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つぼみひらくまで  作者: 真山咲
第二章
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苦しい夢とうつつ

夏休み初日だというのに、純はだるくボンヤリした朝を迎えた。

いつものように朝食を用意して、今日から出張だという勝を送り出す。

練習しなければならないバイオリンもピアノも、たくさん出された夏休みの宿題も、全然集中出来なくて、頭は別のことでいっぱい。思い浮かべるのは敏のことだけだ。

『誰もいないから、好きなだけ泣ける・・・』

うっすらと微笑みながら涙を落とす。

心の深い部分が壊れてしまったかのようだ。


昼食もとれないまま、憲人の見送りをするために家を出る。

憲人の乗る飛行機は、午後六時の出発だ。

憲人とは、空港鉄道の始発駅での待ち合わせ。

大きなキャリーバッグを横に置いて、バイオリンケースを背負った憲人。

「純ちゃん大丈夫なの?昨日より顔色が悪いよ」

泣き腫らした目のことには触れず、心配の言葉をかける。

「なんでもない。大丈夫。ごめんね、これから出かける人に心配させるなんて」

「そうだよ。僕がいない間、元気でいてくれなきゃ」

「他のみんなは見送りに来ないの?」

「とりあえず、四週間だけだから、来なくていいよって言ったんだ」

「そうなの」

二人は空港鉄道に乗り込む。車列の最後尾に乗り、並んで立つ。

「もし、サマースクールの後のコンクールで良い成績がとれて、本格的に留学することになったら、その時には、一度帰国するから・・・」

「うん」

純が目を上げると、そこには憲人の熱い眼差しがあった。

「だから・・・待ってて」

「うん?」

「本格的に留学したとしても・・・僕が帰って来るまで待っててよ」

「え?」

「誰のものにもならないで、待っててよ」

純が戸惑っているすきに、憲人は純を引き寄せ、きつく抱きしめた。

そして、憲人の潤んだ瞳が純の驚きを含んだ瞳に近づく。

『渡とも、同じようなことがあったっけ・・・』

純は一瞬で我に返って、憲人の唇を避けた。

「・・・イヤ?・・・なの?」

憲人の瞳が暗く変わる。

「ううん。びっくりしたの・・・だって、こんなところで・・・」

乗客の数人は、今の二人の様子に気付いたみたいだ。

「やっぱり、純ちゃん・・・村上先輩のこと・・・」

憲人が涙声になる。

純は憲人の口から、敏の名前が出てピクリとした。

「ううん。村上君は、私のことなんて何とも思ってないから・・・はっきりそう言ってたから・・・」

純は必死で涙をこらえるが、言葉は途切れる。


二人で泣いた顔のまま、空港駅に到着する。

周囲には、別れを惜しむ恋人同士に見えたかもしれない。

しかし、気持ちはすれ違ったまま、憲人はアメリカに旅立って行った。


憲人を見送り、純は家に戻った。

ひどい疲労感に襲われて、やっとのおもいでシャワーを浴びると、そのままがっくりとベッドに倒れ込んだ。


熱い涙が巻き毛を濡らし、純は目覚める。

夢を見ていたようだ。

胸が苦しい。

涙を拭いながら起き、ベッドの上に座る。

身体がひどくだるい・・・。

カーテンの隙間から、薄日が漏れている。

ベッドから降りて、カーテンを開いた。

曇り空で、風が木々を揺らしている。

振り向くと、クローゼットの鏡の中に、乱れた髪に腫れぼったい目をした純が映る。


誰もいない広い家の中は、ただ時間だけがすぎていく。

気持ちも身体も動かない。

何もする気になれず、敏のことだけを思い出し、涙が落ちるのを拭うだけだ。

『こんな気持ちのまま、夏休みを過ごさなければならないなんて・・・』

日が落ちるころには、窓の木々がざわめいて、風がかなり強いことを知らせている。


夜、憲人からのメッセージが届いた。

アメリカに到着して、ホームステイ先の様子や、バイオリンは練習しているか、など、簡潔にかかれてあった。

純はメッセージを既読にしたまま放置し、ベッドにもぐってしまった。

枕元には、敏にもらったペンケースを置いて、腫れぼったいまぶたを閉じる。


明け方近く、聞いたこともない風の音で、純は目を覚ました。

ひどく喉が渇いて、水を飲みに行こうとベッドから降りたとたん、めまいを覚えた。

『なんだろう?急に立ち上がったからかな・・・』

疑問に思いつつも、ふらつきながら水を飲みに行き、キッチンから戻るとベッドに再び横になった。


うとうとしながら、純は夢を見る。

七夕の華やかな飾り。

敏の笑顔。彼のたくましい腕の感触がリアルに再現される。

風景は楽しかった遠足に替わる。

水辺のベンチで、のり巻きとサンドイッチを食べた記憶・・・。

楽しかった二人きりの時間。

いつの間にか、暗い森の中にシチュエーションは反転する。

今まで一緒だった敏の姿が無い。

「どこにいるの?」

敏を呼ぼうとしているのに、声が出ない。

ふいに、敏の顔が目の前に現れる。

怒った目・・・。

「憲人とはどんな関係なの?」

「僕とは関係ないでしょう?」

敏が嫉妬心いっぱいの目で涙を浮かべている。

「ちがう・・・違う・・・私は・・・」

叫ぼうとしているのに、口が開かない。胸が潰れそうだ。


純は息苦しさで、目を覚ました。

枕が涙でぐしょぐしょになっている。


『村上君に、自分の本当の気持ちを伝えたい。伝えなきゃ。このまま夏休みを過ごすのは耐えられない』


純は、充電の着れそうなスマホを手にして、敏の名前をタップした。








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