107話 ギルドの交渉、割れる意見②
ごめん......
前編後編の配分間違えた......
――凍りついた空気は、数秒では解けなかった。
誰も、すぐには言葉を発せない。
理解が追いついた者から順に、顔色を変えていく。
困惑。
警戒。
そして――わずかな苛立ち。
「……選ばせる、だと?」
最初に口を開いたのは、王城側だった。
低く、抑えた声。
だがその奥にあるのは、明確な動揺。
「どういう意味だ、それは」
当然の疑問。
けれど。
「そのままの意味です」
私は、淡々と答えた。
わざと、言葉を補足しない。
相手に“考えさせる”ために。
「我々に理解できる形で説明してもらおう」
別の重鎮が、やや強い口調で割って入る。
圧をかける声音。
だが――
「ええ、もちろん」
軽く頷く。
その程度で揺れるつもりはない。
むしろ。
ここからが本番だ。
視線をゆっくりと巡らせる。
王城側。
そして、ギルド側。
全員が、こちらを見ている。
完全に――主導権はこちらに移った。
「まず、大前提としてポーションの作成者は私です。
そして、この製法は私が独自で改良を重ねてきたものです」
静かに言い切る。
誰も口を挟まない。
――いや、挟めない。
事実だからだ。
「つまり」
一拍。
「その製法をどう扱うかの最終的な判断権は、私にあります」
空気が、わずかに揺れた。
王城側の何人かが、表情を変える。
当然だ。
“管理する側”のはずだった彼らが、今――前提を崩されたのだから。
「……個人の裁量で国家規模の資源を扱う、と?」
低く、牽制するような声。
だが。
「はい」
即答した。
迷いはない。
「だからこそ、“選ばせる”んです」
視線を、まっすぐ向ける。
逃がさないように。
「王城にも、ギルドにも」
ゆっくりと、言葉を区切る。
「同じ条件で、同じ量を供給します」
――ざわり。
今度は、はっきりと場が揺れた。
どちらかに寄ると思っていた。
だが違う。
完全な“横並び”。
「使用方法、運用体制、成果」
一つずつ、指を折る。
「すべてを記録し、比較する」
沈黙。
誰も軽々しく口を挟めない。
「そして」
わずかに、間を置く。
「より適切に扱えた側に、供給量を増やします」
その一言で。
空気が、完全に変わった。
対立から――
“競争”へ。
「ふ……」
小さく、誰かが息を漏らす。
それが笑いか、呆れかはわからない。
だが一つだけ、確かなことがある。
もうこの場は――
王城とギルドがぶつかる場ではない。
私が用意した“土俵”の上に、立たされた場だ。
――の、はずだった。
「認められん」
低く、重い声が落ちる。
王城側の一人。
その表情には、明確な拒絶が浮かんでいた。
「そのような不安定な制度に、国家として乗ることはできん」
予想通りの反応。
だが――
「……こちらも同意しかねるな」
続いたのは、ヴァルクスだった。
わずかに目を細め、私を見る。
「競争という発想は悪くない」
「だが、供給を完全に握られた状態では――対等とは言えん」
静かに、だがはっきりと否定する。
――両者、反対。
場の空気が、一瞬だけ揺らぐ。
普通なら。
ここで案は崩れる。
だが。
「そうですか」
私は、あっさりと頷いた。
驚きも、焦りもない。
まるで、最初からわかっていたかのように。
「では――」
一拍。
視線を、ゆっくりと全員に向ける。
「このお話は、ここまでですね」
沈黙。
今度は、別の意味で場が止まった。
「……何を言っている?」
王城側の一人が、眉をひそめる。
「そのままの意味です」
淡々と、言い切る。
「双方が受け入れられないのであれば、私はどちらにも提供しません」
空気が、凍りついた。
誰も、すぐには言葉を発せない。
それが何を意味するのか――
理解してしまったからだ。
「……貴殿は、それでいいのか?」
ヴァルクスが、低く問う。
試すような視線。
だが。
「構いません」
迷いなく、答えた。
「そもそもこれは、“無理に広める必要のあるもの”ではありませんから」
静かに、言葉を重ねる。
「私の店だけで扱うことも可能です」
――逃げ道を、断つ。
完全に。
「それでは困る、というのであれば」
一拍。
わずかに、口元を緩める。
「受け入れられる条件を、提示してください」
その瞬間。
主導権は――完全に確定した。
「率直に言って、私が一番恐れているのは――戦争利用です」
その一言で。
場の空気が、明確に変わった。
先ほどまでの駆け引きとは、質が違う。
軽々しく触れていい話ではないと、誰もが理解している。
「国家も冒険者ギルドも、戦争利用ができる立場にある」
静かに、言葉を重ねる。
「その時点で、どちらかが独占してしまえば――均衡は崩れます」
誰も、口を挟まない。
反論できる余地がないからだ。
「そしてそれは」
一拍。
「必ず“争い”を生む」
断言する。
可能性ではない。
結果として。
「そもそも」
わずかに視線を落とし、すぐに上げる。
「私の錬金術は、人を助けるためのものです」
その声に、わずかな熱が乗る。
「戦争のために使われることを前提にした力ではありません」
静かだが、揺るがない。
その意思だけは、はっきりと伝わる。
だからこそ。
「どちらか一方に委ねる、という選択肢はありません」
言い切る。
逃げ道は、最初から用意していない。
「かといって、無制限に解放することもできない」
視線を巡らせる。
全員に、突きつけるように。
「だから――」
一拍。
場の全ての意識を引き寄せて。
「責任を持って扱えるかどうかを、“結果で示してもらう”必要があります」
静寂。
先ほどとは違う。
否定ではなく――理解に近い沈黙。
「そのための条件が、先ほど提示したものです」
淡々と、締める。
「受け入れられないのであれば、提供はしません」
最後の一線だけは、揺るがない。
――その時だった。
「……エレノア嬢らしい考えだな」
静かに。
だが、この場の誰よりも重い声が落ちた。
全員の視線が、一斉に上座へと向く。
――陛下。
これまで一言も口を挟まず、ただ静かに聞いていた存在。
その人が、初めて言葉を発した。
「そして――ごもっともな意見だ」
たったそれだけ。
それだけで。
場の空気が、決定的に変わった。
「……」
誰も、すぐには反応できない。
王城側の重鎮たちでさえ、言葉を失っている。
それも当然だ。
今の一言は――
この場における“判断基準そのもの”を、示したに等しいのだから。
否定はできない。
否定すれば、それは――
陛下の言葉を否定することになる。
「争いを生まぬための力の扱い方を考える」
ゆっくりと、続けられる。
「それは、為政者としても無視できぬ視点だ」
静かだが、確かな肯定。
そして。
「ヴァルクス」
名を呼ばれ、ギルドマスターがわずかに姿勢を正す。
「貴殿はどう見る」
問いが、投げられる。
場は完全に、次の段階へと移った。
ただの対立ではない。
“決断”を迫られる局面へ。
その中心にいるのは――
言うまでもなく。
私だった。
「……評価は変わらん」
わずかな間の後。
口を開いたのは、ヴァルクスだった。
陛下の言葉を受けてもなお、その声音に揺らぎはない。
「理に適っている」
はっきりと認める。
その上で。
「だが――受け入れはしない」
空気が、張り詰めた。
王城側の何人かが、息を呑む。
陛下の発言の直後。
それでもなお、否を突きつけたのだから。
「ほう」
陛下は、わずかに興味を示すように目を細めた。
「理由を聞こう」
「簡単な話だ」
ヴァルクスは、視線を逸らさない。
まっすぐに、応じる。
「その制度では、“現場が縛られる”」
一拍。
「結果を出せばいい――言葉にすれば単純だ」
「だが現場は、そんな綺麗なものではない」
低く、確実に。
言葉を積み上げる。
「戦場では、判断は一瞬だ」
「記録も、評価も、後付けに過ぎん」
机に置かれた手が、わずかに力を帯びる。
「その一瞬を縛る制度に、我々は乗れん」
沈黙。
感情論ではない。
現場を知る者の、実感のこもった否定。
「……なるほど」
陛下が、小さく頷く。
否定はしない。
それもまた、正しいからだ。
そして。
再び、視線がこちらへ向く。
――どうする。
そう問われている。
「でしたら――今後、ギルド関係者への使用はお断りさせていただきます」
あまりにも、あっさりと。
まるで日常の延長のように告げたその一言は――
場の空気を、完全に止めた。
「……は?」
間の抜けた声が、誰かの口から漏れる。
それも無理はない。
今、何を言われたのか。
理解が追いついていないのだから。
「ギルドの要望は、“現場で自由に使えること”でしたよね」
静かに、確認する。
視線はヴァルクスへ。
「ですが、その前提となる管理体制には同意できない」
一拍。
「つまり、“制御を受けずに使用したい”ということになります」
否定は、返ってこない。
事実だからだ。
「であれば――」
淡々と、言葉を続ける。
「そのリスクを、私は許容できません」
静かに、結論を落とす。
「ですので、提供はできません」
完全な拒絶。
言い換えではない。
逃げ道もない。
「……貴殿は」
ヴァルクスの声が、わずかに低くなる。
「それで、現場の損失を許容すると?」
試すような問い。
だが。
「はい」
迷いなく、頷いた。
「それによって守られるものがあるのであれば」
その一言で。
場の空気が、再び張り詰める。
これはもう、交渉ではない。
――価値観の衝突だ。
「……貴殿は、それで現場がどうなるか理解しているのか?」
ヴァルクスの声が、低く落ちる。
先ほどまでの理知的な響きはそのままに、だが明確な圧が乗っていた。
「理解しています」
間を置かず、答える。
「その上での判断です」
「現場の人間が命を落とす可能性が増える」
言葉が、重くなる。
「それでも、か?」
「はい」
即答だった。
迷いは、一切ない。
「それ以上に、大きな被害を防ぐためです」
空気が、軋む。
互いに一歩も引かない。
「理屈はわかる」
ヴァルクスが、わずかに息を吐く。
「だがな、それは“遠くから見た正しさ”だ」
一歩、言葉を踏み込ませる。
「現場は違う」
「目の前で倒れる仲間を救えなかった時――その理屈で納得できると思うか?」
鋭く、突き刺すような問い。
だが。
「納得は、できないでしょうね」
私は、否定しない。
静かに受け止める。
「ですが」
一拍。
「その感情で判断を誤れば、もっと多くの命が失われます」
真っ直ぐに、言い返す。
「私は、その可能性を見過ごせません」
再び、沈黙。
重い。
だが確実に、互いの立場がぶつかり合っている。
「……話にならんな」
ヴァルクスが、小さく吐き捨てる。
「理念は立派だ」
「だが、それで人は救えん」
「いいえ」
即座に、否定した。
「だからこそ、こうして止めているんです」
視線を、逸らさない。
「誤った使い方で、人が死ぬ前に」
――ピリ、と空気が張り詰める。
完全に、言い合い。
互いに一歩も譲らない。
その時。
「……そこまでだ」
静かに。
だが、この場のすべてを制する声が落ちた。
――陛下。
空気が、一瞬で整う。
「エレノアの意見は、もっともだ」
はっきりと、言い切る。
王城側の誰もが、姿勢を正した。
「戦争利用を避けるための制御」
「それを前提とする考えは、為政者としても無視できぬ」
一度、言葉を区切る。
そして。
ゆっくりと、ギルド側へ視線を向けた。
「だが――」
わずかに、声音が変わる。
「あなたたちは、何をしに来た?」
静かな問い。
だが、その重みは計り知れない。
「交渉に来たのではないのか」
沈黙。
誰も、軽々しく口を開けない。
「であれば」
わずかに身を乗り出す。
「ただ否定するのではなく、“受け入れられる形”を示すべきだろう
ただ、己の理想や現場の状況を語ったところで製作者がダメだと言っているのであれば引くのが自然ではないか?
それは、交渉ではなくただの我がままだ」
その一言で。
場の流れが、完全に変わった。
対立ではなく――
“次の一手”を求める場へと。
――沈黙。
今度こそ、完全に言葉が止まった。
王城側ですら、何も言えない。
ましてやギルド側は――
「……確かに」
先に口を開いたのは、ヴァルクスだった。
低く、静かな声。
だがその中に、先ほどまでの鋭さはない。
「その通りだ」
あっさりと、認める。
場が、わずかに揺れた。
否定しない。
逃げない。
正面から受け止めた。
「製作者が拒否している以上、引くべきだという理屈も理解できる」
一拍。
だが。
「――それでも」
顔を上げる。
視線は、真っ直ぐ。
まっすぐに、こちらへ。
「引けんのだ」
その一言には、迷いがなかった。
「我々は、現場を預かる立場にある」
「目の前で救える命があるなら、手を伸ばす義務がある」
静かに。
だが確実に、言葉を積み上げる。
「それを、“理念”で切り捨てることはできん」
空気が、再び張り詰める。
さきほどとは違う。
これは――意地ではない。
責任のぶつかり合いだ。
「……ほう」
陛下が、わずかに目を細める。
そのやり取りを、興味深そうに見ている。
そして。
再び、視線がこちらへと向けられた。
――どう応じる。
その問いに、答えようとした――その時だった。
「……もうよい」
静かに。
だが、確実に流れを断ち切る声。
――陛下。
ゆっくりと、息を吐く。
「双方の言い分は、十分に出揃った」
誰も口を挟まない。
挟めない。
ここから先は――“決まる”領域だからだ。
「であれば」
一拍。
「前提を変える」
空気が、わずかに揺れる。
その意味を、誰もすぐには理解できない。
「王城か、ギルドか」
ゆっくりと、言葉を落とす。
「どちらに委ねるか――その発想自体が誤りだ」
ざわり、と場が揺れた。
「ならば、委ねる先を作ればよい」
――その一言で。
すべてが繋がった。
「新たな管理組織を設立する」
断言。
迷いは、一切ない。
「王城でもない。ギルドでもない」
「双方が関与し、相互に監視する形の独立機関だ」
誰も、言葉を発せない。
あまりにも――完成された解。
「ポーションの製造、流通、使用、記録」
「そのすべてを、この組織に一任する」
視線が、ゆっくりと巡る。
「これであれば、独占は起きぬ」
「責任の所在も明確になる」
そして。
「戦争利用への抑止にもなる」
核心を、外さない。
完全に――盤面を制した一手。
「……なるほど」
最初に反応したのは、ヴァルクスだった。
低く、唸るような声。
「確かに、それならば“現場を縛るだけの制度”にはならん」
一歩、考えを進める。
「我々も運用に関与できる以上、柔軟性は確保される」
完全な否定は――消えた。
王城側もまた、沈黙したまま頷きを見せる者がいる。
受け入れられる形。
それに、限りなく近い。
そして。
視線が、最後に――私へと向けられる。
「エレノア」
静かな呼びかけ。
「これであれば、そなたの懸念にも応えられるはずだ」
――どうする。
その問いに。
私は、わずかに息を吐いた。
「……条件があります」
即答だった。
迷いはない。
むしろ――待っていた。
「製造は、私のみが行います」
ざわり、と空気が揺れる。
「レシピの共有は一切行いません」
一つ。
「供給量は、私が決定します」
二つ。
「そして」
一拍。
「規定に違反した場合、その時点で全供給を停止します」
――絶対条件。
逃げ道はない。
「……厳しいな」
誰かが、呟く。
だが。
「当然です」
静かに、言い切る。
「これは“力”ですから」
軽く扱っていいものではない。
その認識だけは、譲らない。
沈黙。
そして――
「よかろう」
陛下が、頷いた。
「その条件をもって、設立を進める」
決定。
もはや、覆らない。
王城も。
ギルドも。
誰一人として、異を唱えなかった。
唱えられなかった。
これ以上の形が、存在しないと理解したからだ。
――こうして。
ポーションを巡る対立は。
競争でも、独占でもなく。
“管理”という形で、決着した。
……はずだった。
「で、その組織のトップは誰がやるんだ?」
ぽつりと。
場違いなほど軽い声が落ちた。
一瞬、思考が止まる。
そして。
全員の視線が――
ゆっくりと、一点に集まった。
――私に。
「……いえ、私は関与しませんが」
即答。
反射だった。
関わる気など、最初からない。
だが。
「ほう?」
陛下が、わずかに口元を緩めた。
その瞬間。
嫌な予感が、背筋を走る。
「製造を一手に担い、供給量を決め、違反時には停止権限を持つ」
指を折るように、淡々と並べられる。
「それだけの権限を持つ者が、“関与しない”と?」
言葉に、逃げ道がない。
「……それは」
思わず、言葉に詰まる。
「責任の所在が曖昧になるな」
静かに、止めを刺される。
完全に。
「組織として成立させる以上、最終責任者は必要だ」
逃げ場はない。
「そして」
一拍。
「その条件を提示したのは、そなただ」
視線が、まっすぐ突き刺さる。
「であれば」
ゆっくりと、言い切る。
「責任もまた、負うのが筋ではないか?」
――論破。
完全に。
「……」
何も言えない。
言い返せない。
理屈が、完璧すぎる。
「異論はあるか?」
周囲へ向けられる問い。
だが――
「ないな」
ヴァルクスが、即答した。
しかも。
どこか楽しげに。
「むしろ、その方が都合がいい」
さらりと追撃。
王城側も、沈黙のまま頷く。
つまり――
全会一致。
逃げ道、完全消失。
「では、決まりだ」
陛下が、静かに頷く。
「新組織の最高責任者は――エレノア」
その一言で。
すべてが確定した。
……数秒。
思考が、完全に停止する。
そして。
「……お断りします」
絞り出すように、言った。
当然だ。
こんなもの、受け入れられるはずがない。
だが。
「却下だ」
即答だった。
間すら、ない。
「これは交渉ではなく、決定事項である」
にこり、と。
やけに穏やかな笑み。
――逃がさない顔。
「安心せよ」
軽く、付け加えるように。
「実務はすべて下に投げて構わぬ」
それはそれでどうなんだ。
「そなたはただ――最終判断を下せばよい」
それが一番重い。
「……」
言葉が出ない。
周囲を見る。
誰も助けてくれない。
むしろ。
全員、納得した顔をしている。
完全に、嵌められた。
――最初から。
ここに、着地させるつもりで。
「……はぁ」
小さく、ため息が漏れる。
そして。
観念するしかなかった。
こうして。
ポーションを巡る問題は解決し――
同時に。
とんでもない厄介事が、一つ増えたのだった。
――なお。
「おめでとうございます、エレノア様」
誰かが、心底楽しそうに言った。
祝いの言葉のはずなのに。
まったく、そう聞こえない。
「……全然めでたくありません」
即答だった。
その場に、わずかな笑いが漏れる。
ただ一人を除いて。
――私だけが、笑えなかった。




