七夕(四)
「ふぅん。何が『こっそり、堂々と』なのかな~?」
敏も純も、飛び上らんばかりに驚き、慌てて後ろを振り返る。
いつの間にか、良太と雄一郎がニヤニヤして立っている。
『いつから後ろにいたんだろう?ああ、こいつらのことを、すっかり忘れていた。あのまま引き下がるわけがなかった・・・』
敏は憮然とした顔をする。
「何で来たんだよ」
「何でって、コーヒーを飲みに来たお客さんだよ、僕たち」
良太が意地の悪い笑顔を見せる。
「へ~っ!」
雄一郎は、椅子に座っている純の全身を眺めて、驚嘆の声をあげた。
「純ちゃん、いつも違う・・・女の子の服装・・・」
良太も感心している。
一瞬、純の顔がこわばるのを、敏が見逃さなかった。
『今までいい感じで純ちゃんと話しが出来ていたのに、邪魔しやがって・・・』
「営業妨害しに来たんじゃないなら、早く注文してさっさと飲めよ」
純の前だというのに、敏はふくれた顔。
「ひどい扱い・・・」
良太はチラっと純の顔を見て、敏のことを笑った。
純は「ちょっとごめんね」と言って、席を離れ、お手洗いの方に逃げて行った。
「おい。純ちゃんと、どこまで行ってるの?」
雄一郎がニヤっと笑って敏に質問をぶつける。
「何?どういう意味?」
「どういう意味って、そういう意味だよ」
良太も『アホか』という顔で、敏を見る。
「ここで、そんなこと聞くなよ」
敏はバカにされて、ムッとして声を落とす。
忙しい店内だから、働く母親も弟も聞いてはいないけれど、ちょっとでも耳には入れたくない。
友人たちが期待するような進展は全くないし・・・残念ながら・・・。
少し手の空いた母親が、雄一郎と良太を見つけて、そばに来た。
「こんばんは」「おじゃましてます」
「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
母親の言葉を、敏は制した。
「コーヒー飲んだらすぐ帰るって」
「そんなこと言わないの」
たしなめられた敏を見て、雄一郎も良太も声を出さずに笑った。
そこに、純が戻って来た。
「私、そろそろ帰ります」
「え?もう?」
敏のガッカリした声。
「そうね。もうお母さまが心配するような時間よね」
敏は、母親の言葉に八ッとした。
「はい」
純はそういう言葉に慣れっこなのか、平然と受け流している。
母親は、レッスンバッグの中から財布を出した純の手を制した。
「いいのよ、あとで敏のバイト代から差し引くから」
思いがけないトラップに敏は「えっ」と叫んだ。
「ウソよ」
母親は息子の反応を楽しんだだけだ。
その場の敏を除いた全員が笑い顔だ。良太と雄一郎は爆笑している。
「また、いらっしゃいね」
と、母親は純の姿をにこにこして見つめる。
「はい。ありがとうございました。ごちそうさまでした」
純が先ほどのように、優雅に手を膝に揃えて頭を下げた。
「純ちゃんの家なら、電車よりバスの方が早いよ。バス停まで送るよ」
敏は純をいざない、良太たちを残して店を出た。
まだ、商店街は込み合っていたが、来た時と違って、敏の左腕は寂しく、自由。
純の手が絡まっていないだけで、こんなにも物足りない気分。
「なんか、いいな・・・」
純が珍しく、自分から話し出す。
「何が?」
「家族でお店をやるって・・・」
「そう?」
「うん。それに・・・」
純が立ち止まった。敏もつられて立ち止まる。
「ん?」
敏は純の顔を覗き込んだ。
「村上君のお母様が優しそうで・・・いいな・・・」
敏は一瞬、寂しい言葉なのかと思ったが、そうではなさそうだ。満足そうな微笑みだ。
「またおいでよ。アイツらさえ邪魔しなければ、家にも寄って行って欲しかったんだけど・・・。店のすぐ裏にあるのに・・・」
純はうなずいて、満面の笑みを浮かべる。
「また今度、お邪魔するね」
敏は急に、胸がギュッと締め付けられたように、切なくなった。
『純ちゃんと、もっと一緒にいたい。帰したくない・・・』
しかし、純はそんな敏の気持ちを知らないかのように、笑顔のまま、バスに乗り帰って行った。
敏が店に戻ると、良太と雄一郎はすでに帰ったあとだった。
本当に、コーヒーを飲んで、さっさと帰ったらしい。
敏と純の邪魔をするという目的は、達成されたらしい。
「なんか、兄ちゃんの好みのタイプって、あんな感じだったっけ?」
カウンターの中に敏が入ったとたん、敦が言う。
「どういう意味だよ」
「なんか、頭いいっていうのに、すごいおとなしそうで、びっくりした。それに・・・」
「なんだよ」
「前に『可愛い』か『美人』か聞いたとき、兄ちゃんが返事できなかったの、何か分かる気がする」
「どういうこと?」
「可愛いとか、美人とか・・・そういうことじゃない、っていうか・・・」
『中二のガキのくせに、ずいぶんオトナなこというじゃないか』
敏は、いつもは騒がしい弟が、真面目な顔をして言うのにおどろいた。
母親もカウンターの中に入って来た、
「送って来た?」
「うん」
「素敵な女の子ね。お母様の躾が行き届いていて・・・」
敏は、母親の言葉に黙っていられなくなった。
「純ちゃん。お母さんいないんだよ。小学生のとき、お母さんを亡くしているんだ」
「あら・・・」
「だから、さっきお母さんが言った言葉にドキッとしたよ」
「そうだったの・・・」
「純ちゃんはあんまり話したがらないんだけど・・・。軽音楽部にいる先輩で純ちゃんの従兄に聞いたんだ。お祖母さんの家とか、その従兄の家とかに、預けられていたんだって。だから、あんなに内気なんだと思うって、その先輩が言ってた・・・」
母親は、ちょっと遠くに目をやって、ため息をついた。
「とっても繊細そうなのは、そういうこともあるかもね・・・」
「でも、ピアノやバイオリンを弾いてる純ちゃんは、内気な彼女とちょっと違うよ」
今日のワンピースが、学園祭のときの純を思い出させる。
「何でもそうだけど、努力できる人は、意思が強い人でしょう?」
「そうだね」
「図書室で勉強する純の姿も、敏は思い浮かべる。
「あなたたちも頑張らないと、純ちゃんに負けちゃうわよ」
「やっぱり、そう来たか・・・」
敦が苦笑いをした。
最後は説教。
兄弟同士で顔を見合わせた。
再び外は小雨が降って来た。
雨に濡れないで、純は家に帰りついただろうか・・・。




