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[毎日更新中]転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第二章 アトリエ開業編

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108話 交渉の果て、管理の始まり


「どうしてこうなった......」


私は深いため息をついていた......

あの会議から一週間後ーー


私のポーションを管理する機関「薬理統制局」が設立されその最高責任者へと就任した。


仕事は下に押し付けてもいいと言われたがそれさえも私にとっては厄介ごととしてしかみてない。


「仕方ないですよ......」


私の深いため息を聞いたカイルが声を掛けてきた。


「この国では、大人ほどではありませんが10歳になるとそれなりの責任を背負わなくてはいけません


早いものだと貴族家の当主になったりする者もいると聞きます。」


「……それにしたって、重すぎると思うんだけど」


 机に突っ伏しながら、ぼそりと呟く。


 視界に入るのは――


 まだほとんど何も書かれていない書類。


 空欄だらけの報告用紙。


 そして、


「……規約案、運用指針、記録様式……」


 “これから決めるもの”の山だった。


「まだ何も始まってないのに、やることだけ多い……」


「設立直後ですからね」


 カイルは落ち着いた様子で答える。


「むしろ、ここが一番大変な時期です」


「えぇ……」


 すでに帰りたい。


「仕事は下に任せてもいいと仰っていましたが」


「うん、言われた」


「ですが、最初の方針だけはエレノア様が決める必要があります」


「……なんで?」


「後からでは、修正が効きにくくなりますから」


 即答だった。


 ぐうの音も出ない。


「……つまり」


 ゆっくりと顔を上げる。


「今ここで決めたことが、この先ずっと使われるってこと?」


「はい」


「…………」


 数秒の沈黙。


 そして、


「……それ、逃げちゃダメなやつだ」


「はい。逃げられません」


 にこやかに、断言された。


 ひどい。


 ひどい。


 でも――


「……じゃあ、せめて簡単にしたい」


 ゆっくりと体を起こし、ペンを手に取る。


「難しいことは、あとでいい」


「まずは“誰でも守れる形”にしたい」


「良い判断だと思います」


 カイルが静かに頷いた。


「現場で使われる以上、複雑な規則は機能しませんから」


「だよね……」


 貴族でも、騎士でも、冒険者でも。


 全員が同じように理解できるものじゃないと意味がない。


 だから――


 白紙の用紙に、最初の一行を書く。


「――“記録は簡潔に、例外は必ず残す”」


「例外、ですか」


「うん」


「例外なんて作ってしまったら抜け穴ができてしまうのでは?」


 カイルが不思議そうな顔を浮かべている。


「逆だよ」


 私は首を横に振る。


「例外がなければ、本当に非常事態の時に判断が遅れて手遅れになることもあるわ」


「……」


 カイルは黙って続きを待つ。


「例えば、目の前で誰かが死にかけてるのに」


「“手続きがまだだから使えません”って言われたら――どう思う?」


「……それは」


 一瞬だけ言葉に詰まる。


「助けられる命を、見捨てることになりますね」


「そういうこと」


 小さく頷く。


「ルールは守るためにあるけど」


「守ること自体が目的になったら意味がない」


 ペンをくるりと回しながら、続ける。


「だから、“例外は認める”」


「ただし――」


 そこで少しだけ声のトーンを落とす。


「ちゃんと記録は残す」


「例外で使った理由も、全部」


「後から必ず確認できるようにするの」


「……なるほど」


 カイルが静かに目を細めた。


「あとは、例外の具体例を設けてしまえば、よっぽどのことがない限りは大丈夫だと思う」


「具体例、ですか?」


「うん」


 私は軽く頷く。


「“こういう時は使っていい”って最初から決めておけば、現場も迷わないでしょ?」


「確かに……判断基準が明確になりますね」


「でしょ?」


 指先で紙をとん、と叩く。


「例えば――重傷者の救命、災害時の緊急対応、魔物被害の拡大防止」


「そのあたりは、最初から例外として認める」


「……なるほど」


 カイルはすぐにペンを取り、書き留めていく。


「ですが、それ以外のケースはどうされますか?


 例えば、戦争ですとか」


「完全にはダメじゃない」


 少し考えてから、口を開く。


「――国と、そこにいる人たちを守るためなら許可する」


「国と……民」


「うん」


 小さく頷く。


「街が襲われた時とか、侵入された時とか」


「そういう“守るための戦い”ならいい」


「……では、遠征や侵攻は?」


「ダメ」


 迷いなく言い切る。


「それはもう“守る”じゃないでしょ」


「……確かに」


 カイルは納得したように頷いた。


「線引きはシンプルでいいの」


 私は指で紙を軽く叩く。


「“誰かを守るためかどうか”」


「それだけ」


「……承知しました」


 カイルはペンを走らせる。


「“国および民の防衛を目的とした場合に限り許可”と明記します」


「うん、それでお願い」


 カイルのペンが、迷いなく紙の上を走る。


 さらさらと書き込まれていく文字を眺めながら、私は小さく息を吐いた。


「……なんか、思ってたよりちゃんとしてきた」


「最初が肝心ですからね」


「だよね……」


 軽く苦笑する。


 正直、面倒ごとでしかないと思っていた。


 でも――


「……これで、ちゃんと守れるかな」


 ぽつりと、呟く。


「守れると思います」


 間を置かず、カイルが答えた。


「少なくとも、“何もない状態”よりは確実に」


「……そっか」


 その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。


 と、その時。


 ――コンコン。


 控えめなノックの音が、部屋に響いた。


「失礼いたします」


 扉の向こうから、聞き慣れた声。


「アンナです。薬理統制局の件で、王城から使者の方がいらしています」


「……もう?」


 思わず顔を上げる。


 まだ、設立して一週間。


 実務なんて、ほとんど始まっていないはずなのに。


「お通ししてもよろしいでしょうか?」


「……うん、お願い」


 小さく頷くと、アンナの足音が遠ざかっていく。


 そして――


「……来ましたね」


「うん」


 カイルの言葉に、私も頷く。


「最初の“外”からの案件」


 まだ整いきっていないルール。


 作りかけの仕組み。


 でも――


「……やるしかないか」


 小さく息を吸って、


 背筋を伸ばす。


 ――薬理統制局、初めての対応。


 それが、今から始まろうとしていた。


 ほどなくして、扉が開いた。


「失礼いたします」


 アンナに案内されて入ってきたのは、一人の男性だった。


 整った装い。

 無駄のない所作。


 王城の文官――それも、それなりの立場に見える。


「薬理統制局、最高責任者――エレノア様でお間違いないでしょうか」


「はい、そうです」


 椅子に座ったまま、小さく頷く。


 相手は一礼し、名乗った。


「王城文官、マルクスと申します。本日は、正式な依頼として参りました」


「依頼……ですか?」


「はい」


 マルクスは一枚の書類を差し出す。


 カイルが受け取り、すぐに内容へと目を通した。


 その表情が、わずかに引き締まる。


「……内容は?」


「王都外縁部にて、小規模な魔物の群れが確認されました」


「規模は小さいものの、民間への被害が出始めております」


「……それで?」


「討伐部隊の派遣は既に決定しております」


 一拍置いて、


「その上で――」


 まっすぐ、こちらを見る。


「エレノア様のポーションの使用許可を頂きたい」


「……なるほど」


 思わず、カイルと視線を合わせる。


 さっき決めたばかりの話。


「条件は?」


「前線部隊への配備を想定しております」


「継戦能力の維持、および負傷者の即時回復を目的としております」


「……」


 少しだけ考える。


 そして、


「……条件付きで許可する」


「……よろしいのですか?」


 マルクスの目がわずかに見開かれる。


「ただし、そのままはダメ」


 指で机を軽く叩く。


「“無制限に戦えるようにするため”の使い方は禁止」


「……では、どのような条件で?」


「配備数は最低限」


「重傷者の回復と、撤退支援を優先」


「あと――」


 一瞬だけ言葉を選ぶ。


「防衛線の維持まで」


「それ以上はダメ」


「……攻勢への転用は禁止、ということですね」


「はい


 はっきり頷く。


「これを使って押し込むのはダメ」


「でも、守るために踏みとどまるならいい」


「……なるほど」


 マルクスは納得したように頷いた。


「では、“防衛目的に限定した前線配備”として申請いたします」


「うん、それでお願い」


「加えて、使用記録の提出義務も」


 カイルが横から補足する。


「誰が、どこで、どのような状況で使用したのか」


「詳細な報告を義務付けます」


「承知いたしました」


 マルクスは深く一礼した。


 そのまま静かに書類をまとめる。


 そして――


「……ありがとうございます」


 短く、それだけを残して。


 再び一礼し、部屋を後にした。


 扉が閉まる音が、静かに響く。


「……通ったね」


「はい」


 カイルが頷く。


「非常に妥当な判断かと」


「……そうかな」


 少しだけ天井を見上げる。


 さっきまでより、ほんの少しだけ――


 重みが増した気がした。


「……なんか、思ったより大変かも」


「今さらですね」


「うん、今さらだね……」


 小さく笑って、


 私は椅子に深くもたれかかった。


 軽く目を閉じる。


 頭を使いすぎたせいか、どっと疲れが押し寄せてくる。


 しばらく、このままでいたい――


 そう思った、その時だった。


「失礼いたします」


 再び、ノックの音。


「……?」


 カイルと顔を見合わせる。


 さっきの件、もう終わったよね?


「どうぞ」


 恐る恐る返事をすると、扉が開く。


 入ってきたのは――


「薬理統制局宛の申請書です!」


 両手いっぱいに紙を抱えた文官だった。


「こちらも!」「追加分です!」


 その後ろから、さらに数名。


 次々と机の上に積まれていく書類。


「え、ちょっ……なにこれ」


「先ほどの決定を受けて、各所から申請が一斉に……」


「一斉に……?」


 机の上に、あっという間に築かれる“紙の山”。


 さっきまでの比じゃない。


 というか――


「増えてない?」


「増えてますね」


 カイルは即答した。


「むしろ、これからが本番かと」


「…………」


 数秒、固まる。


 そして、


「どうしてこうなった……」


 本日二度目の、深いため息。


 ――その原因は、間違いなく自分だ。


 自分で決めた。


 逃げないとも、言った。


 だから――


「エレノア様、まずは優先順位を決めましょう」


「……うん」


 逃げ場は、もうないらしい。


 私はゆっくりと体を起こして、


 目の前の書類の山へと手を伸ばした。


 ――その時。


 ひらり、と。


 一番上の書類が、わずかにずれた。


「……?」


 何気なく視線を落とす。


 そこに書かれていた一文。


『緊急申請:王城近衛部隊への試験配備について』


「…………」


 ゆっくりと、顔を上げる。


「カイル」


「はい」


「これ、“優先順位一位”でいいよね」


「……ええ、間違いなく」


 即答だった。


「…………」


 もう一度、書類を見る。


 さっき自分で決めたばかりの内容。


 その“最初の運用”が――


 もう来ている。


「……本当に、始まったんだ」


「はい」


 静かに、カイルが頷く。


 逃げられない現実と一緒に。


「…………」


 小さく息を吐いて、


「……じゃあ、やろうか」


 ペンを取る。


 目の前の山に、手を伸ばす。


 紙の擦れる音が、静かに部屋に広がる。


 ――薬理統制局、運用開始。


 それはきっと、この国のどこかで――


 誰かを守るための一歩になる。


 ……はずなんだけど。


「……帰りたい」


 誰にも聞こえないくらいの声で、


 私はもう一度だけ、そう呟いた。

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