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つぼみひらくまで  作者: 真山咲
第二章
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叫び

夏休みが始まっても、敏は憂うつだった。

部活に行っても、皆と一緒に体育館で練習をするわけでもなく、ただ暗い顔をして、部室の椅子に座って外をながめていた。

大抵のことに気が付かないボンヤリしている魚谷京平でさえ、敏の病みっぷりに怪訝そうな顔だ。

京平は、原因を聞かずにはいられず、良太を掴まえた。

「敏、どうしちゃったの?」

「住吉さんとケンカしたみたい。夏休み前に泣かしちゃったんだよ、彼女のこと・・・。その時、京平は教室にいなかった?」

「いなかったのかな・・・気付かなかったけど・・・。原因は何だったの?」

「わかんないんだ。敏に聞いたけど、教えてくれないんだ」

部員全員が、どうしようもなく落ち込む敏を、心配せずにはいられなかった。


その翌日は、台風が近づいているということで、予定していた部活は休みだった。

午後になって、雨風も強くなって来た。

敏は、自分の部屋から外を見て、ため息ばかりをついている。

思い出すのは、純の頬に流れた涙。

机に座って引き出しから純の写真を取り出して見る。

バイオリンを弾くブルーのドレス姿。写真部の友達からもらった学園祭のときの写真だ。

七夕の時の純のワンピース姿も思い出す。

左手に置いた、純の手の感触。右から見た純の横顔・・・笑顔。

忘れたくても、この気持ちを打ち消すことなんて出来ない。

『僕は純ちゃんが好きなんだ・・・純ちゃんが、ほかの誰かを好きだとしても・・・』

敏は、机に突っ伏して涙をこらえる。泣いてしまったら、純のすべてを諦めるような気がして・・・。


『スマホが振動してる?』


はっとして、ベッドに置きっぱなしのスマホを見た。

『・・・気のせいか』

立ってスマホを取り、ベッドに腰を下ろした瞬間。

本当に電話が鳴った。

画面に『純ちゃん』の文字。

「もしもし・・・」

「村上君・・・私・・・」

純が泣きながら電話を掛けているのが分かった。

「村上君に、イヤな思いばかりさせて・・・ごめんね・・・」

「僕があんなこと、言ったから・・・僕のほうが悪いんだ」

「違う・・・私が・・・私が悪いの・・・だから・・・」

純は、そう言って、泣きじゃくる。

敏も胸がいっぱいになり、もう言葉が出ない。

「寒い・・・」

「え?」

急に意味不明の言葉をつぶやく純。戸惑う敏。

「寒い・・・寒い・・・お願い・・・そばに来て・・・」

『台風も来る暑さなのに、どういうこと?』

「寒いって、どうしたの?」

敏は焦って、スマホを握りしめる。

「お願い。そばに来て・・・寒い・・・」

純は、ただ泣きじゃくっているだけではないようだ。なにか様子がおかしい。

「今、どこにいるの?」

「おうち・・・」

子供のように、ひどく甘えた口調。

「家に誰もいないの?」

「お父さんは出張で今週は帰らない。藤井さんは夏休み・・・」

純が『父』ではなく『お父さん』と言うのを、初めて聞いた気がする。

『藤井さん』というのが家政婦さんのことだったかな、と敏は思い返す。

「誰もいないんだね?」

「いない・・・。お願い、そばに来て・・・寒い・・・」

純のすすり泣きが聞こえる。彼女が平常でないことが分かる。

「わかった。出来るだけ早く、そばに行くから。待ってるんだよ」

「うん。待ってる。早く来て・・・」

敏の頭の中で、『待ってる』という言葉がフラッシュバックした。

『階段事件』のあと、純の家に訪ねる約束をしたときの言葉だ。

あの時は甘く感じた言葉なのに、今はこんなにも悲痛な叫び。

『お願い。そばに来て・・・』こんな言葉を、純が口にするとは。

いつもの内気で控えめな口調とは、全然違う。

純の心の奥底からの、叫び声。


敏は、防水のパーカーを着こみ、財布とスマホだけをポケットに突っ込んで、傘をさして家を出た。

敦がリビングで台風情報のテレビを見ていたが、声を掛けなかった。

でも、家の前のカフェから戻って来る母親に見つかってしまった。

「どこへ行くの?」

「友達のとこ」

「台風なのよ、こんな時に?」

母親は心配のあまり怒っている。

「大事な用事なんだよ」

敏は大声で言い捨て、走った。

風が強く、傘は役に立たない。諦めて傘を閉じる。

商店街を抜けて、バス停まで走る。

パーカーも敏の頭もびしょ濡れだ。

純の家まで一番早く行ける路線のバスが、なかなか来ない。

イライラしながら何度もスマホを見る。

やっと目当てのバスが来た。

バスに乗って、メッセージを送るが返信は無い。

バスのスピードが遅く感じて仕方なかった。


もうすぐ純の家のある須川駅前のバス停に到着する。

もう一度、メッセージを入れたが、やはり返信は無かった。

不安でたまらなくなり、バスが停まる前に立ち上がり、降車のドアの前に立った。

ドアが開くと同時にバスから飛び出した。

大通りから裏の通りに入る。

骨董店と画廊に角を曲がる。

もうすぐ純の家が見える。

雨に濡れながら走る敏。

風がだんだん強くなる。住宅街の木々が大きくざわめく。
















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