鉄の小道と植物の化け物
すんごい久しぶりの復帰になって申し訳ございません。
以前の内容を忘れている人も多いかと思いますが、再復帰しました。
こんなちゃらんぽらんで申し訳ないですが、またよろしくお願いします…
鉄の花は、温室の奥へ向かって行儀よく列をなしていた。
最初は気のせいかと思ったけど、進むほどにはっきりしてくる。銀色の花が道の両脇に等間隔で並んでいて、どう見ても誰かが植えたとしか思えなかった。
まるでバージンロードだ。ただし参列者は人間じゃないし、花嫁もたぶん私じゃないんだろうけど。
「ねえヨツバ、これ絶対誘われてるよね?」
ヨツバは返事をしなかった。
さっきから様子がおかしくて、蔓の先をそわそわ揺らしては、ときどき奥のほうへくいっと引っ張られるように伸びている。散歩中の犬が気になる匂いを見つけたときの動きにそっくりだった。
「勝手に行っちゃだめだからね。探しに行くのは私なんだからさ」
軽口を叩いてはみたものの、胸の奥はずっとざわついていた。ヨツバがこんなふうになるのは初めてなのだ。
足元の苔は一歩ごとにぐしゅりと水を吐き、空気はサウナで濡れた毛布をかぶせられたみたいに重い。それでもファンネルで蔓のカーテンをかき分けて進んでいくと、ふいに視界が開けた。
そこは温室の一番奥で、円形の広場になっていた。
ガラスの天井がほとんど残っているおかげで、光が水槽の底みたいに柔らかく降り注いでいる。中央には干上がった噴水の跡があり、その真ん中に、それは立っていた。
最初は背の高い植物だと思った。けれど、よく見ると違う。
太い茎の途中から腕のような蔓が二本垂れ下がっていて、てっぺんには銀色の大きな花が咲いている。しかも茎の表面には鉄の花びらが鱗みたいにびっしり重なっていて、まるで鎧を着た案山子のようだった。
花の中心には目と口のつもりらしいくぼみがあって、ただの穴なのに、こっちを見ているのが分かるのが気持ち悪い。
【名称:アルラウネ(雄株)】
【レベル:24】
【備考:人型に擬態する魔性植物。周囲の金属成分を吸収し、外皮を鋼鉄化する。番を持つ】
「アルラウネ!? 本物じゃん!」
ファンタジーでは定番中の定番で、私も一度だけ小説に出したことがある。そのときは花の中に美少女が座っている姿にしたのだけど、実物は美少女どころか、鉄の案山子だった。
「イメージと違いすぎない!? 相場で言えば可愛い美少女とかじゃん!しかも雄株だし…」
――キィ。
葉をこすり合わせたような音がして、穴の顔がこちらを向いた。
気づかれたらしい。腕の蔓が、釣り竿みたいにしなりながら持ち上がる。
とはいえ、レベルは私よりひとつ下だ。鎧はついているけど、こっちには鉄を溶かす酸のファンネルがある。
私は四本のファンネルを広げ、飛んできた蔓の鞭を『ショート・ワープ』でかわして、酸のファンネルを茎の真ん中へ撃ち込んだ。
ジュウウッと音を立てて鉄の鱗が溶け、黒い杭が茎の芯まで沈み込む。
「キィィィィッ!」
「うるっさ! 歯医者のドリルみたいな音出さないでよ!」
暴れる蔓を残りの三本で弾きながら、刺さったファンネルにMPを流し込む。シャドウシーカーで覚えた、内側から破裂させるやり方だ。
ボンッと鈍い音がして、アルラウネの体がぐらりと傾いた。そこへ三本をまとめて叩き込むと、銀色の花はガラス細工みたいに砕け散った。
アルラウネは膝から崩れ落ち、しばらく蔓をぴくぴくさせていたけれど、やがて静かになった。
「……ありゃ、終わり?」
【経験値を獲得しました】
【レベルが上がりました! Lv.25 → Lv.26】
汐見 凪
Lv. 26(+1)
HP: 300/300(+25)
MP: 2905/2905(+131)
筋力: 139(+14)
耐久: 158(+15)
敏捷: 176(+16)
器用: 198(+17)
幸運: 180
(補正値:耐久+153 敏捷+30)
まあ、レベルが上がったのは素直に嬉しい。
残骸が黒い粒子になって消えたあとには、鉄の花びらが数枚と、拳くらいの銀色の球根が残っていた。
【名称:アルラウネ(雄株)の鉄花弁】
【等級:アンコモン】
【備考:鋼鉄化した花弁。軽く硬いが、単体では強度に欠ける】
【名称:鉄蓄えの球根】
【等級:アンコモン】
【備考:金属成分を溜め込む性質を持つ球根。他の素材と組み合わせることで性能を発揮する】
「うーん……微妙」
球根は玉ねぎくらいの重さしかなかった。これでファンネルを作り直したところで、また格上にへし折られて終わりだろう。
「『他の素材と組み合わせて』って、それどこで手に入るのよ。説明書の『電池は別売りです』みたいな書き方やめてほしいんだけど」
ぶつぶつ言いながら、全部アイテムボックスに放り込んだ。
それでも、ボスは倒したしレベルも上がった。今日の私はよくやったほうだと思う。
「ともかく帰宅だ。今日はご褒美に焼き鳥の缶詰開けちゃおう」
ところが、腕のヨツバを撫でても反応がなかった。
ヨツバは、まだ広場の奥を向いたまま震えていた。何もないはずの、苔に覆われた地面のほうを。
「ヨツバ? もう終わったってば」
そう言って来た道へ一歩踏み出した、そのときだった。
――オオオオオオオオオオオッ!!
温室じゅうのガラスが、一斉にびりびりと鳴った。
足元の苔が地面ごと波打ち、腹の底から怒りだけを煮詰めたような咆哮が響き渡る。
私はその場から一歩も動けなかった。
背中を冷たい汗がつうっと流れていく。
噴水の跡のすぐ向こうで、地面が割れた。
苔ごと土がパン生地みたいに膨れ上がり、その裂け目から電柱ほどもある根が何本も突き出してくる。そして、その根に押し上げられるようにして、何かがせり上がってきた。
さっきのオスの、三倍はありそうな巨体だ。
胴体はひび割れた巨大な球根で、そこから根とも蔓ともつかないものが何十本も伸び、絡み合って、どうにか人の形を作っている。腕は四本あり、頭のあたりには黒ずんだ赤い花がいくつも咲いていて、歪な王冠のように見えた。
粘土細工が苦手な子が、写真だけを頼りに人間を作ろうとして途中で投げ出した。そんな姿だった。
【名称:アルラウネ(雌株)】
【レベル:31】
【備考:っ森林一帯に根を張る魔性植物の母体。番を失った個体は極めて狂暴化する。植物系の存在を取り込み、養分とする】
「さ、さんじゅういち……!?」
私より五つも上だ。しかも、備考の内容がひどすぎる。
番を失った個体は――ということは、さっきの案山子は。
「えっ、待って、今の旦那さんだったってこと!?」
メスの顔が、ゆっくりと床に散らばった鉄の花びらのほうへ傾いた。さっきまでオスが立っていた、今は何も残っていない場所へ。
――オオオオオオオッ!!
二度目の咆哮が、それが答えだと告げていた。
「ごめん! ほんとにごめん! 既婚者だなんて知らなかったの! せめて指輪くらいしといてよ、植物でも!」
何を言っているのか、自分でもよく分からない。もちろん謝罪は受理されず、メスの腕が鉄骨みたいな勢いで振り下ろされた。
「――っ!」
ワープで逃げると、さっきまで立っていた場所の石畳が豆腐みたいに砕けた。
これは無理だ。逃げるしかない。
ところが、入り口のほうへワープしようとした瞬間、背後でぎしぎしと嫌な音がした。振り返ると、来た道が黒い茨でびっしりと塞がれている。
あの黒棘の防壁は、門の飾りなんかじゃなかった。このメスの根っこだったのだ。
「じゃあ上から!」
割れた天井めがけてワープしてみたけれど、そこにも茨が漁網みたいに張られていた。棘に突っ込む寸前でもう一度跳んで、私は背中から床に落ちた。
「いったぁ……」
完全に閉じ込められた。温室ごと、虫かごにされてしまったらしい。
顔を上げると、メスの穴の顔がこちらを見下ろしていた。
いや、違う。見ているのは私じゃなく、私の左腕――ヨツバだった。
ヨツバは骨がきしむほどの力で私の腕にしがみつき、震えていた。
「……あ、そういうこと」
ようやく全部がつながった。
門の茨がヨツバに触れたとたんに道を開けたのも、鉄の花が奥へ奥へと誘っていたのも、ヨツバがずっとそわそわしていたのも。
植物系の存在を取り込み、養分とする。
つまり門は親切で開いたわけじゃなく、ごはんが自分から歩いてきたから扉を開けただけだったのだ。
「だから言ったじゃん! 理由の分からない親切は怖いって! 」
メスの足元から、根が蛇みたいに這い寄ってくる。狙いはまっすぐヨツバだ。
「させるかっ!」
ファンネルで根を叩き落とし、酸のファンネルで一本を焼き切る。けれど、切っても切っても次の根が地面から湧いてくるので、まるで悪夢のわんこそばだった。
そのとき、メスの球根がぶくりと膨らんだ。
――キィィィアアアアアアアアッ!!!
黒板を爪でひっかく音を百倍にして、耳の穴に直接ねじ込まれたような声。
頭の中をミキサーにかけられて、『魔力操作』の糸がぶちぶちと切れていく。
からん、からん、とファンネルが四本とも床に落ちた。
「うそ、動かない……!」
どれだけ意識を向けても、MPが流れていかない。アルラウネの悲鳴は聞いた者を狂わせるという伝説があるけど、あれは一ミリも盛っていなかったらしい。
根の先が、ヨツバに届きかけた。
私はとっさに左腕ごとヨツバを胸に抱え込み、『ショート・ワープ』を使った。イヤリングのスキルだからか、こっちはなんとか発動してくれた。
広場の端、崩れた展示棚の陰に転がり込み、肩で息をする。指先のしびれが引くのを待って、床のファンネルを一本ずつ呼び戻した。
メスはすぐには追ってこなかった。その代わりに、インクが紙に染みていくみたいに、根がじわじわと広場いっぱいに広がっていく。
「ヨツバ、大丈夫だからね。あんな根っこババアには絶対渡さないから」
強がってみたけれど、声はみっともなく震えていた。
相手はレベル31で、悲鳴でファンネルまで封じてくる。おまけに逃げ道もない。
図書館の夜とそっくりだった。あの時と違うのは、今度は逃げられないということだけだ。
「もしかして、これほんとにやばいのでは…?」




