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ネットが繋がらないだけだと思って一か月引きこもってたら、文明が崩壊していました  作者: オオマンティス


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ご褒美は戦いの後に

旧植物園から復興地区までは、歩いて三十分ほどかかる。



 行きは地図とにらめっこしながら進んだ道も、帰りは一度通っているぶん気が楽だった。『気配察知』に引っかかるモンスターも遠くにぽつぽついるだけで、こちらへ寄ってくる様子はない。



 問題はむしろ私の見た目のほうである。



 レベルアップのおかげで傷はきれいに治っているのに、ローブは肩口がざっくり裂けたままで、歩くたびに破れた布がぱたぱたと揺れる。おまけに全身から、キャンプファイヤーの翌朝みたいな焦げ臭さが漂っていた。



 左腕のヨツバは、行きより一回り太くなった蔓をしっかり巻きつけて、手首のあたりで赤い花をのんきに揺らしている。



「ヨツバ、ついさっきまで食べられかけてたのにずいぶん元気だね。元気なのはいいことなんだけどさ、今日はほんとに心臓が止まるかと思ったんだからね! もうあんなふうに引っぱられていかないでよ?」



 話しかけると、花がふりふりと揺れた。たぶん反省はしていない。



 西ゲートに着いたころには、空はすっかり茜色に染まっていた。



 朝と同じ警備兵が門の脇に立っている。許可証を差し出すと、彼は受け取ろうとした手を途中で止めて、私の肩口と顔を交互に見た。



「おいおい、その格好どうしたんだよ。どこで何とやり合ったらそんなに焦げて帰ってくるんだ? 怪我はしてないんだろうな、歩けてるってことは大丈夫なんだろうけど……血とか出てたらすぐ言えよ、医務室まで連れてくから」



「怪我はもう治ってるので大丈夫です。旧植物園の奥にアルラウネがいて、オスとメスの二体だったんですけど、メスのほうがレベル31もあって……火を使って倒したので、焦げてるのはたぶんそのせいです」



 警備兵の眉がぐっと寄った。



「31? あそこがヤバい巣になってるって噂は俺も聞いてたけどな、それをあんた一人で片付けてきたってのか? 悪いけど、はいそうですかとは言えねえよ。生きて帰ってきたのは見りゃ分かるが、話がでかすぎる」



 疑われるのはもっともだと思う。ボスはとっくに粒子になって消えているし、ドロップ品を見せたところで本当に倒した証拠になるかは怪しい。



「信じてもらえなくても全然いいです! 私だって行く前は、自分があんなのに勝てるなんて思ってなかったですし……明日にでも管理所の人に話しておきます。今日はもう、とにかく帰ってご飯食べて寝たい...」



 警備兵はしばらく私を見ていたが、やがて大きく息を吐いて許可証を返してくれた。



「分かったよ。本当なら管理所の地図の×が一個減るかもしれねえし、ちゃんと話しといてくれ。それと次はもうちょっとマシな格好で帰ってこいよ、見てるこっちの心臓に悪いんだからな」



 居住エリアの端まで戻ると、隣の作業場の前でリクが手ぬぐいで手を拭いていた。



 こちらに気づいた瞬間、リクの顔から血の気が引いた。



「おい、帰ってきたのか! ……って、なんだよそのローブ! 植物園の噂、本当だったのかよ? 俺、軽い気持ちで勧めちまったからさ、昼過ぎあたりから気が気じゃなくて、作業にも全然集中できなかったんだぞ」



「本当だったよ。奥にアルラウネのボスがいて、オスを倒したらメスが怒って地面から出てきて……ヨツバが食べられかけて、正直ほんとに死ぬかと思った。でもちゃんと倒してきたから大丈夫だよ」



 リクは言葉を詰まらせて、頭をがしがしとかいた。



「いや大丈夫じゃねえだろ、それ。俺が言ったのはあくまで噂だって話だったろ? そんなのがいるって分かってたら絶対勧めてねえよ。次からそういう場所行くんなら、出る前に一声かけてくれ。止めはしねえけど、帰ってこなかったら探しに行く奴くらいは決めとかないとまずいだろ」



 怒っているのか心配しているのか、たぶん両方だ。



 年下に本気で叱られるのはちょっと気まずいけれど、言っていることは正しいので反論できない。



「……うん、ごめん。次からはちゃんと言ってから行くね」



 素直に頭を下げると、リクはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、私の左腕を見て目を丸くした。



「つーか、そいつ花咲いてねえか? 前はただの緑の蔓だったよな」



「そうなの! メスの核のかけらを食べたら進化したんだよ。しかも棘を鉄にできるスキルまで覚えたんだって。 今日いちばん頑張ったのはヨツバなんだから、もっと褒めてあげてよ」



「棘が鉄に……それ、俺の作業場の壁にも生えてるやつだよな? 夜中に寝ぼけて手ついたら洒落になんねえぞ。うちの壁のぶんは鉄にしないでくれよ、マジで」



 リクは本気で嫌そうな顔をした。ヨツバは褒め言葉が来ないと分かったのか、花をぷいっと反対側へ向けている。



「あと植物園の中にね、花びらが鉄でできてる花がいっぱい生えてたよ。オスのボスもそれを鎧にしてたの」



 そう言った途端、リクの目つきが変わった。



「鉄の花? それ溶かしたら鉄として使えんのか? ……悪い、こんな話してる場合じゃねえのは分かってるんだけどさ、正直、鍛冶に使える材料が全然足りてねえんだよ。配給の鉄くずなんて質が悪くて、まともな釘一本打つのにも苦労してるんだ」



 さっきまで本気で心配してくれていたのに、切り替えがはやい。



 でも、そういう分かりやすいところは嫌いじゃなかった。



 アイテムボックスを探ると、オスが落とした鉄の花弁が何枚か残っていた。新しいファンネルに使うのは球根と核のほうだから、これはなくても困らない。



「オスのボスの花びらならあるよ。二枚あげる。植物園の話を教えてくれたお礼ってことで、どう?」



「マジか、いいのか!? ……いや、もらえるもんはもらうけどさ、これで貸し借りなしとか思うなよ。次に植物園行くときは俺も連れてけ、自分の目で見とかねえと話にならねえ」



 リクは花弁を夕日にかざして裏返したり、爪で弾いたりしてから、大事そうに作業場へ持って帰っていった。



 家に入って閂をかけた瞬間、どっと疲れが出た。



 今日のご褒美は前から決めてある。焼き鳥の缶詰だ。



 カセットコンロでお湯を沸かし、パックご飯を温めて、どんぶり代わりの深皿に移す。缶を開けてタレごと上にのせ、『料理』スキルに意識を向けながら軽くフライパンで炙ると、甘辛い匂いが部屋いっぱいに広がった。



「いただきます!」



 ひと口かきこむと、香ばしいタレがご飯に染みていて、思わず目を閉じた。



「おいしい……ほんとにおいしい。今日一日の苦労が全部報われた気がする。いや、さすがに全部は言いすぎだけど、半分くらいは報われたよ」



 あっという間に食べ終えて、次はヨツバの番だ。



 畑の隅に小さな山を作って『土壌改良』をかけ、黒くてふかふかの土に仕上げる。



「はい、ヨツバ。今日いちばん頑張ったから、とびきりいい土を用意したよ。好きなだけ根っこ伸ばしていいからね」



 ところがヨツバは土の山には見向きもしなかった。蔓をするすると伸ばし、机の上に置きっぱなしにしていた焼き鳥の空き缶に巻きつく。



 次の瞬間、空き缶がみるみる薄くなり、くしゃくしゃにしぼんでいった。それと入れ替わるように、ヨツバの茨の棘が一本だけ、鈍い鋼の色に光りはじめる。



「えっ、待って待って! それ空き缶だよ? 私がせっかく作った土より、そっちのほうがいいの……?」



 ヨツバは鋼色になった棘を見せびらかすように持ち上げてから、何事もなかったかのように土の山にもぐりこんだ。食後のデザートが空き缶で、メインディッシュが土だったらしい。



 ヨツバが土の中でくつろいでいるあいだに、私は机の上に今日の戦利品を並べた。



 鉄蓄えの球根と雌株の根核。それから、今使っている四本のファンネルと、ホームセンターで手に入れた解体の鉄槌も出してみる。



 最初は、失くした一本の代わりを作るつもりだった。



 でも五本のうち一本だけが新しくなったら、残りの四本はどうなるんだろう。速さも硬さも違う杭がひとつだけ混ざっていたら、まとめて動かすときに絶対に足並みがそろわない。



「どうせ作るなら……五本とも新しくしちゃったほうがいいよね」



 口に出してから、黒い杭を一本手に取った。



 夜通しハンマーを振って作った、私の最初のファンネルだ。



 五本とも新しくするなら、この四本はどうなるんだろう。



 予備として取っておくのが一番簡単な気がした。でも新しい五本と古い四本、合わせて九本も浮かべて戦えるかといえば、今の私にはたぶん無理だ。五本を別々に動かせるようになるまでだって、こめかみが割れそうになるくらい苦労したんだから。使わないまま何日もアイテムボックスの奥に眠らせておくのは、結局しまいこんで忘れるのと変わらない。



 炉で溶かして、ただの鉄に戻すことも考えた。でもそれだと、新しい素材に比べてずっと質の落ちる鉄の塊ができるだけだ。おまけに自分で打った杭を自分で溶かすのは、思っていたよりずっと気が進まなかった。



「でも、この子たちを捨てるのは絶対に嫌なんだよ。ここまで一緒に戦ってきたんだから」



 何かいい方法はないかと杭を眺めているうちに、工場地帯でのことを思い出した。



 スチール・サラマンダーに囲まれたとき、私は戦いの真っ最中に『武具合成』で、病院で拾ったスライムコアをファンネルに混ぜこんだ。あのとき、コアは霧みたいにほどけて杭の中に吸いこまれていって、酸の性質だけがちゃんと残ったんだった。



 素材を武器に溶かしこめるなら、武器を武器に溶かしこむことだってできるんじゃないだろうか?



 机の端に置いた解体の鉄槌にも目がいった。ゴーレム戦で装甲を叩き割ってくれたレアの武器なのに、重すぎて、あれからほとんどアイテムボックスの肥やしになっている。構造物や無機物に強いあの性質だけでも新しいファンネルに移せたら、ずっと役に立つはずだ。



「そうだよ、全部まとめて混ぜちゃえばいいんだ。古い四本も、酸を合成した一本も、鉄槌も、新しい五本に少しずつ分けて溶かしこんだら……性能もそろうし、この子たちも形を変えて一緒にいられるよね」



 どこか一本にだけ偏らせたら、また足並みがそろわなくなる。だから均等に分ける。うまくいくかどうかは、実際に炉に火を入れてみるまで分からないけれど。



 考えがまとまったところで、肝心なことに気づいた。



 炉をどこに置くかである。



 図書館では地下書庫がまるごと工房だった。でも今の家は、壁も天井もヨツバの蔓でできている。ここで千度を超える炉に火を入れたら、新しいファンネルより先に家が焼き上がってしまう。



「危なっ……ここで炉を出してたら、今ごろ家ごと燃えてたよ」



 工房は外に作るしかない。家から離れた、地面がむき出しの場所がいい。



 でも今日はもう無理だ。まぶたが重くて、球根と核がぼやけて二重に見えてきた。



 素材と杭と鉄槌をアイテムボックスに戻して、ランタンの火を落とす。土の山からヨツバを抱き上げて、苔のベッドに倒れこんだ。



「明日は工房づくりからだね。おやすみ、ヨツバ」



 腕の中で、鋼色の棘を一本だけ光らせた赤い花が小さく揺れた。

凪がどもらずに喋れるようになってる......!

次回は工房作成編です

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― 新着の感想 ―
続き楽しみに待っていました。 再開嬉しいです。 これからも更新を楽しみにしています。
大仕事を成し遂げたのだ、今はゆっくり休みましょう。次に挑むにも、襲ってくる輩を退けるにも力がいる。
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