遠足?いいえ、死地への旅立ちです
お久しぶりの更新です。
本当に待っていた方々には申し訳ないです。
現在2作品投稿しているんですが、片方が書籍化しまして、その作業に追われていました。
ですが、今日からはがっつり更新モードに入りますので、1日1話を目標に皆さんに物語を伝えていければと思います。
離れてしまった人もいるかもしれませんが、更新通知を見て飛んできてくれると嬉しいです。
改めて、よろしくお願いします。
巨大な金属の扉が、背後で重い音を立てて閉じていく。
ギィィ……ガコン。
その音が、復興地区とその外側の世界を切り分ける境界線みたいに聞こえた。
私はしばらく、その場に立ったまま動けなかった。
目の前に広がるのは、かつては普通の街だったはずの景色。
ひび割れた道路。
半分崩れた建物。
電柱に絡みつく太い蔓。
遠くで風に揺れる、誰のものか分からない看板。
復興地区の中には、人の声があった。
鍋をかき混ぜる音とか、子供の笑い声とか、誰かが木材を運ぶ足音とか。
正直、うるさい。
人が多い。
気を遣う。
できれば一日中引きこもっていたい。
……でも。
こうして外に出てみると、あの雑多な生活音が、実はかなりありがたいものだったんだと嫌でも気づいてしまう。
「……やっぱり外、静かすぎるんだよな」
ぽつりと呟く。
静かなのは好きだ。
むしろ静かじゃないと生きていけない。
でも、この静けさは違う。
図書館の中の静けさとも、私の新しい拠点の静けさともまるで違う。
誰もいない。
何かが潜んでいる。
そういう種類の静けさだ。
人がいると疲れる。
人がいないと怖い。
「……私、面倒くさすぎない?」
自分で自分に呆れながら、地図を開いた。
外出管理所の職員さんにもらった、西区画の最新版。
赤い×印がいくつも書き込まれていて、そのうちのひとつに小さく「旧植物園」と記されている。
目的地は、そこ。
リクから教えてもらった、素材が取れるかもしれない場所。
図書館を奪われた時に一本失った、私のファンネル。
あれを作り直すためには、ただの鉄じゃ足りない。
――あのレベル27の男に斬られた、あの瞬間。
ギィンッ、という耳障りな金属音。
私の渾身の一撃が、当然のように弾かれた光景。
思い出すだけで、胃のあたりがすっと冷たくなる。
あの時の私、完全に「え、今の効かないんですか?」って顔してたと思う。
いや実際、効かなかったんだけど。
現実はたまに、読者アンケートも取らずに理不尽展開をぶち込んでくるから困る。
「……まだ足りない」
小さく呟いた。
強くなったつもりだった。
一人でも生きていけると思っていた。
図書館という城を手に入れて、装備を整えて、レベルも上げて、もう大抵のモンスターには負けないと確かにそう思っていた。
でも、人間に負けた。
正確には、戦う前に逃げた。
いや、逃げた判断は間違ってない。
あそこで戦っていたら、私はたぶん今ここにいない。
命あっての物種。
逃げるが勝ち。
生存戦略としては百点満点。
……でも。
「納得できるかどうかは、別なんだよな」
左腕に絡みついていたヨツバが、私の袖の上から小さく蔓を動かした。
慰めるみたいに、きゅっと腕を締めてくる。
「うん。大丈夫。別に落ち込んでるわけじゃないから」
嘘である。
普通に落ち込んでいる。
ついでにちょっと拗ねてもいる。
でも、落ち込んだところで素材は降ってこないし、ファンネルも勝手に直らない。
布団にくるまって泣いていたら翌朝には全部解決している、なんて優しい世界ではないのだ。
優しい世界なら、そもそも文明が崩壊してないし。
私は深く息を吸って、ゆっくり吐いた。
「よし。行こう」
足元に意識を集中させる。
『空間把握』と『気配察知』を、薄く広く展開する。
頭の中に、周囲の立体的な地図がふわりと浮かび上がった。
崩れた建物の形。
道路に転がる車の残骸。
草むらの中でうごめく、小さな生き物の気配。
復興地区の中にいた時より、ずっとノイズが少ない。
人の気配が、ないからだ。
その代わり――赤黒い嫌な気配がぽつぽつと街のあちこちに散らばっている。
モンスター。
数は多くない。
でも、ゼロでもない。
「平和な散歩コースとは程遠いな……」
いや、この世界で平和な散歩コースなんてものが存在するのかは知らない。
たぶん存在しない。
あったとしても有料会員限定とかだ。知らんけど。
私はフードを深くかぶり直し、地図に示された道を歩き出した。
旧植物園までは、徒歩でおよそ三十分。
道自体は単純だ。
大通りを西へ進み、途中で南へ曲がる。そこから少し坂を上れば、古い公園と植物園があったはず。
……あったはず、というのはもちろん私の記憶の中での話だ。
今そこにあるものが、植物園と呼べる何かなのか。
それとも、植物に食われた何かなのか。
それは、行ってみないと分からない。
「行きたくないなあ……」
言ってから、私は自分で苦笑した。
行くと決めたのは自分だ。
誰かに頼まれたわけじゃない。
強制されたわけでもない。
なのに、歩き始めて五分でもう帰りたい。
自分の意志の弱さに、ちょっと感動すら覚える。
この弱さでよく終末世界を生き延びてるな私。
そんなことを考えながら歩いていると、頭の中の地図に小さな反応が引っかかった。
前方、右側。
ひび割れた歩道の脇。
背の高い雑草の中。
何かがいる。
私はすぐに足を止め、近くの廃車の陰へ身を寄せた。
音を立てないよう呼吸を細くする。
反応はひとつ。
大きさは中型犬くらい。
でも、動きが妙だった。
ふらふらしている。
歩いているというより、何かに引きずられているみたいな不自然な動き。
私は慎重に顔を出し、その気配の方へ視線を向けた。
草むらの中から現れたのは――犬だった。
……いや、犬だったもの、と言った方が正しい。
毛並みは土と泥で汚れ、ところどころ抜け落ちている。
背中からは、赤黒い蔓のようなものが何本も伸びていた。
その蔓の先には小さな花が咲いている。
花は、風もないのにゆらゆらと揺れていた。
「うわぁ」
思わず声が漏れる。
気持ち悪い。
いや、普通に嫌だ。
朝から見たいものランキングがあるなら、間違いなく圏外。
というか審査対象外。
運営に通報したいレベル。
私はすぐに『鑑定』を使った。
【名称:パラサイト・ドッグ】
【レベル:18】
【備考:植物性の寄生体に操られた変異犬。痛覚が鈍く、頭部を破壊しても活動を継続する場合がある】
「……活動を継続する場合がある、じゃないんだよ」
ぼそりとツッコむ。
そんな備考、見たくなかった。
頭を壊しても動くって、実質ホラーじゃん。
ホラーは読む分にはいい。
書くのもまあ、仕事ならやる。
でも体験版はいらない。
製品版もいらない。
できれば迂回したい。
でも、パラサイト・ドッグは私の進行方向にいる。
こちらに気づいた様子はないけれど、放置して背後を取られるのはもっと嫌だ。
背後から寄生犬とか、人生のイベント欄に絶対載せたくない。
私はひとつ、ため息を吐いた。
「……仕方ない」
右手を、軽く上げる。
私の周囲を静かに旋回していた四本のファンネルが、ぴたりと動きを止めた。
本来なら五本。
でも今は四本。
その欠けた一本分の隙間が、やけに目につく。
「さっさと終わらせる」
一本を、前に出す。
狙いは頭部。
黒い杭が音もなく射出され、パラサイト・ドッグの頭を正確に撃ち抜いた。
ぐしゃりと嫌な音。
普通ならそれで終わりだ。
でも。
「マジか」
頭部を失ったはずの犬の体が止まらない。
背中の花が、ぎしぎしと揺れる。
赤黒い蔓が四肢に絡みつき、犬の体を無理やり動かしている。
まるで、壊れた人形を糸で吊っているみたいだった。
「そういうの本当にやめてほしいんだけど……!」
パラサイト・ドッグがこちらに気づいた。
頭がないのに、迷わず私の方へ向かってくる。
速い。
いや、速いというより動きが気持ち悪い。
関節の限界を無視して、四肢がばらばらに地面を蹴っている。
「怖い怖い怖い、可動域がおかしい!」
私は後ろへ跳びながら、二本目のファンネルを射出した。
狙いは――背中の花。
ファンネルが花の中心を貫いた、その瞬間。
犬の体が、びくりと大きく跳ねた。
赤黒い蔓が一斉に萎れ、四肢から力が抜けて体はその場に崩れ落ちる。
動かない。
念のため、少し距離を取ったまま鑑定する。
【名称:パラサイト・ドッグの死骸】
【状態:寄生核を破壊済み。活動停止】
【備考:食用不可】
「食べないよ!」
即答した。
誰に言ってるんだ、私は。
いや、でもシステム側も一応言っておかないと不安だったのかもしれない。
「まさか食べませんよね?」みたいな確認。
食べません。
断じて食べません。
死骸はしばらくすると黒い粒子になって、ふわりと消えた。
あとに残ったのは、細い根のようなものが一本だけ。
私は近づき、鑑定する。
【名称:寄生蔓の根】
【等級:コモン】
【備考:他の植物に絡みつき、成長を阻害または促進する性質を持つ】
「使い方次第では便利なのかな?」
阻害と、促進。
真逆の性質が同居しているのが、なんとも怪しい。
自己啓発本みたいな素材だな。
成長を促すこともあれば、阻害することもあります。環境次第です、みたいな。
怖いんだよ。
私はそれをハンカチで包み、アイテムボックスへしまった。
素手で触る勇気は、なかった。
ヨツバが、私の腕の上でわずかに蔓を揺らす。
「気になる?」
返事の代わりに、蔓がちょん、と私の手首を叩いた。
「帰ったら調べよう。今は植物園が先」
そう言うと、ヨツバは納得したように静かになった。
……いや、本当に納得したのかは分からない。
でも、最近のヨツバは明らかに意思表示が増えている。
ただの植物だったはずなのに。
今では、完全に相棒だ。
「相棒が植物って、冷静に考えるとだいぶ特殊だな……」
まあ、私自身も大概特殊なので今さらか。
私は再び歩き出した。
そこから先、大きな戦闘はなかった。
遠くに何体かモンスターの反応はあったけれど、こちらに近づいてくる気配はない。
無駄な戦闘は避ける。
今の目的はレベル上げじゃない。
素材探しだ。
それに、ここは復興地区の近くだ。
あまり派手に暴れれば、他の生存者や警備隊に見つかるかもしれない。
「幽霊」なんて呼ばれている時点で、これ以上変な噂を増やしたくない。
いや、もう手遅れな気もするけど。
幽霊が黒いローブでファンネルを飛ばしてたら、それはもう幽霊側にも言い分がない。
地図を確認しながら進んでいくと、やがて街並みが少しずつ変わってきた。
建物の数が減り、代わりに緑が増えていく。
街路樹だったものが、道路の半分を覆うほど枝を伸ばしていた。
アスファルトの裂け目からは、太い根が何本も顔を出している。
空気も変わった。
土の匂い。
草の匂い。
それから、どこか甘くて、少しだけ腐ったような――嫌な匂い。
私は思わず鼻を押さえた。
「……近いな」
頭の中の地図が、だんだん歪んでいく。
正確には、『空間把握』そのものが効かないわけじゃない。
ただ、植物の根や蔓があまりにも複雑に絡み合っていて、建物の輪郭と生き物の気配が混ざってしまっているのだ。
床なのか根なのか。
壁なのか蔓なのか。
判別がつきにくい。
今までの廃墟とはまるで違う。
――生きている。
この一帯そのものが、巨大なひとつの生き物みたいだった。
「……建物に生体反応があるの、普通に嫌すぎる」
家は家でいてほしい。
植物園は植物園でいてほしい。
生きた迷宮みたいな方向に個性を出さないでほしい。
やがて、視界の先に古びたアーチが見えてきた。
かつては、白かったのだろう。
今は苔と蔓に覆われ、文字の半分が読めなくなっている。
『さいたま市立――植物園』
……たぶん、そう書いてある。
正門は完全に塞がれていた。
鉄製の門扉に、太い茨が何重にも絡みついている。
茨は黒に近い深緑色で、棘のひとつひとつがナイフみたいに鋭い。
ところどころに小さな赤い花が咲いていて、それが妙に生々しかった。
私は少し離れた場所で、足を止める。
「入りたくねー」
心からの本音だった。
旧植物園。
ヤバいモンスターが巣を作っているという噂。
なるほど。
門を見るだけで、その噂がかなり信頼できると分かる。
口コミ星一。
レビュー本文は「近づくな」
そんな感じだ。
私は試しに、鑑定を使った。
【名称:黒棘の防壁】
【レベル:――】
【状態:活動中】
【備考:植物園内部から伸びた防衛用の茨。強い刺激を与えると、周囲の生物を拘束する】
「防衛用って誰を防衛してるの……?」
嫌な予感しかしない。
正面から切り裂くのは危険。
酸属性ファンネルを使えば突破できるかもしれないけれど、反応が読めない。
無理に刺激して、茨が一斉に襲ってきたら笑えない。
いや、笑うしかない状況になるかもしれないけど。
全身茨巻きとか絶対嫌だ。
痛そうだし、絵面が完全に捕獲された不審者だし。
いや、今の見た目も十分不審者だけど。
私は、左腕のヨツバに視線を落とした。
「……いけそう?」
ヨツバが、ゆっくりと蔓を伸ばす。
いつもより、慎重な動きだった。
まるで、目の前の茨を警戒しているみたいに。
私は一歩だけ近づく。
ヨツバの蔓が、黒棘の防壁にそっと触れた。
――その瞬間。
門全体に絡みついていた茨が、ぎしりと音を立てて動いた。
「っ……!」
私は反射的に、ファンネルを前に展開する。
攻撃してくる。
そう思った。
でも、茨は襲ってこなかった。
ただ――こちらを見つけたみたいに。
ゆっくりと棘の先端が私の方へ向いた。
背筋に冷たいものが走る。
ヨツバが、私の腕に強く巻きついた。
痛いくらい、ぎゅっと。
私はごくりと喉を鳴らし、フードの奥で目を細めた。
旧植物園の門は、まるで口を閉ざした怪物のように静かにそこに立っていた。
ここから先は、ただの素材探しじゃ済まない。
そんな確信だけが、嫌になるほどはっきりと胸の奥に沈んでいく。
「……帰りたいなあ」
小さく呟いた。
でも、足は引かなかった。
失った一本を作り直す。
もう二度と、何もかもを奪われて逃げるだけにならないために。
私はヨツバに魔力を流し込みながら、黒い茨の門をまっすぐ見据えた。
「まずは入り口から攻略しますか」
私の声に応えるように、ヨツバの蔓が淡い緑の光を帯びた。




