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序章

 その確かさに出会ったのは小学生(エレメンタリスクール)の頃、父に連れられて行ったロングアイランドの射撃場だった。 


グリップを握る手の平から鋼鉄の冷たさが消えると、銃床を支える肩や頬、照準を覗く目が一つになる。からだが呼吸し、足元には地面が広がっていることに気付かされたようだった。


 鋭い振動がわたしの中を通り抜けると、その直線はライフリングの法則そのままに空気を絡め取りながら標的(ターゲット)に吸い込まれていく。


 それはこの世で最も美しい景色だった。


 月に何度か射撃場に連れて行ってもらえるのを楽しみにしていた。

 ふだんは酔っ払っている父が、指導をくれているあいだは眠りから覚めたように活き活きとしていた。いつも頭上からわたしを威圧している口髭は、あるべき所からわたしを見守ってくれていた。

 わたしを見下ろす穏やかな目に、わたしは父を父だと感じられ、そのことが誇らしくうれしかった。


 父は言っていた。


「正しいときに正しい使い方をしたなら、それはいままでに見たことのない最上の景色を見せてくれる」

 

 わたしにはその言葉の意味がよくわかっていた。その景色はいつもわたしのそばにあった。


 あるとき母が言った。


「あのねアーネスト、これは人を傷つけるための道具なのよ。あなたにお父さんみたいに苦しんでほしくないの」


 それ以来、父について射撃場に行くのがうしろめたく、悪いことをしているような気分になった。


 だが、まっすぐ標的(ターゲツト)に吸い込まれる弾道はだれにも否定できないように思えた。

 それはいつも力をくれ、わたしを正常な位置に引き戻してくれた。


     *    


「オズワルト」

 吹き飛ばされてきた瀕死の軍曹の体を飛び越えて、わたしはアーチ型の玄関口に駆け込んだ。

 足元には数十秒前まで壁だった煉瓦が粉々になって散らばっている。左右の壁が吹き飛んだ廊下を、武器を構えるのも忘れて見回した。

「オズワルト」

 泣き出しそうな声がして、わたしは背後でフィグの眉がこれ以上ないくらいの角度で傾いているのが想像できた。

 瓦礫の中に見覚えのある腕時計が転がっている。 

 壁がなくなり部屋が丸見えになったリビングでは、ソファが上下反転した状態で窓を突き破っていた。黒い煙をともなった炎が波のようにゆらめいて、形を変化させながら窓のソファをゆっくりと飲み込んでいる。

 すがるようにわたしを振り返ったフィグの眉と口角が、想像通りの傾斜で垂れ下がっている。親に置いて行かれた子供みたいな顔は、わたしの不安を煽った。 

 黒く煤が広がった壁には、赤い飛沫が何かを示すように散っている。床には高熱のためにアルミ部分が変形したM203グリネードランチャー。それが取り付けられていたはずのM16ライフルはソファの陰まで飛ばされていた。ひしゃげた予備弾倉からこぼれた未使用の弾丸が、ガラスのなくなった窓から入り込む昼間の光を反射している。

 反対側のキッチンではテーブルや椅子と思しき木片が散らばり、枠だけになった窓には白いテーブルクロスが引っかかっている。倒れた食器棚、砕けた皿やスプーンなどが散乱する床には、防弾用のケブラー繊維が覗いた黒焦げのヘルメット。その内側に見覚えのある緩いカールのかかった髪がこびりついていた。少しはなれた所に特徴のある結び方をした名前入りの砂漠用軍用靴(デザート・ブーツ)が転がっていた。

 そのとき奥の廊下を敵が横切るのが見えた。フィグを呼び戻そうとしたとき、敵のAK47ライフルの弾が足元の瓦礫をはじいた。二階からだった。ロドリゲスが攻撃のあった方向にM240軽機関銃を浴びせている隙に、奥へ進もうとするフィグをつかまえる。

 二階へ続く階段から別の男がAK47を構えて顔を出した。わたしはフィグを背中に押しやり、もう一方の手でM16を発射する。弾は男の喉を貫き、はじかれたようにAK47を放り出した男は、空気を求めて狂ったように喉を掻きむしった。再びM16を撃ち込むと、男は西部劇のギャングみたいに階段の手摺りから転げ落ちた。フィグを引きずるようにして、わたしは玄関から脱出した。

 その後しばらく、フィグの目は虚ろで目的を奪われた人形みたいだった。

 基地への帰途、負傷者救護用のLAV(Light Armored Vehicle:軽装甲車輌)の車内では後部座席のロドリゲスがM240とフィグのM4カービンを背中に押しやり、フィグの小さな体を護るように抱えていた。わたしは身に付けた装備の重さにいつにもまして潰されそうになりながら、両手で握りしめたM16にもたれかかっていた。

 窓から入り込む熱風が身をよせ合うわたしたちをなぶっていく。熱砂はいつものごとく、瀕死の虫を弄ぶ猫のようにわたしたちをいたぶり殺そうとしていた。

 そのときまでわたしたちは夢の中にいたのかもしれない。痛みも追いつかない、目も眩む速度の中に安穏と漂っていたわたしたちは、そのときはじめて目が覚めたのかもしれない。


イラク戦争が舞台のフィクションです。

アメリカ在住時に退役現役軍人の方々への取材をもとに、兵士の目線で現代の「戦争」を描いてみました。

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