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つぼみひらくまで  作者: 真山咲
第二章
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ベッドルーム(一)

敏はやっと、家の前まで来た。

インターホンを迷いなく押して声をかける。

「僕だよ」

門扉はカチャリと小さな音がした。取っ手を回し庭に入る。

玄関をめがけてダッシュした。

玄関のドアは、すでに鍵が開いていて、手を掛けただけですぐに開いた。


玄関の床には、純が座り込んでいた。うつむいて、くずおれる寸前の姿。足元は裸足。

敏はびしょ濡れのまま、純に近づいた。

「純ちゃん・・・」

「ごめんなさい。わたしが悪いの・・・」

敏は立ち上がらせようと、手を差し伸べた。

純はそれには応じず、両の手のひらで顔を覆って、床に頭が触れそうなほどうなだれてしまった。

すすり泣く声。嗚咽。

敏は手にしていた傘を捨て、純の両脇に手を差し入れて、抱きかかえようとした。

柔らかな純の肌を、Tシャツ越しに感じる。肌がやけに熱い・・・。


「純ちゃん。熱があるの?すごく熱いよ?」

「わかんない・・・寒い・・・寒い・・・」

純が身震いをする。

「こんなところに座ってちゃダメだ。ベッドに行こう」

敏はためらわず、純を抱きかかえた。

「僕の首につかまって」

純は敏の首に両腕を回すと、彼の右頬のわきに顔をうずめた。

敏の頬に当たる純の額がとても熱い。

敏ののどに吐息がかかるが、それも熱い。

「いつからこんなだったの?」

「・・・憲人とは、何でもないの。本当に何でもないの・・・」

敏の問いかけなど、泣きじゃくる純の耳には届いてないようだ。

「憲人の小母様の・・・お見舞いに・・・行く約束・・・だった・・から・・・ただ、それだけ・・・」

純がしゃくりあげながら、やっとのことで言葉をつなげる。

敏は、純を抱いたまま、ベッドルームのドアを脚で開けた。

寝ていた跡のある、乱れたベッド。

そっと純を下ろし、寝かせようとしたが、純は敏を離そうとしない。

「憲人には、何度も告白されたけど、『Yes』の返事はしてないの・・・どうしても出来なかった・・・」

敏の首元に顔をうずめながら、うわ言のようにつぶやく。

「憲人は・・・大事な人だけど、・・・そういうことじゃない・・・わかって・・・」

すすり泣きながら、敏の首に回した腕に力を込める。

「わかってる・・・わかってるよ・・・」

敏も涙ぐみそうになった。

『・・・でも今は、泣いている場合じゃない・・・純ちゃんの熱、下げなきゃ』

「ちょっとだけ、手を離して。何か頭を冷やすもの、探してくるから」

純の身体から力が抜けて、ベッドに沈み込んでいく。

純のクリームイエローのTシャツとデニムのショートパンツが、敏のせいで濡れてしまっている。

敏は慌てて、びしょ濡れのパーカーを脱いだ。これまたびしょ濡れのジーンズを、どうしようか迷う。

とりあえずベッドの足元に置いてあるソファにパーカーを掛けようとして見ると、ソファに純が着ていたらしいライトグレーのスェットの上下が下がっていた。

スェットのズボンを借りることにして、濡れた靴を脱ぐと、隣の部屋に行き、グランドピアノの向こうで着替えて戻って来た。


純は起き上がっていて、ベッドの端に、惚けたように座っている。頬は涙の跡。

敏は、脱いだジーンスを広げてソファに置き、純の前まで戻る。

そして、彼女の前にひざまずいて、そっと彼女に額に手を当てた。

熱い。

「横にならないとダメだよ」

額に当てた敏の右手の手首を、純の右手が掴んで離そうとしない。

敏は左手の手のひらで、包み込むように純の右手を取った。

純を見つめる。

純の真っ赤な目。熱に潤んだ瞳。

どんな姿でも、いとしくてたまらない。

敏はそっと微笑んだ。

「何か、頭を冷やすもの、探してくるから。何かあるかな?」

「冷凍庫に、たぶん・・・」

「すぐ戻るから、横になって」

純を優しくベッドに寝かせると、敏はベッドルームをあとにした。


翔たちと出会ったリビングとダイニングを抜けて、キッチンに入る。

冷蔵庫の冷凍室に、アイスパックがあるのを確認したとはホッとした。

戻るときに、洗面所に気付いた。

洗面台の脇にタオル類があるのを見つけ、それもゲットした。

濡れた髪を拭きながら、ベッドルームに戻る。


窓の外は、強い雨風の音。揺れる木々のざわめき。

本来なら、まだ明るい時間のはずなのに、薄暗い。

純がベッドの中で、苦しそうに寝返りをうつ。

「枕をどかすよ」

純の巻き毛の頭をそっと持ち上げて、枕をはずした。

敏は、枕のしたに、黄色と茶色のものを見つけた。

『・・・ペンケース・・・』

それは、遠足の時、敏が純にプレゼントしたキリンの絵の付いたペンケース。

まだ開封されていない、ポリ袋がかかったままのもの。

「使ってなかったの?このペンケース・・・。なんでベッドに?」

タオルを巻いたアイスパックを枕の代わりに入れ、純に問いかけた。

純がだるそうに、うっすら目を開けた。

「敏君と一緒に眠っていたの・・・そうすれば怖い夢を見ない・・・」

「敏君・・・て」

今まで、『村上君』としか呼ばなかったのに・・・。

急に純が泣き顔になる。

「敏君・・・どこにも行かないで・・・そばにいて・・・お願い」

純の意識は、ここにあるのか、夢の中にあるのか。

純の手が、揺れながら敏を求めて来た。


敏の心のどこか・・・頭の中なのか、胸の奥なのか・・・どこかで、今まで聞いたことのない音が鳴ったような気がした。









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