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つぼみひらくまで  作者: 真山咲
第二章
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七夕(三)

大きくはない商店街は、人であふれかえっている。

敏はスマホを手に、人をかき分けるようにして、駅へと向かう。

さっきまで小雨模様だったのに、今は雨もあがっている。

七夕の飾りが華やかだ。

『あと五分ぐらいで日越駅に着く』と、再び純からのメッセージが届く。


戸越駅の西口改札の前で待っていると、敏の姿を探しながら改札を抜けてくる純を見つけた。

「純ちゃん、こっち」

敏は、純の姿を見て目を丸くした。

午前中の男の子みたいな服装の純とはまるで違う。

淡い茶色の膝丈のワンピース。

ピアノの鍵盤のモチーフが付いたレッスンバッグと、水色の傘を下げた腕が細い。

白いソックスを履いた脚も細くて華奢だ。

ワンピースと同じ、薄茶色のカチューシャで前髪を上げて、白い額を出している。

伸びてきたくるくるの巻き毛が、はにかんだ顔に掛かっていて可愛らしい。

「びっくり・・・」

驚きとため息の両方が含まれた敏のつぶやき。

「びっくりって、何が?」

「いや・・・今朝と違う服だし。それに、いつもと違うから・・・スカート・・・」

驚きすぎて、ワンピースという単語が思いつかない。

「変?」

「ううん。よく似あってるよ」

「そう?」

純がうつむいて、恥ずかしそうに微笑む。

『はにかむ純ちゃんの微笑みも好きだな・・・』

敏は味わったことのない、甘い気持ちになる。

「予定より早かったね、来るの・・・」

それでも、敏にはずいぶん待ち遠しかったのだけれど。

「レッスンの時間を早くしてもらったの」

「そうだったんだ」

「いつもだと、翔君たちと一緒の時間なんだけど、翔君に捉まったら『一緒に行く』って言うと思ったし・・・」

「きっと言うね。いや、絶対言うよね」

敏は可笑しくて、声をあげて笑う。純も白い歯を見せた。

「渡にも『今日は何かあるの?』って聞かれたけど・・・」

「何て答えたの?」

「貴兄さんの家で食事をすることになってるってウソついた」

「それなら大丈夫かも」

二人は顔を見合わせて笑った。


二人で並んで商店街に入って行く。

きらびやかな七夕の飾りを見上げて、純が歩く。

七夕の飾りなんかどうでもよくて、純の姿をチラチラ見ながら歩く敏。

人込みの中で離れ離れにならないよう、敏は純の手からバッグと傘を取って右手に下げ、自分の左腕に、純の右手を絡ませた。

純は顔を赤らめてチラっと敏を見たが、黙って敏にされるままだ。

敏の左腕にある純の手が温かい。左胸がドキドキする気がする。

純は、触れている敏の腕のたくましさに、ときめく自分が恥ずかしかった。


学校で敏が見ている純の姿は、ほとんどが後ろ姿、それに昼食時の左側から見る姿。

いつも、よく言えばボーイッシュ、ほぼ男の子の服装で、笑顔も少ない。


右側から見る純の笑顔・・・。

ワンピースを着た純は、優しい笑顔だ。

敏の心の中に、温かな何かが流れ込む。


敏の家とカフェに一番近い、商店街の四つ角に来た。

「うちの店に寄ってみる?」

「お邪魔していいなら・・・」

ちょっと緊張したのか、敏の腕に添えられた純の白い手に力が入ったのが分かる。

「大丈夫だよ・・・」

敏は微笑んだ。

「弟がうるさいかもしれないけど、無視してね」

純がクスッと笑った。


「あそこだよ」

店の看板が見えると、純は敏の腕から手を離した。

『ちょっと・・・いや、だいぶ残念・・・』

「お店の名前『OPEN HEART』って、素敵・・・」

純が目を輝かせる。

「でしょ?」

『だから、純ちゃんも、もっと僕にオープンハートになって欲しいんだよ・・・」

敏は心の中でつぶやく。


敏は店のドアを開け、純を招き入れた。

純は少し緊張した面持ち。

「いらっしゃいませ」

バイトの店員と敏の母親、弟の敦が声かけをする。

レジの向こう側に母親の笑顔が見える。

店内は客でいっぱいで、カウンター席しか空いていない。

敦が敏たちに近付いて来た。

店員も敏に気が付いて、純の姿をそれとなく見ている。

「こちらへどうぞ」

敏はちょっと営業スマイル。

敏が純と二人でカウンター席の前に立つと、敦と母親がカウンターの中に入った。

「同じクラスの住吉さん」

「住吉純です。はじめまして」

純は、ワンピースの膝に両手をそろえ、しとやかなお辞儀をする。

学校でのボーイッシュさがウソのようだ。

「はじめまして。敏の母です。よろしくね」

「弟の敦です。よろしくお願いします」

純に会うまでは敏を茶化していたのに、急に神妙になった敦が可笑しい。

「あそこで料理しているのが、父さん」

父親は調理中で手が離せず、うなずくだけの挨拶。

敏は椅子を引いて、純を座らせた。そしてメニューを広げ、純に見せる。

「何を飲む?おなかも空いてるでしょ?何食べる?」

母親は、純に優しく世話をやく敏に、目を見張った。

純のバッグを持って入って来たのにも驚いたけれど・・・。

優しいところのある子だとは思っていたけれど、こんな息子の姿は初めて見る。


敏は純に『僕のおすすめ』と言って、オムライスのセットを注文した。

オーダーが厨房に伝わって、父親が腕を振るう。

純は料理しているところをじっと見つめている。

母親がそれに気付いて、純に問いかけた。

「お料理に興味があるの?」

「ええ、あ、はい」

『・・・興味がある・・・なんていうものじゃない・・純ちゃんは・・・』

敏は口に出しそうになった。

純は返事をしたあとも、父親の調理するのを見て、その切れ長の目をパチパチさせている。

こういう時の純は、頭の中で『予習』や『復習』をしている。

図書館に純と一緒に行くようになってから、気付いたクセだ。

何かに夢中になっているときの、純の子供っぽい顔が可愛い。

そんな純の顔を見つめている敏を見て、母親は微笑んだ。


「ピアノを習ってるの?」

「はい」

「すごく上手なんだよ。バイオリンもすごく上手・・・」

まるで自分のことのように、自慢する敏。

「ふたつとも習っているの?」

「はい」

「両方は、大変でしょ?」

「ピアノもバイオリンも好きですから」

「お勉強もよくできるんですって?」

「いえ、それほどじゃありません」

『そんなこと言ってるの?』という顔で、純は敏を見た。

そこに、料理が運ばれて来て、敏は純の視線から逃れることが出来た。


「美味しい・・・」

純はつぶやいて、厨房の父親の方を見た。

「そう?よかった」

敏は純と並んでオムライスを食べる。

「ね、織姫と彦星って・・・」

純が唐突に話し出す。

「え?」

「今年は逢えたのかな?」

『・・・そういえば、今日のお祭りは七夕だった・・・。忘れてたよ』

敏は、純のことしか念頭になかったのだ。

敏は、純に微笑みかけた。

「会えたのに決まってるよ」

「どうしてそう思うの?曇ってるのに、さっきまで雨も降ってたのに?」

切れ長の目を精一杯見開いて聞く。

「織姫も彦星も、星だよ。雲なんて関係ない。雨だって関係ない。天気なんかに関係なく、雲の下の人間がどう考えようと、逢ってるよ。絶対!」

敏は、純にむかって言い切った。

「天気にも。雲の下の人間にも関係なく・・・逢ってる・・・」

「うん、こっそり・・・堂々と」

敏は笑って、純の驚く顔を見つめた。










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