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つぼみひらくまで  作者: 真山咲
第二章
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ベッドルーム(三)

敏は、まぶしさで目を覚ました。

カーテンが少し空いていて、その間から陽の光が見える。

『もう一度、純に水をのませようと思っていたのに、いつの間にか寝入ってしまった』

ハッとする。

純がベッドにいない。

あわてて飛び起きる。

シングルベッドに二人で寝ていたせいか、身体がだるい。

隣のグランドピアノの部屋にも、勉強部屋にも、純はいない。

廊下に出てみる。

洗面所の向こうから水音がする。

バスルームからのシャワーの音だ。

「純ちゃん」

敏の呼ぶ声は聞こえないらしい。

もう一度呼んでみる。

水音が消え、純の声が聞こえた。

「お願い、来ないで」

慌てた声。

『なんだよ、そばにいてって言ったり、来ないでって言ったり・・・』

敏は苦笑する。

『熱があるのに、シャワーなんて浴びて大丈夫なんだろうか・・・?」

今日は病院に連れて行った方がいいのか、敏が考えていると、ガチャリとバスルームのドアが開く音がした。

敏はドキッとして、洗面所のドアの前から飛び退った。

朝から刺激が強すぎる。

一瞬、純の裸体を想像してしまった自分が恥ずかしい。

敏はすごすごと退散して、ベッドルームに戻った。

戻ったはいいが、昨夜のことを思い出して、立ち尽くしてしまった。

『このベッドで、一緒に寝ちゃったんだよね。キスもしちゃったし・・・それもディープなヤツ・・・。純ちゃん、「愛してる」って、僕のこと・・・僕を「敏君」って・・・』

枕もとのアイスパックが熱で溶けている。

枕と一緒にベッドの脇に落ちているキリンのペンケースを拾ってベッドに載せた。

敏は、もうベッドには触ることも出来なくて、ベッドの足元にあるソファに腰を下ろした。

純のスウェットの上衣と一緒に、昨日脱いだ自分のパーカーとジーンズが、生乾きのままソファに掛かっている。

パーカーのポケットから、スマホを取り出す。母親の携帯からの着信が何件もあった。

初めての無断外泊・・・。

「ああ、どうしよう・・・。すっかり忘れてた・・・。とりあえず、今、この瞬間は、純のことだけ考えよう。都合の悪いことは、今は忘れてしまおう・・・』


純が戻って来る足音。

敏はソファから立ち上がった。

純は、銀色のトレーにトーストと果物、紅茶を載せてベッドルームに入って来た。

「シャワー浴びたりして大丈夫?熱は?」

「ちょっと疲れたけど、大丈夫」

純の顔に疲労の色が見える。

「無茶しないでよ・・・」

「うん」

そう言いながらも、二人は目を合わせることも出来ない。

「あの・・・とりあえず、これ食べて」

トーストと紅茶のいい匂いが、昨夜の夕食を食べそこなった敏の鼻腔を刺激する。

「うん、一緒に食べよう」

純の手から、トレーを受け取る。

「私はあとでいい。ちょっと疲れたから、もう少し眠りたい。隣のお部屋のテーブルを使ってね」

純はベッドにもぐり込むと、目を閉じた。

敏は、トレーをソファの座面に置いて、ベッドの脇に立つ。

ベッドに横たわる純を見て、昨夜の切ない声を思い出した。

「僕、そばにいなくていいの?」

思わず口にしてしまった。

純は急に恥ずかしそうな顔になって、掛けていた布団の中に隠れた。

純の巻き髪だけが布団から見えて可愛い。

「我慢する・・・」

布団の中からくぐもった声。敏の胸の奥がドキッと跳ねる。

『ダメだ・・・。僕の方が我慢できない・・・』

ひざまずいて、布団ごとくるむように純を抱き締めた。

純の巻き髪からは、シャンプーのいい匂いがする。

布団の中から、純の鼻から上が覗いた。

「敏君。男の人の匂いがする・・・」

「あ、ごめん。僕、風呂はいってないから・・・臭う?」

純の切れ長の目が一瞬きょとんと丸くなってから、笑ってカーブを描く。

「ごめんね。ちがうの。不思議だなって思って・・・。敏くんが、こんなに近くにいることが、不思議。私が敏君の腕の中にいることが・・・不思議だなって」

「そんなに、不思議?」

敏は布団ごと抱きしめていた腕を緩めて、純の目を見つめる。

純は恥じらって視線を外し、敏の胸にいい匂いの巻き髪を押し付けた。

「ずっとあこがれてた敏君と一緒に・・・こうして・・・不思議・・・」

敏の頭の中で『ずっとあこがれてた・・・って、いつから?』の疑問が浮かんだが、それよりもこみ上がる衝動が抑えられず、純の唇を奪う。そして緩めていた腕をきつくして純の身体を抱きしめる。

昨日より弾力が増した純の唇は、初めて敏の唇を求めて来た。求められることの喜びを、敏は胸に刻んだ。

長い時間、そうしたあと、

「好き」

と真顔で言いながら一瞬敏の瞳を見つめ、純は、すぐまぶたをギュッと閉じる。

そんな純への愛おしさがあふれ出して言葉になる。

「僕も好きだよ」

もう一度、重ねるだけのキスをする。

キスのあとの、純の深いため息。

疲れさせてしまったかと、敏は少し心配になった。

「少し、お休み」

「うん」

抱きしめていた腕をゆっくり外した。

純の肩の上のペンケースを、敏はベッド脇のテーブルのキリンのぬいぐるみのそばに置いた。しばらく純の寝顔を見つめてから、食事の乗ったトレーを持って、部屋を出た。


グランドピアノの部屋の窓を開けて、やや強めの風を部屋に入れた。窓から見える青空がまぶしくて、夏の日差しを感じさせる。

ピアノのそばの丸テーブルの席で、もうすっかり冷めてしまった紅茶とトーストを頬張りながらぼんやり考える。

金松貴久が彼氏ではないことがわかった、この部屋。

純が作ってくれた夕食を三人で食べたこと。

その原因の『階段事件』

遠足のときのこと。キリンのペンケース。

『使ってくれていないと思って、がっかりしたんだった。まさか、ペンケースと一緒に眠っていたなんて・・・。そういえば、さっき『ずっとあこがれていた』っていたけど。いつから僕のことを想っていてくれたんだろう?』

敏は急に、純の顔が見たくなった。

食べかけたものをそのままに、ベッドルームに引き返した。

横向きに純が眠っている。

ベッドサイドのテーブルに載っているキリンのぬいぐるみがこっちを見ている。

『ベッドルームの二人を見ていたよ』

と、言わんばかりの丸い目。

敏はベッドの足元にある一人掛けソファを、音をたてないように、ベッドの脇に引っ張って来た。

昨日敏が着ていた服が掛かったままのソファに、腰掛けた。

これで思う存分、純の寝顔を見つめることが出来る。

純の白い顔。その顔にかかる黒い巻き髪。閉じられたまぶた。濃いまつ毛。

ふっくらとしたピンクの唇・・・弾力を思い出して胸がうずく。

とがった顎のラインの美しさ。

いくら見ても見飽きない。


寝顔を見つめすぎて、夢なのか現実なのかわからなくなったころ、純が目を覚ました。

「おはよう」

敏は微笑む。

寝顔も可愛いけれど、やっぱり目覚めている純の瞳が嬉しい。

「すっとここに・・・いたの?」

「『そばにいて』って言ったのだれだっけ?」

「それは・・・」

「いちゃいけない?」

敏はおどけて、むくれた顔をしてみせた。

「・・・」

はにかむ純を見るのも嬉しい。

甘い気持ちのまま、のんきに敏が純を見つめていると、

「ねぇ」

と、急に純が真顔になって、ベッドの上に起き上がった。

「ん?何?」

「ゆうべ、家に帰らなくて大丈夫だったの?」

「ああ・・・大丈夫じゃないね。完全に無断外泊」

「おうちの人に叱られるんじゃ・・・」

「そうだろうね、たぶん」

敏は平気を装って答える。

「何て言いわけするの?」

「何て言おうね。純ちゃんと二人で一緒にベッドで寝ました。キスしました・・・って言う?」

「え?」

純は顔を赤くしていいのか青くしていいのか、戸惑う。

「事実でしょ?それとも夢?」

「それは、現実だけれど・・・」

純はベッドの上で真顔のまま、うつむいた。

「家のことは、自分で何とかするから、心配しないで」

敏は、純の両手を自分の両手で包んだ。

「本当に?本当に大丈夫?」

純は敏の手を握り返して、心配そうに見上げる。

「大丈夫。心配しないの」

敏はにっこりと笑って見せた。


しかし、『それでも・・・』と言う純に追い返されるように、敏は家に帰ることになった。

「『そばに来て』『そばにいて』って言ったのは、純ちゃんなのに・・・」

敏はブツブツ言ってゴネてみせたが、純は許してくれなかった。

それに、二日続けて無断外泊するほどの蛮勇は無い。

敏は帰りたくないけれど、純も返したくはないけれど・・・。

また明日、逢う約束をして、敏は帰ることになった。

敏は雨に濡れたまま乾いてしまったジーンズを身につけ、パーカーを小脇に抱え、まだ生乾きの靴を履いた。

「まだ、やっと熱が下がったばかりなんだから、気を付けて」

「心配しないで、もう大丈夫だから」

玄関に落ちていた傘を拾って、後ろ髪をひかれながらも、敏は純の家をあとにした。


















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