嵐は過ぎ去る
台風が去った青空は、少し高く感じる。敏には、陽射しがまぶしくてクラクラするような気がした。
敏は須川駅の前のバス停から帰宅のバスに乗った。
座席の腰を下ろすと、疲れとだるさが襲って来た。
無断外泊の言い訳を考えなくちゃ、と思うのだが、何も思いつかない。
純に言ったように『事実』を言うわけには・・・まさか・・・いかない。
『良太の家に泊まったとでも言おうか・・・どうしよう・・・』
思いあぐねているうちに、日越銀座商店街のバス停に着いてしまった。
『もう、出たトコ勝負だ!』
商店街を抜けて、母親のカフェの前まで来た。
そっと店の脇を通り抜け、自宅の玄関に向かった。
リビングの掃き出し窓が開いていて、中から敦が驚いた顔を見せた。
「兄ちゃん。どこに行ってたんだよ。ゆうべ大騒ぎだったんだから」
敏は素知らぬ顔をした。
「何が?」
「黙って台風の中を出かけて行ったって。行き先も言わないでって」
「母さんには言ったよ。友達のところって」
「でも、友達って誰なのさ?それに黙って外泊したでしょ?母さん怒りまくってたんだから」
敏は敦の言葉を無視して、玄関から風呂場に直行した。
早く昨日の服を脱ぎたかったし、体を洗いたかった。
シャワーを浴びて、髪を乾かしていると、いきなり洗面所のドアが開いた。
怒った母親の姿。
「びっくりするじゃない」
敏は下着姿だったのだ。母親はそんなのお構いなしだ。
「今までどこに行ってたの?何度も電話したのに、連絡もしないで・・・」
「いろいろ大変だったんだよ。忙しかったんだ」
「誰のところにいたの?心配したのよ」
「ん・・・良太・のところ・・・」
ちょっと言葉に詰まってしまった。
母親は、そんな敏の様子を見逃すはずは無い。
「本当に良太君のところ?それなら何で電話に出ないの?」
「・・・だから、いろいろ大変だったんだって」
『・・・お願い、これ以上、ツッこまないで・・・』
敏は心の中で祈る。
「大変、大変って何なの?台風なのに出かけて。連絡もしないで外泊して・・・」
怒りを通り越し、泣き顔になりそうな母親に、なおさら本当のことは言えない。
『テキトーに謝って、この場から逃れよう』
「ごめん。それは謝る。ごめんなさい」
半裸のまま、敏は頭を下げた。
「父さんが帰って来たら、たっぷり叱ってもらうから」
母親は涙を浮かべ、洗面所のドアを大きな音を立てて閉めると、行ってしまった。
『なんか、疲れた・・・』
二階の自分の部屋に行ってTシャツとスェットに着替えた。
お腹も空いたし、とにかくダルい。
『何か食べたら少し眠ろう』
一階におりて、台所を漁った。
冷蔵庫から、昨日の夕食の敏の分だったと思われる食事が見つかる。
レンジで温めて、食卓に着く。
純と明日会う約束をしたことを思い、どこでどうしようか考える。
『あ、部活・・・明日は部活もあった。部活の帰りに純ちゃんに会いたい・・・』
ぼんやり食事をしながら、純のことを想う。
「本当はどこに行ってたの?」
いつの間にかそばに来ていた敦が、食事をする敏にそっと聞いた。
「子供には話せない」
「え?」
『・・・しまった。余計なことを言っちゃった』
「なんだよ。子供には話せない場所なの?」
意地悪い顔の敦。
「何でもない。黙ってろ!」
兄の威厳で・・・そんなものがあったら、の話しだが・・・黙らせる。
「じゃ、子供には話せない場所に行ってたって、父さんに言ってやるよ」
やっぱり、黙らせるほどの威厳は、敏にはなかった。
敦まで怒らせてしまった。敦は言い捨てると、リビングに行ってしまった。
敏は、敦を取りなすのもダルくて面倒になり、お腹が満たされると自分の部屋に戻った。
『疲れたな』
でも、純のことを思い出し、笑顔を浮かべる。
「純・・・」
そっと声に出して、愛しい名前を呼んでみる。
ベッドに横になり、純の甘い唇を思い出しながら、夢に落ちて行った。
『今、何時かな?』
敏が目覚めたときには、部屋が暗くなっていた。
ずいぶん寝たはずなのに、疲れが取れていない。
目が暗さに慣れたころ、部屋の外に足音が聞こえた。
ノックする音がしたかと思うとすぐに、ドアが勢いよく開いた。
「敏!」
父親だった。
あわてて敏がベッドから起き上がり、灯りをつけた。
「無断外泊するなんて、いったいどういうつもりだ!」
敏は黙って父親の顔を見返す。
「理由も言えないのか?」
敏も父親も直立したままだ。
「言いません。言い訳はしません」
『・・・本当のことは言えない。言ったらもっと大変なことになる・・・』
いきなり父親が敏の両肩をつかむ。
敏はそれを拒むように、父親の両腕をつかんだ。
力まかせの揉み合いになる。
「理由は何なんだ!」「言いません」
大声で叫び、揉み合いになっているところに、母親が慌ててやって来た。
敦も階段を駆けあがって来た。
ますます親子の揉み合いは激しくなる。
お互いがつかみあったまま、手を離さない。
「父さん、やめて!」
母親が叫び、その声に父親が一瞬ひるんだ。
敏の力がグッと入って、父親を押し倒してしまう。
父親は倒れた拍子に、クローゼットのドアにぶつかった。
バシッと音がして、ドアが壊れ、大きな凹みが出来た。
倒れた父親を呆然として見入る敏・・・強いと思っていた父親を倒してしまった自分に驚く。
しかし、次の瞬間、敏がその場に崩れるように座り込んだ。
「敏、どうしたの?」
敏のそばに母親が駆け寄った。
「なんか・・・目が回った。すごくダルいよ」
「熱があるわ」
敏の額をさわった母親が、慌てた声を出す。
敏を母親が、父親を敦が、助け起こした。
敏はそのままベッドに横になった。
「水枕を持って来るから」
母親は階段を下りて行く。
親子喧嘩の気まずい幕切れだった。
『そうか・・・純ちゃんの病気を貰って来ちゃったんだ。当たり前だよね。あんなこと・・・しちゃったんだから。きっと、このあと寒気がして・・・』
その通り、敏は一晩、悪寒と戦うことになった。
純と違うのは、そばで抱きしめてくれる人がいない、ということだった。




