顔パスで入れました
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ヨツバの蔓が淡い緑の光を帯びると、黒棘の防壁に触れていた蔓がゆっくりと動く。
ぎしり、と嫌な音がした。
私は反射的に一歩下がる。
襲ってくるかと思いきや、黒い茨は私たちへ向かって伸びるのではなく、門に絡みついていた蔓同士を少しずつほどき始めた。
「あれ?」
思わず声が漏れる。
ヨツバも不思議そうだった。
いや、植物の考えていることなんて分からないけどさ、なんか不思議そうにくねくねしてる。
少なくとも、さっきまでの警戒した様子とは少し違う感じだ。
黒い茨は何かを確かめるようにヨツバへ触れ、それからゆっくり道を開いていく。
数分後。
人が一人通れる程度の隙間ができていた。
「通してくれるんだ……」
正直もっと力づくになると思っていた。
酸属性のファンネルで溶かすとか。
巨大植物との戦闘になるとか。
そういうのを覚悟していたのに、まさか門の方から開いてくれるとは思わない。
嬉しいかと言われると微妙だった。
「なんで通してくれるんだ……?」
理由が分からない親切って怖いじゃん。
知らない人から急に飴を渡されるくらい怖い。
今の世の中ならもっと怖い。
もしかしてヨツバは植物界のスターなのだろうか。
顔パスのようなものがあるのかもしれない。
「……まあ、入るしかないか」
私は意を決して隙間をくぐった。
途端に空気が変わる。
「案の定湿気が酷いな」
生ぬるくて空気が重い。
草の匂いと土の匂い、それから甘い花の匂いが混ざっている。
服が肌に張り付いて嫌な感じだ。
「温室ってこんなんだったっけ……」
子供の頃、一度だけ植物園に来たことがある。
たしか祖母に連れてこられた。
花が好きな人だった。
薔薇とか胡蝶蘭とか、その辺だった気がする。
私は花には全然興味なくて、園内を回っている間も暑かった記憶しかない。
たぶん当時の私は、途中から売店のアイスのことしか考えてなかったと思う。
でも、花を見ている祖母は楽しそうだった。
私は退屈だった。
それだけは間違いないけど、今だったらどうなんだろうか。
私は周囲を見回した。
広い。
思っていたよりずっと広かった。
温室というより森だ。
割れたガラス天井から差し込む光と、その光を遮る巨大な葉。
床を覆う苔に、絡み合う蔓。
植物が建物を飲み込んでいる。
そんな光景だった。
『空間把握』を広げる。
するとすぐに眉をひそめた。
「見づらいな……」
情報が多い。
根。
蔓。
葉。
幹。
普通の建物なら壁と床で終わる。
でも、ここは植物が増えすぎていて境界が曖昧だ。
床だと思ったら根だったり。
壁だと思ったら蔓だったり。
「植物恐ろしや……。踏んだらダメなトラップとかもあるんじゃないか、これ」
普通は花を見る場所だ。
今みたいに命懸けで探索する場所じゃない。
私は慎重に歩き出した。
ファンネルは四本とも周囲を警戒させる。
今は戦闘より情報収集だ。
敵がいるのか。
何がいるのか。
素材はあるのか。
まずはそこから始めよう。
数分ほど進んだところで足が止まった。
道の脇に花壇らしきものがある。
……いや、花壇だったものか。
その中央に一本の植物が生えていた。
高さは一メートルほどで、白い花を咲かせている。
ただし、花弁が金属っぽい。
「……ん?」
私は思わず近付いた。
銀色に光る花弁が風で揺れているが、質感がどう見ても金属だ。
『鑑定』
【名称:アイアン・フラワー】
【レベル:6】
【備考:金属成分を蓄積する変異植物】
「へえ」
よく見ると茎は普通だし、葉も普通。
なのに花だけ金属になっている。
私はそっと花弁をつついた。
カン。
乾いた音がした。
「本当に金属なんだ」
なんだか変な気分だった。
花なのに鉄。
植物なのに金属……。
そもそも、リクに植物園のことを聞いてここまで来たんだ。もしかしたらこの花弁が超S級素材なのかもしれない。
でも見た感じそこまで特別じゃないし、名前もなんだか安っぽい気がする。
アイアンフラワー。
直球すぎる。
新しい武器の素材に使えるほど頑丈にも見えない。
「サンプルって感じかな」
私は周囲を見回す。
同じ花が何本も生えていることに気付いた。
花壇全体に。
温室の隅に。
割れたベンチの近くに。
あちこちに。
……って、生えすぎじゃない?
明らかに過剰繁殖だ。
「……たしか、建物の一部は研究施設だったんだよね」
もっと奥には何があるんだろう。
まさか、この花で終わるわけではないはずだ。もしそうならただのお花観察で遠征が終わってしまう。
そう、どこか楽観視していた自分を戒めるようにして奥へ進もうと立ち上がった、その時だった。
左腕に巻き付いているヨツバが、ぴくりと震えた。
「ん?」
見れば、その蔓が警戒するように温室の奥を指し示している。
私はとっさに息を潜め、『気配察知』と『空間把握』を一気に周囲へと広げた。
少し遅れて、その索敵網の端が微かな反応を捉える。
距離は遠い。
かなり奥の方だ。
生い茂る植物たちの生命反応に紛れてしまっていて非常に分かりにくい。
けれど、そこに何かがいるのは間違いない。
しかも大きい。
私は思わず小さくため息を吐いた。
「やっぱりいるよな……ボスキャラは」
このまま厄介事にも遭遇せず、目当ての素材だけ拾って帰れる。
そんな都合のいい話があるわけがない。
頭では分かっていた。
覚悟もしていた。
それでも、ほんの少しくらいは期待していたんだけどな。
私は気持ちを切り替えるようにファンネルを前へ展開する。
ヨツバは私の腕にしっかりと巻き付いたまま、温室の奥をじっと見つめ続けていた。
そして私は、その不穏な反応がある方角へ向かってゆっくりと歩き出した。
ヨツバは植物界でもエリート…?
植物園って、なんだか彼のホームグラウンドっぽいところもあるので、今後の活躍に期待です!




