許し
悪寒に疲れ果て、敏は明け方になってやっと眠りについた。
汗びっしょりで目覚めたのは、昼近くになってからだった。
長い夢を見ていたような気がする。
昨日のことが夢でないのは、凹んだクローゼットのドアが証明している。
『自分が悪いのに、父親にはすまないことをしてしまった』
でも、本当のことは言ってはいけないと思う。
スマホには、純から無断外泊をしたことへの心配のメッセージが入っている。
『叱られたけど、それは何とか大丈夫』
と、返信した。
すぐに、『今日は会えるかどうか』の問いが返って来た。
急に純の声が聴きたくてたまらなくなる。電話をしてしまった。
「もしもし・・・」
「返信が来ないから心配してたの」
「ごめん。寝てた」
「いっぱい怒られちゃった?」
「大したことないよ。それより・・・」
「なあに?」
「今日は、会えなさそう」
「そうなの・・・」
純のがっかりした声。
「僕も熱が出ちゃったんだ」
「え?」
「うつっちゃったんだ・・・あんなことしちゃったから・・・」
「・・・」
敏には、純が顔を赤らめたのが見える気がした。
「早く元気になって、早く会おうよ」
「うん。ゆっくり休んでね」
「純ちゃんは、大丈夫なの?」
「もう、ふつうにご飯も食べられるし、私のことは心配しないで」
「起きてるの?」
ドアの向こうから母親が声を掛けてきた。
まだまだ純と話していたいけれど、電話を切るしかなかった。
「今、起きたところ」
母親がドアを開け、入って来た。ちらっとクローゼットの方を見て、机の前に椅子に腰をおろし、敏の方を向く。
「純ちゃんでしょ?」
「今の電話?」
敏の胸がドキリと鳴った。
「ウソをついても分かっちゃうのよ」
「え?何のこと?」
「純ちゃんと一緒にいたんでしょ?」
「え?・・・」
「やっぱり・・・」
「いや、そんなこと・・・」
『・・・ああ、ウソで押し通せない。ウソも思いつかない・・・』
敏の表情が固まる。
「そうなのね?」
敏は何も言えないまま、下を向く。
「なんか、おかしなことになってないわよね?」
「おかしな・・・って?」
思わず母親の顔を見た。
母親の目に、涙が浮かんでいる。
「母さん、勘違いしてるよ・・・」
『・・・いや、勘違いではないんだけれど・・・。二人でベッドに寝ちゃったし。あんなキスしたし。でも、ここで譲っちゃダメだ・・・』
「純ちゃんが病気だったんだ。すごい熱を出して・・・それで」
「えっ?おうちの人は?」
「お父さんは出張でいなくて、家政婦さんは休みで、それで・・・」
「本当に?」
「ウソじゃないよ。だから病気がうつって僕も熱を出したんじゃないか」
「そういうことなの・・・」
「そういうことなんだ。無断外泊は謝る。でも、正直に言ってもダメだと思ったから」
ちょっと事実を伏せているところもあるけれど、これは真実だ。
「高校生が二人きりで夜を過ごすって、大人からは許せないことだわね」
「許してもらえないのは、わかってる。でも、仕方なかったんだ」
「純ちゃんのお父様にも、許してもらえないことなのよ?わかってる?」
「はい」
敏は素直に頭を垂れた。
「それで、純ちゃんは?もう、大丈夫なの?」
「今、電話で話したんだけど、大丈夫だって・・・でも・・・」
「なに?」
「今回、すごく思ったのは、自分は何にも出来ないんだなって・・・いろいろ・・・看病とか料理とか」
「こまったでしょう?」
「純ちゃん、お母さんがいなくて・・・それなのに、一人で何でも出来て・・・」
そう言う敏の顔を、母親は微笑んで見つめた。
「きっとあなたより、純ちゃんの方がずっと大人よ」
「そうだね」
そう言いながらも、敏の目に浮かんだのは、純の甘えた姿だった。
敏しか知らない純の姿・・・。
ぼうっとしてしまった敏を、心配顔で母親は見つめた。、
「汗びっしょりじゃないの。着替えなさいよ」
母親は声を掛け、
「食欲があるなら、お昼ご飯にしましょう」
と、部屋を出て行った。




