと次のラッシュに向けてパンを焼いていた。


 一定のリズムで生地をこね、迷いのない手つきで成形していく。


 その様子は、どこか穏やかで。


 ――同じ店の中とは思えないくらい、空気が違う。


「……こうも差が出るものなのかな」


 ぽつりと呟くと、


「担当が違いますからね」


 カイルがいつもの調子で答えた。


「片や即応が求められる販売」

「片や工程管理が重視される製造です」


「……言ってることは分かるけど」


 ちらりと視線を往復させる。


 慌ただしい前線と、落ち着き払った奥。


「なんか、納得いかない」


「お気持ちは分かります」


 でも否定はしないあたり、さすがだった。


 ――カラン。


 扉のベルが鳴った。


「いらっしゃいませー!」


 リリアが忙しそうに声を上げる。


 けれど、入口に立っていた人物を見た瞬間――


「……あれ?」


 ほんの少しだけ、声のトーンが変わった。


 そこにいたのは、見知った顔の女性だった。


「ヘルガーさんお久しぶりです!」


「久しぶりだな、エレノア」


 ヘルガーさんは、バレンシアで鉄砲魚の件について協力してくれた人物で、それ以降も親密な関係が続いており、互いにポーションなどの情報をやりとりしていた。


「噂は聞いてるぞ。随分と派手にやってるみたいじゃねぇか」


「……その“噂”、たぶん八割くらいは誇張されてますよ?」


「どうだかな」


 にやり、と笑う。


 相変わらず、こちらの反応を楽しむような目だ。


 けれど――


「これまた、随分立派な建物を建てたもんだね。あたしのアトリエと比較するもんじゃないんだろうけど、人もかなり多い」


「……あはは」


 乾いた笑いが漏れる。


 否定、できない。


「規模だけじゃねぇな」


 ヘルガーさんは、ゆっくりと店内を見回す。


 カウンター、導線、在庫の置き方。

 忙しなく動くリリアたちの動きまで――一通り観察して、


「……ちゃんと“回ってる”」


 ぽつりと呟いた。


「その辺の店じゃ、こうはいかねぇぞ」


「……そう、ですか?」


「無駄が少ねぇ。人の動きも、品の流れもな」


 そこで一度、こちらを見る。


「――お前さんが考えたのかい?」


「一応、全体の設計は」


「はっ」


 短く笑う。


「子供のやることじゃねぇな」


「一応、褒め言葉として受け取っておきます」


「その通りだ」


 即答だった。


 少しだけ肩の力が抜ける。


 けれど――


「……まあ、その分」


 ちらりと、カウンターの方を見る。


「負担はそっちに行ってるみたいだけどな」


「うっ」


 痛いところを突かれた。


「いらっしゃいませー! 少々お待ちください!」

「次の方どうぞー!」


 リリアたちが慌ただしく対応している。


 明らかに余裕はない。


「……あー」


 思わず遠い目になる。


 原因、たぶん自分だ。


 設立後、ギルド側にも使えるようにし、国内の依頼と――私が必要と判断した場合に限り国外での使用も許可した。


 その結果、今まで買いたくても買えなかった低ランクの冒険者でも手に入るようになり、見事に需要が爆発した。


「そりゃそうなるだろうな」


 ヘルガーさんは、呆れ半分、納得半分といった顔で頷く。


「供給絞ってたもんを一気に解放すりゃ、こうもなる」


「……分かってはいたんですけどね」


「対策は?」


「……これからです」


「後手か」


 即座に切り捨てられた。


「ぐっ……」


「まぁお前さんのポーションは、高性能だし対策しようもないか」


「……それ、褒めてます?」


「半分な」


 さらっと言い切る。


「もう半分は?」


「厄介だって話だ」


 迷いのない即答だった。


「需要が爆発するのも当然だ。効果が頭一つ抜けてりゃ、誰だって欲しがる」


「……ですよね」


「しかも制限緩めたんだろ?」


「……はい」


「なら尚更だ。止められるわけがねぇ」


 ぐうの音も出ない。


「お前さんは、頭はいいのにどこか抜けている。

 一気に開放するんじゃなくて、段階的に開放したほうがよかったんじゃないかい?」


 その言葉に、私の心は無数の針で刺され――瀕死状態となっていた。


「……っ」


 反論、できない。


 正論すぎる。


 正論すぎて、逃げ場がない。


「ヘルガー殿......エレノア様が多大なダメージを受けていますのでその辺で......」


私の様子をみて察したのか護衛の騎士さんが助け船を出してくれた。


「ん? ああ、悪い悪い」


 全然悪いと思っていなさそうな顔で、ヘルガーさんは軽く手を振った。


「だがまぁ、言っとかねぇとそのまま突っ走りそうだからな」


「……否定できません」


 小さく呟く。


 実際、その通りだと思う。


「まぁいい」


 ヘルガーさんは、ふっと肩をすくめた。


「今日はお説教する為に来たわけじゃないしね」


 ヘルガーさんは、軽く店内を見回してから続けた。


「ま、祝いも兼ねて顔出しただけだ」


「開店祝い、ですか?」


「そういうことだ」


 そう言って、懐から小さな包みを取り出してカウンターに置く。


「簡単なもんだがな。後で開けな」


「ありがとうございます」


 素直に頭を下げる。


 こういうところは、本当に面倒見がいい。


 ……言葉は容赦ないけど。


「で」


 とん、と指でカウンターを叩く。


「本題だ」


「本題……?」


 その言葉に、思わず背筋が伸びた。


「忠告……ですか?」


「ああ」


「私以上にめんどくさい性格の上に癖がかなり強い」


「……それ、だいぶ覚悟が必要なやつでは?」


 思わず本音が漏れる。


「安心しな。腕は本物だ」


「そこはもう何度も聞きました」


「大事なことだからな」


 さらりと言い切るあたり、ぶれない。


「具体的には、どんな感じなんですか?」


「そうだな……」


 ヘルガーさんは少し考える素振りを見せてから、


「気に入らねぇ相手には、とことん愛想が悪い」


「それはまぁ、なんとなく想像できました」


「逆に気に入れば――」


 にやり、と口角を上げる。


「とことん絡む」


「……どっちに転んでも大変そうですね」


「まぁな」


 軽く肩をすくめる。


「あと、自分の領分に踏み込まれるのが嫌いだ」


「職人気質、ってやつですか?」


「そういう言い方をすりゃ聞こえはいいが――」


 一瞬だけ、言葉を切ってから、


「単に頑固だ」


「……なるほど」


 分かりやすい。


 分かりやすすぎて、不安が増す。


「恐らくだが、あいつのことだ。

 自分で腕の立つ人間なのか見極めないと、耳すら貸さないだろうな」


「……なるほど」


 分かりやすい。


 分かりやすすぎて、不安が増す。


「つまり――試される、ということですか」


「そういうことだな」


 あっさりと肯定される。


 逃げ道は、なさそうだった。


「一応聞いておきますけど」


 小さく息を吐いてから、言う。


「何を基準に“腕がある”って判断する人なんですか?」


「さあな」


「え」


「その時の気分かもしれねぇし、

 仕事の内容かもしれねぇ。

 あるいは――」


 ヘルガーさんは、少しだけ口元を歪める。


「一目見ただけで決めるかもしれねぇな」


「……それ、対策のしようがないのでは?」


「ないな」


 即答だった。


「だから言ってるだろう」


 にやり、と笑う。


「賭けだってな」


「……ですよね」


 思わず遠い目になる。


 けれど――


 不思議と、嫌な気分ではなかった。


 むしろ、


 胸の奥に、じわりと熱が灯る。


「面白いですね」


 ぽつりと零すと、


「はっ」


 ヘルガーさんが短く笑った。


「やっぱりそう来るか」


 その時――


 ――カラン。


 扉のベルが鳴った。


 その音に、ヘルガーさんがゆっくりと視線を向ける。


「……来たな」


 短く、そう呟く。


 つられるように、私も入口を見る。


 けれど――


 その姿を、はっきりと認識する前に。


「――」


 言葉にならない何かを、感じた。


 空気が、変わる。


 それだけで分かる。


 ――この人が、そうだ。


 ヘルガーさんが言っていた、“腕のいい鍛冶師”。


 自然と、背筋が伸びる。


(……試される、か)


 胸の奥で、小さく呟いた。


 次の瞬間。


 その人物が、一歩、店内へと足を踏み入れた――

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