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ネットが繋がらないだけだと思って一か月引きこもってたら、文明が崩壊していました  作者: オオマンティス


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反撃の狼煙

 明らかに様子がやばい。さっきの雄とは比較にならないほどの圧だ。

 両手を握り込んで息を吐いても、震えはなかなか止まらない。それでも顔を上げて、棚の隙間からメスの姿を確かめた。

 逃げられないなら、倒す方法を探すしかない。



 メスは広場の真ん中で首を巡らせ、私を探していた。足元では根がじわじわと床を這い、少しずつこちらへ近づいてくる。

 そのとき、焦げた根の切り口が目に入った。さっき酸で焼き切った場所だ。黒く焦げたまま、いつまでたっても再生する気配がない。



 オスは周りの鉄の花を吸い上げて鎧にしていた。けれどメスの体には鉄が一枚もないし、鉄の花の光もメスのほうへは流れていかない。

 体を直していたのはオスのほうだったんだ。だとしたら、今のあいつは削れば削っただけ弱っていく。



「……いける、かも」



 声に出すと、少しだけ指先に力が戻った。



 問題はヤツが上げる悲鳴だ。あれを聞いた瞬間に『魔力操作』の糸がぶちぶちと切れて、ファンネルが全部落ちた。でも裏を返せば、耳から入る音さえ弱めればいいということになる。

 アイテムボックスを探ると、ポケットティッシュが出てきた。ほかに使えそうなものはない。私はティッシュを丸めて、両耳の奥まで押し込んだ。周りの音がすっと遠くなる。完全には防げなくても、少しはましになるはず。



 それから、レベル25で取ったまま一度も使っていない『魔力付与』を試すことにした。相手は植物なんだから、効くのはやっぱり火だろう。

 アーケード街で見たヘルハウンドの炎を思い浮かべながら、ファンネルにMPを流し込む。すると黒い杭の表面に火がつき、ぼっと音を立てて燃え上がった。



「ついた……!」



 続けて二本目と三本目にも火を灯す。MPは流し続けないと消えてしまうけど、減り方はゆっくりだから、かなり長く燃やしていられそうだ。酸のファンネルにも炎を重ねてみると、緑がかった膜の上でオレンジ色の火が揺れた。重ねがけもできるらしい。

 最後に、カセットコンロの予備のボンベを三本取り出しておいた。



 腕の中のヨツバは、まだ小さく震えている。



「ヨツバ。あいつの根っこ、茨で押さえてくれる? 燃やすのは私がやるから」



 ヨツバはしばらく動かなかった。けれど、やがて蔓の先で私の手の甲をとんと叩いてくれた。



「ありがと。……いくよ!」



 棚の陰から飛び出した瞬間、足元の床が爆ぜた。

 突き上がってきた根の槍をワープでかわすと、着地した先からも次の根が噴き出してくる。跳んでは避け、避けてはまた跳んで、私は広場の端から端へと追い立てられた。



「ヨツバ、今だ!」



 床から茨が噴き出して、迫る根に絡みついた。根の槍がぎしぎしと軋み、空中で止まる。

 その隙に、四本の炎のファンネルを根の群れへ横一文字に走らせた。炎の帯が広場を薙ぎ払い、焼かれた根は再生することなく炭になって崩れ落ちていく。



 ――ォオオオオオッ!!



 メスが吠え、四本の腕を振り回した。展示棚がまとめて吹き飛び、砕けたガラスが頭上から降り注ぐ。私はワープで腕の隙間をすり抜けて、メスの懐へ飛び込んだ。

 肩の付け根に炎のファンネルを二本突き立て、残りの二本で手首を焼き切る。太い腕が一本、床に落ちて燃え上がった。



 すぐに別の腕が真上から振り下ろされた。ワープで逃れた直後、さっきまで立っていた石畳が粉々に砕け、飛んできた破片が頬を裂く。

 続けて、メスの背中から黒い棘が何十本も撃ち出された。私はファンネルを回転させて棘を弾き落としながら後ろへ跳び、そのあいだにヨツバの茨が二本目の腕を床に縫い止める。そこへ酸と炎のファンネルを撃ち込むと、腕はじゅうっと溶け落ち、メスの巨体が大きく傾いた。



 確実に削れている。このまま押し切れる。

 そう思った直後、メスの球根がぶくりと膨らんだ。



 私はボンベを三本まとめて胴体へ投げつけ、ぶつかる寸前に炎のファンネルで撃ち抜いた。



 ――ドオォォンッ!

!


 オレンジ色の火の玉が球根を丸ごと飲み込んだ。熱風が広場を吹き抜け、天井に残っていたガラスが一斉に砕け散る。膨らみかけていた球根はぐしゃりと潰れ、悲鳴は上がらなかった。



 メスがよろめき、焼け焦げた蔓が剥がれ落ちていく。その奥で、心臓のように脈打つ赤い光が一瞬だけ見えた。

 核だ。あれを壊せば終わる。



 踏み込もうとした瞬間、足元の床がぼこりと盛り上がった。

 地中から突き上げてきた根がヨツバの茨を下から食い破り、そのまま私の左腕に巻きつく。けれど、根が狙っていたのは私じゃなかった。



「ヨツバっ!!」



 ものすごい力で引っ張られる。ヨツバは私の手首や指に蔓を巻きつけてしがみついたけど、それでも少しずつ引き剥がされていった。どれだけ強く握っても、指のあいだを蔓がすり抜けていく。



「だめ、離さないで……!」



 最後の一本が、指先から離れた。

 ヨツバは根に絡め取られたまま、メスの胴体へと引きずられていく。



 手のひらにはまだ蔓の感触が残っているのに、ヨツバは根にぐるぐる巻きにされて、赤い核が脈打つ胴体のすぐそばまで運ばれていく。あのままでは取り込まれて養分にされてしまう。



 ふいに、あの夜のことが頭をよぎった。真っ二つにされたファンネルと、屋上から見下ろしていた七つの人影。あのとき、私は逃げることを選んだ。

 そして今も、天井の茨さえ焼き切れば、一人だけなら外へ出られるかもしれない。



 ……でも、今回ばかりは逃げるわけにはいかないんだ。



 図書館は取られたし、愛用の武器もへし折られた。そのうえ逃げた先でヨツバまで置いていくなんて、絶対に嫌だ。

 一緒に逃げて、一緒に家を建てた自慢の相棒なのだ。



「返して……うちの子、返してよっ!!」



 気づけば立ち上がっていた。膝はまだ震えていたけど、もう止まる気はなかった。



 メスが残った二本の腕を振りかぶり、同時に床から根の槍が突き上がる。私は根の槍をワープでかわし、振り下ろされた腕の上に着地して、そこからまた跳んだ。跳ぶたびに炎のファンネルで根を斬り払い、ヨツバとの距離を詰めていく。

 背中から放たれた黒い棘が肩をかすめ、ローブを裂いた。傷口が焼けるように痛む。それでも足は止めずに、次の棘をファンネルで弾き返した。



 あと少しでヨツバに届く。そのとき、メスの球根がまた膨らんだ。ボンベはもう残っていない。



 耳の奥を引っかき回されるような感覚に、視界がぐらりと揺れた。

 けれど、ファンネルは落ちなかった。ティッシュ越しに届く悲鳴は、さっきよりずっと小さい。

『魔力操作』の糸も、まだちゃんとつながっている。



 今しかない。

 四本のファンネルを呼び戻し、ひとつに束ねて巨大な槍にした。センチピードを貫いたときと同じ形だ。そこへ炎と酸を両方まとわせると、MPが一気に引きずり出されていく。くらりとめまいがしたけど、流し込むのはやめなかった。黒い槍が頭上で唸りを上げて燃え上がる。



 ワープで跳ぶと、次の瞬間にはメスの真上にいた。

 足の下で、赤い核がどくんどくんと脈打っている。そのすぐ横で、根に絡め取られたヨツバがこちらを見上げていた。



「――いっけえええええっ!!」



 落ちながら、槍を真下へ撃ち下ろす。

 槍は焼け焦げた胴体を突き破り、核に突き刺さった。岩に杭を打ち込んだような手応えが、腕の骨まで響く。それでも押し込み続けると、核はじゅうじゅうと音を立てて溶け、赤い光に亀裂が走った。



 ――ズドオォォンッ!!



 核が砕けた瞬間、胴体の内側から炎が噴き上がった。火柱が天井の茨を突き破り、広場全体を赤く照らす。メスの巨体は大きくのけぞり、四本の腕が糸の切れた人形みたいにだらりと垂れ下がった。

 そして、ヨツバを縛っていた根がほどけた。



「ヨツバ!」



 落ちてくるヨツバを両手で受け止め、そのまま背中から床に叩きつけられた。息が詰まる。それでも、腕の中を確かめずにはいられなかった。



「ヨツバ、大丈夫!? ねえ、返事してよ……!」



 ヨツバはくたりとしたまま動かない。

 しばらくして、蔓の先がゆっくりと持ち上がった。そして私のほっぺたを、ぺちぺちと二回叩いた。



「……よかったぁ」



 声が震えて、それ以上は言葉にならなかった。涙がぼろぼろこぼれてくる。私はヨツバを抱きしめたまま、しばらく起き上がれなかった。



 どれくらいそうしていたんだろう。ふと気づくと、崩れていくメスの体の中で、核のかけらが熾火みたいに赤く光っていた。ヨツバがそちらへ蔓を伸ばしている。



「……食べたいの?」



 蔓がこくんと頷いた。さっきまで自分を食べようとしていた相手を、今度は食べ返すつもりらしい。なんてたくましいんだ、うちの子は。



 念のため鑑定してみる。



【名称:雌株の根核(破片)】

【等級:レア】

【備考:アルラウネの母体の核の欠片。植物系の存在にとって極めて高い滋養を持つ】



「いいよ。ヨツバが頑張ったんだもんね」



 ヨツバが蔓を絡めると、かけらはすうっと吸い込まれていった。次の瞬間、ヨツバの体がまぶしい緑色に光り出す。



【従属個体『ヨツバ』が規定量の滋養を吸収しました】

【『ヨツバ』が進化します】

【擬態蔓 → 棘冠蔓(いばらかんむりかずら)】

【ヨツバが、スキル『鉄棘』を取得しました】

【効果:周囲の金属成分を取り込み、茨の棘を鋼鉄化する】



 光が引くと、ヨツバの蔓は一回り太くなり、深い緑色に変わっていた。蔓の先には、赤い花がひとつ咲いている。


「うちの子にきれいな花が咲いた!今夜はお赤飯だ!!」


 ヨツバは得意げに、花をふりふりと揺らしてみせる。


 ヨツバの進化を喜んでいると、私のほうにも通知が入ってきた。


【経験値を大量に獲得しました】

【レベルが上がりました! Lv.26 → Lv.29】



 汐見 凪

 Lv. 29(+3)


 HP: 385/385(+85)

 MP: 3326/3326(+421)


 筋力: 187(+48)

 耐久: 209(+51)

 敏捷: 230(+54)

 器用: 255(+57)

 幸運: 180


(補正値:耐久+153 敏捷+30)



「一気に三つも……」



 レベル31の相手を正面から倒したのだ。じわじわと実感が湧いてきて、私は思わず拳を握った。



 メスの体が粒子になって消えると、ヨツバが一番大きなかけらを蔓で押してよこした。



【名称:雌株の根核】

【等級:レア】

【備考:アルラウネの母体の核。強い生命力と柔軟性を持つ。金属成分を溜め込む素材と合わせることで、しなやかさと硬さを兼ね備えた素材となる】



 金属を溜め込む素材と聞いて、すぐにオスの『鉄蓄えの球根』が浮かんだ。あの球根とこの核を合わせれば、新しいファンネルが作れるかもしれない。

 微妙だなんて言って悪かった。ちゃんと使い道あったじゃん。



 入り口を塞いでいた茨がゆるゆるとほどけ、天井の網も崩れ落ちていく。割れたガラスから夕日が差し込み、焦げた広場を橙色に染めた。耳からティッシュを抜くと、風の音と遠くの鳥の声が戻ってくる。



 ヨツバを左腕に戻すと、太くなった蔓が前よりしっかりと巻きついてきた。手首のあたりで赤い花が揺れている。



「帰ろっか、ヨツバ」


 

 図書館を飛び出したあの夜とは違った。今日は何も奪われなかったし、奪われかけたものはちゃんと取り返したのだ。


 帰ったら、ヨツバには一番いい肥料をあげよう。私は焼き鳥の缶詰を開けよう。それくらいのご褒美は許される!

 そう決めて、夕日の中を家へと歩き出した。

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― 新着の感想 ―
硬いのは雄株の能力でしたか。さすがに雄株は食べなかったですね。勝ち目がなくなる。ちゃんとジャイアントキリングしたのもいい、殺伐とした世界で頼れるのは己の腕のみよ。
前回はガンガン更新すると行って2日坊主だったが,,今回は果たして(笑) かなり好きな作品だからブクマ消さずに待ってるんで、程々の無理ないペースで良いので完結まで書ききってくれると,,嬉しいなぁ,,,(…
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